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二十七

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 無事に大学進学が決まった。俺も、晴れて四月から大学生である。制服を着るのもあと数回と思うと、感傷的な気分になった。それに、解決していない事もある。
 登校日でもないその日、俺は家でべったりと寝転んでいた。胸に広がるのは、自分に対する嫌悪感である。うじうじしちゃって、結局何ともなっていない。このままで良いのかと心が叫ぶけれど、俺の身体は動かなかった。目を閉じると、いつだって弟の顔が浮かんだ。
 すると、スマートフォンが鳴る。電話だった。誰だろうと思って画面を見れば、佐野である。
 佐野も大学進学の道を選び、無事合格したのだが、俺とは違う大学だった。これまでは毎日のように顔を会わせていたが、これを機に会う機会はぐっと減るだろう。俺は自宅から通える学校だが、佐野は一人暮らしを始めるらしい。おいそれと会いに行けない距離である。春は、出会いと別れの季節だ。
「佐野? どうした?」
「よ、泉井。今暇?」
 電話越しに、明るい声が聞こえて来る。どんな顔をしているのか、顔を見なくても予想できた。
「暇。どうした?」
「……ちょっと、出て来れる?」
 躊躇うような声に、俺は違和感を覚えた。了承し、上着を羽織って家を出る。指定されたのは駅前だ。そこで佐野と落ち合うと、近くのファストフード店へ入った。適当に飲み物を買って席に着くと、佐野が「もうすぐ卒業だな」と感傷的に呟く。
「そうだな」
「卒業したら、会えなくなるな」
「会えないわけじゃないだろ。たまには会える」
「んー」
 歯切れの悪い応答である。いつもと違うその反応に、やはり春だからな、と納得付ける。何かとアンニュイになる季節なのだ。佐野がそうだとしても、仕方のないことである。
「電話もあるし、大丈夫だって。一人暮らし、けっこう快適かもしれないぞ」
「俺さあ、泉井のこと好きでさ」
「まあ、そうだろうな」
 だから会えなくなるのが寂しいんだな――などと軽口を叩こうとすると、佐野は「そうじゃなくって」と手を振った。
「まじな感じで」
「まじな感じ?」
「ガチなやつ」
「ガチ?」
 ぽかんとした。意味が分からず、眉間に皺を寄せる。
「泉井は空気は読めるけど、鈍いよな。そういうところが好きだけど」
「え。え? ガチって、ガチ?」
「うん。本当は、言わずにずっとこんな関係のままで人生を終えようって思ってたんだ。でもやっぱり、後悔はしたくないよなーと思って」
「え。あ、そうか」
 佐野は、呆れるほどにあっさりとしていた。コーラがぱちぱちと弾けるのを眺め、頬杖を付いている。
「みんなから好かれる良い男になれば、泉井にも振り向いてもらえるんじゃないかって、思ったりしてさあ。涙ぐましい努力をさあ」
 佐野は、こんな場面でもへらへらと笑っていた。それが、せめてもの救いだった。真剣な表情で言われても、俺はどうしたら良いか分からなくなる。
 ぐるぐると佐野とのあらゆる会話を思い出した。こいつがそんな素振りを見せたことはあっただろうか。しかし、冗談とは思えない。冗談でこんなことを言う奴ではない。
 何でとか、いつからとか、いろいろ訊きたいことはある。今こいつは、いったいどんな気持ちなのだろう?
 目が合って、佐野はにーっと笑った。俺もつられて笑う。訊いたところで、意味がない。だって、俺は佐野をそんな風には見ていない。
 佐野と恋人として付き合う。考えてみても、全く現実味がなかった。答えははっきりしていた。友達としてはいたいけれど、恋人としてはノーだ。男同士だからとか、そういう話ではない。それを、佐野はきっと分かっているのだ。
 こんな時だって、いつだって、ちらつくのは弟の顔だった。
「ごめん」
 俺の返答は、失礼なほどに早かった。けれど、これが正直な気持ちだ。佐野は、「そうだろうな」と当然のように笑った。
「泉井、他に好きな人いるもんな?」
「え」
 指摘されて、ぎょっとした。佐野は「分からないわけないだろ」なんて笑っている。そこまで俺は分かりやすいのか。
「いやー、大学、離れるし、なかなか会えなくなると思う。ていうか、しばらくは忙しいだろうし、連絡は取らないと思う」
「そっか」
 佐野の眉が、ハの字になった。しかし口元は笑っている。泣きながら笑う人のような不思議な顔だ。佐野の心情を考えて、俺は微笑んだ。
「でも、またそのうち……連絡するから」
「おう。待ってるな」
「うん。聞いてくれて、ありがとう」
 じゃあな、と佐野は驚くほど元気に手を振って帰った。次に会うのは卒業式だろう。その次に会う日は、少し先かもしれない。けれど、俺たちが友達であることに間違いはない。
 佐野は、どんな思いで告白してくれたのだろう。それを思うと、自分が情けなくなった。何事も勢いが大事だ。俺は考えることを止めて、スマートフォンを取り出した。
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