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~星と彼女編 第4章~

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[彼方に消えた幸福]

 ___時は80年前の古都に遡る・・・

 「駄目だ・・・また失敗した・・・また・・・」

 アスタルドは貴族街の端に設けられたある館の一室にいた。その部屋は牢獄のように殺風景で、屋根が開いていて月が見えている。部屋の中心には魔術陣が展開されていて、光を失い跡だけが床に刻まれていた。宵闇に包まれた空に輝く月が室内を朧に照らす。

 アスタルドは床についた膝を叩く。

 「あと少し・・・あと少しなんだ・・・何が間違っている?何が足りない?理論は間違っていないはずなのに・・・」

 アスタルドは左手を額にやる。彼が開いているページには『新治癒術・不治解放術式第7型』と書かれてある。

 『魔術は万能だ・・・未知の可能性があり、あらゆる不可能を可能に変えてくれる。理論が正しければどのような奇跡をも引き起こせるんだ・・・』

 アスタルドはその場からゆっくりと立ち上がり、吹き抜けの天井から見える月を見つめる。アスタルドは月を見つめながら小さな溜息をついた。

 彼には自信があった。3歳の頃から古代文字のラステバルト語を読むことが出来、8歳で既存の魔術を全て習得、10歳で新たな魔術を開発するといった天才だった。剣技も習得し、まさに文武両道を体現している存在だった。

 ところが兄のログデールや彼の親族はアスタルドを不気味がった。年に似合わない寡黙さ、笑顔を全く見せず、知識でも彼に叶わなかった。そのせいもあってか、弟のアスタルドが兄ログデールを蹴落として王位につくのではとの噂が流れ、兄や兄の取り巻き、彼を不気味がる者がアスタルドを除け者と扱うようになった。食事は1人で行うようになり、使用人は誰もつかず、下っ端幹部が住むような離れの館に移動させられた。

 でもアスタルドはその扱いを受けても特に不快とは思わなかった。食事は1人故静かに黙々と出来るし、邪魔者がいないから研究に集中できたからだ。

 そしてこの時住んでいた館からは綺麗な星空が一望できた。初めて館に来て夜空を眺めた時は同じ古都なのにこれほど美しく見えるものなのかと感動してしまった。だからアスタルドは今の生活に満足していた・・・醜い政治に参加しなくて済み、親族と会わなくてよいのだから。

 「さて・・・もう一度作り直して見るか。今度はこの部分をこう変えて・・・」

 アスタルドは赤表紙の本を取り出して部屋の床に魔術陣を描き直し始めた。静寂に包まれている部屋の中、『カリッ・・・カリッ・・・』と杖が地面を擦る音が響く。

 暫く経って魔術陣が再び出来上がり、杖を机に立てかけ魔術書を開いた・・・その時だった。

 ギィィィィィィ・・・

 「アスタルド様・・・」

 部屋の扉がゆっくりと開き、自分の名を呼ぶ金髪の長髪で、毛先にパーマをかけて膨らましている女性が部屋に入ってきた。頭には可愛らしいヘッドドレスを着用しており、可憐さと純粋さを感じられる。

 「ベロニカ・・・君がこんな夜中にここへ来るなんて。・・・どうしたんだ?」

 「・・・」

 ベロニカと呼ばれるその女性はアスタルドの横へ来ると床に描かれた魔術陣を見た。

 「魔術の研究をなさっていたのですか?・・・こんな夜遅くまで・・・」

 「眠れなくてね。眠れない時は新しい魔術を考えることに限るよ。」

 「・・・」

 「で?何でここに来たんだい?今は午前2時過ぎ・・・鬼や亡者が歩き回る丑三つ時だ。貴族街とは言え、女性が1人で外出するのは危ないんじゃないか?」
 
 ベロニカは目だけを何度もアスタルドに向けると、頬を桃色に染めながら呟く。
 
 「この前の・・・埋め合わせをしに・・・参りました・・・」

 「埋め合わせ?」

 「この前の祭りの時・・・私が体調を崩してアスタルド様に迷惑をかけてしまいましたので・・・」

 ベロニカは顔を俯ける。アスタルドは『あぁ・・・』と小さく相槌を打つ。

 ベロニカは体が弱かった・・・よく咳をし、悪い時は血が混じった痰を吐く時もあった。貧血でよく倒れることもあったし、長時間歩くことも出来なかった。彼女はその病弱さで周りの貴族達から馬鹿にされ、彼女の一族もその風評被害を受けて貴族の中でもあまり良い立ち位置では無かった。

 でも彼女の両親は決して一人娘のベロニカを貶したり、暴力を振るったりはせずに愛した。私も彼女の両親に会ったことがあったがとても温和で気品に溢れていた。・・・常に醜い権力争いをしている私の親族に爪の垢を煎じて飲ませたいぐらい素晴らしい方達だった。

 そしてそのような両親に育てられた彼女・・・ベロニカは非常に魅力的な女性だった。知的だったし、春の温かさを感じられるような温和な雰囲気を醸し出していた・・・彼女を見た時、私は一目で恋に落ちた。今まで沢山の女性と見合いの場を設けられていたが、そこで出会った誰よりも・・・特別な存在だった。

 「・・・分かったよ、ベロニカ。・・・じゃあ少し、出かけようか?実は良い夜空を眺められる場所を知っているんだ。」

 アスタルドは魔術書を机の上に置いてベロニカの雪のように白い華奢な手をそっと握った。ベロニカとアスタルドは館を出ると、館の裏に回って緩い坂の丘を上る。頂上に着くと2人は地面に座り込んで空を見上げる。空には無数の星が真珠のように輝いており、それぞれが多様な光を発していた。

 「わぁ・・・とっても綺麗です・・・」

 「だろ?ここは古都の端だから街灯があまりないおかげで余計な光が無いからね。星が綺麗に見えるんだよ。」

 「・・・」

 「どう?気に入ってくれたかい?」

 「はい!・・・でも・・・こんなに良いものを見せて頂いたのにどうお礼をしたらよいものか・・・」

 「お礼なんかいらないよ。こうして夜空を2人で静かに眺められる・・・誰にも邪魔されずに・・・これだけで十分だ。」

 「アスタルド様・・・」

 「それにわざわざこんな夜遅くに僕のもとに来てくれたんだ。これだけでもう十分なほど、君は僕に礼をしている。」

 アスタルドはベロニカに微笑んだ。ベロニカもアスタルドに微笑む。

 「ベロニカ、もっとこっちにおいで・・・夜風は冷えるだろ?」

 「・・・はい。」

 ベロニカはアスタルドに寄り添い、アスタルドは彼女の背中に手を回し、引き寄せる。2人は互いの温もりを共有する。

 「温かいな・・・ベロニカは。」

 「そんな・・・私・・・体温はとっても低いんですよ?お医者様から心配される程低いのに・・・」

 「違うよ、ベロニカ。僕が温かいって言ったのは体の事じゃない・・・『心』の事だよ。君の心は僕を優しく包んでくれる・・・」

 アスタルドは悲しげな眼をする。

 「僕の親族は皆欲の塊みたいな人々で自分の都合の為なら我が子でも利用する非道な人達だ。そんな彼らは優しみや慈しみを知らない・・・彼らの笑顔も、皆黒くて純粋に笑っている所なんて見たことが無い。息苦しくて・・・しょうがなかった。」

 「・・・」

 「だからベロニカの笑顔を見ていると、心が落ち着くんだ。邪な心が一切ない笑顔・・・向日葵のように明るく、春の陽のように暖かな笑顔を見せてくれるたびに・・・僕は・・・君が好きになる・・・」

 アスタルドはベロニカに微笑む。だがその笑顔はベロニカには何処か物悲しく見えていた。ベロニカはそんな顔をしているアスタルドの両方に手を添えて口角を無理やり上げた。

 「ん・・・ベロニカ?」

 「・・・アスタルド様、そんな哀しい顔をしないで笑ってください。貴方が私の笑みを好いてくれるように、私も貴方の笑みが大好きですから・・・」

 「ベロニカ・・・」

 ベロニカはアスタルドの頬から両手をそっと離す。アスタルドは自ら頬を上げて笑みを浮かべる。ベロニカはアスタルドの笑みを見た瞬間、小さく笑いだした。

 「ふふっ・・・頬が痙攣していますよ、アスタルド様?」
 
 「最近笑っていないからかもね・・・あはは、難しいね、笑うのって・・・」

 アスタルドは頬を痙攣させながら笑うと、再び空を見上げる。ベロニカも空を見上げたその時、流れ星が通った。

 「あっ・・・流れ星・・・」

 「速いね。あっという間に消えちゃった。」

 「・・・お願いごと、出来ませんでしたね・・・」

 ベロニカが空を視えながら呟く。アスタルドは横目でベロニカを見ると、目を閉じた。

 『・・・虚無に漂う破片よ、我が名に応じて降り注ぎ、彼女に幸福をもたらせ・・・』

 心の中で詠唱すると、夜空に無数の流れ星が出現した。

 「ああっ!こんなに沢山の流れ星が!」

 「あはははっ、凄いね!流れ星の大行進だ!」

 アスタルドは自分が星を召喚した事を悟られないように必死に知らないふりをする。ベロニカは両手を合わせて祈り始めた。

 流れ星が止み、ベロニカはゆっくりと顔を上げる。

 「・・・」

 「願い事、出来た?」

 「はい・・・」

 「どんな願い事?」

 「私の願い事は・・・」

 ベロニカはアスタルドの方をちらりと見ると、視線を元に戻す。

 「・・・秘密です。言ってしまったら願い事は叶いませんので・・・」

 「え~!良いじゃないか、教えてくれたって~。」

 アスタルドは丘に寝っ転がる。アスタルドは満天の夜空を見つめる。

 『願い事・・・か・・・俺の願いは___』

 アスタルドは横目で空を見上げているベロニカを見つめ続けた。夜空は静まり返り、2人を見下ろしている。
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