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~ヴァンパイア・ガール編 第15章~

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[意地]

 「お・・・お母さんっ!」
 
 シャーロットは怯え竦む心を震わせるように声を上げたが、上手く声が出せずに擦れた声が虚しく周囲に響く。

 ユーグレスは大鎌に突き刺しているエリーシャを地面に投げ捨てるように放り投げると、大鎌の柄を勢いよく引き抜き、刃についた血を振り払うために大鎌を手で遊ばせる。首や胴、腕といったユーグレスの体からは所々から出血しており、エリーシャは瀕死状態に陥るまでにある程度の傷を負わせたみたいだ。

 「ちぃっ・・・手間とらせやがって、ヴァンパイアが・・・結構いいの貰っちまったなぁ・・・」

 ユーグレスは達磨になったエリーシャを見下ろす。彼女の全身には大量の火傷の後があり、その火傷がヴァンパイア特有の高速再生を阻害しているようだ。

 ・・・だがこれでもエリーシャは死んでいない。ヴァンパイアを殺すには首を刎ねるか、全身を灰にするしか方法が無いのだ。

 「もう抵抗出来ねえだろうから放って置こうと思ったが・・・全身が灰になる前に敬意を表して首を跳ね飛ばしてやるよ。・・・早く楽になりたいだろ?」

 「あ・・・う・・・」

 ユーグレスが大鎌を右肩に乗せてエリーシャに近づく。エリーシャは虚ろになった目で空を眺める。

 「どうしよう・・・どうしようっ!お母さんが・・・お母さんがっ!」

 シャーロットがパニック状態に陥る中、ケストレルとキャレットがユーグレスを止めようと動こうとした。しかし、焼け爛れた傷口が広がり、ケストレルはその場に膝をつけたまま体を動かすことが出来ず、キャレットも下半身が全然くっつかないので立てなかった。

 「くそっ!肝心な時に・・・体が動かねえなんて!動け!動けよ!」

 「何で・・・何でくっつかないのよっ!早く・・・早くくっつきなさいよっ!」

 ケストレルとキャレットが己に言葉を吐き捨てている中、ユーグレスはエリーシャの首に向かって大鎌を構える。大量の血が斑に付着している刃が鈍く光る。

 「うわあああああああああああああ!止めてぇぇぇぇぇぇぇ!」

 シャーロットは喉が裂けんばかりの叫び声をあげると、ユーグレスの下へと走り出す。理由はただ一つ・・・母親を守りたかったから。

 彼女の足ではもう間に合わない・・・そんなことは百も承知・・・でも彼女は走った、母を・・・エリーシャを死なせない為に・・・

 「遅いんだよ、雌餓鬼が!」

 ユーグレスが大鎌を振り下ろそうと腕に力を込めた。

 その時、ユーグレスは自分の背後に得体の知れない殺気が現れたことに気が付いた。

 「⁉」

 ユーグレスが思わず後ろを振り向くがそこには誰もいない・・・だがその瞬間、今度は自分の『前』から先ほど後ろで感じた殺気を感じる。

 ユーグレスが視線を前に戻した瞬間、鋭く光る白銀の二閃がユーグレスの大鎌を持っている右腕を斬り飛ばした。舞い上がった右腕の切断面から大量の血が宙に噴き出す。

 「お・・・お前はっ!」

 ユーグレスの視線の先にはフォルトが鎖鎌で斬り払うかのように体を捻った状態で存在していた。エリーシャ達に注意を取られていたとはいえ、斬られるまでフォルトの存在を感知できなかったことにユーグレスは驚きを隠せなかった。

 「遅いんだよ、おっさん。」

 フォルトがユーグレスの言葉を返すと、そのまま体を捻って右足をユーグレスの頭の左側面に食らわせて、勢い良く地面へと転倒させる。ユーグレスの視界が歪み、天地が逆転する。

