14 / 58
妻にと望んだ理由
しおりを挟む
自分一人の問題なら我慢できるが、クローディアのためにミケーラからついてきてくれた彼らが、つらい思いをするのは避けたい。
(でも城主様であるイグナット様がこんなに優しい方なら、問題なさそうね)
安堵して小さく息をついた時、ソルがイグナットに声を掛けた。
「旦那様、ご婚礼のお話を……」
「ああ、そうだった。クローディア、先に謝っておかなければなりません」
「はい、何でしょう」
「女性として盛大な結婚式に憧れているかもしれませんが、私はこの体なので祭壇の前に立つ事はできません。式はこの部屋で、司祭様に来てもらい、ごく簡素に済ませていいでしょうか?」
「構いません。イグナット様のお体に負担を与えないのが一番ですもの」
理解を示すと、彼は申し訳なさそうに微笑んだ。
「ありがとうございます」
そのあとこの城で分からない事があったら、何でもソルに聞くようにと言われ、イグナットとの面会は終わった。
ソルに部屋まで送り届けられたあと、クローディアはラギの袖を引いて自分の部屋に招く。
「……どう思う?」
ソファに掛け、向かいを彼に示すとラギは黙って腰掛けた。
「どう、とは?」
三十歳を前にしたラギは、知っている限りずっと独り身だ。
ミケーラ城ではよく働き女たちからも人気があったのに、彼は寡黙な事もあり反応が悪い。
ついたあだ名が「朴念仁」だ。
しかしクローディアは、ラギの傭兵としての力量と口の固さ、忠誠心は信頼している。
いざという時に、ラギは冷静に物事を判断できるし、クローディアに的確な助言もしてくれた。
だからいつもこういう時は、腹心でもある彼に意見を聞く。
「イグナット様が私を妻にと望んだ理由、ラギはあれで納得した?」
尋ねられ、彼は視線を動かして窓のほうを見る。
「優しそうな方ですし、言葉に甘えてここで自由に過ごしていいのでは?」
「……そうね。そうは思うんだけれど……」
クローディアはスカートの中で脚を組む。
顎に手を当てて深く考え込み、溜め息交じりに言う。
「私でなければならない理由が、弱い気がするの。騎士たちの間でも有名なバフェット辺境伯なら、お元気だった頃にもっと大勢の貴族と関わりがあってもおかしくないわ。それなのに、お父様にだけ対象を絞って『恩がある』というのは、少し不自然な気がして……」
「お嬢とて、ミケーラで大勢の騎士と交流していても、俺のような〝特別〟はいるでしょう」
堂々と自分の事を特別と言い切る大胆さも、ラギを気に入っている由縁だ。
「……そうね」
そしてラギの言葉を聞き、クローディアはストンと納得してしまった。
「……きっと、急に降ってきた縁談で、自分でも理解しきれていないままだから、明確な理由をほしがっていたのかもしれないわ。私だって自分が孤独に死のうとしていたら、誰か大切な人に縁のある、未来ある若者に希望を託したいと思うもの」
自分自身に言い聞かせると、開き直ってここで上手くやっていける気がした。
「持って来た婚礼衣装を、侍女たちが確認しているようです。奥様も針を入れた大切な衣装ですから、花嫁姿が見られるのを俺も楽しみにしていますよ」
「ありがとう」
クローディアは明るく笑う。
立ち上がって窓を開き、眼下に広がる美しい湖畔の町を見る。
子供の頃から漠然と「素敵なお嫁さんになりたい」という夢は持っていた。
だが何歳になってもクローディアは恋をせず、婿となる相手の顔を想像すらしなかった。
興味があるのは騎士たちとの、男同士のような交わりのみ。
大きな口を開いて笑い、令嬢なのに生傷の絶えない生活を送って母に呆れられていた。
(私は変わり者のクローディアだわ。普通の結婚をしなくても、私は特に自分を可哀想とは思わない。むしろイグナット様があんなに優しい方で本当に良かった)
