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(5)ウィスタリア視点
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ウィスタリアは「大精霊の愛し子」だ。生まれる前にそう定められた。
そして「大精霊」によって、なんの才もなく生まれついた。
冴えない容姿に、平凡でいることすらできない才覚。
「大精霊」は言った。自分以外がウィスタリアを理解する必要はないと。
だから有象無象の他人を誘惑するような美貌も、才能も、ウィスタリアには必要ないと、「大精霊」は――ジニオは言った。
ウィスタリアは、この双子の弟として生まれてきた、「大精霊」の言うことが理解できない。
ウィスタリアは人間だからだ。
だから「大精霊」に、君の魂を愛していると言われても、当のウィスタリアにはひとつも理解できなかった。
ジニオが「大精霊」であることは、だれにも言えなかった。
ただでさえウィスタリアたちの母が、産褥熱で亡くなってからというもの、家中にはよくない空気が漂っていた。
ウィスタリアは、そうなった元凶が自分たちであることを幼いながらに理解していた。
ジニオが「知恵遅れ」だと言われるようになってからは、なおのこと言いづらくなった。
ウィスタリアだけがジニオの正体を知っていたし、またジニオの言動が無垢なままの理由を知っていた。
ジニオがしばしば暴力性を発揮したことは、ウィスタリア以外の家族も存分に知っている。
けれどもだれも、ウィスタリアが可愛がっていた小鳥をジニオが殺してしまったことを知らない。
そしてウィスタリアに意地悪をした男の子が、馬車の事故で首の骨を折って死んだとき、ウィスタリアはジニオの正体をだれにも言えないと思うようになった。
「大精霊」はウィスタリアが小鳥でさえ愛を向けることを許さなかったし、異性がウィスタリアにちょっかいをかけることも、許さなかった。
ウィスタリアは一〇にも満たないうちに、「大精霊」は人間に御し得る存在ではないと、理解したのだ。
以来、ウィスタリアは心を殺して生きてきた。
ウィスタリアが感情を向けてよいのは「大精霊」たるジニオだけ。
そうすることで、平和に暮らせる。そう思って、そうしてきた。
けれどもそんなウィスタリアはだれにも理解されなかった。
社交界では陰で笑いものにされて、領民もウィスタリアが伯爵家の冴えない娘と噂する。家族でさえ、だれもウィスタリアを理解しようとしなかった。
ウィスタリアを愛しているのはジニオだけだったが、ウィスタリアの苦しみの元凶こそ、ジニオだった。
ウィスタリアはジニオに愛されていたが、ウィスタリアはもう、なにも愛していなかった。
だから、「大精霊」と身も心もひとつになれば、どうなるかわかっていた。
「自己保身のための、醜い嘘だ」
アルバート王子はそう言ってウィスタリアの進言を断じた。
「『大精霊』との契約は、この国を救いません」
ウィスタリアはそれでも再度繰り返した。
それでも、アルバート王子も、だれも、ウィスタリアの言葉を信じなかった。
ウィスタリアは、あきらめた。
そしてウィスタリア以外、だれも彼女の真意を理解し得ないまま、「契約」は成った。
ウィスタリアは最後まで、なにも愛していないことを言えないままだった。
それは、彼女にとって墓まで持って行きたいほど、恥ずべきことだったからだ。
「ウィスタリア、優しい子に育ってね」
今際のきわの母の言葉を、乳母から繰り返し伝えられたウィスタリアは、亡き母の望み通りの人間になりたかった。
けれどもウィスタリアの胸中に宿ったのは、「優しさ」からはほど遠い感情ばかりだった。
ウィスタリアにとっては、それは隠し通したい本心だった。
けれども。
……にわかに空気が寒々としたかと思うや、曇天が王国を覆った。
雪のひとひらが空より王宮に舞い落ちると、それに続いて薄日すらかき消すほどの牡丹雪が降り始めた。
暖炉はたちまち凍りつき、視界もなく、立っていられないほどの猛吹雪が王国中に吹き荒れる。
王宮にいた人間たちが、いつごろ凍死したのかまでは、だれにもわからなかった。
「大精霊」は死にゆく国をつぶさに見ていたが、なにも感じはしなかった。
「大精霊」と同化したウィスタリアもまた、「大精霊」がなにも感じなかったように、亡んでゆく祖国を目にしても、なんの感慨も覚えないのだった。
ウィスタリアは、墓まで持って行きたかった「悪意」が、「大精霊」との同化によって拡大解釈され、王国を救うこととは正反対の結末になるだろうという予感があった。
ウィスタリアは、アルバート王子の「自己保身」との誹りを、否定しなかった。
ジニオが殺されれば、「大精霊」は思うがままに報復をするだろうし、そうなればウィスタリアが無事でいられる保証はどこにもなかった。
だからウィスタリアは「大精霊」と同化する道を選んだ。それは、まぎれもなく「自己保身」だった。
「ああウィスタリア、君の魂はあたたかいね」
