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第三章・傾国の王女
回想 そして歯車は狂いだす
しおりを挟む───ツマラン。何故、何故だ。彼奴らは何故、何もしない。我々の求めるような展開へと進まないのだ?
───さあ? ぶっちゃけおれっち達が聞きたいぐらいだし~~。
───ぐぬぬ……あの者達の記憶を封じ過ぎたか? しかし異邦の知識や記憶は我々にとって毒に他ならない。何より【世界樹】がそれを拒んでいる。故に我々でさえも異邦の知識や記憶は探れぬ…………こんな状況で下手な真似をして世界の反発を受けたら面倒だ。
───それはそう。世界の反発が最も厄介だからな。
───それな? どうにかしてもっと面白おかしく人間界がひっくり返るような何かを起こせねぇかなァ~!
───妾達が祝福を授けてやった子供も、そなた達が悪ふざけで狂わせた子供も、どちらも無理やり異邦の魂と同調させたのであろう? 本人達の様子はどうなのだ?
───それがどっちもな~んにもしない。あともう一人……ついでに引っ張って来た魂は割と頑張ってんね~。ほか二人は期待外れでラスいちが一番望みあるって感じぃ?
───異邦からの旅人であればこの世界の人間とは異なる価値観を持つ為、良き変革面白き展開を期待していたんだが……想像以上に何も起きないな。
───なんの為にあの子等の自我を維持させているのかという話だな。異邦の知識で人間界を変えて欲しいのに。
───ツマラナイ結末ではなく、我々を愉しませるような終末を迎えてもらわねば困る。そうではなくては我々がわざわざ下等存在を存続させている意味が無いというものだ。
───オーイ、テメェ等ァ……儂に面倒事押し付けて何談笑してやがる。
───お。例の方は上手くいったかね?
───そなたの働きによって選ばれた子供達に変化の契機を齎すかどうかが変わるのだ。上手くやってなければ殺す。
───その点についたァご心配なく。儂が仕事をトチる訳なかろう。だが、まァこればかりはどうしようもなかったっつーか。
───どうしようも……
───なかった?
───【世界幹への干渉】は成功したし、“駒”の子等にかけられた封も若干ではあるが弱めた。だがなァそれがどう当人に影響を及ぼすかは儂にもわからん。加えて……一部の無関係な人間達にも同様の効果が及んだものと考えとけ。
───つまり…………どゆこと?
───我々が選んだ子供達に加え、純正なこの世界の人間達にも同じように【世界幹への干渉】による異変が起こる。という事だろうよ。そうだな?
───その通ォり。つっても、これもまた面白そうだから良かねェか?
───……そうね。妾達はただ、面白ければなんでもいい。
───よーぅし、今度こそあの子供達が上手く世界を歪めてくれる事を祈って~~っ、カンパーイ!
───また飲むのかよ。
───だが、それぐらいしか娯楽ないしな。
……──それはなんて事ないある日の事。ついに、かの存在が重い腰を上げてしまった。
故に、人間達は惑わされる。狂わされる。
享楽に耽る者達の欲により変えられた世界の意思に従って、定められた筋書きをなぞる事となるのだ。
♢♢
ドクンッ! と突然心臓が破裂するような痛みに襲われた。
別に魔力を消費しすぎた訳でもなく、サベイランスちゃん無しで魔法を使いまくった訳でもない。
じゃあ、この痛みは一体なんなんだ?