 『このガキッ・・・いつの間に近づいてきた⁉気配を全然感じなかった!それにこのガキの髪・・・『ジャッカル』の末裔かっ!』

 「ぐはぁ!」

 ユーグレスが地面に転倒すると、フォルトは一切の躊躇もせずにユーグレスの首元へと鎌を走らせる。

 「舐めるなよ!糞ガキが!」

 ユーグレスはクレイジーダンスの様に背中を地面につけたまま体を回転させると、フォルトを蹴り飛ばす。フォルトは咄嗟に身構えて蹴りのダメージを最小限に抑えると、宙に浮いた体を回転させて民家の壁に足をつけると、そのまま突撃する。ユーグレスは左腕を天にかざし、大鎌を呼び寄せると、応戦する。

 互いに一切退かない攻防が繰り広げられ、激しくぶつかる金属音が里全体に轟く。シャーロットは呆然とその場に立ち尽くし、ケストレルとキャレットもフォルトが増援に来てくれたことに喜ぶべきなのに困惑していた。

 「フォルト、あいつ・・・助けに来てくれたのか・・・ははっ・・・ははは・・・流石だな・・・」

 「じゃああの子・・・ルーテスを倒したってこと?しかもあの子の様子を見る感じ、無傷で?」

 「いや、服が多少汚れているから無傷って訳じゃねぇと思うが・・・それでも目立つ怪我は負っていねぇようだな。」

 「嘘でしょ・・・ルーテスの魔術は強力よ?それなのに殆ど怪我無く倒すなんて・・・あの子何者よ・・・」

 キャレットが驚きながらもフォルトを見つめていると、彼女はあることに気が付いた。

 「ねぇ・・・あの・・・誰だっけ?金髪でカチューシャつけてるミディアムボブの毛先が内側を向いた髪を持った女・・・翡翠色の薄い羽織に浅黄色のブラウス、黒のショートパンツ履いてた女・・・」

 「ロメリアの事か?」

 「そう、その子!・・・あの子何処にいるの?姿が見えないけど・・・」

 「そう言えばあいつ何処にいるんだ・・・いつもなら直ぐに現れる筈なんだが・・・」

 ケストレルとキャレットは何故かフォルトの傍にいないロメリアの事を気にしつつも、フォルトの方へと視線を戻した。フォルトとユーグレスは相変わらず、激しい戦闘を繰り広げている。

 ユーグレスは右手を失って左手一本でフォルトの激しく速い斬撃を防いでいっていたが、流れをフォルトに呑まれ両足や左腕、頬、脇腹などに次々と斬り刻まれていっていた。フォルトは一切手を緩める事無く、どんどん加速していく。

 『エリーシャさんが負傷させてくれたおかげか・・・動きが大分鈍い。このままこいつの首を跳ね飛ばしたいところだけど・・・流石八重紅狼の一角だけはあるね、決定的な隙を見せてくれない・・・』

 フォルトは隙を作るために蹴りを交えた斬撃を繰り広げる。ユーグレスの体幹が僅かに揺らぎ、体勢が乱れ始める。

 『畜生っ・・・あのヴァンパイアから必要以上のダメージを食らったのがまずかった・・・防戦一方じゃねぇか・・・つうかあの爺このガキに負けたのかよ・・・』

 ユーグレスは歯を食いしばる。

 『このままだと俺は負ける・・・負ける?負けるって言ったか今、俺?・・・いや、俺は負けねぇ・・・俺は八重紅狼だ・・・八重紅狼の第七席なんだ・・・『主席』に認めてもらえたんだ・・・あの方は捨てられていた俺を拾ってくれた恩がある・・・俺は負けられねぇ・・・あの方の・・・『願い』を叶えるまでは・・・死ねねぇ!』

