以心伝心で恋して――富総館結良シリーズ②――

せとかぜ染鞠

文字の大きさ
上 下
13 / 14

13 自爆

しおりを挟む
 帝野一派が先を争い逃走を始めた。タラップをおりる途中で海に落ちる者もいる。
 屈強そうなアラビア戦士が協力を申し出て聴蝶を抱きあげようとしたとき,黒い影が聴蝶を掠めとった。
 女だ。ボディーラインの際だつ黒いレザースーツに身をつつむ八頭身美女が立っている。身長は2メートルをこすだろう。
「乙!――」女が怒鳴った。
 その声に聞き覚えがある。路傍が腕に組みこまれた通信機能を介して話していた相手だ。
「投降しろ! 恋人を殺すぞ!」女が聴蝶の頭に銃を突きつけた。
 女の腕を払いのけた。銃が宙を舞って海に落ちていく。気をとられた女の腹部を押して聴蝶を奪い返す。透かさずアラビア戦士に聴蝶を委ねるが,女が檄を飛ばし手下の群れに戦士を包囲させてしまう。戦士の仲間も加わり激しい戦闘が再開される――
 女が手招きをして身構える。
「女とは戦わない。怪我をさせるのは嫌だ」
「はあぁん,やっぱり,そうだ。一目見るなり分かったわ――あなたは私の同類ね」深紅の唇が歪んだ。「あんな小娘なんかより私のほうがずっといいわよ」声色をかえて斜め加減に人を見る。
「聴蝶と一緒に船をおりる。あんたも早くお逃げ――」戦士たちの抗争に加わろうとするが,赤い爪の尖る手指が両眼を突いてくる。
虚仮こけにしてくれるわね! 後悔させてやる!」
 何度も身を翻し躱し続けるが,息つく暇もなく執拗な攻撃が繰り出される。女の手首を摑み骨折させぬよう腕を捻って,横様に一回転させてから自分の膝下に組み敷いた。
 爆裂音が響き渡る――黒煙が周囲に渦巻き,炎と炎が結びあい一気に船をなめ尽くしていく。見れば甲板の一際高いところで路傍の全身が激しく炎上していた。
「路傍!――」絶叫が喉を裂いたとき海の世界が昼間の明度を戻し,火炎の中心で肉塊と鉄塊が融解し混ざりあい激しく数度渦を巻いた瞬間爆砕を起こした――
 まやかしの昼は消え本物の闇が鎮座している。もう路傍の姿は何処にも見あたらない。
 銀の霧雨が降り注ぎ,それを排除するみたいな横降りの雪が混じり,すぐに吹雪にかわった。
 うねった波が次々と甲板を襲う。海面が間近に迫る――船が沈没しかけている――
「撤収だ――」という呼びかけに,膝下の女が私を蹴飛ばした。甲板を転がって誰かにぶつかり,ようやくとまる。汚れのない靴,黒いマント――禹錫の落とす巨大な影のなかに倒れていた。身を起こそうとするが,力が入らない。顎だけを突きあげた。「禹錫,あんたのせいだ! あんたが聴蝶を連れていったから路傍が死んだんだ!」
 禹錫は何も答えず背をむけるなり甲板を飛びおりた。
「裏切者!――」いい奴だと思っていたのに……
「あんた,男にも興味があるの?」女が近づいて人の目線におりてくる。「男は駄目よ,まるで駄目――特にあいつは駄目だわ。相手にしちゃいけないの」そう言って許可もなくキッスする。抵抗する気力すら,もはやわかない。涙だけが流れた。
「あら,かわいいこと――」再び執拗に嫌がらせをする。「記念のプレゼントよ。いいこと教えてあげる」耳もとで囁かれた。「禹錫なんていう人間を私は知らない」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】Amnesia(アムネシア)~カフェ「時遊館」に現れた美しい青年は記憶を失っていた~

紫紺
ミステリー
郊外の人気カフェ、『時游館』のマスター航留は、ある日美しい青年と出会う。彼は自分が誰かも全て忘れてしまう記憶喪失を患っていた。 行きがかり上、面倒を見ることになったのが……。 ※「Amnesia」は医学用語で、一般的には「記憶喪失」のことを指します。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ARIA(アリア)

残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……

紙の本のカバーをめくりたい話

みぅら
ミステリー
紙の本のカバーをめくろうとしたら、見ず知らずの人に「その本、カバーをめくらない方がいいですよ」と制止されて、モヤモヤしながら本を読む話。 男性向けでも女性向けでもありません。 カテゴリにその他がなかったのでミステリーにしていますが、全然ミステリーではありません。

この満ち足りた匣庭の中で 二章―Moon of miniature garden―

至堂文斗
ミステリー
それこそが、赤い満月へと至るのだろうか―― 『満ち足りた暮らし』をコンセプトとして発展を遂げてきたニュータウン、満生台。 更なる発展を掲げ、電波塔計画が進められ……そして二〇一二年の八月、地図から消えた街。 鬼の伝承に浸食されていく混沌の街で、再び二週間の物語は幕を開ける。 古くより伝えられてきた、赤い満月が昇るその夜まで。 オートマティスム、鬼封じの池、『八〇二』の数字。 ムーンスパロー、周波数帯、デリンジャー現象。 ブラッドムーン、潮汐力、盈虧院……。 ほら、また頭の中に響いてくる鬼の声。 逃れられない惨劇へ向けて、私たちはただ日々を重ねていく――。 出題篇PV:https://www.youtube.com/watch?v=1mjjf9TY6Io

尖閣~防人の末裔たち

篠塚飛樹
ミステリー
 元大手新聞社の防衛担当記者だった古川は、ある団体から同行取材の依頼を受ける。行き先は尖閣諸島沖。。。  緊迫の海で彼は何を見るのか。。。 ※この作品は、フィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。 ※無断転載を禁じます。

御院家さんがゆく‼︎ 〜橙の竪坑〜

涼寺みすゞ
ミステリー
【一山一家】 喜福寺の次期 御院家さんである善法は、帰省中 檀家のサブちゃんと待ち人について話す。 遠い記憶を手繰り寄せ、語られたのは小さな友達との約束だったが―― 違えられた約束と、時を経て発見された白骨の関係は? 「一山一家も、山ん無くなれば一家じゃなかけんね」 山が閉まり、人は去る 残されたのは、2人で見た橙の竪坑櫓だけだった。 ⭐︎作中の名称等、実在のものとは関係ありません。 ⭐︎ホラーカテゴリ『御院家さんがゆく‼︎』主役同じです。

処理中です...