婚約破棄されて捨てられた精霊の愛し子は二度目の人生を謳歌する

135

文字の大きさ
上 下
16 / 24

15.城での暮らし

しおりを挟む


*15.城での暮らし




 シシェルのエスコートでエントランスに入れば、数人の使用人に出迎えられた。

「お待ちしておりました。お食事の準備は整っておりますが、いかがいたしましょう」

 白い髪を後ろに撫でつけ、お揃いの白い髭を口元に貯えている。目元の皺が深く、ニッコリと微笑むその姿は絶対的な安心感を植え付けてくる。

「シェトリーズ、私の執事であり補佐役でもある。なにかあれば彼に伝えてくれ。この宮はシェトリーズが管理している」

「お初にお目にかかります、ユエ様。私はシェトリーズと申します。不便なことがあれば、些細なことでも仰ってください」

 皺枯れた声が耳に優しく届く。

「しかし、シシェル様は普段騎士団の宿舎で寝泊りしておられるので此方に勤め上げている従者は数が限られております。どうなさいます?」

「問題ない。ある程度のことは自分でなんとか出来る。ユエの世話も私が買って出ている」

「そうでございましたか。伯爵家のドアモール卿が侍女の仲介役を名乗り出ておいでですが、此方はいかがなさいます?」

「そうだな。数があって不便なことはない。幾人か雇い入れてくれ」

「畏まりました。それでは、お食事を」

 シシェルに手を引かれ、食堂に案内された。
 作りは豪奢だが、内装はとってもシンプルだ。離宮というより、館に近い。
 縦に長いダイニングテーブルに横同士で座り、あれこれと世話をされる。宿や野宿と違い、ここには使用人がいつでも控えているのであまり過度な給仕は止めてほしい。
 食堂には侍女が四人と、執事であるシェトリーズがシェフを兼用しているらしい。それというのも、この宮の主であるシシェルがほぼ騎士団の寄宿舎で寝泊りしているので、この場所は現状維持でハウスクリーニング程度しかすることがなく、使用人の数も他の王子たちの宮に比べれば五分の一以下だという。

「なにかあれば自分で出来る」

 それがシシェルの言い分である。
 それと今の救世主云々のごたごたが済めば、シシェルは臣下し爵位を賜り、この宮を手放すので使用人を増やす必要もないそうだ。
 瑞々しいサラダを口に運ばれ、無理やり口に押し込むからドレッシングで顔が汚れる度にそれを甲斐甲斐しく拭いてくれるのはいいけれど、僕が食べるのヘタクソみたいなそういう雰囲気を垂れ流すのやめてくれないかな。

 食後に王宮らしい立派な大浴場に一人で入り。一緒に入ると脱衣場に入りかけたシシェルを魔法で追い出し、一人で悠々と風呂に浸かった。日本人だからか、風呂はゆっくり浸かるに限る。
 小一時間ほど入っていたのか、名残惜しく感じつつも風呂から上がれば、少し離れた所にある風呂場に入ってきたと少し不機嫌そうなシシェルが大きなタオルを持って待ち構えていた。
 僕の次で悪いけれど、大浴場に入ればいいのにと聞いたら、やりたいことがあるとシシェルは言った。
 ほかほかの身体をフカフカのタオルで水気を拭われ、昼間寝たっていうのに軽い眠気がやってきた。

「さぁ、寝室に行くぞ」

「ひぇっ!」

 新しいタオルに包まれ、逞しい二の腕に抱かれ、重力なんてなんのその状態で運ばれた。
 人一人を抱えているというのに、シシェルは物ともしない。
 二階に上がり、一等大きな扉の前で一人の侍女が待ち構えていた。シシェルが合図を送ればなにも言わず扉を開けて、下がっていった。
 寝台の上にはしっかりとセッティングされたものが置かれている。

「…ああ…また再開するのか…」

「さぁ、ユエ、遠慮することはない。極上のひとときを味わえるよう、奮励しよう」

「ま、待って…! 下着は下さい!」

 大きな天蓋つきベッドの上に降ろされ、タオルを剥ごうとするシシェルに待ったをかけた。

「どうせ濡れるのだし、要らないだろう?」

「要る!」

 シシェルは王族だから人に裸を見られることに慣れているのだろうが、僕には現代っ子としての記憶がある。寧ろ、日本人としての記憶が強いので、真っ裸でベッドに寝転ぶなんて真っ平御免だ。
 ベッド脇の棚に置かれていた僕の鞄から下着を取り出し、履く。不服そうなシシェルが視界の隅に映ったけど、無視だ、無視。

「香油で濡れた肌着がどれだけ扇情的か、知らないのか?」

 …意味が深そうで、恐ろしいセリフをシシェルが吐いたが、無視だ。ちょっとだけ、それなら脱いだほうがいいのか? と思ってしまったが、あれは僕を惑わせるだけの意味のない言葉だ。シシェルが僕なんか歯牙にかけるとは思わない。この世界のシシェルはとても立派な大人の男だ。王族で王子さまだっていうのに、人の手を借りることなくなんでも出来てしまうSランクの冒険者でもあって。
 それに、恋はもうこりごりだ。

