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一章:さようなら、私の初恋
冷たい食卓
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パーティーを、欠席してしまった。
こんなこと、初めてだ。
カティアは慌てて医者を手配すると言ったけれどそれは断って、私は自室のベッドで寝ていた。ブランケットをしっかりと口元まで引き上げて、今後のことを考える。
(……ドキドキする)
こんなこと、初めてだから。
仮病を使ってしまった。
でも、もういい。これでいいの。
(……私は、 ふたりの仲を引き裂く悪女にしかなれなかったんだわ)
そんなつもりは、なかった。
でもきっと、ウィリアム様と、キャサリン様から見た私はそうなのだろう。
そのまま夜になった。
ウィリアム様からの連絡はなかった。
夕食の時間になると、私はカティアに声をかけられた。彼女に髪を簡単に編んでもらい、賓食室へと向かう。
そこで私は、お父様とお母様にあることをお願いするつもりだった。
席に着き、食事が始まる前。
私は顔を上げて、両親の顔をそれぞれ見つめた。
「お父様、お母様。お話があるの」
──きっと、難しいことだと思う。
それでも、私の気持ちを知って欲しかった。
ぎゅっと手を強く握る。お母様は怪訝な顔をして、お父様は静かに私を見つめている。ちいさく息を吐いて、言った。
「……ウィリアム様との婚約、考え直すことはできませんか?」
「……なんですって?」
お母様の、信じられない言葉を聞いたような声。その声に、やはり私の提案は非常識なものであったのだと知る。……それでも、もう辞めたいと思った。
彼の婚約者を。
彼の、妻になることを。
お父様は、顎髭を撫で付けてから淡々と私に尋ねた。
「王太子殿下と何かあったのかい。今日の体調不良は、それが理由か?」
「……いいえ。ただ……殿下は、キャサリン様が」
「馬鹿らしい。確かに殿下の愛は、お前にはないのかもしれないけど、貴族なんてそんなものだろ。王族だってそれは同じだ。お前は宝石姫なんだよ。愛だの恋だの、そんな俗めいた感情がなくとも構わない。お前は、宝石姫なんだから。もっと自覚を持て」
答えたのは、お兄様。
(……そう。いつも、そうやって言われてきた)
だから、私もそれが正しいのだと思っていた。
でも。
「……ウィリアム様は、キャサリン様を正妃にされたいと仰っていました。キャサリン様も、お辛そうで」
「本気なわけないだろう。王太子殿下だって、仕方ないことだとご理解されているはずだ。そんなことより、二百八十一年もの間、宝石姫が生まれなかった我が国に、ようやく宝石姫が生まれた。そのことに感謝してもらいたいくらいだね」
お父様が不満げに言う。
ベリア国には二百年に一度、宝石姫が生まれる。
神の祝福を授けられた娘が生まれ、王家の花嫁となることが定められている。
だけど──ベリアでは、最後に宝石姫が現れてから、二百八十一年もの間、次代が生まれていなかった。そのことから、もう宝石姫は現れないのではないか、と囁かれていたのだ。
宝石姫の、象徴は瞳。
宝石姫は、瞳の中に蝶を飼っている。
青の瞳の中には煌めきと、蝶が舞っているのだ。
その不可思議な瞳孔は、現在の医療知識では解き明かせず、宝石姫の体質と相まって【神秘】のひとつと言われていた。
私も、例に漏れず瞳に蝶を飼っている。
お母様は、お兄様とお父様の発言に満足した様子で鼻を鳴らした。高く結わえた髪をしっかりと撫で付けている彼女は、いつも隙がない。
「では、もういいでしょう。ルシアも、くだらないことで悩まないように。食事を始めます」
食事が始まったら、会話は一切禁止だ。
この家族には、愛など存在しない。
冷えた食卓。冷めた会話。
行儀に則った晩餐。
全てが、いつも通り。
「……待ってください、お母様。違う。違うんです、私は」
私は、懸命に声を絞り出した。
まだ何かあるのか、とお母様が私に問いかける。
彼女の視線に、私は初めて自分の本音を、感情を、さらけだした。
