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第三章・傾国の王女

253.ようこそ、ディジェル領へ 番外編

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「……痛いんだが」
「文句言わないでください。オレだってまだ体中痛いのに団長の手当してるんですから!」

 イリオーデによる殺意満載両手剣アタックを喰らい、全身ボロボロになった黒狼騎士団の三名。
 中でも最もその被害を受けたバルロッサは、早くも意識を取り戻し自分の応急処置を終えたナァラによって包帯をグルグルと全身に巻かれていた。
 流石はディジェル領の民と言うべきか。巻き込まれでも中々の衝撃があっただろうに、もうこうして意識を取り戻して他の人の応急処置に移れているのだから。
 強靭な肉体と高い自然治癒力を持つディジェル領の民だからこそ成せる技だ。

「しっかし……化け物なんじゃないかな、あの男。僕達がディジェル人じゃなかったら確実に死んでたっての」
「こっちの侍女も大分やばかったですけどね……あの顔を思い出すだけで震えが…………」
「貴方達の被害を見ると、ただ右肩を撃ち抜かれただけで済んだのがマシに思えてきますよ」

 各騎士団の副団長、黒狼騎士団のエスト、蒼鷲騎士団のセファール、紅獅子騎士団のザオラースが情けない……と肩をすぼめた。
 そこに、団長達からの野次が飛ぶ。

「おーい、ザオラース。一応私は背中に傷を受けてしまったんだが?」
「俺も、胸部と背中の骨がかなり砕けている。かなりの苦痛が今も尾を引いているぞ。なんなら内蔵も少し潰れていたのだが……上位回復薬ハイポーションが無かったら今頃のたうち回ったいたやもしれん」
「……俺は、見事この通りだ」

 団長三名によるからかいに、副団長三名は「うっ」と気まずそうに視線を泳がせる。
 それぞれ、アミレスとアルベルトとイリオーデの魔法の犠牲となった者達。奇想天外な魔法で虚をつかれ、そのまま押されて負けてしまった。
 たが彼等は敗北そのものを恥じるのではなく、アミレス達の使用した魔法に初見で上手く対応出来なかった事を恥じているようで。

「ザオラース、カコン。明日からでも対魔法戦の訓練を始めるぞ。私達はこれまで知識を持たぬ魔物や魔獣ばかりを相手にしていた為、知識を巡らせ魔法を扱うような相手との戦闘に不慣れだった。正直な所……私達は慢心していた。妖精の祝福を受け、日々魔獣や魔物との戦闘で鍛え上げられていると驕っていた。その結果がこれだ」

 ギリ、と奥歯を噛み締め拳を震わせる。
 アミレスの前では爽やかに、負けた事を気にしていないように振舞っていたが……モルスは非常に悔しげに語る。

「我々はその慢心により、外からの客人に遅れを取ってしまった。これはディジェル領を守る騎士としてまこと不甲斐ない姿である。故に、明日から心機一転、決して慢心などせず訓練に励むぞ!」
「「はっ!」」

 モルスの言葉にザオラースとカコンが敬礼し、声を重ねる。その様子を見て、ムリアンは口元に手を当てて思案する。

「ふむ、では俺達も同様の訓練……──いや。合同演習といかないか、モルス。あのように魔法と剣を巧みに扱う者達との戦闘想定であれば、互いの騎士団を利用するのも一つの手だろう」
「それもアリだな。こういう時こそそれぞれの騎士団の特色を活用すべきだ。バルロッサもどうだ?」
「……黒狼騎士団も合同演習に参加しよう。もっとも、俺のように不甲斐なく敗北した男を団長と仰ぎ、アイツ等が大人しく指示に従うかは分からんが」
「黒狼騎士団の者達は、何と言うか、個性が強いからな……」

 ボロボロの体で互いに応急処置をしあう騎士達。ただ転んだだけでは終わらない、それがディジェル領の民だ。

(個性が強いで片付けられるんだ、うちの騎士団……)
「……おいナァラ、包帯をキツく絞めすぎだ」
「あっごめんなさいぃ!」

 ぼーっとしながら団長達の話を聞いていたナァラは、勢い余って包帯をぐっと強く絞めてしまった。それによりバルロッサに睨まれ、顔から血の気が引く事に。
 するとそこで、彼等がいる部屋の扉が叩かれる。
 一番暇だったカコンが「何ですかー?」と扉を開くと、そこには蒼鷲騎士団団員のラナンスがいた。彼女はこの中で唯一の女性という事もあり別室で応急処置にあたっていたのだ。

「どうしたんですか、ラナンスさん」
「いや、その……客人がいるんだが、団長方は今大丈夫だろうか?」
「客人? 団長ー! お客様が来てるそうですよー!」

 困り顔でおずおずと口を開いたラナンスを不審に思いつつも、カコンはくるりと振り向いて団長達に確認を取った。

「客人自体は問題ないんだが……見ての通り、私達は今この有様だ。見苦しい事この上ないぞ?」

 一度目を合わせてこくりと頷き合った団長三名から、代表してモルスがそう返事した。
 それを受け、カコンがそっくりそのままラナンスに伝言する。今度はそれを、ラナンスがそっくりそのまま部屋の前の廊下にいるらしい客人に伝言し、

「客人は、特に問題無いと言っていた」
「お客様は問題無いらしいですー!」

 逆方向の伝言がまた発生する。

「じゃあもう入って貰え。いつまでも客人を廊下に立たせておく訳にもいかないだろう」

 この無駄な手数を踏む伝言を煩わしく感じたムリアンが、少し声を大きくして告げると、ラナンス先導のもとその客人が彼等のいる部屋に入室した。

「……──お邪魔します、皆さん。わたくし共がこの場に訪れるなど無礼とは承知の上ですが……その、どうしてもお伝えしたい事がありまして」

 戦闘中の勇ましく恐ろしいあの風格とは打って変わって、一国の姫君らしい優雅さを纏い、美丈夫の騎士と清楚な侍女を伴ってその少女は現れた。

「なっ──!?」
「お、王女……?!」
「!!」

 予想外の客人に困惑し、慌てて立ち上がろうとする団長達。
 しかしそれを、「そのままで大丈夫ですよ」とアミレスが制止する。
 何なら、急に動いたからバルロッサとムリアンは再び痛みに襲われていた。応急処置を担当するナァラも、「王女殿下の言う通りにしましょう、団長?」と諭す。
 団長三名が大人しく着席したのを確認して、アミレスはドレスを摘んで少しばかり背を曲げた。
 こんな、怪我人だらけの部屋には不似合いなその動作に誰もが目を丸くして。

「この度は、わたくしの我儘にお付き合い下さり心より感謝申し上げます。我が帝国の盾たる皆様とこうして一戦交えたこの日の事は決して忘れません。とっても楽しかったです、ありがとうございました!」

 王女は年相応に笑った。その喜びが本心からのものであると誰も疑いようがない、眩しい笑顔。それは、皇族らしい振る舞いでも、フォーロイトらしい振る舞いでもない……彼女自身の言葉と笑顔だった。
 その言葉は、堅物や偏屈や変人揃いの騎士達の心にもあっさりと届いてしまった。このような言葉を贈られたのは初めてなのか、騎士達は一様に黙り込む。

「……王女殿下にそこまで仰っていただけるとは、騎士冥利に尽きるというもの。こちらこそ、王女殿下と剣を交えた事は決して忘れません」

 しかしその中で一人。モルスが、つられてはにかみながら返事した。

「一つ、王女殿下にお伺いしたい事があるのですが、構いませんか?」
「別に構いませんよ」
「王女殿下は、一体どのような方から剣を学ばれたのですか? 私の動きも捉えられていた様ですし……気になってしまって」

 モルスとしてはやはりこれが疑問だったようで、ド直球にアミレスへとそれを問うた。
 どう答えようかとアミレスは顎に手を当てて考える。

(師匠が精霊って事は言えないしなあ……でも人間って言って納得して貰えるような感じでもないでしょう? 私の剣術は師匠直伝のエクストリーム無流派だから…………)

 エクストリーム無流派とは。
 しかし、どうやらアミレスにも彼女の剣術がただの人間が教えるような内容のものではないという自覚はあるらしい。多分、最近自覚したのだろう。
 そもそもアミレスがモルスの動きを捉えられたのはエンヴィーの動きに慣れていたからだ。年を重ねるごとにエンヴィーが無茶で馬鹿げた動きをし、アミレスを翻弄して来たものだから……元々戦闘に関する才能が突出していた彼女が異常な成長を遂げるのも無理はない。
 一度エンヴィーの速度に慣れてしまうと、ただの人間の動きなんて大抵は捉えられるようになるというものだ。
 ちなみに、マクベスタも近頃はエンヴィーの動きに少しづつ追いつきつつある。マクベスタもまた、天性の才能を持ち合わせていたのだ。

