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第十六部・クリスマス 編
彼と一緒に歩く先が破滅の道であっても
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佑は落ち着いた表情のまま、淡々と話す。
「香澄がコーヒーショップで眠ったのは、大きいサイズのカフェオレ二杯分に睡眠薬を飲まされたからだ。苦いとか、味に違和感はなかったか?」
「あ……」
言われて始めて、あの時「苦い」と感じたのを思いだした。
コーヒー的な苦さもあったが、その奥に纏わり付くような苦さもあったのだ。
だがあの時は、目の前に初対面の外国人がいて、昼休憩の時間を気にして焦っていた事もあり、コーヒーの味を気にする余裕がなかった。
「その味を忘れないでくれ。今後俺がいない場所で飲食物の味に違和感を覚えたら、絶対にそれ以上口にしたら駄目だ。勿論、二度と同じ事が起こらないように俺も気を配る。だが今後、俺や護衛がいない場所で、知り合いではない人と飲食しないでほしい」
説明されても、心の中はまだ信じられない思いで一杯だ。
あの女性が……と失望するより、まず謝罪した。
「ごめんなさい」
香澄は佑の目を見て謝り、キュッと唇を噛んで視線を落とす。
「……迷惑、かけたいつもりじゃないのに。……心配させようなんて、思ってなかったの。でも……。……言い訳はしない。……ごめんなさい」
目に涙が浮かんだが、瞬きをして誤魔化す。
怒られるかと思ったが、佑は黙って頭を撫でてくれた。
「俺も、守れなくてごめん」
「…………っ」
ぶんぶんと首を横に振ると、ギュッと抱き締められた。
「俺は知らない間に色んな人に恨まれている。無自覚に蹴落とした人もいるだろう。契約をやめた会社だってあるし、世界中にライバルがいる。それとはまったく別に、個人的な事で恨みを買っているかもしれない。どう考えても、香澄が誰かの恨みを買うなんてあり得ない。香澄に何かがある時は、必ず俺が関わっている。……だから今回も俺の責任だ」
「そんな……っ。私が、ボケッとしてたから……」
佑の目を見て「違う」と伝えたくても、強く抱き締められていて叶わない。
「……許してくれ。俺のせいで香澄は危険な目に遭ってしまう。札幌で普通に暮らしていたら、あんな目にも遭わなかっただろう」
佑が言っている事がイギリスの件だとすぐ分かり、香澄は首を横に振る。
「ちが……」
「違わない。俺といる限り、香澄は身に覚えのない恨みを買う。それは事実だ」
「――――っ」
まるで「俺と一緒にいてはいけない」と言われている気がして、胸が痛い。
佑が自分を傷付け、否定する事を言う。
そんな姿、見たくない。
やめて、と言いかけた時、佑は香澄の肩を掴んで体を離し、見つめてきた。
――微笑っている。
二人の関係を否定する事を言っておきながら、佑はうっすらと笑っていた。
彼は潤んだ目で続ける。
「でも離さない。香澄は俺のものだ。君が『嫌だ』と言っても別れないし、側に居続けてもらう」
許してほしいといいながらも、佑は香澄を選んでくれた。
香澄はまるで、奈落の底から、釈迦の手にすくい上げられたような歓喜を得た。
彼と一緒に歩く先が破滅の道であっても、「別れる」など決して言われたくなかった。
「うん……っ。離さないで。何があっても……、側に、いたい」
香澄は安心して新たな涙を零し、泣き笑いの表情で彼の頬を撫でる。
佑は満足げな表情で頷き、優しく彼女の頬にキスをする。
それから、少し表情を引き締めて話題を戻した。
「今回のように、いつ何が起こるか分からない。極端な話、外にいれば何かしらの危険があると思ってほしい。そのために護身術を……と思うかもしれない。でも香澄はいきなり見知らぬ相手を撃退するなんて無理だろう? 今回はマティアスだから撃退できたと思っている」
「えっ? ちょ、ちょ……ま、待って? マティアスさんが? 助けてくれたの?」
尋ねた香澄に、佑は少し複雑な表情で頷く。
「偶然だったそうだ。このビルに向かっていた時、たまたま香澄が知らない男に背負われてコーヒーショップから出てきたのに出くわした。とっさの判断でマティアスは男二人をぶちのめし、香澄を取り戻してくれた。……女は逃げていったそうだ」
「……マティアスさんが……」
一度はトラウマにもなったマティアスが、文字通り体を張って助けてくれた。
ありがたい事だが、それとは別に、本当に自分が誘拐されかけた事に今さらながらゾッとする。
香澄は思わず佑の服を掴む。
「マティアスには俺から礼を言った。もし香澄から直接礼を言いたいなら、今度三人で食事をしてもいい」
「う……うん。そうしたい。……ありがとう」