「私が……嫌なの。もう、嫌なの。嫌われているひとの妻になるのは……嫌われているのに妻になるのは、嫌」
こんなこと、初めてだ。
カティアは慌てて医者を手配すると言ったけれどそれは断って、私は自室のベッドで寝ていた。ブランケットをしっかりと口元まで引き上げて、今後のことを考える。
(……ドキドキする)
こんなこと、初めてだから。
仮病を使ってしまった。
でも、もういい。これでいいの。
(……私は、 ふたりの仲を引き裂く悪女にしかなれなかったんだわ)
そんなつもりは、なかった。
でもきっと、ウィリアム様と、キャサリン様から見た私はそうなのだろう。
そのまま夜になった。
ウィリアム様からの連絡はなかった。
夕食の時間になると、私はカティアに声をかけられた。彼女に髪を簡単に編んでもらい、賓食室へと向かう。
そこで私は、お父様とお母様にあることをお願いするつもりだった。
席に着き、食事が始まる前。
私は顔を上げて、両親の顔をそれぞれ見つめた。
「お父様、お母様。お話があるの」
──きっと、難しいことだと思う。
それでも、私の気持ちを知って欲しかった。
ぎゅっと手を強く握る。お母様は怪訝な顔をして、お父様は静かに私を見つめている。ちいさく息を吐いて、言った。
「……ウィリアム様との婚約、考え直すことはできませんか?」
「……なんですって?」
お母様の、信じられない言葉を聞いたような声。その声に、やはり私の提案は非常識なものであったのだと知る。……それでも、もう辞めたいと思った。
彼の婚約者を。
彼の、妻になることを。
お父様は、顎髭を撫で付けてから淡々と私に尋ねた。
「王太子殿下と何かあったのかい。今日の体調不良は、それが理由か?」
「……いいえ。ただ……殿下は、キャサリン様が」
「馬鹿らしい。確かに殿下の愛は、お前にはないのかもしれないけど、貴族なんてそんなものだろ。王族だってそれは同じだ。お前は宝石姫なんだよ。愛だの恋だの、そんな俗めいた感情がなくとも構わない。お前は、宝石姫なんだから。もっと自覚を持て」
答えたのは、お兄様。
(……そう。いつも、そうやって言われてきた)
だから、私もそれが正しいのだと思っていた。
でも。
「……ウィリアム様は、キャサリン様を正妃にされたいと仰っていました。キャサリン様も、お辛そうで」
「本気なわけないだろう。王太子殿下だって、仕方ないことだとご理解されているはずだ。そんなことより、二百八十一年もの間、宝石姫が生まれなかった我が国に、ようやく宝石姫が生まれた。そのことに感謝してもらいたいくらいだね」
お父様が不満げに言う。
ベリア国には二百年に一度、宝石姫が生まれる。
神の祝福を授けられた娘が生まれ、王家の花嫁となることが定められている。
だけど──ベリアでは、最後に宝石姫が現れてから、二百八十一年もの間、次代が生まれていなかった。そのことから、もう宝石姫は現れないのではないか、と囁かれていたのだ。
宝石姫の、象徴は瞳。
宝石姫は、瞳の中に蝶を飼っている。
青の瞳の中には煌めきと、蝶が舞っているのだ。
その不可思議な瞳孔は、現在の医療知識では解き明かせず、宝石姫の体質と相まって【神秘】のひとつと言われていた。
私も、例に漏れず瞳に蝶を飼っている。
お母様は、お兄様とお父様の発言に満足した様子で鼻を鳴らした。高く結わえた髪をしっかりと撫で付けている彼女は、いつも隙がない。
「では、もういいでしょう。ルシアも、くだらないことで悩まないように。食事を始めます」
食事が始まったら、会話は一切禁止だ。
この家族には、愛など存在しない。
冷えた食卓。冷めた会話。
行儀に則った晩餐。
全てが、いつも通り。
「……待ってください、お母様。違う。違うんです、私は」
私は、懸命に声を絞り出した。
まだ何かあるのか、とお母様が私に問いかける。
彼女の視線に、私は初めて自分の本音を、感情を、さらけだした。
「私が……嫌なの。もう、嫌なの。嫌われているひとの妻になるのは……嫌われているのに妻になるのは、嫌」
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