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12 アラビアンナイトの抗争
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2人とも大きな息を吐いた。
「山田,手話は読みとれたんだろうね――権名頭刑事に連絡してくれた?」
「……権名頭刑事?」
ああ,もうっ最悪だ!
「浄党聖署の権名頭刑事に連絡しろと手話で伝えたのに!――瀬戸内海に不審な船がとまっているから捕獲してくれって!――飛行船に爆発の危険があるから対処してくれって!――あんた,何にも分からなかったわけ!!」防護服を脱いで山田に投げつける。
「えっ……何,どうすればいいの?」
「あの子と一緒に防護服を被っていろ!――助けが来るまで!」そう言って舞台を飛びおりる。
「富総館さんは?」
「あたしはいい! どうせ脱ぐことになるから!」
「浄党聖署の刑事さんには連絡しておくよ!」山田が背後から呼びかけてくる。「僕,殆ど分からなかったけど,瀬戸内海に海賊船が襲来したってことは読みとれたよ――だから来日してるサウジアラビア王族の友人に助けを求めたんだ。今頃,彼の家来たちが海賊を捕まえてるはずだ」
指先を右方へむけた左手甲を,右手刀で切ってみせる。「ありがとう!」――見直したよ!
客室を後にして乗務員室へと戻った。
パラシュートを負って飛行船から飛びおりる。急降下して雲霧を突き破る。眼下に数多のぼやけた光を認める。光が大きく鮮明になりながら,微かな喧噪が風に運ばれてきた。傘をひらき着陸の衝撃に備えて身構えた――
弾力性のあるものに突っこんで滑っていく。ヨットの帆に落下したのだ。数度バウンドしながら甲板へ落ちていく。風に煽られ2月の海に落ちかけたところを,主傘を手繰り寄せ受けとめてもらう。救ってくれたのはアラビアンナイトの主人公にもなりそうな美青年たちだ。パイレーツみたいにぐるぐる布を巻いた頭を傾け「大丈夫ですか」と日本語で問うてくる。
無数のヨットやボートに包囲される黒い船舶へ飛び移った。
既にアラビアンナイトは繙かれている――帝野一派が銃を乱射し敵を撃退しようとするものの,丸腰のアラビア戦士たちに怯む様子はなかった。彼らは戦闘巧者のように思われた。
甲板に路傍の姿を発見する。その胸に聴蝶が抱かれている――よかった,生きている!
抗争の隙間を縫って路傍へ近づき,聴蝶の顔を覗き見る。まだ意識が戻らないようだ。
「爆弾のコードは切った。飛行船は無事だ」
「ありがとう――」礼を述べる路傍の片目はなかった。頸部からの出血もひどい。看護服は真っ赤だ。「それで乗客たちの様子はどうだ」
私の表情が全てを伝えた。
「そうか……やはりリドルの感染爆発は起きたのか……」
路傍はふっと力の抜けたように柔らかな笑みを湛えると,聴蝶の額に口づけた。
何故か胸騒ぎがした――
路傍が聴蝶を私の胸に託した。
「聴蝶を船から遠ざけてくれないか。君も早く船からおりろ」
「あんたはどうする」
「蒔いた種は刈るべきだ」
「どういう意味だい」
「主が消滅すれば分身も消滅する」
「――あんた,まさか――」
「リドルを消滅させるにはこの方法しかない。飛行船の感染者のなかにも回復する人がいるだろう――今しかないんだ」そう言うなり,船首に飛んで大声を発した。「全員船から脱出しろ!――俺は自爆する!」
路傍の胸と腹から火花が生じ,小爆発が起こった。火塊が飛び散り船の八方に引火していく――
「山田,手話は読みとれたんだろうね――権名頭刑事に連絡してくれた?」
「……権名頭刑事?」
ああ,もうっ最悪だ!
「浄党聖署の権名頭刑事に連絡しろと手話で伝えたのに!――瀬戸内海に不審な船がとまっているから捕獲してくれって!――飛行船に爆発の危険があるから対処してくれって!――あんた,何にも分からなかったわけ!!」防護服を脱いで山田に投げつける。
「えっ……何,どうすればいいの?」
「あの子と一緒に防護服を被っていろ!――助けが来るまで!」そう言って舞台を飛びおりる。
「富総館さんは?」
「あたしはいい! どうせ脱ぐことになるから!」
「浄党聖署の刑事さんには連絡しておくよ!」山田が背後から呼びかけてくる。「僕,殆ど分からなかったけど,瀬戸内海に海賊船が襲来したってことは読みとれたよ――だから来日してるサウジアラビア王族の友人に助けを求めたんだ。今頃,彼の家来たちが海賊を捕まえてるはずだ」
指先を右方へむけた左手甲を,右手刀で切ってみせる。「ありがとう!」――見直したよ!
客室を後にして乗務員室へと戻った。
パラシュートを負って飛行船から飛びおりる。急降下して雲霧を突き破る。眼下に数多のぼやけた光を認める。光が大きく鮮明になりながら,微かな喧噪が風に運ばれてきた。傘をひらき着陸の衝撃に備えて身構えた――
弾力性のあるものに突っこんで滑っていく。ヨットの帆に落下したのだ。数度バウンドしながら甲板へ落ちていく。風に煽られ2月の海に落ちかけたところを,主傘を手繰り寄せ受けとめてもらう。救ってくれたのはアラビアンナイトの主人公にもなりそうな美青年たちだ。パイレーツみたいにぐるぐる布を巻いた頭を傾け「大丈夫ですか」と日本語で問うてくる。
無数のヨットやボートに包囲される黒い船舶へ飛び移った。
既にアラビアンナイトは繙かれている――帝野一派が銃を乱射し敵を撃退しようとするものの,丸腰のアラビア戦士たちに怯む様子はなかった。彼らは戦闘巧者のように思われた。
甲板に路傍の姿を発見する。その胸に聴蝶が抱かれている――よかった,生きている!
抗争の隙間を縫って路傍へ近づき,聴蝶の顔を覗き見る。まだ意識が戻らないようだ。
「爆弾のコードは切った。飛行船は無事だ」
「ありがとう――」礼を述べる路傍の片目はなかった。頸部からの出血もひどい。看護服は真っ赤だ。「それで乗客たちの様子はどうだ」
私の表情が全てを伝えた。
「そうか……やはりリドルの感染爆発は起きたのか……」
路傍はふっと力の抜けたように柔らかな笑みを湛えると,聴蝶の額に口づけた。
何故か胸騒ぎがした――
路傍が聴蝶を私の胸に託した。
「聴蝶を船から遠ざけてくれないか。君も早く船からおりろ」
「あんたはどうする」
「蒔いた種は刈るべきだ」
「どういう意味だい」
「主が消滅すれば分身も消滅する」
「――あんた,まさか――」
「リドルを消滅させるにはこの方法しかない。飛行船の感染者のなかにも回復する人がいるだろう――今しかないんだ」そう言うなり,船首に飛んで大声を発した。「全員船から脱出しろ!――俺は自爆する!」
路傍の胸と腹から火花が生じ,小爆発が起こった。火塊が飛び散り船の八方に引火していく――
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