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元亀元年六月四日の条
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「殿下、今日はどのようなお話をお聞かせいただけますか?」
「そうじゃな。余の真骨頂がわかる話でもしようかの。」
「おお、それは楽しみでございますな。」
「元亀元年六月、余は今井宗久に鉄砲薬(硫黄)三十斤(18kg)と煙硝(硝石)三十斤(18kg)の買い付けを依頼したのじゃ。これは、余が単独で行ったことじゃ。」
「…恐れながら、拙者は今日こそ、姉川の戦いの武勇伝をお聞かせいただけるものと心待ちにしておりましたが、商人との交渉が殿下の真骨頂であると仰せですか?」
「施楽院よ、お主は今まで何を聞いていたのだ!?戦というものは、その場でどう武勲を立てるかではなく、その場にどのような準備をして臨むかが肝要であると申したではないか。確かに、この時の買い付けは、お主の申す、姉川の戦いに向けてのものじゃ。余の真骨頂というのは、そのような戦を前に、準備を怠らないことにあるのじゃ。」
「これは、ご無礼いたしました。拝聴いたします。」
「ははは…、そこまで畏まらんでもよい。ところで、施楽院、鉄砲はもはや戦には欠かせぬものと思うか?」
「もちろんでございます。鉄砲の有無、多寡が勝敗を分けるといっても過言ではございますまい。現に、長篠の戦において、織田軍の鉄砲隊が、武田軍の騎馬隊を駆逐したではございませぬか。」
「確かにな。では問うが、鉄砲は、鉄砲だけを買えばよいのかの?」
「恐れながら、殿下の言わんとしていることが今一つ呑み込めませぬ。鉄砲を使うためには、鉄砲を買う、当然のことではありませぬか!?」
「施楽院、そこが甘いのじゃ。もっとも、お主だけではないがな。並みの武将でも、その点は分かっておらぬものじゃ。よいか、鉄砲だけ買っても、役には立たん。鉄砲自体は、ただの鉄の棒に過ぎぬ。鉄砲が威力を発揮するためには、鉄砲玉、火薬が十分になければならぬ。」
「ううむ、殿下の真意が図りかねます。殿下の仰せは、至極当然のように聞こえます。さすがに戦に疎い拙者も、鉄砲玉と火薬が必要なことくらいわかります。」
「本当にわかっておるかの?鉄砲玉は、鉛からできていることは、さすがに分かるわな。であれば、鉄砲玉を作るためには、鉛が必要になる。まあ、鉛は比較的簡単に手に入るから大きな問題にはならぬ。問題は、火薬じゃ。火薬が何からできるかわかるか?」
「火薬は、“火薬”として商人から買い付けるのではありませぬか?」
「そこじゃ、甘いというのは。では聞くが、お主たち医師は、薬は“薬”としてどこからか買い付けるか?」
「あっ!なるほど。ようやく、殿下のいわんとしていることがわかりました。確かに、“薬”はありませぬ。病人やけが人の症状をみて、その症状に様々な野草を調合いたします。時には、人参など舶来品を使うこともございます。」
「まさに、そのことよ。火薬は、鉄砲薬(硫黄)と煙硝(硝石)を調合して作るのじゃ。鉄砲薬(硫黄)は、日本は火山が多い故、容易に手に入る。問題は、煙硝(硝石)じゃ。煙硝(硝石)は日本では手に入らぬ。全て、明との交易で手に入れる他ない。となれば、買い付けを依頼する商人も誰でもいいというわけではなく、明との交易ができる商人でなければならぬ。ということは、そのような力のある商人と日頃から誼を通じておく必要があるということじゃ。」
「今にして思えば、右府様が上洛を果たされた直後、堺を直轄地としたことも、そのような商人たちと誼を通じる含みがあったのでございますな。」
「そのとおりじゃ。そして、余にとっても今井宗久のような商人の知遇を得られるというのは、大きい事であったのじゃ。余が、商人との交渉を命じられたということは、まずもって、織田家の勘定を把握していなければならぬ。織田家の勘定が分からなければ、いくらで買い付けていいかわからぬからの。商人の言い値で買い付けて、織田家の身代を潰しては元も子もない。ということは、余が商人との交渉を命じられた時点で、余は既に織田家の勘定を把握できる立場にあったということじゃ。まあ、順調に出世を遂げているといってよいじゃろう。」
「いや、全く汗顔の至りでございます。商人とのやり取りがこのように奥の深いものであるとは、夢にも思いませなんだ。さりながら、よくよく考えてみれば、商人とのやり取りは一筋縄では行きませぬな。もちろん、値段の交渉も肝要ではございますが、何よりも買い付けた品物が無事手元に届くことに細心の注意を払っておりました。舶来品の人参などは高価ゆえ、盗まれたら大変です。そのため、拙者どもども、そのような高価なものを買い付けたときは、用心棒を連れて取りに行ったものです。」
「そのとおりじゃ。お主の言うとり、買い付けたものが届くことが、最も肝要なのじゃ。まして、戦で使うようなものは、それを運ぶための人足がいる。さらには、荷を運ぶ者たちの通行を妨げるものを除いておく必要もある。物を買い付けるということは、商人と書状でやり取りするだけではないのじゃ。商人とのやり取りを命じられたことの意味、少しは呑み込めたかの?」