社交界で小耳に挟んだ話では、せっかく嫁いでも姑と上手くいかず、毎日奴隷のように働かされ、嫌みを言われて針のむしろのよう……という女性も少なくないらしい。
(私は私。女性の普通を気にせず、私の幸せを求めるのよ。幸せの基準を他者に任せては駄目)
自分に言い聞かせ、クローディアは「よし!」と声を出して笑顔を浮かべた。
その後、バフェット領での生活は穏やかで楽しいものだった。
イグナットが言っていた通り、彼との結婚式はクローディアが婚礼衣装を着て彼の寝室に向かい、手を重ねた上に司祭が聖水を垂らし、祈りの言葉を唱えるという、実に簡素なものだった。
(でも城主様であるイグナット様がこんなに優しい方なら、問題なさそうね)
安堵して小さく息をついた時、ソルがイグナットに声を掛けた。
「旦那様、ご婚礼のお話を……」
「ああ、そうだった。クローディア、先に謝っておかなければなりません」
「はい、何でしょう」
「女性として盛大な結婚式に憧れているかもしれませんが、私はこの体なので祭壇の前に立つ事はできません。式はこの部屋で、司祭様に来てもらい、ごく簡素に済ませていいでしょうか?」
「構いません。イグナット様のお体に負担を与えないのが一番ですもの」
理解を示すと、彼は申し訳なさそうに微笑んだ。
「ありがとうございます」
そのあとこの城で分からない事があったら、何でもソルに聞くようにと言われ、イグナットとの面会は終わった。
ソルに部屋まで送り届けられたあと、クローディアはラギの袖を引いて自分の部屋に招く。
「……どう思う?」
ソファに掛け、向かいを彼に示すとラギは黙って腰掛けた。
「どう、とは?」
三十歳を前にしたラギは、知っている限りずっと独り身だ。
ミケーラ城ではよく働き女たちからも人気があったのに、彼は寡黙な事もあり反応が悪い。
ついたあだ名が「朴念仁」だ。
しかしクローディアは、ラギの傭兵としての力量と口の固さ、忠誠心は信頼している。
いざという時に、ラギは冷静に物事を判断できるし、クローディアに的確な助言もしてくれた。
だからいつもこういう時は、腹心でもある彼に意見を聞く。
「イグナット様が私を妻にと望んだ理由、ラギはあれで納得した?」
尋ねられ、彼は視線を動かして窓のほうを見る。
「優しそうな方ですし、言葉に甘えてここで自由に過ごしていいのでは?」
「……そうね。そうは思うんだけれど……」
クローディアはスカートの中で脚を組む。
顎に手を当てて深く考え込み、溜め息交じりに言う。
「私でなければならない理由が、弱い気がするの。騎士たちの間でも有名なバフェット辺境伯なら、お元気だった頃にもっと大勢の貴族と関わりがあってもおかしくないわ。それなのに、お父様にだけ対象を絞って『恩がある』というのは、少し不自然な気がして……」
「お嬢とて、ミケーラで大勢の騎士と交流していても、俺のような〝特別〟はいるでしょう」
堂々と自分の事を特別と言い切る大胆さも、ラギを気に入っている由縁だ。
「……そうね」
そしてラギの言葉を聞き、クローディアはストンと納得してしまった。
「……きっと、急に降ってきた縁談で、自分でも理解しきれていないままだから、明確な理由をほしがっていたのかもしれないわ。私だって自分が孤独に死のうとしていたら、誰か大切な人に縁のある、未来ある若者に希望を託したいと思うもの」
自分自身に言い聞かせると、開き直ってここで上手くやっていける気がした。
「持って来た婚礼衣装を、侍女たちが確認しているようです。奥様も針を入れた大切な衣装ですから、花嫁姿が見られるのを俺も楽しみにしていますよ」
「ありがとう」
クローディアは明るく笑う。
立ち上がって窓を開き、眼下に広がる美しい湖畔の町を見る。
子供の頃から漠然と「素敵なお嫁さんになりたい」という夢は持っていた。