「ッ、は……ぁ! ん、だよ…………これ……ッ!!」
痛い、痛い。頭が割れるように痛い。硝子を引っ掻いたような、酷く不快な痛みが響く。
「カイル様っ!?」
立つ事さえ覚束無い酷い目眩が降り注ぐ。よって、俺はその場で両膝をついた。
傍にいたコーラルが慌てて寄り添ってきた。だが、その声もどんどん遠のいてゆくようで。
……ハハッ、これってまさか。
「……──強制力、ってやつなのか?」
心を埋め尽くさんばかりに湧き上がる体の悲願。俺という人間が塗り替えられそうな程のそれに、俺は。
「こーらる……あと、は……たの、ん……だ」
「ッ、カイル様!?」
意識を手放す事でなんとか対応した。
それと同時に理解する。以前、真冬にアミレスが自らを溺れさせて意識を絶ったとかいう事件の真相を。
こりゃ確かに──、こうでもしないと耐えられそうにねぇな。自分が侵されて塗り替えられるような悪寒、どう足掻いても耐えられない。
……あん時は理解してやれなくてすまん、アミレス。
♢♢
「──は?」
パキッ、と。手に持っていた祭具を一つ壊してしまった。それには周りの大司教達でさえも驚き、開いた口が塞がらない模様。
だけど……一番驚いているのは僕自身だ。
「主、様子変」
「……ああ、そうだろう。誰かに腹の中をぐちゃぐちゃにかき混ぜられたような気分だからね、今」
「意味不明。解説求」
「解説か、難しい事を言うね。僕にだってこれが何だかよく分かっていないのに」
ラフィリアが彼等を代表して僕の様子を窺いに来た。しかし、僕にも何が起こっているのかよく分からないのだ。
突然、神々の愛し子の事を愛しいなどと思った。
今となっては四六時中姫君の事を考えているこの僕が? あんな肩書きと能力だけの子供を?
それだけではない。僕が姫君に抱く好意の一割が、勝手に愛し子へと向けられそうになった。僕の意思ではなく、まるで何者かに無理やりそうされたかのように。それに気づいて、怒りのあまりついうっかり大事な祭具を壊してしまった。
とりあえずジャヌアを呼び、「これ、直しといて」と壊れた祭具を手渡す。その間も、その前後も……ジャヌア達大司教は僕を不安げに見つめていた。
「……主。顔、険悪」
「そうなんだ。まぁ確かに、今はどうにも笑ってられる気分でもないからね…………凄く、凄く怒ってるんだ。僕は」
口をついて出た言葉に、自分で疑問を抱く──。
怒っている? この僕が? ……こんなの久しぶりだと思うと同時に、ストンと、何かが腑に落ちた。
ようやく手に入れた僕の宝物。この想いは絶対に誰にも譲らないし渡さない。僕の心を誰かにあげるのだとしたら、それは姫君だけだ。
それなのに。何者かが僕の宝物を掠め取ろうとした。
愛し子に魅了だとかそういった能力がない事は把握してるんだけどな。どうして、よりにもよってあの女に。
「ラフィリア、命令だ。僕が命令を撤回するまで、愛し子を僕の目の届かない場所に閉じ込めておけ」
「?! 何故……?」
ラフィリアと同じように、大司教達も目を白黒させて狼狽えている。
僕は、そんな彼等に向けて告げた。
「……殺してしまいそうなんだ。僕の恋を奪おうとする者は……怒りのあまり、相手が誰であろうと関係無しに殺してしまいそうで。でも、愛し子を殺す訳にはいかないからさ。僕が彼女を殺さないように、守ってやって」
僕の言葉にラフィリアは言葉を失いつつも、僕の言う通りに動きだした。
仮面で顔は見えなかったけれど、きっとラフィリアは気づいたんだろう。僕がもうとっくに壊れてしまっている事に。
「……怖がらせてごめんね、皆。今日は少し気分が悪いみたいだ。僕はもう部屋に戻るから、後は頼んだよ」
「は、はい!」
「お任せを!」
何とか笑顔を取り繕う。祭典の準備を大司教達に任せて、僕は自室に戻った。
寝台に倒れ込み、脳裏に彼女の笑顔を思い浮かべて強く想う。掠め取られた宝物の欠片を、一つ一つ拾い上げるように。
「大丈夫。僕の想いは僕だけのものだ。何があろうとも、この恋だけは守らないと」
ようやく、ようやく見つけたんだ。
僕の唯一の拠り所。僕の初恋。僕の、最愛の存在。
絶対に逃してなるものか。今は無理でも、必ずやいつか──彼女を、僕だけのものにしなくては。
「……ふふ、ははっ。だってそうだよね。僕は貴女がいないと生きていけないと思ってるのだから、貴女だってそう思ってくれないと困るよ」
だってもう、僕は貴女のものだから。
ならば貴女だって、僕のものになってくれるよね?
