上 下
211 / 417
元彼に会う前に 編

俺の事をもっと信頼していいよ

しおりを挟む
「リアルの朱里が幸せになる事も同じだよ。他の奴に遠慮して自分の幸せを喜べなくなったら、人生を楽しむ事すらできなくなる。朱里に何やかや言う奴は、朱里の人生に責任を持たない。そいつらの言葉に耳を貸して幸せになれると思うか?」

「いいえ」

 私はきっぱりと言い、首を横に振った。

「なら、気にするな。代わりに朱里の人生に責任を持ち、絶対に幸せにすると決めた俺の言葉を信じてほしい。今なら永久保証つきだ」

「……んふふ、はい!」

 頷いたあと、尊さんは安心したように小さく息を吐いた。

「まぁ、秘書の件は『そうなるかもしれない道の一つ』として捉えてくれ。今すぐ真剣に悩まなくてもいい。一気に言い過ぎて悪い。不安にさせたかった訳じゃない」

「いいえ」

 私はグルグル考えていた思考を止め、小さく息を吐く。

「家賃からの流れで言いたかったのは、『結婚するし一緒に暮らすんだから遠慮しなくていい』っていう話なんだ。……ただ、お前が家賃を払う思考になっちまうのも、ある程度分かるけどな。……朱里、人に甘えるの下手だろ」

 図星を突かれ、私は目を丸くした。

「今まで田村クンとどういう付き合い方をしてたかは、中村さんに聞いた程度しか知らねぇけど、あいつにも甘えきれなかったんじゃないか?」

 私はコクンと頷く。

 付き合っていた当時、昭人の事は好きだったけど、身も心も預けられる相手とは思っていなかった。

 学生時代の私は、いつも心に不安を抱えつつも、それを誤魔化しながら過ごしていた。

 父を喪った悲しさ、母に甘えられない寂しさを誰かに吐露して頼りたいのに、『我慢しないと』と自分を律し続けていた。

 だけど私を颯爽と助けてくれた〝忍〟には、弱さなんてもんじゃない、人生の黒歴史といっていい〝すべて〟を見せてしまった。

 なのに〝忍〟は私を『弱い』とバカにせず、正面から受け入れて励まし、『生きろ』と言ってくれた。

 泣きわめいて盛大なガス抜きができた私は、『死にたい、生きていたくない』という感情からなんとか脱却し、淡々と過ごせるようになった。

 だから昭人は私の弱いところをあまり知らないし、私も彼にそんな面を見せなかった。

 ゆえに甘えるなんてできなかったし、セックスしても昭人にすべてを委ねて意識を飛ばし、気持ちよくなる事もなかった。

 ――強く生きなきゃいけない。

 母を心配させたくなかった私は、常に自分にそう言い聞かせて生きてきた。

 誰にも迷惑を掛けないように気をつけ、なるべくすべての面倒を自分一人で見られるよう努力した。

 ……その名残があるからか、尊さんには甘えられると思っていても、衣食住すべての面倒を見てもらった状態で、もし〝何か〟があって彼を失えば……と思うと不安になってしまう。

 誰かを失い、死にたくなるほどメンタルを崩し、生活がままならなくなるって、意外と怖いものだから。

 尊さんは私の不安げな表情を見て、すべてを理解した顔で頷く。

「さっきも言ったけど、夫婦になるんだから俺の事をもっと信頼していいよ。俺はいなくならないし、朱里を捨てない」

 ――いなくならない。

 その言葉が胸にスッと入り込んだ瞬間、ブワッと涙が溢れた。

 ――そうか。私、お父さんを亡くして昭人にも去られて、人を失う事を過敏に怖れていたんだ。

「この手に掴まって一緒に歩いて、つらくて歩けなくなった時は『助けて』って言えばいい。俺は朱里を背負って歩くし、子供ができたら抱っこして進む。それぐらいの覚悟も、生活能力も資産もあるつもりだ。だから、信じて頼っていい。俺は絶対に朱里を裏切らないし、お前を傷つけない。何があっても一緒にいるし、つらい時も悲しい時も側にいる。……だから、信じてくれ」

