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~霧の森編 第7章~

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[過去]

 「そうですか・・・あの森でそんなことが・・・」

 女性はカップに温かい紅茶を注ぐと、椅子に座っているフォルト達の前の机にゆっくりと置いていく。カチャ・・・とカップと受け皿がこすれる音が静かに部屋に響く。フォルト達は目の前に出された紅茶に口をつけると、口の中にハーブの甘い香りと味が柔らかく広がった。

 女性はフォルト達に紅茶を差し出すと、空いている自分の机にも自分用の紅茶を置いてゆっくりと椅子に座った。ロメリアが紅茶に少し口をつけると、彼女に話しかける。

 「さっき貴女がおっしゃったこと・・・あれは、本当なんですか?」

 「ええ、本当ですよ。・・・あの絵に描かれている男性は私の祖父『ウィルバー・ミストレル』で、その横にいるのは祖母の『ヒルナ・ミストレル』となっています。」

 ロメリア達は再び森の中で会った亡霊が描かれた絵を見つめる。絵に映っている勿忘草色で癖毛がある短髪の男性がウィルバーで、その横にいる明るい茶色の長髪の女性がヒルナなのだろう。フォルトが絵からその女性の方に顔を向けると、女性とフォルトの間に座っているロメリアが絵に映っているウィルバーとフォルトの顔を何度も見比べているような気がしたが、フォルトは見て見ぬふりをした。

 「じゃあ、貴女が・・・」

 「はい。私は彼らの孫の『レイア・ミストレル』です。・・・自己紹介が遅れてしまって申し訳ありません・・・」

 レイアはフォルト達の顔を見渡すと小さく頭を下げる。少しの間の後、レイアがゆっくりと頭を上げると、ロメリアがカップを受け皿に置いて話しかけた。

 「レイアさんはこの家に住んでいるんですか?」

 「いいえ。今日は偶々この家を掃除する為にいるだけなんです。本当は、別の大陸に住んでいます。」

 「という事は普段は誰も住んでいないんですか?」

 「そう言う事になります。この家には祖母が住んでいたのですが、去年の春に祖母が他界してしまって・・・私の母と父はこんな家早く売ってしまえと言っているんですが、私は昔から祖母が大好きだったので今は私が偶に帰ってきては綺麗に掃除しているんです。」

 「そうなんですね・・・」

 「本当は毎日綺麗にしてあげたいんですけどね・・・私にも仕事がありますので中々帰って来れないんです。そして滞在できる時間もあまりないので・・・家を掃除したらすぐに向こうに帰らないといけない・・・祖母が亡くなってからはずっとそんな感じなんです。」

 レイアは自分の前に置かれているカップに視線を移す。中に入っている紅茶がレイアの顔を映す。

 「祖父の墓も手入れしてあげたかったのですが、そこまで手が回らなくて・・・毎回お金を払って便利屋の人達に依頼をしていたのですが・・・如何やら貴女達の話を聞いた感じだと、彼らは一切手入れをしていなかったみたいですね・・・」

 レイアがアルト達を見る。

 「私が時間を割いて手入れをしていれば貴方達が亡くなった祖父に襲われることなんてなかったはずです・・・ごめんなさい・・・本当に、ごめんなさい・・・」

 「レイアさん、そう何度も頭を下げて謝らないで下さい!悪いのは、お金をもらったのに仕事を怠った便利屋の人達じゃないですか!」

 「そうですよ!それに、まさかあんな化けて出て来るなんて誰も予測できませんって!死者が亡霊になって現れるなんて・・・」

 アルトとミーシャが何度も謝罪をするレイアを必死に慰める。そんな中、フォルトはロメリアに声をかけた。

 「・・・でももう、便利屋の人に頼む必要は無いね。」

 「うん!私達がレイアさんのお爺さんのお墓、持ってきたからね!」

 レイアが驚いたように目を見開く。

 「え?本当ですか?」

 「ええ。今、彼の墓は私の荷馬車にしっかりと固定して積んであります。今日はもう暗いので作業はしませんが、明日の早朝に墓を下ろしたいと思っております。・・・先程家の傍に綺麗な墓石が見えましたが・・・あれはレイアさんのお婆様のお墓ですよね?」

 「はい、祖母の墓です。」

 「なら明日、私と息子がお婆様のお墓の横にお爺様のお墓を置きましょう。・・・きっとお2人共喜ぶでしょうから。」

 「グリルさん・・・ありがとうございます・・・何とお礼を言ったらよろしいのか・・・」

 「いえいえ、私は只運んできただけですから・・・墓を持っていこうって言ったのはロメリアさんですよ。」

 レイアがロメリアの方を見る。

 「ロメリアさん・・・何でそのような事を・・・」

 「それは・・・あんな暗い森の中じゃなくって陽の光が沢山当たる明るい森の外に置いてあげた方がいいんじゃないかなぁって何となく・・・って感じかな?」

 「・・・そう・・・ですか・・・」

 レイアはロメリアに小さく呟いた。ロメリアの特に理由のない考えに少し呆れているのか、彼女は暫く体を固まらせた。

 ロメリアはきっとその墓を僕達人間と『同様に』扱ったに違いない。彼女は常に皆を笑顔にすることが好きで、暗い所より明るい場所を好む・・・森の中にあった墓を見た際も、彼女は生者も死者も関係なく『1人の人間』として接したのだろう。

 フォルトは彼女が墓を持っていこうと言い出した時、、何で墓を持っていこうとするのか・・・その時は理解できなかったが、今ようやく彼女の思いを理解することが出来、フォルトは人の生死の区別無く心から優しく接することが出来るロメリアの事がより好きになった。

