だいたい死ぬ悲運の王女は絶対に幸せになりたい!〜努力とチートでどんな運命だって変えてみせます〜

十和とわ

文字の大きさ
上 下
271 / 786
第三章・傾国の王女

239.ある執事の決意

しおりを挟む
「ああもう、どうしよう。嬉しすぎる。まさかあの御方が俺の為だけにこんないい服を作ってくれるなんて」

 白い月が真上にある頃。王城敷地内にある、寂れた旧庭園にて。
 俺は夜風に吹かれながら自分の身を包んでいる上質な服にうっとりとしていた。
 念願叶ってあの御方直属の従僕となり、喜んだのも束の間。まさかの即調査任務。
 別にいいさ。そりゃあ俺だってあの御方の傍であの御方の役に立ちたいとは思うけれど、でもこれだって立派な仕事だ。しかも俺にしか出来ないような、俺の能力を買ってくれたあの御方からの直々の任務!
 その調査にまつわる理由や事情を聞いた時は、主君にはどれだけ先見の明があるのかと驚いたけれど、それはそれとして俺はすぐに大公領に向かった。
 本当に、闇の魔力を持っていてよかった。これに色々と苦しめられてきた人生だったけど……今こうして、主君の為に何か出来る事が嬉しい。あの御方の役に立てる事が嬉しい。
 闇の魔力を応用し、影の中を全力疾走する事一日程。あっという間に大公領に着いた俺は、常に太陽に肌を焼かれているようなヒリヒリとした痛みを全身に覚えつつ、隠密行動を繰り返した。
 恐らくあの痛みは、大公領の土地に与えられた『妖精の祝福』と俺の持つ闇の魔力の相性が悪いからなのでは……と適当に答えを出して、調査に専念する。
 そして調査の末にあの御方の仰ったような内乱の計画が実在する事を知り、戦慄したのを覚えている。
 念には念をと三週間と時間をかけて調査をし、満を持して主君の元に舞い戻ったら──就職祝いだと、俺の為に作られた服を贈られた。
 それはいわゆる執事服というもので、本来であれば俺のような罪人の平民が着る事は一生なさそうな上質な服。それをなんと、主君自らが俺の為にデザインして作ってくださったのだという。

 そう、俺の為に。ただそれだけでもう何でも良かった。例えそれが執事服でなくとも上質でなくとも…………あの御方が俺の為に用意してくれた物というだけで、俺は何でも喜ぶ自信がある。
 それはともかく。とにかく主君からそんな素晴らしい物をいただけた事が嬉しすぎて実は泣きそうだった。
 だが俺は半年間諜報部でみっちり訓練した諜報員。泣くのを我慢するぐらいどうって事はない! キリッ!
 ……とカッコつけてみたはいいものの。泣くのは我慢出来たが、どうやら度重なる喜びや主君からの接近接触などによって表情筋は瓦解していた。
 主君の前ではもう情けない姿は見せないと決めていたのに。ちくしょう結局こうだよ俺には無理だったんだもう恥ずかしいなァ…………でもまぁ、主君の愛らしい姿を見られたから別にいいか。
 ──それにしても……真っ向勝負で騎士君に勝てなかったんだけど。
 何であいつ、諜報員でもないのに死角から狙われても対応出来ちゃうんだ? おかしくない? 俺だって一応、諜報部云々以前には砦で暮らしてたから魔法無しでもそれなりには戦えるのに。
 何で俺の無形百術(先輩命名)に初見で対応出来るんだよあの男! くそう!
 しかも何? あいつ、侯爵家出身であの顔の整いっぷりで頭も切れるって。天に何物与えられたら気が済むんだよ。ずるいぞ。
 その上で剣の腕が認めざるを得ないぐらいあって、主君への忠誠心も…………いいやそれなら俺も負けてないから。俺だって主君への忠誠心には自信がある! だからこそあいつが気に食わないし、あいつとの試合が引き分けに終わった事が悔やまれる。
 次は絶対に勝つ!! 完膚なきまでに叩き潰す!! とぶつぶつ一人熱く決意していると、親しみのある気配が一つ接近して来て。

「お待たせ兄ちゃん。わぁ、凄くいい服……とっても似合ってるよ、兄ちゃん」
「本当? サラもそう思う?」
「うん」

 こんな人気のない所に一人でいた理由はまさにこれ。サラと久々に会う為だった。
 見慣れた諜報部の黒い制服を身に纏う、俺とそっくりの弟。実は数時間前にサラの机に『暇だったら深夜に南西の旧庭園に来て。久しぶりに会いたい』と書き置きを残しておいた。
 そして業務時間外にあたる今、サラが来てくれたらなぁと思いつつ、主君がくれたこの執事服に思い馳せていた。
 するとサラは書き置きを見てくれたのか、こうしてわざわざ足を運んでくれた。一応表向きには、俺はもう諜報部の人間ではなく『アミレス王女の従僕』なので、あまり表立って諜報部の人間と関わる訳にはいかない。
 その為、このように人気のない場所に呼び出すしかないのだ(諜報部の部署を待ち合わせに使うと回避不可能な拳骨が飛んでくるから)。
 サラも闇の魔力を使えるものの……サラはどちらかと言えば精神系での闇の魔力の扱いに長けているので、影を操る事はまだ出来ないらしい。
 なので影の中で会う、なんて事はまだ叶わないのだ。

