4 / 18
一章:さようなら、私の初恋
私の人生にあなたはいらない。
しおりを挟む
時が、戻ったのかもしれない。
そう思った。それか、きっと私はおかしくなってしまったのだ。
叩いた頬は未だにヒリヒリと痛み、これが現実であることを私に教えてくる。
(どこから……どこまでが、真実?)
唖然としていると、カティアが恐る恐る声をかけてきた。
「お嬢様、体調がお悪いのではありませんか?本日のティーパーティーは欠席された方がよろしいのでは……」
「……ううん。大丈夫。心配してくれて、ありがとう」
私は、つぶやくように答えた。
確かに彼女の言うとおり、鏡の中の自分は顔色が悪い。白を通り越して、真っ青だ。
私自身、動揺していた。
(……夢、だったのかな)
とても、現実味のある、夢。
だけど、それがただの夢ではないことを──私は、その後すぐ、知ることになった。
ベルライン伯爵家主催のティーパーティー。
本来は、私のエスコートは婚約者のウィリアム様が行うべきなのだが、彼は時間に姿を現さなかった。その変わり、届けられたのは一通のメッセージカード。
カティアに手渡されて紙面に視線を落とす。
そこに書かれていたのは、記憶通りの文字列だった。
『急用ができていけない。きみが、楽しい時間を過ごせますように』
招待や誘いを断る時の定型句だ。
彼からそのメッセージカードを受け取った時、過去の私はそんなに驚かなかった。
だけど今は──驚いている。
彼からそのメッセージカードが届いたことではない。書かれている内容が一語一句、記憶通りだからだ。
(あれは……ただの、夢じゃない……?)
疑惑が、確信になるのを感じた。
ウィリアム様が、私のエスコートを断るのはこれが初めてではない。夜会やティーパーティーて、彼は私のエスコートをすることが決まっているのだが、決まって当日。彼は断りの手紙を届けてくる。以前、一度彼に聞いたことがある。
どうして、当日に断るのか、と。
当日に断るくらいなら最初から受けなければいいだけの話だ。詰め寄った私に、彼は腹立たしそうに答えた。
『きみのエスコートを断れると、本気で思ってるのか?そんなの、父上が許さないだろ。……それに、仕方ないんだよ。キャサリンは会場でひとりになることに不安を感じるんだ。彼女は公爵令嬢という立場でありながら、正妃にはなれない。……お前がいるから。だから、いつも不安なんだ、彼女は』
そう言って、ウィリアム様は私を責めた。
彼女が、キャサリン様が心細く思うのは私のせいだ、と。
『ルシアがいるから、彼女は常に怖い思いをしている──』
私が、宝石姫なんてものだから、仕方なく婚約者にしているが、こころはキャサリン様にある。だけど、キャサリン様は宝石姫の私が怖くて仕方ないのだという。
まるで、不当に力を得た罪人のような言われようだった。
淡々と責められて、言葉をなくした。
(私だって──)
私だって、好きで宝石姫に生まれたのではない。
好きで、彼の妻になるのではない。
確かに、彼の妻になることを、彼の妃になる未来を望んでいた。待っていた。
そうなる日が、早く来ればいいとすら思っていた。
だけど──それも、キャサリン様が現れるまで。キャサリン様と出会ったウィリアム様は、彼女にこころを奪われた。
彼は、自然、彼女を正妃にできない現状に鬱屈とした感情を抱いたのだろう。
ルシアのせいで。
ルシアがいるから。
だから、キャサリン様と結婚できない。
何度となく、言われた言葉だ。
それでも、私は彼の婚約者であることをやめなかった。……やめられなかつたのだ。
彼に疎まれても、嫌われても、拒まれても。
それでも、私には、彼の妻になるほかなかった。
だって、私は宝石姫だ。
宝石姫だから、彼のそばにいなければならない。
宝石姫だから、彼を支えなければならない。
そう、思ってきた。
──だけどそれは、結局のところ、私のひとりよがりに過ぎなかったのだ。
