【完結】汚れた雨

かの翔吾

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22 平成十三年 デジタルビデオカメラ

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 小林先生のマンションまでは北口から歩いて五分だと、先頭を歩くヨッシーが振り返って教えてくれた。

 先生のメモをハルから奪ったヨッシー。水色の傘に並ぶヨッシーとタカちゃんの後ろにハル。ナッチは三人の後ろを続いていた。ナッチからはハルに隠れてちゃんとは見えていないけど、傘を差す意味がないほど、ヨッシーとタカちゃんはびしょ濡れだった。

 駅前のロータリーから、一度も曲がらない一本道。分かり易い道にマンションはすぐに見つかった。メモに書かれた四〇五の部屋もすぐに見つかった。だけど誰が呼び鈴を押すかで、ハルとヨッシーが言い合いになっている。

 ここまで先頭で歩いてきたのに、ヨッシーは呼び鈴を押す事を躊躇ためらっている。ハルはヨッシーが先頭でここまで来たことが気に入らないのか、ヨッシーを小突いている。

「ピンポーン!」

 二人の言い合いに面倒になったようで、タカちゃんが呼び鈴の音を真似ながら、ドア横のボタンを押している。先生の部屋の中でどんな音が響いたかは分からないけど、タカちゃんの口から出た音はやけに高い音だった。

 数秒待つと、ドアが開き先生が現れた。ナッチは少しだけ緊張をしていた。保護者面談に行かなかった母さん。その代わりに何を話したらいいのか、まだ何も考えついていない。同じ理由で呼ばれたハルだけど、その顔に緊張なんて見えないから、ナッチは少しだけの緊張を一回り大きくさせた。

「おい、めちゃくちゃ濡れているじゃないか」

 最初に部屋へと入ったのはハルだった。そのハルに続いたヨッシーとタカちゃんに先生が声を上げている。

「おいおい、由之と貴久は何でこんなにびしょ濡れになってんだ? 二人とも傘持ってるよな」

 先生にも二人が手にする傘は見えているようだ。

「この傘壊れていて、曲がって開かないんです」

「俺が壊したんです」

 タカちゃんにヨッシーが続く。紺色の傘を手に、水色の傘にヨッシーと並んだタカちゃんの姿を、ナッチは思い出していた。

「とにかく服全部脱いで。そんなびしょ濡れだと風邪引いてしまうだろ。乾燥機で服を乾かすから全部脱いで」

「えっ? ここでですか?」

「そうだよ。そんなびしょ濡れのままだと、部屋の中まで濡れてしまうだろ? ほら、二人とも早く脱いで」

 駅から五分の道だったけど強い風も吹いていた。ヨッシーは時々立ち止まってメモを見ていたから、二人ともさらにびしょ濡れになったんだとナッチは気付いた。確かにナッチ自身も濡れてはいたけど、ヨッシーとタカちゃんほどは濡れていない。

「夏樹と晴人は先に部屋の奥に入って待ってろ。とりあえず貴久と由之の服乾かすから」

 先生が二人の服を脱がせている。ナッチはハルに続いて奥の部屋へと向かう。奥の部屋には大きなベッドと大きなソファがあって、見た事のない色んな機械が並んでいた。ナッチはハルがそうしたようにソファに腰を掛けて、先生とヨッシーとタカちゃんを待った。

「パンツまでびしょ濡れだったよ」

 笑う先生に続いて、スポーツタオルを腰に巻いたヨッシーとタカちゃんが奥の部屋に入ってきた。

「えっ? 今パンツ履いていないんだ」

 黙ってソファに座っていたハルが、からかうように口を開く。

「だって、先生が脱げって」

 スポーツタオルで股間を押さえたヨッシーが恥ずかしそうに体をひねっている。タカちゃんも同じようにタオルで股間を押さえているけど、ヨッシーみたいに体を捻ったりはしていない。そんな二人がソファの下の床に座ったのを見たハルが、先生へと口を開いた。

「先生、うちの母さん今病気で入院しているんです。だから保護者面談も来れなくて、父さんは仕事で忙しいし」

「病気だったんだな。それじゃ仕方ないな。父さんは刑事だから忙しいだろうし。それで、ご飯は誰が作っているんだ? 父さんか?」

「ご飯は、田舎からばあちゃんが来ていて、作ってくれています」

「そうか、それじゃ、二学期に入ってもまだ母さんが入院していたら、おばあさんに面談に来るよう伝えてくれるか」

「はい、分かりました」

 早々用を済ませたハルを見て、ナッチは更に緊張を膨らませた。

「ぼくの、ぼくの母さんは」

「夜、働いているんだよな? なかなか昼に学校へ来るのは難しいとは思うけど、夕方でも夜でも何時でも構わないから、時間を作って学校に来てもらえるよう言っておいてくれないか? もし学校に来るのが難しかったら先生が家庭訪問してもいいし」