「憧れの王女殿下の部下としての生活はどう?」
「本当に楽しいよ。サラも来てくれたらもっと楽しいんだろうけど」
「僕は多分、この先もずっと諜報部の人間だから。近いうちに長期の潜入任務もあるし」

 あの御方の元でサラと二人で働けたらどれだけ幸福な事か。そんな夢物語を描くも、それはあっさりと破られてしまう。
 だがそれも納得だ。何せサラは諜報部に所属している期間も長く、トップクラスの優秀な諜報員。
 俺みたいな訳ありで扱いずらい奴と比べるべくもない、優秀なサラをあの諜報部が手放す筈がない。だから俺の夢物語は決して実現しない。

「何処に……という質問は、無粋か」
「はは、別にいいよ。兄ちゃん口堅いし、一応はまだ諜報部所属でもあるんだから。行先は神殿都市だって。一昨日ぐらいに皇帝陛下直々に命じられたんだ」
「勅命で神殿都市……って大丈夫か? 随分と相性が悪い場所だと思うけど」

 『妖精の祝福』を受けただけの土地でさえ、俺は少し体調不良になったんだ。神聖な光の魔力に満ちているという神殿都市ならば、俺の時とは比べ物にならないぐらい辛いと思う。
 そんな所に行って本当に大丈夫なのか? と聞くと、サラは軽く笑う。

「んー、多分? まぁ何とかなるよ。どうしてか分からないけれど、漠然とね、神殿都市に行っても大丈夫。って思えてきちゃうんだ」

 サラと並んで月を見上げる。
 数年ぶりに再会し、離れていた時よりもずっと短い数ヶ月間共に過ごし、そしてまた離れ離れになる。
 少し寂しいけれど、これが永遠の別れになるとは全く思わないし、お互いの居場所も何となく分かる。だから大丈夫だ。
 もう以前のように苦しむ事は無い。俺はサラの──エルの兄ちゃんらしく、どんと構えてエルを応援するだけだ。

「そっか。頑張れよ、サラ。兄ちゃん応援してるから!」
「……うん。兄ちゃんの方こそ、あんまり張り切り過ぎないように。兄ちゃんは張り切るとちょっと周りが見えなくなるんだから、あんまり王女殿下に迷惑かけちゃ駄目だよ?」
「うっ、そ、そうだな……冷静な指摘痛み入ります……」

 そうやってエルと二人で笑い合い話し合う。一時間も経てばお互いに、それぞれのやるべき事の為に解散する必要があって。
 少し名残惜しくもあるけれど、また次会った時に話の続きをしよう。そう……約束出来たから。
 この約束と、主君の存在さえあれば俺は生きていける。俺らしく生きる事が出来る。

「ああ、今夜も、月は綺麗だな──……」

 東宮に戻る道中で、俺はよく見えもしないそれを見上げ、ある人の尊き笑顔を思い浮かべていた。
 俺の真っ暗な人生みちを優しく照らしてくれる美しき存在。こうやって仰ぎ見る事しか許されないような、天上の存在。
 時にいたずらっ子のように笑い、時にその血筋に相応しく冷酷な表情になり、時に慈愛溢れる微笑みを纏い、時に年相応に無邪気に笑い、時に勇ましく眉を釣り上げる。
 表情豊かで、誰よりもお人好しな少女。
 そんな彼女が笑って、なんの憂いも無く暮らせる世界になればいいのに。そう俺は願った。
 あんな風に何かを恐れ涙して倒れるような事も、何かから必死に逃れようとがむしゃらに頑張る事も、すぐに自分だけを犠牲にしようとする事も無いような、優しい世界になればいい。
 ……だから俺は、彼女の為に生きる。
 そんな理想が、夢物語が叶わないのであれば。せめて少しでも彼女の理想に辿り着ける手伝いをしたい。彼女が笑って幸せに過ごせる世界を作りたい。
 そして、願わくば。

 あの日俺に手を差し伸べてくれた女神に。
 あの日俺を救ってくれた、優しい少女に。

 せめてもの恩返しと、感謝の思いを伝えさせて欲しいんだ。
しおりを挟む
感想 92

あなたにおすすめの小説

異世界成り上がり物語~転生したけど男?!どう言う事!?~

ファンタジー
 高梨洋子(25)は帰り道で車に撥ねられた瞬間、意識は一瞬で別の場所へ…。 見覚えの無い部屋で目が覚め「アレク?!気付いたのか!?」との声に え?ちょっと待て…さっきまで日本に居たのに…。 確か「死んだ」筈・・・アレクって誰!? ズキン・・・と頭に痛みが走ると現在と過去の記憶が一気に流れ込み・・・ 気付けば異世界のイケメンに転生した彼女。 誰も知らない・・・いや彼の母しか知らない秘密が有った!? 女性の記憶に翻弄されながらも成り上がって行く男性の話 保険でR15 タイトル変更の可能性あり