佑はあまりマティアスと会いたくないだろう。
今回の滞在を許可してくれても、あまり乗り気ではないのは分かっている。
「香澄がコーヒーショップで眠ったのは、大きいサイズのカフェオレ二杯分に睡眠薬を飲まされたからだ。苦いとか、味に違和感はなかったか?」
「あ……」
言われて始めて、あの時「苦い」と感じたのを思いだした。
コーヒー的な苦さもあったが、その奥に纏わり付くような苦さもあったのだ。
だがあの時は、目の前に初対面の外国人がいて、昼休憩の時間を気にして焦っていた事もあり、コーヒーの味を気にする余裕がなかった。
「その味を忘れないでくれ。今後俺がいない場所で飲食物の味に違和感を覚えたら、絶対にそれ以上口にしたら駄目だ。勿論、二度と同じ事が起こらないように俺も気を配る。だが今後、俺や護衛がいない場所で、知り合いではない人と飲食しないでほしい」
説明されても、心の中はまだ信じられない思いで一杯だ。
あの女性が……と失望するより、まず謝罪した。
「ごめんなさい」
香澄は佑の目を見て謝り、キュッと唇を噛んで視線を落とす。
「……迷惑、かけたいつもりじゃないのに。……心配させようなんて、思ってなかったの。でも……。……言い訳はしない。……ごめんなさい」
目に涙が浮かんだが、瞬きをして誤魔化す。
怒られるかと思ったが、佑は黙って頭を撫でてくれた。
「俺も、守れなくてごめん」
「…………っ」
ぶんぶんと首を横に振ると、ギュッと抱き締められた。
「俺は知らない間に色んな人に恨まれている。無自覚に蹴落とした人もいるだろう。契約をやめた会社だってあるし、世界中にライバルがいる。それとはまったく別に、個人的な事で恨みを買っているかもしれない。どう考えても、香澄が誰かの恨みを買うなんてあり得ない。香澄に何かがある時は、必ず俺が関わっている。……だから今回も俺の責任だ」
「そんな……っ。私が、ボケッとしてたから……」
佑の目を見て「違う」と伝えたくても、強く抱き締められていて叶わない。
「……許してくれ。俺のせいで香澄は危険な目に遭ってしまう。札幌で普通に暮らしていたら、あんな目にも遭わなかっただろう」
佑が言っている事がイギリスの件だとすぐ分かり、香澄は首を横に振る。
「ちが……」
「違わない。俺といる限り、香澄は身に覚えのない恨みを買う。それは事実だ」
「――――っ」
まるで「俺と一緒にいてはいけない」と言われている気がして、胸が痛い。
佑が自分を傷付け、否定する事を言う。
そんな姿、見たくない。
やめて、と言いかけた時、佑は香澄の肩を掴んで体を離し、見つめてきた。
――微笑っている。
二人の関係を否定する事を言っておきながら、佑はうっすらと笑っていた。
彼は潤んだ目で続ける。
「でも離さない。香澄は俺のものだ。君が『嫌だ』と言っても別れないし、側に居続けてもらう」
許してほしいといいながらも、佑は香澄を選んでくれた。
香澄はまるで、奈落の底から、釈迦の手にすくい上げられたような歓喜を得た。
彼と一緒に歩く先が破滅の道であっても、「別れる」など決して言われたくなかった。
「うん……っ。離さないで。何があっても……、側に、いたい」
香澄は安心して新たな涙を零し、泣き笑いの表情で彼の頬を撫でる。
佑は満足げな表情で頷き、優しく彼女の頬にキスをする。
それから、少し表情を引き締めて話題を戻した。
「今回のように、いつ何が起こるか分からない。極端な話、外にいれば何かしらの危険があると思ってほしい。そのために護身術を……と思うかもしれない。でも香澄はいきなり見知らぬ相手を撃退するなんて無理だろう? 今回はマティアスだから撃退できたと思っている」
「えっ? ちょ、ちょ……ま、待って? マティアスさんが? 助けてくれたの?」
尋ねた香澄に、佑は少し複雑な表情で頷く。
「偶然だったそうだ。このビルに向かっていた時、たまたま香澄が知らない男に背負われてコーヒーショップから出てきたのに出くわした。とっさの判断でマティアスは男二人をぶちのめし、香澄を取り戻してくれた。……女は逃げていったそうだ」
「……マティアスさんが……」
一度はトラウマにもなったマティアスが、文字通り体を張って助けてくれた。
ありがたい事だが、それとは別に、本当に自分が誘拐されかけた事に今さらながらゾッとする。
香澄は思わず佑の服を掴む。
「マティアスには俺から礼を言った。もし香澄から直接礼を言いたいなら、今度三人で食事をしてもいい」
「う……うん。そうしたい。……ありがとう」
佑はあまりマティアスと会いたくないだろう。
今回の滞在を許可してくれても、あまり乗り気ではないのは分かっている。
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