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一章:さようなら、私の初恋
敵は誰?
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(お父様たち、困ってたなぁ……)
私の発言は、彼らにとって予想外のものだったようだ。お兄様なんか、あんぐりと口を開けて私を見ていたし。
私自身、今まで自身の感情を律していた。自分の役割は、責務は、理解していたから。だから、不満は言わないようにしていた。
だからこそ、きっと彼らも私がそんなふうに考えていると知らなかったのだ。
(でも……伝えることができた)
これは、おおきな一歩なんじゃないかと思う。両親の理解を得られれば、婚約解消だって決して夢ではない。婚約解消し、彼と結婚することさえなければ、私は殺されずに済むのだ。
「……あれ」
気がつけば、私はいつの間にか眠ってしまっていたようだった。見れば、ランプの火が落とされている。カティアだろう。
彼女にはいつもお世話になっている。
数少ない、私の味方だ。寂しくも冷たいこのステアロン伯爵家で、唯一親身になってくれるひと。私の感情に寄り添ってくれるひと。
(……カティアに相談してみようかしら)
半年間の、明瞭な記憶。
半年後に起きた、結婚式の夜の出来事。
それを伝えた上で、ウィリアム様との結婚は嫌だ、と彼女に伝えたら──なにかいい案が浮かぶかもしれない。
(明日、相談してみよう)
そんなことを考えていると、不意に喉の乾きを覚えた。寝起きだからだろう。
サイドチェストに置かれた水差しに手を伸ばし、カップに注ぐ。そのまま何口か飲んだが、まだ喉の乾きは癒えない。
壁時計を見ると、既に深夜を回っていた。邸宅内といえど、部屋を出るには向かない時間帯だ。
しかし喉の乾きを癒したいという欲求には勝てず、私はそろそろとベッドから足を下ろした。トゥシューズに履き替えて、部屋を出る。
火が落とされた邸宅内はすっかり静まり返っていた。夏の夜は、空気が湿っていて、少し汗ばんだ。
(暗い……。手燭を持ってくるべきだったかな……)
しかし、引き返すには、部屋から離れすぎていた。仕方なく、暗闇の中歩いていると、ふと、どこかの室内から灯りが漏れているのに気がついた。
(消し忘れ……?)
不思議に思って覗けば、そこはサロンだった。ひとの気配がする。
(こんな時間に何を……?)
ますます不思議になる。怪訝に思ってそっと扉の近くに立つと、微かにひとの声が漏れ聞こえてきた。
「──から、──必要があると」
「──も、──しょう?」
声は、お父様とお母様のものだった。
時刻は深夜を回っているというのに、どうしてふたりはこんなところにいるのだろう。一体、何を話して……?
はしたないことだと理解していながら、私は扉に耳を押し当てた。先程より、声が鮮明になる。
「式を早めるとして、最短はいつ?国王陛下にも非があると思うのよ、この件は。王太子殿下がルシアを差し置いて公爵家の娘を恋人にしたのは事実ですもの」
(私の話だ……)
どく、と心臓が音を立てる。
体が、石のように固くなる。ドッドッドッドッ、と鼓動が、うるさいほどに音を立てた。このままだと、彼らに聞こえてしまうのではないか、というくらい大きく。
「お嬢様も、もっと【宝石姫】としての自覚を持っていただきたいのですが……こればかりは、どうしても。やはり、二百八十一年も空いてしまったから、宝石姫としての素質も、変異してしまったのでしょうか」
(カティアの……声だ)
それに気がついた瞬間、肌がゾッと泡立った。
どうして、ここにカティアがいるの?
カティアは、お父様とお母様と同じ意見なの?
様々な感情がせめぎ合って、混乱する。
(私は、私は──)
家族の誰もが、私を【宝石姫】と見る。
誰も、私のことを【ただのルシア】とは見てくれない。血の繋がった肉親ですら、そうなのだ。
それは、私に深い絶望を運んだ。
私に価値があるのは【宝石姫】であることだけ。
逆に言えば、それを差し引いたら私に価値はない。
私は、お父様とお母様の娘だと、そう思っていたけど──。彼らには、私は【宝石姫】というラベルの貼られた使い勝手のいい人形にしか、見えていないのだろうか……?
ぽた、となにかが顎から伝い落ちた。
その時になって、ようやく私は自分が泣いていることに気がついた。
(……私)
頼れるのは、家族だけだと無意識にそう思っていた。
でも、もしかしたら、家族すらも頼れない──?