婚約したら幼馴染から絶縁状が届きました。

黒蜜きな粉
恋愛
婚約が決まった翌日、登校してくると机の上に一通の手紙が置いてあった。 差出人は幼馴染。 手紙には絶縁状と書かれている。 手紙の内容は、婚約することを発表するまで自分に黙っていたから傷ついたというもの。 いや、幼馴染だからって何でもかんでも報告しませんよ。 そもそも幼馴染は親友って、そんなことはないと思うのだけど……? そのうち機嫌を直すだろうと思っていたら、嫌がらせがはじまってしまった。 しかも、婚約者や周囲の友人たちまで巻き込むから大変。 どうやら私の評判を落として婚約を破談にさせたいらしい。

困りました。縦ロールにさよならしたら、逆ハーになりそうです。《改訂版》

新 星緒
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢アニエス(悪質ストーカー)に転生したと気づいたけれど、心配ないよね。だってフラグ折りまくってハピエンが定番だもの。 趣味の悪い縦ロールはやめて性格改善して、ストーカーしなければ楽勝楽勝! ……って、あれ? 楽勝ではあるけれど、なんだか思っていたのとは違うような。 想定外の逆ハーレムを解消するため、イケメンモブの大公令息リュシアンと協力関係を結んでみた。だけどリュシアンは、「惚れた」と言ったり「からかっただけ」と言ったり、意地悪ばかり。嫌なヤツ! でも実はリュシアンは訳ありらしく……

逃げて、追われて、捕まって

あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。 この世界で王妃として生きてきた記憶。 過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。 人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。 だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。 2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ 2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。 **********お知らせ*********** 2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。 それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。 ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。

3年前にも召喚された聖女ですが、仕事を終えたので早く帰らせてもらえますか?

せいめ
恋愛
 女子大生の莉奈は、高校生だった頃に異世界に聖女として召喚されたことがある。  大量に発生した魔物の討伐と、国に強力な結界を張った後、聖女の仕事を無事に終えた莉奈。  親しくなった仲間達に引き留められて、別れは辛かったが、元の世界でやりたい事があるからと日本に戻ってきた。 「だって私は、受験の為に今まで頑張ってきたの。いい大学に入って、そこそこの企業に就職するのが夢だったんだから。治安が良くて、美味しい物が沢山ある日本の方が最高よ。」  その後、無事に大学生になった莉奈はまた召喚されてしまう。  召喚されたのは、高校生の時に召喚された異世界の国と同じであった。しかし、あの時から3年しか経ってないはずなのに、こっちの世界では150年も経っていた。 「聖女も2回目だから、さっさと仕事を終わらせて、早く帰らないとね!」  今回は無事に帰れるのか…?  ご都合主義です。  誤字脱字お許しください。

……モブ令嬢なのでお気になさらず

monaca
恋愛
……。 ……えっ、わたくし? ただのモブ令嬢です。

モブはモブらしく生きたいのですっ!

このの
恋愛
公爵令嬢のローゼリアはある日前世の記憶を思い出す そして自分は友人が好きだった乙女ゲームのたった一文しか出てこないモブだと知る! 「私は死にたくない!そして、ヒロインちゃんの恋愛を影から見ていたい!」 死亡フラグを無事折って、身分、容姿を隠し、学園に行こう! そんなモブライフをするはずが…? 「あれ?攻略対象者の皆様、ナゼ私の所に?」 ご都合主義です。初めての投稿なので、修正バンバンします! 感想めっちゃ募集中です! 他の作品も是非見てね!

前世では美人が原因で傾国の悪役令嬢と断罪された私、今世では喪女を目指します!

鳥柄ささみ
恋愛
美人になんて、生まれたくなかった……! 前世で絶世の美女として生まれ、その見た目で国王に好かれてしまったのが運の尽き。 正妃に嫌われ、私は国を傾けた悪女とレッテルを貼られて処刑されてしまった。 そして、気づけば違う世界に転生! けれど、なんとこの世界でも私は絶世の美女として生まれてしまったのだ! 私は前世の経験を生かし、今世こそは目立たず、人目にもつかない喪女になろうと引きこもり生活をして平穏な人生を手に入れようと試みていたのだが、なぜか世界有数の魔法学校で陽キャがいっぱいいるはずのNMA(ノーマ)から招待状が来て……? 前世の教訓から喪女生活を目指していたはずの主人公クラリスが、トラウマを抱えながらも奮闘し、四苦八苦しながら魔法学園で成長する異世界恋愛ファンタジー! ※第15回恋愛大賞にエントリーしてます! 開催中はポチッと投票してもらえると嬉しいです! よろしくお願いします!!

処理中です...