だが何歳になってもクローディアは恋をせず、婿となる相手の顔を想像すらしなかった。
興味があるのは騎士たちとの、男同士のような交わりのみ。
大きな口を開いて笑い、令嬢なのに生傷の絶えない生活を送って母に呆れられていた。
(私は変わり者のクローディアだわ。普通の結婚をしなくても、私は特に自分を可哀想とは思わない。むしろイグナット様があんなに優しい方で本当に良かった)
社交界で小耳に挟んだ話では、せっかく嫁いでも姑と上手くいかず、毎日奴隷のように働かされ、嫌みを言われて針のむしろのよう……という女性も少なくないらしい。
(私は私。女性の普通を気にせず、私の幸せを求めるのよ。幸せの基準を他者に任せては駄目)
自分に言い聞かせ、クローディアは「よし!」と声を出して笑顔を浮かべた。
その後、バフェット領での生活は穏やかで楽しいものだった。
イグナットが言っていた通り、彼との結婚式はクローディアが婚礼衣装を着て彼の寝室に向かい、手を重ねた上に司祭が聖水を垂らし、祈りの言葉を唱えるという、実に簡素なものだった。
12
あなたにおすすめの小説
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
身代わりで呪いの公爵に嫁ぎましたが、聖女の力で浄化したら離縁どころか国一番の溺愛妻になりました〜実家が泣きついてももう遅い〜
しょくぱん
恋愛
「お前のような無能は、死神の生贄にでもなっていろ」
魔力なしの無能と蔑まれ、家族に虐げられてきた伯爵令嬢レティシア。 彼女に命じられたのは、近づく者すべてを病ませるという『呪いの公爵』アレクシスへの身代わり結婚だった。
鉄格子の馬車で運ばれ、たどり着いたのは瘴気に満ちた死の城。 恐ろしい怪物のような男に殺される――。 そう覚悟していたレティシアだったが、目の前の光景に絶望よりも先に別の感情が湧き上がる。
(な、何これ……汚すぎるわ! 雑巾とブラシはどこ!?)
実は、彼女が「無能」と言われていたのは、その力が『洗浄』と『浄化』に特化した特殊な聖女の魔力だったから。
レティシアが掃除をすれば、呪いの瘴気は消え去り、枯れた大地には花が咲き、不気味だった公爵城はまたたく間にピカピカの聖域に塗り替えられていく。 さらには、呪いで苦しんでいたアレクシスの素顔は、見惚れるほどの美青年で――。
「レティシア、君は一体何者なんだ……? 体が、こんなに軽いのは初めてだ」
冷酷だったはずの公爵様から、まさかの執着と溺愛。 さらには、呪いが解けたことで領地は国一番の豊かさを取り戻していく。
一方で、レティシアを捨てた実家は、彼女の『浄化』を失ったことで災厄に見舞われ、今さら「戻ってきてくれ」と泣きついてくるが……。
「私は今、お城の掃除と旦那様のお世話で忙しいんです。お引き取りくださいませ」
これは、掃除を愛する薄幸令嬢が、その愛と魔力で死神公爵を救い、最高に幸せな居場所を手に入れるまでのお話。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
行き遅れた私は、今日も幼なじみの皇帝を足蹴にする
九條葉月
キャラ文芸
「皇帝になったら、迎えに来る」幼なじみとのそんな約束を律儀に守っているうちに結婚適齢期を逃してしまった私。彼は無事皇帝になったみたいだけど、五年経っても迎えに来てくれる様子はない。今度会ったらぶん殴ろうと思う。皇帝陛下に会う機会なんてそうないだろうけど。嘆いていてもしょうがないので結婚はすっぱり諦めて、“神仙術士”として生きていくことに決めました。……だというのに。皇帝陛下。今さら私の前に現れて、一体何のご用ですか?
※AI不使用です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる