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二十八
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会って話したいことがある。
決死の思いで送った文面に返答があったのは、丸一日経ってからだった。連絡を待ち続けた一日は、驚くほど長かった。俺は安堵して、時間と場所を指定した。弟の文章はいつになく静かで、「わかりました」とだけあった。
とにかく、来てくれれば万々歳だ。来てくれない可能性も視野に入れつつ駅前へと到着すると、そこにはあらゆる女性の視線を集める弟がいた。見た瞬間、心臓がどきどきとうるさいくらいに鳴り始める。近付けば、目が合って会釈をされた。深呼吸をしてから、俺は気さくさを装って声をかけた。
「早いな」
「泉井さんをお待たせするわけにはいきません」
思わず笑ってしまった。変わったように見える弟だったが、こういうところは変わらない。
「何言ってんだ」
「それで、今日はいったいどんな要件ですか」
弟は、さっそく本題に入ろうとする。俺と一緒に、ぼやぼやと時間を過ごすつもりはないらしい。
「ちょっと、歩かない?」
誘ってみれば、弟は大人しく頷いて、俺の後ろを付いて来た。
本来なら饒舌な奴だと思うのだが、今日はさすがに静かである。雲一つない快晴を見上げながら、俺は考えた。考えれば考えるほど憶病になりそうで、首を振る。
「遅くなりましたが、大学合格、おめでとうございます」
「知ってたの?」
「それは、はい」
「ああ、そっか。紀ノ川さんか」
紀ノ川さんとは、クラスが離れても交流があった。いつまで経っても何かと噂の絶えない人気者で、紀ノ川さんの大学合格の知らせが流れて来た瞬間、学校中の生徒たちが祭りのように騒いでいたものである。卒業を祝われているのと同時に、「行かないで」の声も多数あり、紀ノ川さんは「もう一回高三はやりたくないなあ」と笑っていた。
「高校生って、案外早いよ。弟も、そのうち分かると思うけど」
「もう分かってます。この一年はあっという間でした」
「そっか」
人のいない公園に差し掛かる。物寂しさを覚えながら、ふらふらと入ってみた。弟は、黙って付いて来ている。
「あのさ」
「はい」
心臓がうるさい。声が震えそうになって、俺は微かに笑う。何を怖がっているのだろう。
「いろいろ考えてたんだけど、俺、弟とは普通に仲良くしてたいんだよ。話さなくなるのは……寂しいっていうか」
反応はなかった。顔を上げられず、俺は足元ばかりを見ていた。何か言えよ、と空気と共に吐き出せば、弟は一歩前へ踏み出した。
「僕、泉井さんの前では猫かぶってるんです」
「猫?」
「最近はちょっと違うかもしれないんですけど、中二の時は、です。後先考えず、感情のままに行動していました。泉井さんの前では、良い顔でいたいと思っていたんです」
弟は、手の平を握ったり開いたりしている。俺は、じっと黙ってそれを見た。
「泉井さんは、紀ノ川莉子みたいな人が好きなんですよね。確かにあんな人間、みんなから好かれて当然です。同じ血が流れてるのに、僕とは大違いなんです。朗らかで、純粋で……。僕の心を読んだら、泉井さんはきっと僕を嫌いになります」
「何でそう思う」
「僕の頭の中で、泉井さんが何をされてるか分かりますか? 言いたくはありませんけど、どうしてもと言うなら嫌われる覚悟で言います」
「いいよ、何されてても」
瞬間的にそう思った。これが俺の本心だ。しかし弟は首を振る。
「泉井さんは、本当に優しい。そういうのが、苦しいんです」
「いや、違うんだよそうじゃなくって」
「違いませんよ。だから、近付けば近付くだけ辛いんです。それでも、昔は側に居たかった。それだけで幸せだったんです。でも、それだけじゃ足りなくなった。僕が言ってる意味、分かりますよね? だからもう放っておいて下さいって――」
「俺、お前のことが好きなんだ」
うじうじしている俺も俺だが、弟だって決めつけが激しい。このままでは埒が明かないと思った瞬間、俺の口は勝手に動いた。言うにしたって、このタイミングではなかったはずだ。しかし、言ってしまったものはもう引っ込みがつかない。俺は顔を上げた。弟は、目を開いて硬直していた。
「え。と、あ、そ、そうですよね……泉井さんは、優しいからそう言ってくれてるんですよね」
「違う。同情でこんなこと言わない」
「もちろん、好きでいてもらえるのは嬉しいんですけど」
「勘違いするなよ。俺は、お前と恋人になりたいって言ってる」
「はい?」
弟の反応は、面白いくらいに漫画チックだった。しばらくぽかんと立ち尽くしていた弟は、目を瞬かせて頭を抱える。何やらぶつぶつと呟いては、百面相し、脱力したようにしゃがみこんだ。
「大丈夫か?」
「お、驚きすぎて爆発しそうです」
「爆発は止めとけ。俺、どうしたら良いか分からない」
「あの、本当ですか?」
疑り深く、弟は俺を見上げた。俺は、弟と同じようにしゃがみ、右手をぽんと頭の上に乗せる。高校生的な、きらきらと期待のこもった目である。懐かしくて、かつての子犬的な愛らしさも垣間見えて、俺はそのままわしゃわしゃと頭をかきまぜた。心臓の音を聞かないことにして、俺は開き直った。
