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手に入れた女神 編

完全にやり方を間違えた

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 会議室での行為が終わったあと、俺はぐったりとした朱里の服を整え猛省した。

(……完全にやり方を間違えた)

 証拠隠滅のために換気をしたあと、何かしないと間が持たないと思い、俺は資料を配り始める。

 そうじゃないだろ! もっとこう……、いい感じにデートに誘ったり……!

 あまりに恋愛下手な自分に呆れた俺は、内心で絶叫する。

『……あの夜だけの関係じゃなかったんですか?』

 もう一人の自分と緊急会議を開いていた最中に、朱里にそう言われたものだから、ついバカみたいな返事をしてしまった。

『……あれ? 俺たちセフレになったんじゃなかったっけ?』

 違うだろ!! バカたれが!! 今の冗談は言っちゃいけないタイプの冗談だ!

 朱里に好かれないように意地悪な上司を演じてきたから、こんなところでいつもの癖が出てしまった。

 言ったあとに大後悔した俺は、変な汗をタラタラと掻く。

(いや待て。このまま軽口を叩いてたら完全に自滅する。恥ずかしいとか慣れてないとか言ってねぇで、ストレートにデートに誘えよ!)

『今週末、飯行かないか?』

 誘えた! …………いや。

(……あ。すげぇ嫌がってる)

 そりゃそうか。……なら。

『虎ノ門のフレンチで、ワインを好きなだけ飲ませてやる』

 あぁ……。やだ。高い店といい酒をチラつかせて、思うように操ろうとしてる俺、ただのおっさんじゃねぇか。

『……そういうトコ、ワインを好き放題飲む場所じゃないですし……』

 あ、でもちょっと食いついた。

『ふぅん? じゃあ、美味い飯を食って、そのあとバーで飲む。お前が酔っぱらってもきちんと送る。今度はしたくないなら、送り狼はしない』

 これならどうだ。すげぇ健全デートだろ。

 ……まぁ、一緒にいてムラムラしねぇって保証はねぇけど……。

『……なんで私にそんなにこだわるんですか』

 思いの外、飯作戦が効いてるな。さすが食いしん坊だ。

 こいつが飯につられやすいのは、中村さんからの報告で分かっている。

 とにかく、釣るきっかけは飯でも酒でもいい。ちゃんとまともな席を設けてきちんと話したい。

 そのために、わざと朱里の興味を引く事を言った。

『お前さ、俺と条件ありで付き合ってみない?』

『はい!?』

 うん、そうなるな。でも食いついた。

 そのあと怜香からエミリを宛がわれようとしている事を匂わせ、話を聞いてもらうという体で改めて食事に誘ったのだった。



**




 長い昔話を聞き終えた私は、呆然として尊さんを見つめた。

 情報が多すぎて、どう反応していいのか分からない。

「……引いたか?」

 尊さんは心配そうに言い、自嘲する。

「……『何やってんですか、あんたは』って言いたくなりますけど……。でも……」

 ――この人、忍だった。

 ずっと私を見守ってきた事よりも、彼が〝忍〟だった事のほうが私にとっては重要だ。

「……忍、なの? あの橋で私の自殺を止めて、叱ってくれた人……」

 自信なさげな表情で尋ねると、尊さんは苦笑いする。

「……ああ。あのあとも生きててくれて良かったよ。……それにお前を助けられたから、俺は希望を見いだす事ができたし……」

「…………っ」

 確認して本当だと認識したあと、目の奥が熱くなって涙を零してしまった。

「~~~~っ、なんで言わなかったんですか! バカ!」

 私は起き上がって、ドンッと彼の胸板を叩く。

「だって〝忍〟だって言ったら、お前は俺を特別視するだろ」

「当たり前じゃないですか! 私の初恋の人なんだから!」

「は?」

 叩きつけるように言うと、尊さんは目を丸くして固まった。

「全部あなたのせいですよ! 思春期の女の子の自殺を格好良く止めて、フルネームも連絡先も教えず、大人になって再会できたら運命だと思って向き直る? 少女漫画みたいな決め台詞言われて、好きにならない女の子がどこにいますか! あれで性癖歪められたんですから!」

「…………そこまでは知らねぇよ」

 私が斜め上の反応をしたものだから、尊さんは呆然として頭を掻く。

「だってお前、田村クンと付き合ってただろ。それもすげぇ未練タラタラになるぐらい好きだったんだろ? 会社では負のオーラまき散らしてたし、バーでマスターに絡んでたし……」

 事実を指摘され、私は唇を尖らせる。

「尊さんだって宮本さんと付き合ったじゃないですか。いくら初恋の人がいるとはいえ、告白されて良さそうだったら一応付き合いますよ。……〝忍〟と連絡を取れる状況だったなら別だけど、どこに住んでいるか分かりませんでした。……いつ会える保証もないし……」

「そりゃあ……、それぞれの人生だしな。俺だって最初はお前にノータッチで生きていくつもりだったし、まさかこうなると思ってなかったよ」

 カウチソファに座り直した尊さんは、機嫌を窺うように私の顔を覗き込み、そっと髪を撫でてくる。

 私はその手をギュッと握り、潤んだ目で尊さんを睨む。
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