上 下
210 / 417
元彼に会う前に 編

大事な事を見失うなよ?

しおりを挟む
「秘書……」

 予想外の事を言われ、私は目の前の空間を見つめて呟く。

「でも私、秘書なんてやった事ありません。初心者の私が副社長のサポートをして、取り返しのつかない失敗をしたら、申し訳ないじゃ済まないです。風磨さんとエミリさんは副社長と秘書だけど、以前から秘書として働いていた彼女と私とでは、実力に雲泥の差がありすぎます」

 言ったあと、私は苦しげに付け加える。

「それに『兄弟そろって職場で公私混同するな』って陰口叩かれそうな気がします……」

 尊さんは溜め息をつき、椅子の背もたれに身を預けて言った。

「エミリに言えば、喜んで仕事を教えてくれるんじゃないか? あいつ、あのあとも『朱里さんとデートしたい』ってちょいちょい言ってきてるし、話せば好意的に接してくれると思うぜ」

「えっ!? そうなんです!? 知らなかった……」

 初耳だったので目を丸くして言うと、尊さんは少し嫌そうな顔で白状する。

「俺だって十分に朱里充できてないのに、何が悲しくてエミリとデートさせないとなんねぇんだよ……」

「朱里充って……」

 私は思わず、肩の力を抜いて笑う。

「ま、不安になるのは分かるけど、誰だって異動すれば慣れない仕事に直面する。資格がなかったらできない仕事じゃないし、エミリから教えてもらって学べば十分こなせると思うけど」

「……そう、でしょうか……」

「それに、他の奴がどう思うかは気にするな。『気にするな』って言っても、朱里は注目される事になれてねぇから、最初からガン無視できる訳がない。副社長の相手となれば、どうしても周りの目が気になっちまうよな」

 言われて、私はコクンと頷く。

「けど篠宮家が家族経営して、若い風磨が副社長になってるのだって、他の役員から見れば身内びいきみたいなもんだ。エミリだって〝王子様〟の相手として嫉妬されてるだろう。……でもそういうの、気にしたらキリがねぇんだ。『私みたいなのがすみません』って卑屈な想いを抱いてしまうと、これから接する全員に遠慮しないとならなくなる。でも社員全員が朱里に嫉妬し、敵視してくると思うか? 俺はそんなに人気者だと思うか? 俺なんぞより、女性社員はイケメン俳優やアイドル、二次元の推しのが好きだろ」

 尋ねられ、「尊さんは魅力的だから!」と頷きたい……けど、「うー……」と悩む。

 普通に考えたら〝全員〟が敵になるなんてあり得ないだろう。以前に尊さんだって、2:6:2の法則を教えてくれた。

 私に嫌な事を言ってくる人がいたとしても二割にすぎず、残り八割はどうでもいいと思っているか、私と尊さんの関係を祝福してくれるだろう。

 でも、陰口を叩かれるのはしんどいなぁ……。

 黙っていると、尊さんは穏やかに笑う。

「ぶっちゃけ、どんな状況に身を置いても、見えていないだけで誰かには理不尽に嫌われてるもんだ。いい部長であろうと振る舞ってるけど、俺を嫌ってる奴は男女問わずいるよ」

 まさか尊さんが嫌われていると思わず、私は「そんな……」と呟く。

 いや待て。私も彼を嫌ってた当人だ。

 けれど彼はまったく気にしていない表情で笑った。

「気持ちは分かる。でも大事な事を見失うなよ? 朱里にとって一番大切なのは、俺と結婚して幸せな生活を送る事だ。他の誰かに遠慮して、俺と付き合うのをやめるか?」

 私はプルプルと首を横に振る。

「同じ会社で働き続けたいなら、秘書の件は一案として考えてくれ。他の案は子会社に移るか、まったく別の会社に再就職するか、専業主婦になるか……になると思う」

「確かに、そうですね……」

 ずっと感情論で考えていたけれど、現実的な問題を思えばそういう選択肢になるだろう。

「俺は朱里を守ると決めた。もしも秘書になって嫌がらせをされたら、ちゃんと対応するし、プライベートでも精神的なケアをする。……朱里も、俺と一緒に歩む覚悟を持ってくれないか?」

 優しい目で見つめられ、心の中にゆっくりと覚悟が宿っていく。

「……そうですね。周りに遠慮していたら個人の幸せなんて掴めません」

「前にSNSの使い方についてチラッと言ったけど、フォロワーにつらい出来事があっても、朱里が自粛する必要はないんだ。過度に自慢さえしなければ、誰だって自分の身に起こった幸せを喜ぶ権利はある。日本国内で地震があったからSNSの投稿を自粛するなんて言ったら、世界で続いている戦争や内戦、毎日命を落としている誰かのために、ずっと自粛し続けなければならない」

「……はい」

「ていうか、『私がつらい目に遭ってるんだから、美味しい物なんて食べないでよ! 外出しないで家で私の幸せを祈って!』なんて言う奴いたら、ドン引きだろ?」

「確かに」

 出された例があまりに激ヤバで、私は思わず笑ってしまう。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R18】もう一度セックスに溺れて

ちゅー
恋愛
-------------------------------------- 「んっ…くっ…♡前よりずっと…ふか、い…」 過分な潤滑液にヌラヌラと光る間口に亀頭が抵抗なく吸い込まれていく。久しぶりに男を受け入れる肉道は最初こそ僅かな狭さを示したものの、愛液にコーティングされ膨張した陰茎を容易く受け入れ、すぐに柔らかな圧力で応えた。 -------------------------------------- 結婚して五年目。互いにまだ若い夫婦は、愛情も、情熱も、熱欲も多分に持ち合わせているはずだった。仕事と家事に忙殺され、いつの間にかお互いが生活要員に成り果ててしまった二人の元へ”夫婦性活を豹変させる”と銘打たれた宝石が届く。

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

【R-18】悪役令嬢ですが、罠に嵌まって張型つき木馬に跨がる事になりました!

臣桜
恋愛
悪役令嬢エトラは、王女と聖女とお茶会をしたあと、真っ白な空間にいた。 そこには張型のついた木馬があり『ご自由に跨がってください。絶頂すれば元の世界に戻れます』の文字が……。 ※ムーンライトノベルズ様にも重複投稿しています ※表紙はニジジャーニーで生成しました

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

男友達を家に入れたら催眠術とおもちゃで責められ調教されちゃう話

mian
恋愛
気づいたら両手両足を固定されている。 クリトリスにはローター、膣には20センチ弱はある薄ピンクの鉤型が入っている。 友達だと思ってたのに、催眠術をかけられ体が敏感になって容赦なく何度もイかされる。気づけば彼なしではイけない体に作り変えられる。SM調教物語。

社長の奴隷

星野しずく
恋愛
セクシー系の商品を販売するネットショップを経営する若手イケメン社長、茂手木寛成のもとで、大のイケメン好き藤巻美緒は仕事と称して、毎日エッチな人体実験をされていた。そんな二人だけの空間にある日、こちらもイケメン大学生である信楽誠之助がアルバイトとして入社する。ただでさえ異常な空間だった社内は、信楽が入ったことでさらに混乱を極めていくことに・・・。(途中、ごくごく軽いBL要素が入ります。念のため)

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

処理中です...