決死の思いで送った文面に返答があったのは、丸一日経ってからだった。連絡を待ち続けた一日は、驚くほど長かった。俺は安堵して、時間と場所を指定した。弟の文章はいつになく静かで、「わかりました」とだけあった。
とにかく、来てくれれば万々歳だ。来てくれない可能性も視野に入れつつ駅前へと到着すると、そこにはあらゆる女性の視線を集める弟がいた。見た瞬間、心臓がどきどきとうるさいくらいに鳴り始める。近付けば、目が合って会釈をされた。深呼吸をしてから、俺は気さくさを装って声をかけた。
「早いな」
「泉井さんをお待たせするわけにはいきません」
思わず笑ってしまった。変わったように見える弟だったが、こういうところは変わらない。
「何言ってんだ」
「それで、今日はいったいどんな要件ですか」
弟は、さっそく本題に入ろうとする。俺と一緒に、ぼやぼやと時間を過ごすつもりはないらしい。
「ちょっと、歩かない?」
誘ってみれば、弟は大人しく頷いて、俺の後ろを付いて来た。
本来なら饒舌な奴だと思うのだが、今日はさすがに静かである。雲一つない快晴を見上げながら、俺は考えた。考えれば考えるほど憶病になりそうで、首を振る。
「遅くなりましたが、大学合格、おめでとうございます」
「知ってたの?」
「それは、はい」
「ああ、そっか。紀ノ川さんか」
紀ノ川さんとは、クラスが離れても交流があった。いつまで経っても何かと噂の絶えない人気者で、紀ノ川さんの大学合格の知らせが流れて来た瞬間、学校中の生徒たちが祭りのように騒いでいたものである。卒業を祝われているのと同時に、「行かないで」の声も多数あり、紀ノ川さんは「もう一回高三はやりたくないなあ」と笑っていた。
「高校生って、案外早いよ。弟も、そのうち分かると思うけど」
「もう分かってます。この一年はあっという間でした」
「そっか」
人のいない公園に差し掛かる。物寂しさを覚えながら、ふらふらと入ってみた。弟は、黙って付いて来ている。
「あのさ」
「はい」
心臓がうるさい。声が震えそうになって、俺は微かに笑う。何を怖がっているのだろう。
「いろいろ考えてたんだけど、俺、弟とは普通に仲良くしてたいんだよ。話さなくなるのは……寂しいっていうか」
反応はなかった。顔を上げられず、俺は足元ばかりを見ていた。何か言えよ、と空気と共に吐き出せば、弟は一歩前へ踏み出した。
「僕、泉井さんの前では猫かぶってるんです」
「猫?」
「最近はちょっと違うかもしれないんですけど、中二の時は、です。後先考えず、感情のままに行動していました。泉井さんの前では、良い顔でいたいと思っていたんです」
弟は、手の平を握ったり開いたりしている。俺は、じっと黙ってそれを見た。
「泉井さんは、紀ノ川莉子みたいな人が好きなんですよね。確かにあんな人間、みんなから好かれて当然です。同じ血が流れてるのに、僕とは大違いなんです。朗らかで、純粋で……。僕の心を読んだら、泉井さんはきっと僕を嫌いになります」
「何でそう思う」
「僕の頭の中で、泉井さんが何をされてるか分かりますか? 言いたくはありませんけど、どうしてもと言うなら嫌われる覚悟で言います」
「いいよ、何されてても」
瞬間的にそう思った。これが俺の本心だ。しかし弟は首を振る。
「泉井さんは、本当に優しい。そういうのが、苦しいんです」
「いや、違うんだよそうじゃなくって」
「違いませんよ。だから、近付けば近付くだけ辛いんです。それでも、昔は側に居たかった。それだけで幸せだったんです。でも、それだけじゃ足りなくなった。僕が言ってる意味、分かりますよね? だからもう放っておいて下さいって――」
「俺、お前のことが好きなんだ」
うじうじしている俺も俺だが、弟だって決めつけが激しい。このままでは埒が明かないと思った瞬間、俺の口は勝手に動いた。言うにしたって、このタイミングではなかったはずだ。しかし、言ってしまったものはもう引っ込みがつかない。俺は顔を上げた。弟は、目を開いて硬直していた。
「え。と、あ、そ、そうですよね……泉井さんは、優しいからそう言ってくれてるんですよね」
「違う。同情でこんなこと言わない」
「もちろん、好きでいてもらえるのは嬉しいんですけど」
「勘違いするなよ。俺は、お前と恋人になりたいって言ってる」
「はい?」
弟の反応は、面白いくらいに漫画チックだった。しばらくぽかんと立ち尽くしていた弟は、目を瞬かせて頭を抱える。何やらぶつぶつと呟いては、百面相し、脱力したようにしゃがみこんだ。
「大丈夫か?」
「お、驚きすぎて爆発しそうです」
「爆発は止めとけ。俺、どうしたら良いか分からない」
「あの、本当ですか?」
疑り深く、弟は俺を見上げた。俺は、弟と同じようにしゃがみ、右手をぽんと頭の上に乗せる。高校生的な、きらきらと期待のこもった目である。懐かしくて、かつての子犬的な愛らしさも垣間見えて、俺はそのままわしゃわしゃと頭をかきまぜた。心臓の音を聞かないことにして、俺は開き直った。
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