「なにを考えている? 不安があれば言え。私はお前に頼られたい」

 ズキズキと痛む胸を押さえていたら、優しい手のひらが僕の頭を撫でた。

「ユエ。私はお前を守る剣であり、盾になりたい。お前を安心させる場所になりたいのだ」

「…そんな、僕なんて…」

 どうしてシシェルはそこまでしてくれるんだろう。
 これが、精霊が望んだ結果ということだろうか。
 だとしたら、僕は前のシシェルを壊してしまったのかな。

「僕は、貴方を…否定してしまった」

 だから、今のシシェルは僕に優しいのだ。
 精霊が、僕の為に、世界を創り変え、シシェルを変えた。
 その事実に、ゾッと背筋が寒くなった。人一人を僕の為に変えてしまっただなんて、なんて罪深いんだろう。

「お前は物事を難しく捉えすぎている。感情なんてものは、自分で制御できるものじゃあない。自分に制御できないものを、精霊が御することが出来るものか。だからこそ、前回、お前の世界は閉じられたのだろう?」

「…あ…」

「心配するな。全てに決着をつけるため、私がいるのだ」

「…ふっ…」

 ブワリと目に膜が張り、必死にこらえようと思ったのに、一滴の水が零れた。

「ユエ」

「ありがとう、ございます…」

「問題ない。さて、お前の憂いも晴れた所で、始めようか。極上の眠りを約束しよう」

「!」

 甘い花の香りを柔らかに放つ香油を指に垂らし、シシェルが魅惑的に笑った。
 宿屋でのマッサージとは違い、隅から隅までシシェルの手練手管に追い上げられ、昼間に寝たというのに今回も途中から意識がぷっつりと途切れてしまった。

 て、テクニシャン…!!


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています

ぽんちゃん
BL
 病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。  謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。  五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。  剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。  加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。  そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。  次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。  一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。  妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。  我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。  こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。  同性婚が当たり前の世界。  女性も登場しますが、恋愛には発展しません。

田舎育ちの天然令息、姉様の嫌がった婚約を押し付けられるも同性との婚約に困惑。その上性別は絶対バレちゃいけないのに、即行でバレた!?

下菊みこと
BL
髪色が呪われた黒であったことから両親から疎まれ、隠居した父方の祖父母のいる田舎で育ったアリスティア・ベレニス・カサンドル。カサンドル侯爵家のご令息として恥ずかしくない教養を祖父母の教えの元身につけた…のだが、農作業の手伝いの方が貴族として過ごすより好き。 そんなアリスティア十八歳に急な婚約が持ち上がった。アリスティアの双子の姉、アナイス・セレスト・カサンドル。アリスティアとは違い金の御髪の彼女は侯爵家で大変かわいがられていた。そんなアナイスに、とある同盟国の公爵家の当主との婚約が持ちかけられたのだが、アナイスは婿を取ってカサンドル家を継ぎたいからと男であるアリスティアに婚約を押し付けてしまう。アリスティアとアナイスは髪色以外は見た目がそっくりで、アリスティアは田舎に引っ込んでいたためいけてしまった。 アリスは自分の性別がバレたらどうなるか、また自分の呪われた黒を見て相手はどう思うかと心配になった。そして顔合わせすることになったが、なんと公爵家の執事長に性別が即行でバレた。 公爵家には公爵と歳の離れた腹違いの弟がいる。前公爵の正妻との唯一の子である。公爵は、正当な継承権を持つ正妻の息子があまりにも幼く家を継げないため、妾腹でありながら爵位を継承したのだ。なので公爵の後を継ぐのはこの弟と決まっている。そのため公爵に必要なのは同盟国の有力貴族との縁のみ。嫁が子供を産む必要はない。 アリスティアが男であることがバレたら捨てられると思いきや、公爵の弟に懐かれたアリスティアは公爵に「家同士の婚姻という事実だけがあれば良い」と言われてそのまま公爵家で暮らすことになる。 一方婚約者、二十五歳のクロヴィス・シリル・ドナシアンは嫁に来たのが男で困惑。しかし可愛い弟と仲良くなるのが早かったのと弟について黙って結婚しようとしていた負い目でアリスティアを追い出す気になれず婚約を結ぶことに。 これはそんなクロヴィスとアリスティアが少しずつ近づいていき、本物の夫婦になるまでの記録である。 小説家になろう様でも2023年 03月07日 15時11分から投稿しています。

