夢のまた夢～豊臣秀吉回顧録～

天下静謐

佐々切腹

「祝着に存じます。これで、佐々様の面目も立ったわけでございますな。」
「いや、佐々には責任を取ってもらうことになった。」
「何と！？佐々様は、肥後一揆平定にあたっては、私戦ではない旨、殿下にご報告に上がり、殿下もご承諾遊ばしたではございませぬか！？それを今更…拙者は合点がゆきませぬ。」
「まあ、そう怒るな。お主の言い分も尤もじゃ。立花左近（宗茂）の活躍もあり、確かに肥後は平定された。じゃがそれも、夥しい屍と引き換えのことじゃ。一揆の平定に戦は避けられぬ。それは、わかっておる。それでも、もっと“穏便に”済ます方法は無かったものかのう、そう内蔵助に問いたかったのじゃ。」
「これは、異なことを仰せ遊ばされる！？二万余騎の国人どもが立ち上がった中、身を顧みず、講和の道を探れと仰せ遊ばすのでございますか！？いや、むしろ、殿下は、佐々様は一揆の咎を身をもって償えとお考え遊ばされておったのでございますか！？僭越を承知で申し上げますが、それでは佐々様の立つ瀬がありますまい。」
「国を治めるということは、一筋縄ではいかぬ。一揆は、その元をたどれば、余の失政ということにつながる。関白として朝廷を司る余が、民を軽んじていたとあっては、今上に何と顔向けできよう！？余に従うということは、皆が天下静謐の一助にならねばならぬ。内蔵助は、それが分からなかったのじゃ。じゃからこそ、無用な血を流したのじゃ。」
「つまり殿下は、佐々様が無益な戦を繰り広げられたことを罰したというわけでございますな。仰せご尤もではございますが、一筋縄ではいかぬ世になってまいりましたな…。」
「諸将は、まだ天下静謐という真の意味が分かっておらぬ。天下静謐に従わぬものを、ただただ討ち果たせばよい、というわけはない。そもそも、戦にならぬよう相手と話し合わねばならぬ。よしんば、相手が戦もやむなしということになれば、出来る限り、戦は早期に終わらせなければならぬ。内蔵助は、それが出来なんだ。残念ではあるが、天下静謐の大義をもって、内蔵助は、罰せられなければならなくなったというわけじゃ。」
「殿下の思し召しは得心いたしましたが、他の皆様方は拙者と同じように得心されたのでございましょうか？」
「内蔵助の咎を、諸将にはこう申し渡した。曰く、柴田修理（柴田勝家）謀叛の折り、戦の混乱に乗じて、金沢に攻め入ったこと言語道断。死罪に値するものであるが、剃髪の上、恭順の意を表したことに免じ、罪を不問とし、これまでどおり越中の統治を任せることにした。あろうことか、織田三介殿謀叛の折りも、再び三介殿に同調し、金沢に攻め入った。此度こそ、死罪申し渡すべきところ、越中を差し出し、恭順の意を表したことに免じ、摂津に堪忍分を宛がい、罪を不問といたした。その上、公卿の地位まで授けた。佐々は、故右府様の股肱であり、勇猛果敢な部将でもあることから、さらなる活躍を期して、肥後の統治を任せることとした。一方、肥後は国人も多く、九州全土の平定を優先させるべく、国人領主には本領安堵の朱印状を授けておった。豈図らんや、佐々は余に断わりもなく、検地を断行した。もちろん、検地は将来において行われるべきものである。さりながら、今は九州の平定が先である。その意味で、肥後の国人に本領安堵を行った。佐々は、このことを理解せぬまま、検地を行った。案の定、隈部但馬を筆頭に、国人が蜂起し、佐々の居城、熊本を取り囲んだ。佐々を救援すべく、小早川、竜造寺、立花、毛利を熊本に遣わした。諸将の活躍により、一揆は鎮圧したが、佐々の行き届きは捨て置けぬ。切腹は避けられぬことではあるが、諸将の申し出もあり、検分を行うこととした。浅野弾正（長吉）、生駒雅樂（親正）、蜂須賀阿波守（家政）、戸田民部（勝隆）、福島左衛門（正則）、加藤主計頭（清正）、森壱岐守（吉成）、黒田勘解由（官兵衛）、小西摂津守（行長）を上使として肥後に遣わした。これに驚いた佐々は、あろうことか大坂へ直訴に上がった。上使を残し、単身、大坂に上がるなど言語道断である故、尼崎にて佐々を押し込め、浅野達上使の帰還を待った。上使の検分の結果、佐々は一揆平定にあたり、千余の首級を挙げ、その内、百ばかりが大将格であった。一揆勢がここまでの犠牲を払いながら、もう一方の当事者である佐々が平穏無事であっては、余の裁定が疑われる。一揆の元凶は、佐々の検地断行にあることに鑑み、佐々には切腹を命じた。」
「心中お察し申し上げます。殿下が掲げられる天下静謐の意義に疑いようはございませぬ。さりながら、天下静謐を果たすために、血が流れることもまた事実でございます。天下静謐を果たすための血であれば、御仏もお赦しになられるのでしょうか…。」