【R-18・連載版】部長と私の秘め事

臣桜

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尊の過去 編

母子家庭

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 言われて、私は動揺する。

 確かに彼が言う通り、私は父を亡くして絶望し、橋から飛び降りようとした。

 でもその事を尊さんに言った覚えはない。

「…………どうして……」

 私はゆっくり起き上がり、尊さんを見つめる。

 少し強張った顔をしていたからか、彼は切なげに笑った。

しの

 私はその〝名前〟を聞いて、目を見開き、すべてを察した。

「あ…………、あぁ…………」

 目を見開き動揺しきった私を見て、尊さんは痛みを堪えるような表情で「悪い」と謝った。



**



 物心ついた時から、俺の家は母子家庭だった。

 母方の祖父、将馬しょうまは、音楽が好きなら大抵の人が知る、愛知県に本社がある音響ブランドHAYAMIの会長だ。

 祖父に嫁いだ祖母、百合ゆりは地主の娘でお嬢様。

 母はそんな裕福な家庭に生まれた長女だった。

 本社と実家は名古屋にあるものの、祖母は子供たちの将来を考えて都内で生活していた。

 祖母は都内でピアノ教室を開き、母はピアノを習いながら学生時代を過ごした。

 祖母は母に音楽大学に行ってほしいと願っていたらしいが、母は自分の人生を歩みたいと言い、秘書となる道を選んだ。

 秘書になって実家で働くのかと思いきや、高校時代に親父――篠宮亘と出会い、運命を狂わされた。

 父とは高校生の生徒会で出会い、恋に落ちて付き合い、大学も同じところを受験した。

 高校卒業する頃には二人で結婚する未来を語り合い、いずれ父が社長となる篠宮フーズで秘書をしながら夫婦生活を……と考えていたらしい。

 だがその頃から母は、祖母と衝突を繰り返していたようだ。

 HAYAMIは長男が継ぐからいいものの、祖母としてはそれを支える婿養子がほしく、母にお見合いをしろと言っていたそうだ。

 けれど母は父を深く愛し、拒み続けた上に音楽の道を捨てた。

 祖母に自分の意志を叩きつけるために、母はずっと続けていたピアノをやめ、コンクールも欠場したそうだ。

 祖母にとって音楽はとても大切なものだったので、娘の侮辱ともとれる行動をどうしても許す事ができなかった。

 大学を卒業し、篠宮フーズの秘書となる頃には、母は速水家から勘当されていた。

 篠宮家の祖父母は、最初は『速水家の娘なら……』と思っていたが、勘当されて一般人になったと知ったあとは、父との結婚を反対した。

 その時、父がもう少し根性を見せ、速水家との仲を取り持つなどの努力をしていれば、未来は変わっていたかもしれない。クソだせぇ。

 母は父との結婚に失敗した挙げ句、実家からも勘当された状態で、俺を育てる事になった。

 俺たち母子の住まいとなったマンションは、父が母に買い与えたものだ。

 セキュリティがしっかりして住み心地が良く、俺と妹がそのまま成長しても問題のない広さもあった。

 父の事は〝週に一回ぐらい現れるおじさん〟という認識をしていた。

 頻繁に現れては親しげに接してくるので、初めは近所に住んでいる身なりのいいおじさんだと思っていた。

 母は〝おじさん〟がくると俺に外に出るよう言い、会わせるのが嫌そうだった記憶がある。

〝おじさん〟は俺にこっそりとゲーム機やスマホを買い与えてくれたので、最初はいい人だと思い込んでいた。ガキなんてそんなもんだ。

 母に『外に行ってなさい』と言われた時、大抵は素直に言う事を聞いて友達と遊んでいた。だが雨が降っている時もあるし、友達の習い事や予定の関係もあり、毎回家を離れられる訳ではない。

『怒られるかな』と思ってそっと家に戻れば、母の泣き声が聞こえる時もあった。

 くぐもった声を出している時もあり、そっと覗いてみれば母は胸をさらけだして〝おじさん〟に覆い被さられていた。

 その時はセックスというものを知らなかったから、母が何をされているんだか分からなかった。

 が、『母が〝おじさん〟にいけない事をされている』という感覚はあり、〝おじさん〟への不信感、嫌悪感はどんどん募っていった。

 母があかりを出産して心身共に大変だった頃は、〝おじさん〟が俺の面倒をみていた。

『どうして亘おじさんはいつも家に来るの? 結婚してないの?』

 そう尋ねたのは、父が俺たちを訪問する時は、必ず結婚指輪を外していたからだ。

 父はその質問を聞き、苦しそうに表情を歪めてこう言った。

『おじさんじゃなくて、〝お父さん〟って呼んでくれないか?』
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