「…………、……~~~~うぅ……」

 私はクシャリと表情を歪め、ポロッと涙を零すと、立ちあがって両腕を広げ、テテテ……と尊さんに近づきポスンと彼の腕の中に収まった。

「ううう……」

 グスグス泣く私の髪を撫で、尊さんは小さく笑う。

「こういう時こそ『しゅき』だろ?」

「…………じゅぎ…………」

「あーあ……。洟かめ、洟」

 尊さんは苦笑いすると、腕を伸ばしてティッシュを一枚とり、私の鼻に押し当てる。

「ほれ、ちーん」

「…………一人でかめるもん…………」

「教育番組みたいだな」

「……ぶひゅっ、……ぶひゅひゅっ……」

「洟かみながら笑うな」

 尊さんはクスクス笑い、私の髪を優しく丁寧に撫でた。

「……まぁ、さ。いきなり生活環境が変わる事への不安は分かる。俺だって、英語を話せるとしても、いきなり海外で暮らす事になったら緊張するしビビるよ」

「ん……」

 洟をかんだ私は尊さんに抱きつき、子供のように甘える。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R18】もう一度セックスに溺れて

ちゅー
恋愛
-------------------------------------- 「んっ…くっ…♡前よりずっと…ふか、い…」 過分な潤滑液にヌラヌラと光る間口に亀頭が抵抗なく吸い込まれていく。久しぶりに男を受け入れる肉道は最初こそ僅かな狭さを示したものの、愛液にコーティングされ膨張した陰茎を容易く受け入れ、すぐに柔らかな圧力で応えた。 -------------------------------------- 結婚して五年目。互いにまだ若い夫婦は、愛情も、情熱も、熱欲も多分に持ち合わせているはずだった。仕事と家事に忙殺され、いつの間にかお互いが生活要員に成り果ててしまった二人の元へ”夫婦性活を豹変させる”と銘打たれた宝石が届く。

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

【R-18】悪役令嬢ですが、罠に嵌まって張型つき木馬に跨がる事になりました!

臣桜
恋愛
悪役令嬢エトラは、王女と聖女とお茶会をしたあと、真っ白な空間にいた。 そこには張型のついた木馬があり『ご自由に跨がってください。絶頂すれば元の世界に戻れます』の文字が……。 ※ムーンライトノベルズ様にも重複投稿しています ※表紙はニジジャーニーで生成しました

王太子の子を孕まされてました

杏仁豆腐
恋愛
遊び人の王太子に無理やり犯され『私の子を孕んでくれ』と言われ……。しかし王太子には既に婚約者が……侍女だった私がその後執拗な虐めを受けるので、仕返しをしたいと思っています。 ※不定期更新予定です。一話完結型です。苛め、暴力表現、性描写の表現がありますのでR指定しました。宜しくお願い致します。ノリノリの場合は大量更新したいなと思っております。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

男友達を家に入れたら催眠術とおもちゃで責められ調教されちゃう話

mian
恋愛
気づいたら両手両足を固定されている。 クリトリスにはローター、膣には20センチ弱はある薄ピンクの鉤型が入っている。 友達だと思ってたのに、催眠術をかけられ体が敏感になって容赦なく何度もイかされる。気づけば彼なしではイけない体に作り変えられる。SM調教物語。

【R18】鬼上司は今日も私に甘くない

白波瀬 綾音
恋愛
見た目も中身も怖くて、仕事にストイックなハイスペ上司、高濱暁人(35)の右腕として働く私、鈴木梨沙(28)。接待で終電を逃した日から秘密の関係が始まる───。 逆ハーレムのチームで刺激的な日々を過ごすオフィスラブストーリー 法人営業部メンバー 鈴木梨沙:28歳 高濱暁人:35歳、法人営業部部長 相良くん:25歳、唯一の年下くん 久野さん:29歳、一個上の優しい先輩 藍沢さん:31歳、チーフ 武田さん:36歳、課長 加藤さん:30歳、法人営業部事務

処理中です...