メッセージカードを見つめていた私に、カティアが控えめに声をかけてきた。
「あら……。まったく、王太子殿下にも困ったものですわ……。仕方ありませんわね、お嬢様。ジェラルド様にお声掛けしますか?」
カティアの言葉もまた、私の記憶通りだった。
ウィリアム様が、当日に断りのメッセージカードを送ってくることは、もはや日常茶飯事。よくあることだった。
宝石姫は、ウィリアム様に愛されなくても構わないのだ。
私は、宝石姫であるからこそ、価値がある。
誰も、私とウィリアム様の関係に期待などしていない。
「……ええ、お願い。お兄様を、お呼びして」
ジェラルドは、兄の名前だ。
ウィリアム様にエスコートを断られて、お兄様に代わりをお願いする。これも、いつものこと。ここまで、記憶通りなら、きっとティーパーティーでも同じことが起きる。
……私はまた、ウィリアム様に存在を否定され、キャサリン様に失望されなければならないのだろうか。
──もう、頑張らなくても、いいんじゃないかな。
ふと、そんなことを思った。
宝石姫として生まれ、宝石姫として生かされた。それなのにこんなことを考えるなどきっと、許されないことだ。
今までの私なら、そう思っていた。
でも──。
「……ねえ、カティア」
私は、言葉を撤回することにした。
(そうだ……。今さら何をしたところで、ウィリアム様が私を憎く思っていることは変わらない)
このままいけば、きっとまた私は殺されてしまうのだろう。
あの結婚式の夜。
夜の寝室で、私は彼に殺された。
『僕はお前なんか必要としていないし──そもそも誰も、お前なんか必要としていない』
きっと、あれは紛れもない、彼の本心。
(……良かった、のかな)
最期に、彼のこころの声を聞けた。
本心を聞けたからこそ、私は。
(私も……自分に素直になれる)
素直になってもいいと、思える。
あなたは私をいらないと言ったけど──私も、私の人生にあなたはいらない。
仄かな恋心はぐしゃぐしゃに潰れ、無惨に散らされた。彼の手によって。
幼い頃の情景は、彼に殺されたのだ。
彼が剣で私を斬り殺した時。
きっと、ほんの僅かに息づいていた初恋の欠片も──私の命とともに消滅したのだ。
私は、顔を上げた。
声をかけられたカティアは、不思議そうに私を見ている。
……緊張で、少しだけ喉が渇いた。
「……今日のティーパーティー、私は欠席するわ。……調子が、優れないみたいなの」
そう思った。それか、きっと私はおかしくなってしまったのだ。
叩いた頬は未だにヒリヒリと痛み、これが現実であることを私に教えてくる。
(どこから……どこまでが、真実?)
唖然としていると、カティアが恐る恐る声をかけてきた。
「お嬢様、体調がお悪いのではありませんか?本日のティーパーティーは欠席された方がよろしいのでは……」
「……ううん。大丈夫。心配してくれて、ありがとう」
私は、つぶやくように答えた。
確かに彼女の言うとおり、鏡の中の自分は顔色が悪い。白を通り越して、真っ青だ。
私自身、動揺していた。
(……夢、だったのかな)
とても、現実味のある、夢。
だけど、それがただの夢ではないことを──私は、その後すぐ、知ることになった。
ベルライン伯爵家主催のティーパーティー。
本来は、私のエスコートは婚約者のウィリアム様が行うべきなのだが、彼は時間に姿を現さなかった。その変わり、届けられたのは一通のメッセージカード。
カティアに手渡されて紙面に視線を落とす。
そこに書かれていたのは、記憶通りの文字列だった。
『急用ができていけない。きみが、楽しい時間を過ごせますように』
招待や誘いを断る時の定型句だ。
彼からそのメッセージカードを受け取った時、過去の私はそんなに驚かなかった。
だけど今は──驚いている。
彼からそのメッセージカードが届いたことではない。書かれている内容が一語一句、記憶通りだからだ。
(あれは……ただの、夢じゃない……?)