♢♢
「ロアクリード猊下? 急に立ち止まられて、いかがなされましたか?」
「……あぁ、いや。何でもない。議会に向かおう」
「はい」
連れの男に向けて適当に誤魔化して、私は議会場に足を向けた。私の後ろでは、側近のマアラと弟の二カウルが私を見てヒソヒソと話し合っている。
それをちらりと横目で見ては、何言われてるんだろうと少し不安になった。
それにしても……ふむ。誰かに精神干渉されたような感じがしたけれど、一体どういう事だろう。昔から父親に色々されていたから、私はそれなりに精神干渉へも耐性を持っているんだけど……こんな風に心を無理やり捻じ曲げられるのは初めてだな。
とは言ったものの、正直なところそこまでの変化はない。
ただ、なんと言うか。彼女に会う以前の空虚な自分に戻ったような。そんな感じだ。
当然、今のやりたい事を見つけた自分に満足している私としては、不愉快極まりない状況。だけど…………なんだろうな、妙に頭が冴えている。いや、寧ろ頭はぐちゃぐちゃなんだけど、だからかな。
もっと強い権威が欲しい。
もっと強くなりたい。
あの男をこの世界から消し去りたい。
そんな、漠然とした考えが頭をよぎる。誰にも脅かせないような権威があれば、私はきっと彼女の未来を守る事が出来る。私がもっと強ければ、私の人生をめちゃくちゃにしてくれやがったあの憎き男を、この世界から消す事が出来る。
多分、これが私の持つ数少ない願望。これの為ならば私は何だって出来る。そう…………何だって。
「……二カ。教皇聖下のみが持つ事を許される聖笏の主な恩恵は何だったか、ちゃんと覚えているかい?」
ふと、後ろを歩く二カウルにわざとらしく問い掛ける。
「えっと。魔力量の大幅な増加と、恒久的な身体能力の上昇……でしょうか」
「そうだね、正解だ。よく勉強しているね」
「……!!」
突然そう問われた為かニカウルは少し口を慌てさせて、しっかりと答えた。よく出来ました。と褒めてあげると、二カウルは嬉しそうに瞳を輝かせる。
念の為に二カウルに確認したけれど、やはりそうか……父親が持っているあの聖笏は持ってるだけでも恩恵を得られる。
うーん、やっぱり欲しいな、聖笏。
アレがあったら私もあの男に勝てるかもしれない。私の願望を叶えられるかもしれない。
だから聖笏が欲しいんだけど、流石に貰おうと思って貰えるものではない。
……──殺そうかなあ、教皇の事。
父親が死んだら自動的に私が後継者として教皇にならざるを得ないのだし、聖笏も権威も手に入る。
ぶっちゃけた話、私が教皇代理なんて立場にあるぐらい既にあの男は弱りきっているし、放っておいても数年以内に死ぬだろう。そして父親の望み通り、私が教皇なんて役職を押し付けられる事になる。自動的に、合法的に聖笏を手に入れる事も可能だろう。
だけどね……まぁほら、善は急げと言うし。どうせ数年以内に死ぬのなら今死んでも変わらないだろう?
「あの、ロアクリード様? 何でそんなにほくそ笑んでるんですか……?」
マアラがこちらを訝しむ。どうやら今、私は笑っているらしい。手っ取り早く願望を叶える方法を見つけたからだろうか。
「はは。そんな事無いよ」
「いや目が笑ってない……」
誰に精神干渉されたのかは分からない。誰が何の目的をもって私を変えたのか分からないけど、少しだけ感謝しよう。馬鹿な願望を抱く今の虚ろな私でなければ、きっと、このような方法には至らなかったから。
あの気高き少女の幸せな未来の一助となるべく、私は私に出来る事をしよう。
例えそれが──人道に背く事であろうとも。
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