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天下静謐
内野行幸
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「施薬院、余とて鬼ではない。何も好き好んで、戦を仕掛け、罪を罰しておるわけではない。今こそ、戦乱の世を終える絶好の機会に他ならぬ。多少の犠牲を払ってでも、とは言わぬ。犠牲など無いに越したことはない。じゃからこそ、長曾我部や島津は本領も安堵した。余の願いは、偏に万民が安寧に暮らせる世が来ることじゃ。そのために、余ができることなら、何でもする。その覚悟は、疑ってくれるな。」
「畏れ多いことでございます。拙者は、人の命を守る医師ゆえ、どうしても一人一人生き死に目が行ってしまうのでございます。拙者の如き浅はかな者には、殿下のお覚悟の一端さえ知る由には及びませぬ。ただただ、露と消え果てた方々を思うばかりでございます。」
「余が関白となったからには、この日本から戦を無くさねばならぬ。余が関白足りうるのは、日本に遍く、安寧をもたらしてこそじゃ。九州を平定したとしても、北条や奥州の諸勢はまだ余に臣従を誓ってはおらぬ。じゃが、畿内以西は、須らく余に従った。そこで、それを寿ぐために、とある催しを執り行うこととした。」
「まさか、行幸でございますか!?」
「そのまさかじゃよ。」
「さりながら、行幸が執り行われたのは、足利将軍家の御代ではございませぬか。畏れながら、今の世にかつての行幸を見聞したお方は一人としていらっしゃいませぬ。そのような中、一体どのようにして行幸を執り行うことができましょうや。」
「別に、実際に見聞した者はおらずとも、それこそ摂関家を始め、公家衆には、古い記録も残っておろう。朝廷に連なる者たちの誇りは、古の記録を持っていることそのものじゃからのう。民部卿法院(前田玄以)に調べさせたところ、永享九年(1437年)の室町殿への行幸以来、久しく行われておらなんだようじゃ。そこで、この時の行幸に倣って執り行おうとしたが、当時をただ倣うだけでは、面白くない。この行幸は、天下静謐の証になるものでなければならぬからのう。」
「なるほど。それ故、内野にご建立遊ばされた、邸宅を“聚楽”とご命名あそばされたわけでございますな。」
「左様。盛大に行幸が執り行われることこそ、天下静謐が果たされた証じゃ。そして、天下静謐が未来永劫続くことを祈りながら、折に触れて行幸は執り行わねばならぬ。此度が、その嚆矢となるのじゃ。」
「そこまで思し召し遊ばしておいでとは…殿下のお考えには、ただただ敬服するばかりでございます。未来永劫の天下静謐をご祈念遊ばすとは、思いもつかぬことでございます。」
「そうであらねば、散っていった者たちも浮かばれまい。ともあれ、此度の行幸を一目見んと遠国から、貴賤を問わず、数多の者どもが京に集まり、その賑わいは古今類を見ないくらいじゃ。余は、聚楽で奉行衆と今上のご到着を今か今かと待ちわびておった。今上は、南殿からお出ましになられた。御束帯、御衣は山鳩色にまとめられておった。聚楽から長橋の御陵までの道に毛氈を敷き、陰陽頭が反閇を勤め、その後を今上がお進み遊ばされた。剣持は中山頭中将(中山慶親)、露払いは富小路頭弁(富小路光房)が勤めた。御所から聚楽までの十四五町の間、辻固めを六千人置いた。今上の後を、国母、准后、女御達の輿が続き、その後を女中衆の輿三十丁余りが続いた。さらには、輿の脇を固める侍ども百人余りが付き従った。」
「壮観とは、まさにこのことを言うのでございましょう。これを成し遂げられる、殿下のお力、ただただ畏れ入るばかりでございます。」
「のう施薬院。此度の行幸、確かに天下静謐の証たるべく、豪華絢爛に執り行った。じゃがな、派手に執り行うことだけが目的ではないのじゃ。その意味、分かるか?」
「行幸を豪華絢爛に執り行うことこそ、豊臣政権の強さの表れ。それ以外、何か狙いがあるとでも!?」
「行幸の後に、公家衆に朱印状を渡したのじゃ。」
「朱印状と仰せ遊ばされると、知行の宛がいでございますか!?」
「財産が増えて喜ばぬものはおるまいて。行幸の後、余はこう宣言した。“此度の行幸を寿ぎ、余が所有する京中の財産を以下のとおり寄進する。禁裏に対し銀五百五拾参枚、院御所に対し米三百石、関白領として六の宮に対し五百石、このように京中の地子、米、一粒残らず寄進するものとする。併せて、諸公家、諸門跡に対しては、近江国高嶋郡八千石を寄進するものとする。これらの証として朱印状を遣わすが、奉公を懈怠する輩がおる場合は、叡慮に照らして所領を没収するものとする。よって、皆々精勤に励むことを要請するものである”とな。」