疑惑が、確信になるのを感じた。
ウィリアム様が、私のエスコートを断るのはこれが初めてではない。夜会やティーパーティーて、彼は私のエスコートをすることが決まっているのだが、決まって当日。彼は断りの手紙を届けてくる。以前、一度彼に聞いたことがある。
どうして、当日に断るのか、と。
当日に断るくらいなら最初から受けなければいいだけの話だ。詰め寄った私に、彼は腹立たしそうに答えた。
『きみのエスコートを断れると、本気で思ってるのか?そんなの、父上が許さないだろ。……それに、仕方ないんだよ。キャサリンは会場でひとりになることに不安を感じるんだ。彼女は公爵令嬢という立場でありながら、正妃にはなれない。……お前がいるから。だから、いつも不安なんだ、彼女は』
そう言って、ウィリアム様は私を責めた。
彼女が、キャサリン様が心細く思うのは私のせいだ、と。
『ルシアがいるから、彼女は常に怖い思いをしている──』
私が、宝石姫なんてものだから、仕方なく婚約者にしているが、こころはキャサリン様にある。だけど、キャサリン様は宝石姫の私が怖くて仕方ないのだという。
まるで、不当に力を得た罪人のような言われようだった。
淡々と責められて、言葉をなくした。
(私だって──)
私だって、好きで宝石姫に生まれたのではない。
好きで、彼の妻になるのではない。
確かに、彼の妻になることを、彼の妃になる未来を望んでいた。待っていた。
そうなる日が、早く来ればいいとすら思っていた。
だけど──それも、キャサリン様が現れるまで。キャサリン様と出会ったウィリアム様は、彼女にこころを奪われた。
彼は、自然、彼女を正妃にできない現状に鬱屈とした感情を抱いたのだろう。
ルシアのせいで。
ルシアがいるから。
だから、キャサリン様と結婚できない。
何度となく、言われた言葉だ。
それでも、私は彼の婚約者であることをやめなかった。……やめられなかつたのだ。
彼に疎まれても、嫌われても、拒まれても。
それでも、私には、彼の妻になるほかなかった。
だって、私は宝石姫だ。
宝石姫だから、彼のそばにいなければならない。
宝石姫だから、彼を支えなければならない。
そう、思ってきた。
──だけどそれは、結局のところ、私のひとりよがりに過ぎなかったのだ。
メッセージカードを見つめていた私に、カティアが控えめに声をかけてきた。
「あら……。まったく、王太子殿下にも困ったものですわ……。仕方ありませんわね、お嬢様。ジェラルド様にお声掛けしますか?」
カティアの言葉もまた、私の記憶通りだった。
ウィリアム様が、当日に断りのメッセージカードを送ってくることは、もはや日常茶飯事。よくあることだった。
宝石姫は、ウィリアム様に愛されなくても構わないのだ。
私は、宝石姫であるからこそ、価値がある。
誰も、私とウィリアム様の関係に期待などしていない。
「……ええ、お願い。お兄様を、お呼びして」
ジェラルドは、兄の名前だ。
ウィリアム様にエスコートを断られて、お兄様に代わりをお願いする。これも、いつものこと。ここまで、記憶通りなら、きっとティーパーティーでも同じことが起きる。
……私はまた、ウィリアム様に存在を否定され、キャサリン様に失望されなければならないのだろうか。
──もう、頑張らなくても、いいんじゃないかな。
ふと、そんなことを思った。
宝石姫として生まれ、宝石姫として生かされた。それなのにこんなことを考えるなどきっと、許されないことだ。
今までの私なら、そう思っていた。
でも──。
「……ねえ、カティア」
私は、言葉を撤回することにした。
(そうだ……。今さら何をしたところで、ウィリアム様が私を憎く思っていることは変わらない)
このままいけば、きっとまた私は殺されてしまうのだろう。
あの結婚式の夜。
夜の寝室で、私は彼に殺された。
『僕はお前なんか必要としていないし──そもそも誰も、お前なんか必要としていない』
きっと、あれは紛れもない、彼の本心。
(……良かった、のかな)
最期に、彼のこころの声を聞けた。
本心を聞けたからこそ、私は。
(私も……自分に素直になれる)
素直になってもいいと、思える。
あなたは私をいらないと言ったけど──私も、私の人生にあなたはいらない。
仄かな恋心はぐしゃぐしゃに潰れ、無惨に散らされた。彼の手によって。
幼い頃の情景は、彼に殺されたのだ。
