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元彼に会う前に 編

俺の事をもっと信頼していいよ

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「リアルの朱里が幸せになる事も同じだよ。他の奴に遠慮して自分の幸せを喜べなくなったら、人生を楽しむ事すらできなくなる。朱里に何やかや言う奴は、朱里の人生に責任を持たない。そいつらの言葉に耳を貸して幸せになれると思うか?」

「いいえ」

 私はきっぱりと言い、首を横に振った。

「なら、気にするな。代わりに朱里の人生に責任を持ち、絶対に幸せにすると決めた俺の言葉を信じてほしい。今なら永久保証つきだ」

「……んふふ、はい!」

 頷いたあと、尊さんは安心したように小さく息を吐いた。

「まぁ、秘書の件は『そうなるかもしれない道の一つ』として捉えてくれ。今すぐ真剣に悩まなくてもいい。一気に言い過ぎて悪い。不安にさせたかった訳じゃない」

「いいえ」

 私はグルグル考えていた思考を止め、小さく息を吐く。

「家賃からの流れで言いたかったのは、『結婚するし一緒に暮らすんだから遠慮しなくていい』っていう話なんだ。……ただ、お前が家賃を払う思考になっちまうのも、ある程度分かるけどな。……朱里、人に甘えるの下手だろ」

 図星を突かれ、私は目を丸くした。

「今まで田村クンとどういう付き合い方をしてたかは、中村さんに聞いた程度しか知らねぇけど、あいつにも甘えきれなかったんじゃないか?」

 私はコクンと頷く。

 付き合っていた当時、昭人の事は好きだったけど、身も心も預けられる相手とは思っていなかった。

 学生時代の私は、いつも心に不安を抱えつつも、それを誤魔化しながら過ごしていた。

 父を喪った悲しさ、母に甘えられない寂しさを誰かに吐露して頼りたいのに、『我慢しないと』と自分を律し続けていた。

 だけど私を颯爽と助けてくれた〝忍〟には、弱さなんてもんじゃない、人生の黒歴史といっていい〝すべて〟を見せてしまった。

 なのに〝忍〟は私を『弱い』とバカにせず、正面から受け入れて励まし、『生きろ』と言ってくれた。

 泣きわめいて盛大なガス抜きができた私は、『死にたい、生きていたくない』という感情からなんとか脱却し、淡々と過ごせるようになった。

 だから昭人は私の弱いところをあまり知らないし、私も彼にそんな面を見せなかった。

 ゆえに甘えるなんてできなかったし、セックスしても昭人にすべてを委ねて意識を飛ばし、気持ちよくなる事もなかった。

 ――強く生きなきゃいけない。

 母を心配させたくなかった私は、常に自分にそう言い聞かせて生きてきた。

 誰にも迷惑を掛けないように気をつけ、なるべくすべての面倒を自分一人で見られるよう努力した。

 ……その名残があるからか、尊さんには甘えられると思っていても、衣食住すべての面倒を見てもらった状態で、もし〝何か〟があって彼を失えば……と思うと不安になってしまう。

 誰かを失い、死にたくなるほどメンタルを崩し、生活がままならなくなるって、意外と怖いものだから。

 尊さんは私の不安げな表情を見て、すべてを理解した顔で頷く。

「さっきも言ったけど、夫婦になるんだから俺の事をもっと信頼していいよ。俺はいなくならないし、朱里を捨てない」

 ――いなくならない。

 その言葉が胸にスッと入り込んだ瞬間、ブワッと涙が溢れた。

 ――そうか。私、お父さんを亡くして昭人にも去られて、人を失う事を過敏に怖れていたんだ。

「この手に掴まって一緒に歩いて、つらくて歩けなくなった時は『助けて』って言えばいい。俺は朱里を背負って歩くし、子供ができたら抱っこして進む。それぐらいの覚悟も、生活能力も資産もあるつもりだ。だから、信じて頼っていい。俺は絶対に朱里を裏切らないし、お前を傷つけない。何があっても一緒にいるし、つらい時も悲しい時も側にいる。……だから、信じてくれ」

「…………、……~~~~うぅ……」

 私はクシャリと表情を歪め、ポロッと涙を零すと、立ちあがって両腕を広げ、テテテ……と尊さんに近づきポスンと彼の腕の中に収まった。

「ううう……」

 グスグス泣く私の髪を撫で、尊さんは小さく笑う。

「こういう時こそ『しゅき』だろ?」

「…………じゅぎ…………」

「あーあ……。洟かめ、洟」

 尊さんは苦笑いすると、腕を伸ばしてティッシュを一枚とり、私の鼻に押し当てる。

「ほれ、ちーん」

「…………一人でかめるもん…………」

「教育番組みたいだな」

「……ぶひゅっ、……ぶひゅひゅっ……」

「洟かみながら笑うな」

 尊さんはクスクス笑い、私の髪を優しく丁寧に撫でた。

「……まぁ、さ。いきなり生活環境が変わる事への不安は分かる。俺だって、英語を話せるとしても、いきなり海外で暮らす事になったら緊張するしビビるよ」

「ん……」

 洟をかんだ私は尊さんに抱きつき、子供のように甘える。
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