「……あまり詳しい事は話せないの、ごめんなさい。ただ一つ言える事があるとすれば、人間ではない……とだけ」
「人間ではない……成程。道理で見た事の無い剣筋な訳だ。突然質問などして申し訳ございません、王女殿下」
「いいえ、これぐらいは全然構いませんわ。きちんと答えられなくてごめんなさいね」

 当たり前のように、ごめんなさいと謝罪の言葉が出るアミレスに騎士達は僅かな違和感を抱いた。

「──王女殿下。私達は国に仕える騎士です。貴女方の臣民です。私達相手に、そのように謝罪の言葉を吐かないで下さいまし」

 モルスの忠言に、アミレスは表情を消した。それはこれまでの数年間で幾度となく言われてきた言葉だった。
 だがアミレスはこれを正そうとはしなかった。何故か、ここだけは譲ろうとしなかったのだ。

「まぁ、そうよね。皆そう言うわ。皇族らしくしろって……でも、私みたいな人間はこうする事でしか誠意を伝えられないから。だからこれだけはきっとやめられないの──……ごめんね」

 年相応の眩い笑顔とは対照的な、機械的な作り物の微笑み。なんて事ないように、全く気にも留めてないとばかりに、アミレスは『ごめんね』と繰り返した。

(…………まただ。また、王女殿下はごめんと口にした。何故、あの皇太子殿下と皇帝陛下の御家族であらせられる王女殿下が……こんなにも、普通の少女に見えてしまうんだ)

 モルスは酷い錯覚を覚えた。
 当たり前のように謝罪をし、些細な事で喜び笑う。彼女自身が、そんな皇族らしからぬ振る舞いをしているのだから、そう見えてしまってもおかしくはない。

「王女──……っ」
「主君、そろそろセレアード氏との約束の時間です」
「もうそんな時間? お忙しい所にお邪魔してしまい、申し訳なかったわ。ではわたくしはこの辺りで」

 モルスがもう一度声を掛けようとした時。アルベルトがわざとらしく声を被せて来た。
 その手には懐中時計が握られており、この後の予定を告げる言葉だったので、アミレスは即座に王女モードに切り替え、優雅に一礼してバタバタと部屋を後にした。
 騎士達の中にはアミレスに対する様々な違和感が残り、それを解消する手立てもないまま取り残される。
 が、その時。

「……──これ以上、王女殿下に踏み入るな。あの御方はとても繊細で、我々が容易に触れてはならない存在なのだ」
「……──主君について詮索しようとするのであれば、命は無い」

 これまで沈黙を貫いていた二人が去り際に忠告してゆく。
 戦闘中よりも遥かに強い殺意と重い気迫に気圧され、騎士達は一切の反応を取る事さえ出来なかった。

「私達、は……とんでもない方々と相見えたようだな」

 アミレス達が去ってから少し経って零されたモルスの呟きに、一同は静かに首肯した。

「ねぇ二人共。さっきは騎士団の人達に何て言ってきたの?」

 部屋を出て少し歩いてから、アミレスはおもむろにイリオーデ達に質問を投げかけた。
 アミレスが先に部屋を出たのだが、その時二人は一度立ち止まって騎士達に何かを告げてから追いかけるように部屋を出て来たのだ。
 この質問にイリオーデとアルベルトは一瞬目配せし、

「王女殿下同様、楽しかった……と」
「ご自愛くださいと伝えました」

 ニコリと口角を上げて答えた。
 勿論嘘である。この二人、ついに主に対して平然と嘘をつくようになった。

「あっ……私が長々と喋ってた所為で二人が挨拶する暇も無かったもんね。ごめん~!」
「お気になさらないで下さい。あの一言で私は十分ですので」
「ワタシも、これ以上は特に言いたい事も無いので」
「そうなの? ならいいんだけど……」

 そうやって、三人は明るく話しながらセレアードとの約束へと向かったのだった。
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