扉の向こうで、お父様の声が聞こえてきた。
「式の日取りを早めるよう、陛下に掛け合ってくる。殿下に不手際だ。陛下も、そう強くは出られまい」
「だいたい、ルシアの気が弱いのがいけないんだろ?宝石姫だって言うんなら、もっと強気でいて欲しいものだ。宝石姫だぜ?ルシアは。使いようによっては、国だって興せる。そんな大切な存在を、王家に差し出すんだ。配慮するのは向こうの方だろ」
「そうですね。ルシアは昔から気が弱く……まったく、宝石姫ともあろうものが、情けない」
お兄様と、お母様はそれぞれ私を責めた。
私が至らないから、私が弱いのがいけない、と。もっと堂々としていなさい、と。
私の発言は、彼らにとって予想外のものだったようだ。お兄様なんか、あんぐりと口を開けて私を見ていたし。
私自身、今まで自身の感情を律していた。自分の役割は、責務は、理解していたから。だから、不満は言わないようにしていた。
だからこそ、きっと彼らも私がそんなふうに考えていると知らなかったのだ。
(でも……伝えることができた)
これは、おおきな一歩なんじゃないかと思う。両親の理解を得られれば、婚約解消だって決して夢ではない。婚約解消し、彼と結婚することさえなければ、私は殺されずに済むのだ。
「……あれ」
気がつけば、私はいつの間にか眠ってしまっていたようだった。見れば、ランプの火が落とされている。カティアだろう。
彼女にはいつもお世話になっている。
数少ない、私の味方だ。寂しくも冷たいこのステアロン伯爵家で、唯一親身になってくれるひと。私の感情に寄り添ってくれるひと。
(……カティアに相談してみようかしら)
半年間の、明瞭な記憶。
半年後に起きた、結婚式の夜の出来事。
それを伝えた上で、ウィリアム様との結婚は嫌だ、と彼女に伝えたら──なにかいい案が浮かぶかもしれない。
(明日、相談してみよう)
そんなことを考えていると、不意に喉の乾きを覚えた。寝起きだからだろう。
サイドチェストに置かれた水差しに手を伸ばし、カップに注ぐ。そのまま何口か飲んだが、まだ喉の乾きは癒えない。
壁時計を見ると、既に深夜を回っていた。邸宅内といえど、部屋を出るには向かない時間帯だ。
しかし喉の乾きを癒したいという欲求には勝てず、私はそろそろとベッドから足を下ろした。トゥシューズに履き替えて、部屋を出る。
火が落とされた邸宅内はすっかり静まり返っていた。夏の夜は、空気が湿っていて、少し汗ばんだ。
(暗い……。手燭を持ってくるべきだったかな……)
しかし、引き返すには、部屋から離れすぎていた。仕方なく、暗闇の中歩いていると、ふと、どこかの室内から灯りが漏れているのに気がついた。
(消し忘れ……?)
不思議に思って覗けば、そこはサロンだった。ひとの気配がする。
(こんな時間に何を……?)
ますます不思議になる。怪訝に思ってそっと扉の近くに立つと、微かにひとの声が漏れ聞こえてきた。
「──から、──必要があると」
「──も、──しょう?」
声は、お父様とお母様のものだった。
時刻は深夜を回っているというのに、どうしてふたりはこんなところにいるのだろう。一体、何を話して……?
はしたないことだと理解していながら、私は扉に耳を押し当てた。先程より、声が鮮明になる。
「式を早めるとして、最短はいつ?国王陛下にも非があると思うのよ、この件は。王太子殿下がルシアを差し置いて公爵家の娘を恋人にしたのは事実ですもの」
(私の話だ……)
どく、と心臓が音を立てる。
体が、石のように固くなる。ドッドッドッドッ、と鼓動が、うるさいほどに音を立てた。このままだと、彼らに聞こえてしまうのではないか、というくらい大きく。
「お嬢様も、もっと【宝石姫】としての自覚を持っていただきたいのですが……こればかりは、どうしても。やはり、二百八十一年も空いてしまったから、宝石姫としての素質も、変異してしまったのでしょうか」
(カティアの……声だ)
それに気がついた瞬間、肌がゾッと泡立った。
どうして、ここにカティアがいるの?
カティアは、お父様とお母様と同じ意見なの?
様々な感情がせめぎ合って、混乱する。
(私は、私は──)
家族の誰もが、私を【宝石姫】と見る。
誰も、私のことを【ただのルシア】とは見てくれない。血の繋がった肉親ですら、そうなのだ。
それは、私に深い絶望を運んだ。
私に価値があるのは【宝石姫】であることだけ。
逆に言えば、それを差し引いたら私に価値はない。
私は、お父様とお母様の娘だと、そう思っていたけど──。彼らには、私は【宝石姫】というラベルの貼られた使い勝手のいい人形にしか、見えていないのだろうか……?
ぽた、となにかが顎から伝い落ちた。
その時になって、ようやく私は自分が泣いていることに気がついた。
(……私)
頼れるのは、家族だけだと無意識にそう思っていた。
でも、もしかしたら、家族すらも頼れない──?
扉の向こうで、お父様の声が聞こえてきた。
「式の日取りを早めるよう、陛下に掛け合ってくる。殿下に不手際だ。陛下も、そう強くは出られまい」
「だいたい、ルシアの気が弱いのがいけないんだろ?宝石姫だって言うんなら、もっと強気でいて欲しいものだ。宝石姫だぜ?ルシアは。使いようによっては、国だって興せる。そんな大切な存在を、王家に差し出すんだ。配慮するのは向こうの方だろ」
「そうですね。ルシアは昔から気が弱く……まったく、宝石姫ともあろうものが、情けない」
お兄様と、お母様はそれぞれ私を責めた。
私が至らないから、私が弱いのがいけない、と。もっと堂々としていなさい、と。
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