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 先生が増谷先生を突き飛ばすようにして押しとどめ、弓香を助けたという話は、弓香のクラスメイトから聞きました。増谷先生は先生より年上で、経験年数も上らしいですが、
「あんた、こんなことやっていいと思ってんのか」
 先生は普段の飄々として頓着しない、温厚な様子からは想像もできない調子で増谷先生へ食って掛かった上に、けがをした弓香を問答無用で連れ出し、保健室へ送り届けたそうです。増谷先生は幾日の間かわたしたちにも分かるくらい卑屈に縮こまっていましたが、やがて弓香のお母さんが、弓香にも悪いところがあったのだろうから、学校や先生を訴えたりしないと伝えたそうで、そうなるとそれまで小さくなっていたのが嘘みたいに、また、態度が大きくなりました。
 弓香自身はこの件について何もしゃべろうとしませんでした。話す機会が無かったわけではありません。彼女が言いたがらなかったのです。校庭の隅、花壇の端に腰を掛け、
「ほんと、あいつ、ムカつくよね」わたしが言うと、
「別にいいよ」
 当の弓香は白けた、気の無い様子で鼻を鳴らしたものです。
 頬の腫れは引いていましたが、やはりまだ、どこか痛々しげな感じのする彼女でした。
「やっぱお母さんにちゃんと言った方がいいんじゃない? 勘違いで怒られて、殴られたんだよ? 弓香、全然悪くないじゃん。お母さんにまで誤解されたままだしさ」
「別にいいッて! あんな奴ら、関わるのも嫌だし」
「……ごめん」
 あんたが謝ることはないよ、と弓香は笑い、口のなかが痛んだのでしょう、イテテ、と顔を引き攣らせました。
「それよりさ、先生といい感じになったんだろ? 問題は、ここからどう攻めるかだぜ」
「そんなこと……」
「色気づきやがってさ、先生好きだってのが他にも出て来てんじゃん。ずっと好きだったんだから、ぽっと出の奴に取られたりしたらつまんねぇぞ!」
「取るとか取られるとかの話ではないような……」
「まあ確かに、こっちが子供だとできることは少ないか。――ウン、諦めろ」
「なに、それ!」 
 わたしたちは久しぶりに二人で笑い合いました。
 それからわたしは、かなわない恋に想いを馳せて空を見上げ――、弓香も一緒に見上げていました。その時、彼女は何を思って見上げていたのでしょう。
 その夜、街中で彼女を偶然見てしまうまで、わたしは弓香もまた、わたしと同じように普通の中学生の日常を過ごしているものだと、てっきり思っていたんです。
 いいえ、他の可能性があることにすら、気が付いてもいませんでした。


 Ⓒ髙木解緒 2017

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