転生したけどやり直す前に終わった【加筆版】

リトルグラス
BL
 人生を無気力に無意味に生きた、負け組男がナーロッパ的世界観に転生した。  転生モノ小説を読みながら「俺だってやり直せるなら、今度こそ頑張るのにな」と、思いながら最期を迎えた前世を思い出し「今度は人生を成功させる」と転生した男、アイザックは子供時代から努力を重ねた。  しかし、アイザックは成人の直前で家族を処刑され、平民落ちにされ、すべてを失った状態で追放された。  ろくなチートもなく、あるのは子供時代の努力の結果だけ。ともに追放された子ども達を抱えてアイザックは南の港町を目指す── ***  第11回BL小説大賞にエントリーするために修正と加筆を加え、作者のつぶやきは削除しました。(23'10'20) **

【完結】愛執 ~愛されたい子供を拾って溺愛したのは邪神でした~

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
BL
「なんだ、お前。鎖で繋がれてるのかよ! ひでぇな」  洞窟の神殿に鎖で繋がれた子供は、愛情も温もりも知らずに育った。 子供が欲しかったのは、自分を抱き締めてくれる腕――誰も与えてくれない温もりをくれたのは、人間ではなくて邪神。人間に害をなすとされた破壊神は、純粋な子供に絆され、子供に名をつけて溺愛し始める。  人のフリを長く続けたが愛情を理解できなかった破壊神と、初めての愛情を貪欲に欲しがる物知らぬ子供。愛を知らぬ者同士が徐々に惹かれ合う、ひたすら甘くて切ない恋物語。 「僕ね、セティのこと大好きだよ」   【注意事項】BL、R15、性的描写あり(※印) 【重複投稿】アルファポリス、カクヨム、小説家になろう、エブリスタ 【完結】2021/9/13 ※2020/11/01  エブリスタ BLカテゴリー6位 ※2021/09/09  エブリスタ、BLカテゴリー2位

魔法学園の悪役令息ー替え玉を務めさせていただきます

オカメ颯記
BL
田舎の王国出身のランドルフ・コンラートは、小さいころに自分を養子に出した実家に呼び戻される。行方不明になった兄弟の身代わりとなって、魔道学園に通ってほしいというのだ。 魔法なんて全く使えない抗議したものの、丸め込まれたランドルフはデリン大公家の公子ローレンスとして学園に復学することになる。無口でおとなしいという触れ込みの兄弟は、学園では悪役令息としてわがままにふるまっていた。顔も名前も知らない知人たちに囲まれて、因縁をつけられたり、王族を殴り倒したり。同室の相棒には偽物であることをすぐに看破されてしまうし、どうやって学園生活をおくればいいのか。混乱の中で、何の情報もないまま、王子たちの勢力争いに巻き込まれていく。

噂の冷血公爵様は感情が全て顔に出るタイプでした。

春色悠
BL
多くの実力者を輩出したと云われる名門校【カナド学園】。  新入生としてその門を潜ったダンツ辺境伯家次男、ユーリスは転生者だった。  ___まあ、残っている記憶など塵にも等しい程だったが。  ユーリスは兄と姉がいる為後継者として期待されていなかったが、二度目の人生の本人は冒険者にでもなろうかと気軽に考えていた。  しかし、ユーリスの運命は『冷血公爵』と名高いデンベル・フランネルとの出会いで全く思ってもいなかった方へと進みだす。  常に冷静沈着、実の父すら自身が公爵になる為に追い出したという冷酷非道、常に無表情で何を考えているのやらわからないデンベル___ 「いやいやいやいや、全部顔に出てるんですけど…!!?」  ユーリスは思い出す。この世界は表情から全く感情を読み取ってくれないことを。いくら苦々しい表情をしていても誰も気づかなかったことを。  寡黙なだけで表情に全て感情の出ているデンベルは怖がられる度にこちらが悲しくなるほど落ち込み、ユーリスはついつい話しかけに行くことになる。  髪の毛の美しさで美醜が決まるというちょっと不思議な美醜観が加わる感情表現の複雑な世界で少し勘違いされながらの二人の行く末は!?    

悪役王子の取り巻きに転生したようですが、破滅は嫌なので全力で足掻いていたら、王子は思いのほか優秀だったようです

魚谷
BL
ジェレミーは自分が転生者であることを思い出す。 ここは、BLマンガ『誓いは星の如くきらめく』の中。 そしてジェレミーは物語の主人公カップルに手を出そうとして破滅する、悪役王子の取り巻き。 このままいけば、王子ともども断罪の未来が待っている。 前世の知識を活かし、破滅確定の未来を回避するため、奮闘する。 ※微BL(手を握ったりするくらいで、キス描写はありません)

聖女の兄で、すみません!

たっぷりチョコ
BL
聖女として呼ばれた妹の代わりに異世界に召喚されてしまった、古河大矢(こがだいや)。 三ヶ月経たないと元の場所に還れないと言われ、素直に待つことに。 そんな暇してる大矢に興味を持った次期国王となる第一王子が話しかけてきて・・・。 BL。ラブコメ異世界ファンタジー。

処理中です...