「殿下の真骨頂、“鎖”でございますな。後白河院、後鳥羽院の御代ならいざ知らず、今の朝廷に往古ほどの財力はありますまい。まさに、地獄の沙汰も何とやら、でございますな。」
「施薬院、まるで余が“飼い馴らしている”とでも言いたげじゃのう。余は、朝廷の安定も含めての天下静謐である。武士は言わずもがな、公家衆とて、己が安寧を願うばかりで、天下静謐など願う者さえおらなんだ。憚りながら、この余は偏に天下静謐を願っている。天下静謐につながることであれば、余はいかなることも成し遂げる所存じゃ。とはいえ、この行幸が首尾よく終わったことで、余の関白としての地位は、盤石となった。これで、いよいよ天下静謐の総仕上げに取り掛かれることになったわけじゃ。」
「畏れ多いことでございます。拙者は、人の命を守る医師ゆえ、どうしても一人一人生き死に目が行ってしまうのでございます。拙者の如き浅はかな者には、殿下のお覚悟の一端さえ知る由には及びませぬ。ただただ、露と消え果てた方々を思うばかりでございます。」
「余が関白となったからには、この日本から戦を無くさねばならぬ。余が関白足りうるのは、日本に遍く、安寧をもたらしてこそじゃ。九州を平定したとしても、北条や奥州の諸勢はまだ余に臣従を誓ってはおらぬ。じゃが、畿内以西は、須らく余に従った。そこで、それを寿ぐために、とある催しを執り行うこととした。」
「まさか、行幸でございますか!?」
「そのまさかじゃよ。」
「さりながら、行幸が執り行われたのは、足利将軍家の御代ではございませぬか。畏れながら、今の世にかつての行幸を見聞したお方は一人としていらっしゃいませぬ。そのような中、一体どのようにして行幸を執り行うことができましょうや。」
「別に、実際に見聞した者はおらずとも、それこそ摂関家を始め、公家衆には、古い記録も残っておろう。朝廷に連なる者たちの誇りは、古の記録を持っていることそのものじゃからのう。民部卿法院(前田玄以)に調べさせたところ、永享九年(1437年)の室町殿への行幸以来、久しく行われておらなんだようじゃ。そこで、この時の行幸に倣って執り行おうとしたが、当時をただ倣うだけでは、面白くない。この行幸は、天下静謐の証になるものでなければならぬからのう。」
「なるほど。それ故、内野にご建立遊ばされた、邸宅を“聚楽”とご命名あそばされたわけでございますな。」
「左様。盛大に行幸が執り行われることこそ、天下静謐が果たされた証じゃ。そして、天下静謐が未来永劫続くことを祈りながら、折に触れて行幸は執り行わねばならぬ。此度が、その嚆矢となるのじゃ。」
「そこまで思し召し遊ばしておいでとは…殿下のお考えには、ただただ敬服するばかりでございます。未来永劫の天下静謐をご祈念遊ばすとは、思いもつかぬことでございます。」
「そうであらねば、散っていった者たちも浮かばれまい。ともあれ、此度の行幸を一目見んと遠国から、貴賤を問わず、数多の者どもが京に集まり、その賑わいは古今類を見ないくらいじゃ。余は、聚楽で奉行衆と今上のご到着を今か今かと待ちわびておった。今上は、南殿からお出ましになられた。御束帯、御衣は山鳩色にまとめられておった。聚楽から長橋の御陵までの道に毛氈を敷き、陰陽頭が反閇を勤め、その後を今上がお進み遊ばされた。剣持は中山頭中将(中山慶親)、露払いは富小路頭弁(富小路光房)が勤めた。御所から聚楽までの十四五町の間、辻固めを六千人置いた。今上の後を、国母、准后、女御達の輿が続き、その後を女中衆の輿三十丁余りが続いた。さらには、輿の脇を固める侍ども百人余りが付き従った。」
「壮観とは、まさにこのことを言うのでございましょう。これを成し遂げられる、殿下のお力、ただただ畏れ入るばかりでございます。」
「のう施薬院。此度の行幸、確かに天下静謐の証たるべく、豪華絢爛に執り行った。じゃがな、派手に執り行うことだけが目的ではないのじゃ。その意味、分かるか?」
「行幸を豪華絢爛に執り行うことこそ、豊臣政権の強さの表れ。それ以外、何か狙いがあるとでも!?」
「行幸の後に、公家衆に朱印状を渡したのじゃ。」
「朱印状と仰せ遊ばされると、知行の宛がいでございますか!?」
「財産が増えて喜ばぬものはおるまいて。行幸の後、余はこう宣言した。“此度の行幸を寿ぎ、余が所有する京中の財産を以下のとおり寄進する。禁裏に対し銀五百五拾参枚、院御所に対し米三百石、関白領として六の宮に対し五百石、このように京中の地子、米、一粒残らず寄進するものとする。併せて、諸公家、諸門跡に対しては、近江国高嶋郡八千石を寄進するものとする。これらの証として朱印状を遣わすが、奉公を懈怠する輩がおる場合は、叡慮に照らして所領を没収するものとする。よって、皆々精勤に励むことを要請するものである”とな。」
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