婚約破棄されて捨てられた精霊の愛し子は二度目の人生を謳歌する

135

文字の大きさ
上 下
15 / 24

14.加護と過保護

しおりを挟む


*14.加護と過保護



 外はまだ昼間で、森の入り口には豪奢な馬車が止まっていた。
 予定では夜に紛れて城に入ると言っていたのにいいのだろうか。
 小首を傾げていれば馬車の対面に座ったシシェルがニッコリと笑って、「予定が変わった」と答えた。

「城に入る際に、業者の馬車に乗り換え、それから私の離宮へと入る」

「貴方の?」

「ああ、私は基本的に騎士団の宿舎に寝泊りしているので、使用人を何人か増やすが…なにかあればすぐに私に言ってくれ。速やかに対処する」

「なにか…」

「勿論、私直々の世話は止めないが。城に帰れば更に手厚くしてやれる」

「…え…要らないです」

「ふふ、そう言うな。私の楽しみであるのだから」

 本当に楽しいのだろうな。表情がとてもウキウキしている。
 大きな馬車はどこもかしこもフワフワで、クッションもたくさん置かれている。現代で自動車に慣れてしまった僕でもこの居心地は最高だと思う。最後に乗った馬車は乗り捨てのような貧相な馬車だった。あれはそういうことだったのだろう。

「ユエ」

 気分が落ちそうになった途端、シシェルに声をかけられた。
 ハッとして顔を上げれば、ポンと頭に手を乗せられた。

「お前は私が守る。不安があるなら排除しよう」

 柔らかく頭を撫でられ、心がぽかぽかと暖かくなった。シシェルの一言でこんなにも落ち着くなんて、この世界に戻ってきた時は思いもしなかった。

「ありがとう、ございます…」

 あんなに可愛げのない態度しかとっていないというのに、シシェルの優しさは揺らぎない。

 信用してもいいのか…。

 精霊はずっと僕を守ってくれていたらしい。僕を傷つけるものから排除した結果が現代への転生らしいのだが…。
 この世界はあの世界とは違うのか。シシェルは、あの時のシシェルと違って…精霊に聞いてみようかと思ったが、僕にはまだその勇気がない。
 ノアトルの人たちは皆優しかった。ここで一生を過ごしてもいいかなって思えるくらいの人の暖かさを感じた。

「私達は、お前にとって脅威になるようなことはしない。それは精霊が証明してくれている」

 シシェルの言葉に反応するように、妖精が小さい身体を馬車の中で動かす。妖精の身体は魔力の思念体でもあるので、物にぶつかることなく馬車の外に出たり中に入ったりと忙しい。しかも、馬車が通る場所の妖精も目を覚ましているらしく、新たな妖精が僕に加護を与える為にひっきりなしに入ってくる。

「ユエ…酔いはしないか?」

「ちょっと、目が回っていたりはしますね」

 目まぐるしく動く視界の妖精を目で追っていると馬車ということもあり、少し具合が悪くなってきた。これは状態異常と似た症状だけど、魔法や精霊の加護を使えるものではないようで、眉間を指で揉んでいると隣にシシェルがやってきて、頭を押された。

「わっ!」

「まだ先は長い。着いたら起こす。寝ていろ」

 優しく頭を撫でられた。
 所謂、膝枕状態に慌てて起き上がろうとしたが、頭を撫でられる優しい手つきなのに、起き上がることは出来なかった。腕一本にすら勝てない僕の腹筋…。
 徐々に落ちてくる瞼に抗うことなく、僕はまどろみに身を委ねた。




「着いたぞ、ユエ」

 シシェルの柔らかな声に名を呼ばれて意識が覚醒した。
 パチリと寝起きの目を摩ると、そこが先ほどまで自分が乗っていたものとは違うことに気付いた。
 豪奢な作りの馬車だったはずだが、これは荷車だ。木の板が張り巡らされていて、座る場所なんて存在していない。ただ、荷物は何一つとして乗せられてはいなくて、柔らかなカーペットとクッションが置かれている。

「?」

 一体なにが起こったのかと辺りを見渡していると、シシェルが起き上がった僕のお尻にふかふかのクッションを置いてくれた。

「よく寝ていたのでな、そのまま荷車に乗せた」

 その言葉で僕はまた軽々とシシェルに運ばれてしまったのだと容易に想像がついた。一番の問題は、運ばれているのに目を覚まさないという点だろうか。

「もしかして…また…」

「ああ、勿論。精霊が手伝ってくれた」

 やっぱりか。
 どうして妖精とシシェルは妙な意気投合を見せるのか。

「今は城の門を越え、もう少しで私の宮に着く。着いたら、夕餉をとろう」

「もうそんな時間?」

「馬車とは違い、荷馬車は快適とは言えない。お前が寝ていてくれて良かった」

 昨日もぐっすり寝た筈なのに、夕方まで昼寝をしていたらしい。改造された荷馬車の内装はとても居心地がいい、ただ、壁が木の板と幌での簡易なものなので振動はそれなりにやってくる。
 本来の荷馬車の振動はこんなものじゃ済まないのを知っているだけに、妖精とシシェルのダブル過保護っぷりには恐れ入る。これはきっと妖精が荷馬車に加護を与えてくれている。あとは、振動を殺すための内装。これ、いつ用意したんだろう。最初の予定では荷馬車に乗る予定ではなかったのに。

 フカフカのクッションを手で触っていると、そろそろだと靴を履かされた。靴は布の柔らかい生地のもので、これは城を歩くためだけに履く中履きだ。
 それに合わせて上着もローブからショールに変わった。

 荷馬車からシシェルのエスコート付きで降ろされ、地に足を着けた瞬間、あちらこちらから花びらが舞い、妖精がわっと目を覚ました。
 中庭に植えられた花が芳醇な匂いを撒き、植物は青々しく艶やかに色を付け、空気が澄み渡る。

「お前が現れるだけで、この状況。さすがに慣れたが、歓待振りが凄まじいな」

 夕暮れがシシェルの橙色の髪を鮮やかに照らす。
 呆気にとられた表情が可愛らしくて、僕はひっそりと笑った。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています

ぽんちゃん
BL
 病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。  謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。  五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。  剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。  加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。  そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。  次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。  一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。  妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。  我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。  こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。  同性婚が当たり前の世界。  女性も登場しますが、恋愛には発展しません。

田舎育ちの天然令息、姉様の嫌がった婚約を押し付けられるも同性との婚約に困惑。その上性別は絶対バレちゃいけないのに、即行でバレた!?

下菊みこと
BL
髪色が呪われた黒であったことから両親から疎まれ、隠居した父方の祖父母のいる田舎で育ったアリスティア・ベレニス・カサンドル。カサンドル侯爵家のご令息として恥ずかしくない教養を祖父母の教えの元身につけた…のだが、農作業の手伝いの方が貴族として過ごすより好き。 そんなアリスティア十八歳に急な婚約が持ち上がった。アリスティアの双子の姉、アナイス・セレスト・カサンドル。アリスティアとは違い金の御髪の彼女は侯爵家で大変かわいがられていた。そんなアナイスに、とある同盟国の公爵家の当主との婚約が持ちかけられたのだが、アナイスは婿を取ってカサンドル家を継ぎたいからと男であるアリスティアに婚約を押し付けてしまう。アリスティアとアナイスは髪色以外は見た目がそっくりで、アリスティアは田舎に引っ込んでいたためいけてしまった。 アリスは自分の性別がバレたらどうなるか、また自分の呪われた黒を見て相手はどう思うかと心配になった。そして顔合わせすることになったが、なんと公爵家の執事長に性別が即行でバレた。 公爵家には公爵と歳の離れた腹違いの弟がいる。前公爵の正妻との唯一の子である。公爵は、正当な継承権を持つ正妻の息子があまりにも幼く家を継げないため、妾腹でありながら爵位を継承したのだ。なので公爵の後を継ぐのはこの弟と決まっている。そのため公爵に必要なのは同盟国の有力貴族との縁のみ。嫁が子供を産む必要はない。 アリスティアが男であることがバレたら捨てられると思いきや、公爵の弟に懐かれたアリスティアは公爵に「家同士の婚姻という事実だけがあれば良い」と言われてそのまま公爵家で暮らすことになる。 一方婚約者、二十五歳のクロヴィス・シリル・ドナシアンは嫁に来たのが男で困惑。しかし可愛い弟と仲良くなるのが早かったのと弟について黙って結婚しようとしていた負い目でアリスティアを追い出す気になれず婚約を結ぶことに。 これはそんなクロヴィスとアリスティアが少しずつ近づいていき、本物の夫婦になるまでの記録である。 小説家になろう様でも2023年 03月07日 15時11分から投稿しています。

転生したけどやり直す前に終わった【加筆版】

リトルグラス
BL
 人生を無気力に無意味に生きた、負け組男がナーロッパ的世界観に転生した。  転生モノ小説を読みながら「俺だってやり直せるなら、今度こそ頑張るのにな」と、思いながら最期を迎えた前世を思い出し「今度は人生を成功させる」と転生した男、アイザックは子供時代から努力を重ねた。  しかし、アイザックは成人の直前で家族を処刑され、平民落ちにされ、すべてを失った状態で追放された。  ろくなチートもなく、あるのは子供時代の努力の結果だけ。ともに追放された子ども達を抱えてアイザックは南の港町を目指す── ***  第11回BL小説大賞にエントリーするために修正と加筆を加え、作者のつぶやきは削除しました。(23'10'20) **