彼が剣で私を斬り殺した時。
きっと、ほんの僅かに息づいていた初恋の欠片も──私の命とともに消滅したのだ。
私は、顔を上げた。
声をかけられたカティアは、不思議そうに私を見ている。
……緊張で、少しだけ喉が渇いた。
「……今日のティーパーティー、私は欠席するわ。……調子が、優れないみたいなの」
1,091
お気に入りに追加
2,013
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
強制力がなくなった世界に残されたものは
りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った
令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達
世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか
その世界を狂わせたものは
わたしは不要だと、仰いましたね
ごろごろみかん。
恋愛
十七年、全てを擲って国民のため、国のために尽くしてきた。何ができるか、何が出来ないか。出来ないものを実現させるためにはどうすればいいのか。
試行錯誤しながらも政治に生きた彼女に突きつけられたのは「王太子妃に相応しくない」という婚約破棄の宣言だった。わたしに足りないものは何だったのだろう?
国のために全てを差し出した彼女に残されたものは何も無い。それなら、生きている意味も──
生きるよすがを失った彼女に声をかけたのは、悪名高い公爵子息。
「きみ、このままでいいの?このまま捨てられて終わりなんて、悔しくない?」
もちろん悔しい。
だけどそれ以上に、裏切られたショックの方が大きい。愛がなくても、信頼はあると思っていた。
「きみに足りないものを教えてあげようか」
男は笑った。
☆
国を変えたい、という気持ちは変わらない。
王太子妃の椅子が使えないのであれば、実力行使するしか──ありませんよね。
*以前掲載していたもののリメイク
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
最後に報われるのは誰でしょう?
ごろごろみかん。
恋愛
散々婚約者に罵倒され侮辱されてきたリリアは、いい加減我慢の限界を迎える。
「もう限界だ、きみとは婚約破棄をさせてもらう!」と婚約者に突きつけられたリリアはそれを聞いてラッキーだと思った。
限界なのはリリアの方だったからだ。
なので彼女は、ある提案をする。
「婚約者を取り替えっこしませんか?」と。
リリアの婚約者、ホシュアは婚約者のいる令嬢に手を出していたのだ。その令嬢とリリア、ホシュアと令嬢の婚約者を取り替えようとリリアは提案する。
「別にどちらでも私は構わないのです。どちらにせよ、私は痛くも痒くもないですから」
リリアには考えがある。どっちに転ぼうが、リリアにはどうだっていいのだ。
だけど、提案したリリアにこれからどう物事が進むか理解していないホシュアは一も二もなく頷く。
そうして婚約者を取り替えてからしばらくして、辺境の街で聖女が現れたと報告が入った。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
王妃の鑑
ごろごろみかん。
恋愛
王妃ネアモネは婚姻した夜に夫からお前のことは愛していないと告げられ、失意のうちに命を失った。そして気づけば時間は巻きもどる。
これはネアモネが幸せをつかもうと必死に生きる話
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
初夜に「君を愛するつもりはない」と夫から言われた妻のその後
澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
結婚式の日の夜。夫のイアンは妻のケイトに向かって「お前を愛するつもりはない」と言い放つ。
ケイトは知っていた。イアンには他に好きな女性がいるのだ。この結婚は家のため。そうわかっていたはずなのに――。
※短いお話です。
※恋愛要素が薄いのでファンタジーです。おまけ程度です。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる