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旅先で出会った〝朱里〟 編
死ぬなんていつでもできるんだよ
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少女は冷えた地面に座り込み、体を震わせて嗚咽する。
頼りないその姿を見て、俺はつい十歳の時の自分を重ねてしまった。
だから柄にもなく感情移入し、何とか慰めてやろうと思った。
『……親父さん、亡くなったのか?』
尋ねると、彼女は小さく頷いた。
『つらいよな。俺も小学生の時に母親を亡くした』
ポンポンと頭を撫でると、少女はゆっくり顔を上げて俺の顔を見た。
『……お兄さんも親を亡くしたの?』
〝お兄さん〟と呼ばれて、心の中の何かがグラッと傾いだ。
思いだしてはいけない〝誰か〟の記憶が蘇りそうになり、俺は乱暴に髪を掻き混ぜる。
『…………あぁ。だから気持ちは理解する』
言いながら、大きな目に涙を溜めた少女を見て『守りたい』と思ってしまった。
――見ず知らずの、初対面の女の子を相手に?
――キモいだろ。しっかりしろ。
『……お父さんのところに行きたい。……私、どうすればいいの……』
少女は弱々しい声で呟き、涙を零す。
母が生きていた頃は、『困った人を見たら積極的に助けるように』と教えられていた。
だが篠宮家に引き取られたあとは、俺自身が自殺しないようにするので精一杯になり、他人の面倒なんか見られなかった。
なのにこの少女を前にすると『何とかしてやりたい』という気持ちになり、俺自身が驚いている。
『…………あのさ、親を失った先輩が言うけど、死ぬのは簡単だ』
俺は冷たいアスファルトの上に胡座をかいたまま、少女にポツポツと語る。
『大切な人はいるか? お母さんは?』
『……いる。…………友達も、少ないけど……』
少女は手で目元を擦り、洟を啜って答える。
『お前がここで飛び降りたとして、お母さんはお前の死体と対面しないといけない。その前に警察とか、大勢の人がお前のために動く。そんでちょっとだけニュースになるかもな。小さなニュースになって、やがて人に忘れ去られていく。人の死なんてそんなもんだ』
我ながら、オブラートに包んだ綺麗な言葉が言えない。
死にたいって言ってるやつは、『つらいね、大変だね』と共感してほしいだけの時もあるけど、本当に死ぬ奴は放っておいても死ぬ。
優しくしても本当の事を言っても結果が同じなら、嘘ではない言葉を言いたい。
俺は普段からそういうスタンスで人と接していたから、自殺しかけた少女相手とはいえ、いきなり気の利いた事を言えるはずもなかった。
そもそも、俺は他人に優しくするのが苦手だ。
小さい頃は愛されて育ったが、今は針のむしろの状態で生活している。そんな状態で他人に優しくできるのは聖人だけだ。
だから俺にできるのは、つらい現実を教える事だけだ。
夢物語を話し、希望を与えるのは別の人に任せている。
『死後の世界なんて、誰も分からないんだよ。幽霊が出てくるホラー映画も、感動映画も、全部人が作ったものだ。見える人は幽霊を見るのかもしれないが、見えない人にとっては〝かもしれない〟の世界だ。幽霊が見えたとしても、生きている人間が死後の世界を知る事はない。生まれ変わり? 天国? そんなん、世界中の色んな宗教が混じって、人が都合のいいように解釈しただけだ。お前はそんな曖昧なものを信じて死ぬのか?』
話しているうちに、かつて絶望し、何度も自殺しようとした少年時代の俺に説教している心地になった。
彼女は気まずそうに目を逸らし、ボソッと呟く。
『…………やな人』
『やな人で結構。俺はむしろ、夫を亡くして、娘にも先立たれるお前のお母さんのほうが気の毒だ。お前は子供だから分からないだろうけど、子供に死なれた親ほどつらいもんはないぞ』
『……子供いるの?』
『いないけど』
言って、俺はわざと軽薄そうに笑う。そのあと、溜め息をついて真面目な顔をした。
『俺だって、何回死にたいって思ったか分からねぇよ。でも今は、母親をひき殺した犯人に一矢報いられるよう、社会的に力のある男になりたいと思ってる。いいか? 世の中には人を殺しても、のうのうと生きてる奴がいるんだ』
俺は目の奥に激しい憎しみを宿し、子供相手に言い聞かせる。
『さっきも言ったけど、死ぬなんていつでもできるんだよ。遺された家族に悲しみと迷惑を掛ける勇気があるならな』
そう言うと、彼女は唇を引き結び、俺を反抗的に睨んだ。
自分の覚悟を軽んじられた気持ちになって怒ってるんだよな。分かるよ。それでいい。
生きるために心を燃やすなら、怒りだって何でもいい。
頼りないその姿を見て、俺はつい十歳の時の自分を重ねてしまった。
だから柄にもなく感情移入し、何とか慰めてやろうと思った。
『……親父さん、亡くなったのか?』
尋ねると、彼女は小さく頷いた。
『つらいよな。俺も小学生の時に母親を亡くした』
ポンポンと頭を撫でると、少女はゆっくり顔を上げて俺の顔を見た。
『……お兄さんも親を亡くしたの?』
〝お兄さん〟と呼ばれて、心の中の何かがグラッと傾いだ。
思いだしてはいけない〝誰か〟の記憶が蘇りそうになり、俺は乱暴に髪を掻き混ぜる。
『…………あぁ。だから気持ちは理解する』
言いながら、大きな目に涙を溜めた少女を見て『守りたい』と思ってしまった。
――見ず知らずの、初対面の女の子を相手に?
――キモいだろ。しっかりしろ。
『……お父さんのところに行きたい。……私、どうすればいいの……』
少女は弱々しい声で呟き、涙を零す。
母が生きていた頃は、『困った人を見たら積極的に助けるように』と教えられていた。
だが篠宮家に引き取られたあとは、俺自身が自殺しないようにするので精一杯になり、他人の面倒なんか見られなかった。
なのにこの少女を前にすると『何とかしてやりたい』という気持ちになり、俺自身が驚いている。
『…………あのさ、親を失った先輩が言うけど、死ぬのは簡単だ』
俺は冷たいアスファルトの上に胡座をかいたまま、少女にポツポツと語る。
『大切な人はいるか? お母さんは?』
『……いる。…………友達も、少ないけど……』
少女は手で目元を擦り、洟を啜って答える。
『お前がここで飛び降りたとして、お母さんはお前の死体と対面しないといけない。その前に警察とか、大勢の人がお前のために動く。そんでちょっとだけニュースになるかもな。小さなニュースになって、やがて人に忘れ去られていく。人の死なんてそんなもんだ』
我ながら、オブラートに包んだ綺麗な言葉が言えない。
死にたいって言ってるやつは、『つらいね、大変だね』と共感してほしいだけの時もあるけど、本当に死ぬ奴は放っておいても死ぬ。
優しくしても本当の事を言っても結果が同じなら、嘘ではない言葉を言いたい。
俺は普段からそういうスタンスで人と接していたから、自殺しかけた少女相手とはいえ、いきなり気の利いた事を言えるはずもなかった。
そもそも、俺は他人に優しくするのが苦手だ。
小さい頃は愛されて育ったが、今は針のむしろの状態で生活している。そんな状態で他人に優しくできるのは聖人だけだ。
だから俺にできるのは、つらい現実を教える事だけだ。
夢物語を話し、希望を与えるのは別の人に任せている。
『死後の世界なんて、誰も分からないんだよ。幽霊が出てくるホラー映画も、感動映画も、全部人が作ったものだ。見える人は幽霊を見るのかもしれないが、見えない人にとっては〝かもしれない〟の世界だ。幽霊が見えたとしても、生きている人間が死後の世界を知る事はない。生まれ変わり? 天国? そんなん、世界中の色んな宗教が混じって、人が都合のいいように解釈しただけだ。お前はそんな曖昧なものを信じて死ぬのか?』
話しているうちに、かつて絶望し、何度も自殺しようとした少年時代の俺に説教している心地になった。
彼女は気まずそうに目を逸らし、ボソッと呟く。
『…………やな人』
『やな人で結構。俺はむしろ、夫を亡くして、娘にも先立たれるお前のお母さんのほうが気の毒だ。お前は子供だから分からないだろうけど、子供に死なれた親ほどつらいもんはないぞ』
『……子供いるの?』
『いないけど』
言って、俺はわざと軽薄そうに笑う。そのあと、溜め息をついて真面目な顔をした。
『俺だって、何回死にたいって思ったか分からねぇよ。でも今は、母親をひき殺した犯人に一矢報いられるよう、社会的に力のある男になりたいと思ってる。いいか? 世の中には人を殺しても、のうのうと生きてる奴がいるんだ』
俺は目の奥に激しい憎しみを宿し、子供相手に言い聞かせる。
『さっきも言ったけど、死ぬなんていつでもできるんだよ。遺された家族に悲しみと迷惑を掛ける勇気があるならな』
そう言うと、彼女は唇を引き結び、俺を反抗的に睨んだ。
自分の覚悟を軽んじられた気持ちになって怒ってるんだよな。分かるよ。それでいい。
生きるために心を燃やすなら、怒りだって何でもいい。
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