「十分に得心いたしました。改めて、殿下は天下人になるべくしておなり遊ばれた方との思いを強くいたしました。次のお話も楽しみで仕方ありませぬ。」
「そうじゃな。余の真骨頂がわかる話でもしようかの。」
「おお、それは楽しみでございますな。」
「元亀元年六月、余は今井宗久に鉄砲薬(硫黄)三十斤(18kg)と煙硝(硝石)三十斤(18kg)の買い付けを依頼したのじゃ。これは、余が単独で行ったことじゃ。」
「…恐れながら、拙者は今日こそ、姉川の戦いの武勇伝をお聞かせいただけるものと心待ちにしておりましたが、商人との交渉が殿下の真骨頂であると仰せですか?」
「施楽院よ、お主は今まで何を聞いていたのだ!?戦というものは、その場でどう武勲を立てるかではなく、その場にどのような準備をして臨むかが肝要であると申したではないか。確かに、この時の買い付けは、お主の申す、姉川の戦いに向けてのものじゃ。余の真骨頂というのは、そのような戦を前に、準備を怠らないことにあるのじゃ。」
「これは、ご無礼いたしました。拝聴いたします。」
「ははは…、そこまで畏まらんでもよい。ところで、施楽院、鉄砲はもはや戦には欠かせぬものと思うか?」
「もちろんでございます。鉄砲の有無、多寡が勝敗を分けるといっても過言ではございますまい。現に、長篠の戦において、織田軍の鉄砲隊が、武田軍の騎馬隊を駆逐したではございませぬか。」
「確かにな。では問うが、鉄砲は、鉄砲だけを買えばよいのかの?」
「恐れながら、殿下の言わんとしていることが今一つ呑み込めませぬ。鉄砲を使うためには、鉄砲を買う、当然のことではありませぬか!?」
「施楽院、そこが甘いのじゃ。もっとも、お主だけではないがな。並みの武将でも、その点は分かっておらぬものじゃ。よいか、鉄砲だけ買っても、役には立たん。鉄砲自体は、ただの鉄の棒に過ぎぬ。鉄砲が威力を発揮するためには、鉄砲玉、火薬が十分になければならぬ。」
「ううむ、殿下の真意が図りかねます。殿下の仰せは、至極当然のように聞こえます。さすがに戦に疎い拙者も、鉄砲玉と火薬が必要なことくらいわかります。」
「本当にわかっておるかの?鉄砲玉は、鉛からできていることは、さすがに分かるわな。であれば、鉄砲玉を作るためには、鉛が必要になる。まあ、鉛は比較的簡単に手に入るから大きな問題にはならぬ。問題は、火薬じゃ。火薬が何からできるかわかるか?」
「火薬は、“火薬”として商人から買い付けるのではありませぬか?」
「そこじゃ、甘いというのは。では聞くが、お主たち医師は、薬は“薬”としてどこからか買い付けるか?」
「あっ!なるほど。ようやく、殿下のいわんとしていることがわかりました。確かに、“薬”はありませぬ。病人やけが人の症状をみて、その症状に様々な野草を調合いたします。時には、人参など舶来品を使うこともございます。」
「まさに、そのことよ。火薬は、鉄砲薬(硫黄)と煙硝(硝石)を調合して作るのじゃ。鉄砲薬(硫黄)は、日本は火山が多い故、容易に手に入る。問題は、煙硝(硝石)じゃ。煙硝(硝石)は日本では手に入らぬ。全て、明との交易で手に入れる他ない。となれば、買い付けを依頼する商人も誰でもいいというわけではなく、明との交易ができる商人でなければならぬ。ということは、そのような力のある商人と日頃から誼を通じておく必要があるということじゃ。」
「今にして思えば、右府様が上洛を果たされた直後、堺を直轄地としたことも、そのような商人たちと誼を通じる含みがあったのでございますな。」
「そのとおりじゃ。そして、余にとっても今井宗久のような商人の知遇を得られるというのは、大きい事であったのじゃ。余が、商人との交渉を命じられたということは、まずもって、織田家の勘定を把握していなければならぬ。織田家の勘定が分からなければ、いくらで買い付けていいかわからぬからの。商人の言い値で買い付けて、織田家の身代を潰しては元も子もない。ということは、余が商人との交渉を命じられた時点で、余は既に織田家の勘定を把握できる立場にあったということじゃ。まあ、順調に出世を遂げているといってよいじゃろう。」
「いや、全く汗顔の至りでございます。商人とのやり取りがこのように奥の深いものであるとは、夢にも思いませなんだ。さりながら、よくよく考えてみれば、商人とのやり取りは一筋縄では行きませぬな。もちろん、値段の交渉も肝要ではございますが、何よりも買い付けた品物が無事手元に届くことに細心の注意を払っておりました。舶来品の人参などは高価ゆえ、盗まれたら大変です。そのため、拙者どもども、そのような高価なものを買い付けたときは、用心棒を連れて取りに行ったものです。」
「そのとおりじゃ。お主の言うとり、買い付けたものが届くことが、最も肝要なのじゃ。まして、戦で使うようなものは、それを運ぶための人足がいる。さらには、荷を運ぶ者たちの通行を妨げるものを除いておく必要もある。物を買い付けるということは、商人と書状でやり取りするだけではないのじゃ。商人とのやり取りを命じられたことの意味、少しは呑み込めたかの?」
「十分に得心いたしました。改めて、殿下は天下人になるべくしておなり遊ばれた方との思いを強くいたしました。次のお話も楽しみで仕方ありませぬ。」
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