 フォルトがロメリアをじぃ・・・と見つめていると、ロメリアがフォルトの方を振り向いて不思議そうに首を傾げる。

 「フォルト?どうしたの?」

 「あ、いいや・・・何でもない・・・」

 フォルトは咄嗟に別の話題へとすり替える。

 「それにしても何でレイアさんのお爺さんは僕達を襲ってきたんだろう?僕達別に墓を壊したり、汚したり、貶したりしていないよね?」

 「確かに・・・何でだろうね?・・・偶々気分が悪かっただけとか?」

 「偶々気分が悪いだけで殺しにかかって来るなんて襲われた僕達はたまったもんじゃないんだけど・・・」

 フォルトがそう呟くと、ミーシャがフォルト達に話しかけてきた。

 「私・・・そのことで1つ思い当たることがあるんです。以前、何かの本で読んだことなんですが・・・弔われなくなった墓には死ぬ直前にその死者が強く抱いていた感情が渦巻くって書かれてあったんです。」

 「死ぬ直前に抱いていた感情が・・・渦巻く?」

 「はい。そしてその感情はやがて溢れ返り、我々生者に害を及ぼすのだと・・・そうも書かれていました。」

 「感情が溢れて・・・俺達に牙を剝く・・・でも何でなんですか?なんで放置された墓に感情が渦巻くんですか?」

 「その本によれば、墓参りをする際に亡くなった人を弔う事によりその感情を浄化しているのだと書かれていました。つまり、放置された墓は誰も手を合わせてもいない・・・誰もその死者を想っていない・・・弔っていないという事で感情が浄化されず、溜まっていくという事だそうです。」

 「という事は、手を合わせて供物を添えて心から安らかに眠って下さいって思う事が、死者の感情を浄化する手段・・・って言う事?」

 「そう言う事になりますかね。別にその死者を想う事だけでも十分かもしれませんが・・・後、暗い場所や『血生臭い』場所も死者にとってはあまりいい影響を及ぼさないと言われています。」

 「・・・あの森、暗かったもんね・・・」

 「それに・・・昔、あの森の中で沢山の人が血を流して死んだって言うからね・・・村の人達や盗賊の連中や魔物達・・・彼らの念も漂っているのなら、十分に悪影響を及ぼせるね。」

 フォルトがそう呟くと、暫くの沈黙の後ロメリアがフォルトに何かを訪ねるように話しかけてきた。

 「・・・フォルト?ウィルバーさんが抱いていた死ぬ直前の思いって・・・何だったんだろうね?」

 「さぁ・・・そればっかりは本人に聞かないと正確な事は分からないね・・・でも・・・」

 「でも?」

 「多分・・・こうじゃないのかなって言うのは想像できるよ・・・」

 フォルトは少し顔を俯けて、小さく呟いた。

 「多分彼が最期に抱いていた想いは・・・『誰1人としてこの先には進ませない』・・・その思いだったんじゃないかな・・・実際に僕達の前に現れた時は道を塞ぐ感じで鎖を展開したり、道の真ん中に立っていたからね・・・」

 「・・・」
 
 フォルトの言葉を一同皆静かに聞いていると、レイアが静かに声を上げる。
 
 「私も・・・フォルトさんと同じくそう思います。昔祖母が私に話してくれたのですが・・・祖父は祖母を逃す前にこう言ったそうです・・・『僕が食い止めるから一切振り向かないで森を駆け抜けて。僕も後から必ず追いつくから』・・・そう言って、1人で森の中に残ったそうです。」

 「・・・」

 「祖母はその時、祖父から中々離れようとしなかったそうです・・・近くにいた数人の生き残りの人達に祖父が無理やり連れて行くよう指示を出し、引き離すように連れて行かれたと言っていました。」

 レイアはそう言うと、カップを手に取って紅茶を静かにゆっくりと口の中に流し込んだ。ロメリアはレイアの方を向いて言葉をかける。

 「・・・でもお婆様の気持ち、とても良く分かるような気がします。自分の好きな人がいくら逃げろって言っても・・・例え逃げないと邪魔になるとしても離れたくありませんよね・・・」

 「ロメリア・・・」

 フォルトが呟くと、ロメリアがフォルトの方を振り向いて優しく微笑んだ。フォルトの頬が思わず桃のように桃色に薄く染まる。

 レイアはコップを静かに受け皿へと戻すと、ゆっくりと席から立ち上がった。

 「さて皆さん・・・お話は一旦ここまでにしましょうか。・・・先程お風呂を沸かしておきましたので、皆さんどうか今日の疲れを洗い流してください。この家のお風呂は1度に10人もの人が不自由なく使える程の大きさですので数人で入っても全然問題はありませんよ。」

 「分かりました。・・・ミーシャ、ロメリアさん、お先にどうぞ。」

 アルトがミーシャとロメリアに先に風呂に入るよう促す。

 「・・・じゃあ、お言葉に甘えて先に頂きますね。・・・ロメリアさん、行きましょう?」

 「はい!フォルト!お先に失礼するね!」

 ロメリアはフォルトにそう告げると、席を立ちあがって荷物を置いた部屋へと向かった。ミーシャも部屋に行き着替えを手に持つと、2人で一緒に風呂場へと向かっていった。

 室内に残ったフォルト達は特に何をするという事も無く、ただ深く椅子に座って辺りを見渡していた。グリルは頭を下げて目を瞑っており、アルトも両腕を机の上で組んで頭を机の上に伏せていた。どうやら疲れが相当溜まっているらしい。

 フォルトにも少し眠気が襲い掛かってきて、大きく欠伸をするとゆっくりと目を瞑った。
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