「大精霊」は感極まった声を出したが、ウィスタリアはもう、亡んだ国と同じように、なにも返す言葉を持たなかった。
そして「大精霊」によって、なんの才もなく生まれついた。
冴えない容姿に、平凡でいることすらできない才覚。
「大精霊」は言った。自分以外がウィスタリアを理解する必要はないと。
だから有象無象の他人を誘惑するような美貌も、才能も、ウィスタリアには必要ないと、「大精霊」は――ジニオは言った。
ウィスタリアは、この双子の弟として生まれてきた、「大精霊」の言うことが理解できない。
ウィスタリアは人間だからだ。
だから「大精霊」に、君の魂を愛していると言われても、当のウィスタリアにはひとつも理解できなかった。
ジニオが「大精霊」であることは、だれにも言えなかった。
ただでさえウィスタリアたちの母が、産褥熱で亡くなってからというもの、家中にはよくない空気が漂っていた。
ウィスタリアは、そうなった元凶が自分たちであることを幼いながらに理解していた。
ジニオが「知恵遅れ」だと言われるようになってからは、なおのこと言いづらくなった。
ウィスタリアだけがジニオの正体を知っていたし、またジニオの言動が無垢なままの理由を知っていた。
ジニオがしばしば暴力性を発揮したことは、ウィスタリア以外の家族も存分に知っている。
けれどもだれも、ウィスタリアが可愛がっていた小鳥をジニオが殺してしまったことを知らない。
そしてウィスタリアに意地悪をした男の子が、馬車の事故で首の骨を折って死んだとき、ウィスタリアはジニオの正体をだれにも言えないと思うようになった。
「大精霊」はウィスタリアが小鳥でさえ愛を向けることを許さなかったし、異性がウィスタリアにちょっかいをかけることも、許さなかった。
ウィスタリアは一〇にも満たないうちに、「大精霊」は人間に御し得る存在ではないと、理解したのだ。
以来、ウィスタリアは心を殺して生きてきた。
ウィスタリアが感情を向けてよいのは「大精霊」たるジニオだけ。
そうすることで、平和に暮らせる。そう思って、そうしてきた。
けれどもそんなウィスタリアはだれにも理解されなかった。
社交界では陰で笑いものにされて、領民もウィスタリアが伯爵家の冴えない娘と噂する。家族でさえ、だれもウィスタリアを理解しようとしなかった。
ウィスタリアを愛しているのはジニオだけだったが、ウィスタリアの苦しみの元凶こそ、ジニオだった。
ウィスタリアはジニオに愛されていたが、ウィスタリアはもう、なにも愛していなかった。
だから、「大精霊」と身も心もひとつになれば、どうなるかわかっていた。
「自己保身のための、醜い嘘だ」
アルバート王子はそう言ってウィスタリアの進言を断じた。
「『大精霊』との契約は、この国を救いません」
ウィスタリアはそれでも再度繰り返した。
それでも、アルバート王子も、だれも、ウィスタリアの言葉を信じなかった。
ウィスタリアは、あきらめた。
そしてウィスタリア以外、だれも彼女の真意を理解し得ないまま、「契約」は成った。
ウィスタリアは最後まで、なにも愛していないことを言えないままだった。
それは、彼女にとって墓まで持って行きたいほど、恥ずべきことだったからだ。
「ウィスタリア、優しい子に育ってね」
今際のきわの母の言葉を、乳母から繰り返し伝えられたウィスタリアは、亡き母の望み通りの人間になりたかった。
けれどもウィスタリアの胸中に宿ったのは、「優しさ」からはほど遠い感情ばかりだった。
ウィスタリアにとっては、それは隠し通したい本心だった。
けれども。
……にわかに空気が寒々としたかと思うや、曇天が王国を覆った。
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暖炉はたちまち凍りつき、視界もなく、立っていられないほどの猛吹雪が王国中に吹き荒れる。
王宮にいた人間たちが、いつごろ凍死したのかまでは、だれにもわからなかった。
「大精霊」は死にゆく国をつぶさに見ていたが、なにも感じはしなかった。
「大精霊」と同化したウィスタリアもまた、「大精霊」がなにも感じなかったように、亡んでゆく祖国を目にしても、なんの感慨も覚えないのだった。
ウィスタリアは、墓まで持って行きたかった「悪意」が、「大精霊」との同化によって拡大解釈され、王国を救うこととは正反対の結末になるだろうという予感があった。
ウィスタリアは、アルバート王子の「自己保身」との誹りを、否定しなかった。
ジニオが殺されれば、「大精霊」は思うがままに報復をするだろうし、そうなればウィスタリアが無事でいられる保証はどこにもなかった。
だからウィスタリアは「大精霊」と同化する道を選んだ。それは、まぎれもなく「自己保身」だった。
「ああウィスタリア、君の魂はあたたかいね」
「大精霊」は感極まった声を出したが、ウィスタリアはもう、亡んだ国と同じように、なにも返す言葉を持たなかった。
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