 「はぁぁぁぁぁぁっ!」

 「⁉」

 ユーグレスの全身から漆黒のオーラが巻き上がり、彼に纏わりつく。フォルトはそのオーラに吹き飛ばされると宙で受け身をとって地面に着地する。

 「フォルトさん!」

 フォルトが後ろを振り向くと、シャーロットがフォルトの下へと走り寄ってきた。

 「シャーロット!無事だった⁉」

 「は・・・はい!でも・・・お母さんとお姉ちゃん・・・ケストレルさんの怪我が酷くて・・・」

 フォルトがシャーロットの後方にいるケストレル達に視線を移すと、酷い傷を負っているのが確認できた。

 『確かに・・・あの傷じゃ体を動かすのは厳しそうだ・・・というかキャレットさん、体真っ二つだけど大丈夫なのかなぁ・・・エリーシャさんも人間ならとっくに死んでいる怪我だったけど・・・』

 フォルトが心配そうにキャレット達を見ていると、視線をユーグレスの方へと戻す。限界以上の力を放出しているせいなのか、傷口が広がって血が噴き出している。それでも彼は鎌を左肩に背負ってフォルトを睨みつけて、闘志を燃やしていた。

 『凄い殺気だ・・・向こうも必死のようだな・・・』

 フォルトが意識を集中させて、鎖鎌を構えるとシャーロットがフォルトの横で腕を構える。フォルトは武器も何も持たず、ただ眼前で手を握りしめ、シャドウボクシングのような構えをしているシャーロットを可愛らしいと思ってしまった。

 「シャーロット・・・危ないよ、そこにいたら?」

 「私も・・・戦い・・・ます・・・」

 「戦うって・・・どうやって?」

 「どう・・・やって?・・・それは・・・その・・・どうしたらいいんだろう・・・」

 「えぇ・・・どうやって戦うかも分からないのに戦う気だったの?」

 「・・・はい・・・勢いで・・・つい・・・」

 「・・・」

 フォルトは真面目に首を捻っているシャーロットに困惑すると、懐から紫苑色の魔術書を取り出して、彼女に手渡した。

 「フォルト・・・これ・・・ルーテスさんが持ってた・・・」

 「・・・シャーロットは古代文字が読めるんだったよね?」

 「は・・・はい・・・でもちょっとしか・・・読めないし・・・魔力を上手く練れるかも・・・分からない・・・ですよ?」

 「大丈夫だよ。簡単な魔術でサポートしてくれるだけでいいから。手を貸してくれるだけでも十分嬉しいし・・・」

 「フォルト・・・」

 シャーロットがちょっぴり嬉しそうに頬を桃色に染める。フォルトはシャーロットに微笑むと言葉を続ける。

 「後・・・もう1つ、古代文字が読めるシャーロットにお願いしたいんだ・・・」

 「何ですか?そんなに・・・暗い顔して・・・」

 「実は・・・ルーテスの術でロメリアが石化しちゃったんだ。」

 「え・・・ロメリアさんが・・・石に?」

 「うん・・・それでね、術を掛けるときにその本を開いていたから、多分その本に術式が載っていたと思うんだよね。・・・そして思ったんだ。もしかしたら、その本に石化を解除する術式も載っているかもしれないんじゃないかって。」

 「・・・」

 「だから・・・もし載っていたらこの戦いが終わった後で良いからロメリアの石化を解除して欲しいんだ。ロメリアは・・・僕にとって大切な人だから・・・」

 フォルトが顔を俯けて静かに呟いた。シャーロットはフォルトの顔を見つめながらはっきりと声を上げる。

 「分かりました!私・・・ロメリアさんの石化・・・解除して見せます!」

 「シャーロット・・・!」

 「フォルトは・・・お母さんを助けてくれました・・・私の・・・大切なお母さんを・・・だから今度は・・・私がフォルトの大切な人を助ける番です!」

 シャーロットはそう力強く声を上げると、魔術書を開いて魔力を集中させる。薄い若紫色のオーラが本から沸き上がり、シャーロットの深紅色のウェーブのかかった長髪を揺らめかせる。

 「行きましょう、フォルト!後ろは私が守ります!」

 「了解!後ろは任せたよ、シャーロット!」

 フォルトは鎖を周囲に展開して、鎌を構える。

 ユーグレスとフォルト達の間には禍々しい空気と麗々しい空気がぶつかり合っていた。
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