【完結】愛執 ~愛されたい子供を拾って溺愛したのは邪神でした~

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
BL
「なんだ、お前。鎖で繋がれてるのかよ! ひでぇな」  洞窟の神殿に鎖で繋がれた子供は、愛情も温もりも知らずに育った。 子供が欲しかったのは、自分を抱き締めてくれる腕――誰も与えてくれない温もりをくれたのは、人間ではなくて邪神。人間に害をなすとされた破壊神は、純粋な子供に絆され、子供に名をつけて溺愛し始める。  人のフリを長く続けたが愛情を理解できなかった破壊神と、初めての愛情を貪欲に欲しがる物知らぬ子供。愛を知らぬ者同士が徐々に惹かれ合う、ひたすら甘くて切ない恋物語。 「僕ね、セティのこと大好きだよ」   【注意事項】BL、R15、性的描写あり(※印) 【重複投稿】アルファポリス、カクヨム、小説家になろう、エブリスタ 【完結】2021/9/13 ※2020/11/01  エブリスタ BLカテゴリー6位 ※2021/09/09  エブリスタ、BLカテゴリー2位

魔法学園の悪役令息ー替え玉を務めさせていただきます

オカメ颯記
BL
田舎の王国出身のランドルフ・コンラートは、小さいころに自分を養子に出した実家に呼び戻される。行方不明になった兄弟の身代わりとなって、魔道学園に通ってほしいというのだ。 魔法なんて全く使えない抗議したものの、丸め込まれたランドルフはデリン大公家の公子ローレンスとして学園に復学することになる。無口でおとなしいという触れ込みの兄弟は、学園では悪役令息としてわがままにふるまっていた。顔も名前も知らない知人たちに囲まれて、因縁をつけられたり、王族を殴り倒したり。同室の相棒には偽物であることをすぐに看破されてしまうし、どうやって学園生活をおくればいいのか。混乱の中で、何の情報もないまま、王子たちの勢力争いに巻き込まれていく。

それ以上近づかないでください。

ぽぽ
BL
「誰がお前のことなんか好きになると思うの?」 地味で冴えない小鳥遊凪は、ある日、憧れの人である蓮見馨に不意に告白をしてしまい、2人は付き合うことになった。 まるで夢のような時間――しかし、その恋はある出来事をきっかけに儚くも終わりを迎える。 転校を機に、馨のことを全てを忘れようと決意した凪。もう二度と彼と会うことはないはずだった。 ところが、あることがきっかけで馨と再会することになる。 「本当に可愛い。」 「凪、俺以外のやつと話していいんだっけ?」 かつてとはまるで別人のような馨の様子に戸惑う凪。 「お願いだから、僕にもう近づかないで」

噂の冷血公爵様は感情が全て顔に出るタイプでした。

春色悠
BL
多くの実力者を輩出したと云われる名門校【カナド学園】。  新入生としてその門を潜ったダンツ辺境伯家次男、ユーリスは転生者だった。  ___まあ、残っている記憶など塵にも等しい程だったが。  ユーリスは兄と姉がいる為後継者として期待されていなかったが、二度目の人生の本人は冒険者にでもなろうかと気軽に考えていた。  しかし、ユーリスの運命は『冷血公爵』と名高いデンベル・フランネルとの出会いで全く思ってもいなかった方へと進みだす。  常に冷静沈着、実の父すら自身が公爵になる為に追い出したという冷酷非道、常に無表情で何を考えているのやらわからないデンベル___ 「いやいやいやいや、全部顔に出てるんですけど…!!?」  ユーリスは思い出す。この世界は表情から全く感情を読み取ってくれないことを。いくら苦々しい表情をしていても誰も気づかなかったことを。  寡黙なだけで表情に全て感情の出ているデンベルは怖がられる度にこちらが悲しくなるほど落ち込み、ユーリスはついつい話しかけに行くことになる。  髪の毛の美しさで美醜が決まるというちょっと不思議な美醜観が加わる感情表現の複雑な世界で少し勘違いされながらの二人の行く末は!?    

悪役王子の取り巻きに転生したようですが、破滅は嫌なので全力で足掻いていたら、王子は思いのほか優秀だったようです

魚谷
BL
ジェレミーは自分が転生者であることを思い出す。 ここは、BLマンガ『誓いは星の如くきらめく』の中。 そしてジェレミーは物語の主人公カップルに手を出そうとして破滅する、悪役王子の取り巻き。 このままいけば、王子ともども断罪の未来が待っている。 前世の知識を活かし、破滅確定の未来を回避するため、奮闘する。 ※微BL(手を握ったりするくらいで、キス描写はありません)

処理中です...