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第十六部・クリスマス 編

香澄は今回、危険な目に遭った

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「しばらく、このままでいさせてくれ」

「……うん」

 香澄は目を閉じて、佑の存在を感じる。

 規則正しい呼吸と心音が聞こえ、彼の香りが気持ちを落ち着かせてくれる。
 ぬくもりと共に二人の香りが重なって、佑と香澄だけの親密な匂いになる。

 たっぷり眠ったはずなのに、気がつけば香澄はトロトロと目蓋を落としていた。

「香澄」

「ん……」

 眠りかけた時、佑の声がしてハッとする。
 頭を撫でられ、まるで彼の大切なペットのうさぎになった気持ちになる。

「これから俺が言う事をよく聞いてくれるか?」

「はい」

 眠ってしまいそうなほど気持ち良かったが、香澄は顔を上げて佑の顔を見る。

 ヘーゼルの目は今日も美しい。

 遠くから見ると薄い茶色だが、間近で見ると佑の虹彩にはオレンジや緑など様々な色が混じっている。
 その目が優しく細められ、香澄に微笑みかけてくれる。

「まず、これから昼食後のコーヒーは、河野に行ってもらうから香澄は行かなくていい」

「えっ……」

 うっとりしていたのにそう言われ、一気に目が覚めた。

 胸の奥が冷たくなり、失態を犯した気まずさが押し寄せてくる。
 何か言おうとする前に、佑が先に口を開いた。

「責めている訳じゃない。それは分かってほしい」

「……はい」

 確かに、今の佑は怒っている雰囲気ではない。

 だからか、香澄は素直に頷く事ができていた。

「俺は香澄が大事だ。大切で堪らない。香澄以上に大切な人はいない」

「ぅ……。うん……」

 じわ、と香澄の頬が熱を帯びる。

「だから、香澄を大切にするために、香澄にも協力してほしいんだ」

「うん……?」

 佑の言う事が分からず、香澄は首をひねる。

「昼間の女性、何と言って香澄に声を掛けてきた?」

 そう言われ、香澄は「あれ?」と思う。

(佑さんに、コーヒーショップで会った女の人の話、したっけ?)

 思うものの、記憶が曖昧で「言っていない」と自信が持てない。

「……上野に行きたがっていたから、道を教えてあげようと思ったの」

「その人は自分の事をなんと話していた?」

「日本を縦断するって言っていたよ。アメリカの方で、ミネソタ州の生まれなんだって。ミネソタ州って〝アメリカのカナダ〟って言われているみたいで、とっても自然が豊かとか……。そういう話をしていたよ」

「香澄はその人をどう思った?」

「え? 普通の人……かな。素朴で、お洒落よりも旅行を楽しむっていう雰囲気の、典型的な外国の旅行者っていう感じで」

「おかしいと思った事は?」

「ううん? ないよ?」

 そう答えると、佑は次の質問をせずジッと見つめてくる。
 彼がさらなる説明を求めていると察した香澄は、必死に当時の事を思いだした。

「……私は自分用にカフェオレのSサイズを頼もうと思ったの。そしたらその人が『お礼』って言って一番大きいサイズを頼んでくれた。で、ペーパーナプキンに乗り換えを書いていたんだけど、途中でお手洗い行きたくなったの。それで、行って戻ったらおかわりの大きいサイズのカフェオレがあって、どうやら彼女が買ってくれたみたいで……。猫舌だし、そんなに沢山飲んだら午後に間に合わないって思ったんだけど、断るの申し訳なくて」

 思いだそうとすると、芋づる式に当時の事が蘇り、スラスラと話していく。

 言い終わったあと、佑は目を閉じて溜め息をついた。

(流されすぎだって言われるかな。……それで足止め食って、過労で眠っちゃったら世話ないよね)

 佑は香澄のまっすぐな髪の毛を撫で、もう一度溜め息をついたあと口を開く。

「三人には黙っていてもらったが、きちんと話そう。……香澄は今回、危険な目に遭った」

「え?」

 キョトンとする香澄を見て、佑は唇を真一文字に引き結ぶ。

 それから静かに息をついて、続きを話す。

「香澄は当時の事を、今話したように受け取ったかもしれない。だが実際は、香澄はその女に睡眠薬入りのカフェオレを飲まされていた」

「…………。…………え?」

 ぽかんとした香澄は、何も言えず呆気にとられる。
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