「はい、分かりました」

 ハルを真似たつもりでいたけど、ナッチの声は小さく震えていた。

「先生、俺の服いつ乾くんですか?」

 ヨッシーがまた体を捻っている。

「二時間くらいかな? 濡れたままだと風邪引いてしまうだろ? それに男同士で何を恥ずかしがっているんだよ」

「そうだよ、別に恥ずかしがらなくてもいいだろ」

 自分の用件が早々済んだからか、ハルが冷やかすようにヨッシーを見ている。

「じゃあ、ハルも脱げよ。俺とタカちゃんみたいに裸になれよ。ハルもナッチも小林先生もみんな」

 ヨッシーが少し怒りながら、ソファに座るハルとナッチを見上げる。

「怒るなよ。昼飯食べている間に乾くだろ。先生、昼飯食べさせてくれるんですよね? 俺、ばあちゃんに昼飯いらないって言ってしまったんです」

「もちろんだよ。何か出前取ってやるから。あ、そうだそうだ、忘れていた」

 少し怒ったヨッシーの機嫌を取り戻す術を先生は持っているようで、不意に立ち上がり、机の上にあった黒い何かを手にしている。

「……ほら、これだよ。これがデジタルビデオカメラだ。今までのビデオカメラみたいに、テレビにテープを入れて見るんじゃなくて、パソコンで見れるんだ。だからテープが切れたり、古くなったりしないから、いつまでも同じ映像見れるんだ」

 先生がビデオカメラを覗きながら、ヨッシーとタカちゃんに近づいていく。その姿に気を取られたヨッシーが、「あっ!」と、大きな声を上げた。

「最新式のやつだ!」

 目を輝かせるヨッシーは股間を隠していたタオルが落ちた事にも気付いていない。

 先生はずっとビデオカメラを覗いている。落ちたタオルに気付いたヨッシーが手で股間を押さえながら、もう一度「あっ!」と、大きな声を上げる。

「仕方ないなあ、ほら、夏樹と晴人も脱いで」

 ヨッシーがまた体を捻らせて恥ずかしがっている姿に、先生はシャツとズボンと一気にパンツまで脱いだ。先生の裸はあちこちに毛が生えていて、ナッチが初めて見る大人の体だった。

「先生が脱いだんだから、ハルとナッチも」

 裸になった先生の姿を見てヨッシーが催促する。

 先生はまたビデオカメラを手にしている。

 ビデオカメラのレンズがハルと自分へと向けられている事に、ナッチは恥ずかしくなった。だけどハルがTシャツを脱ぎ始めたから、ナッチも仕方なく、同じようにTシャツに手を掛けた。床に座ったタカちゃんはずっと黙ってその様子を見ている。ただその顔は少し怒っているようにも見えた。

「これでいいんだろ」

 Tシャツと短パンとパンツを全部脱いで、ソファに放り投げたハルがヨッシーを睨んでいる。先生のビデオカメラはそんなハルに向かって上下に動いている。

「何するんだよ!」

 ハルがヨッシーのスポーツタオルを奪って遠くへ放り投げた。タオルを奪われたヨッシーは手で股間を押さえながらハルに怒鳴る。そして怒鳴ったヨッシーが今度はタカちゃんのスポーツタオルを奪って遠くへ放り投げた。

「あっ」小さな声をナッチは上げた。

 だけどタカちゃんは相変わらず黙ったままで、タオルを奪ったヨッシーに怒る事もしない。

「ほら、ナッチも早く脱げよ。一人だけずるいよ」

 何がずるいのか分からないまま、ナッチはソファに座ったまま短パンとパンツを下した。その短パンとパンツを奪い取ってヨッシーが遠くへ放り投げる。

「あっ」ナッチはまた小さな声を上げた。

 先生はずっとビデオカメラを覗いたままだ。そのカメラがナッチに近付く。手で股間を隠したかったけど、全員が裸になった事で、ヨッシーは体を捻らなくなったし、ヨッシーを睨んでいたハルの目が自分を見ていたから、ナッチは手で股間を隠す事が出来なかった。

「そんなに恥ずかしがらなくていいだろ。男同士なんだから」

 ビデオカメラを覗きながらナッチに近付いた先生の手がナッチの尻に触れる。

 ゆっくりと撫でられる尻に、耳まで赤くなったが、ナッチは声を出せずにいた。先生のビデオカメラはナッチの体を離れ、もう一度ハル、そしてヨッシーへと移っていった。

 自分の体から離れたビデオカメラに、ナッチは少しほっとしたが、先生の股間が大きくなっている事に目を奪われ、更に緊張を大きくしていった。

 先生の手がもう一度、尻を撫で始める。その手が太腿から股間へと伸びる。固まった体にナッチは声も出せず、先生の手が離れるのを待つしか出来なかった。

 ナッチの体から離れたその手はハルの尻から太腿、そして股間へ。ハルの体から離れたその手はヨッシーの尻から太腿、そして股間へと伸びていった。

 ナッチは呆然と固まっていた。だけどハルとヨッシーにとってもそれは同じ事のようだ。何も抵抗が出来ず二人も固まっている。ただタカちゃんは変わらず床に座っていた。先生が持つビデオカメラも、ナッチとハルとヨッシーの三人の姿も、わざと視界に入れないように顔を背けていた。
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