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一章:さようなら、私の初恋
夢か現か
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「──」
衝撃、だった。
私を必要としていない。それはつまり。
私は──彼の婚約者である必要はなかった、ということ。私は、求められてなどいない。
それなら、私が彼の婚約者であり続けた、意味は?
毎月規定量の宝石を生み出すのは苦痛を伴った。
それを耐えて、耐えて、それでも彼の婚約者で在ろうとした。
それが私の責務で、役目だと思っていたから。
だけど──それに、意味はなかったのだろうか。
呆然とする私の前で、刃が閃いた。
「最期くらい、泣けばいいのに。最期まで可愛げのない女だ」
血しぶきが舞う。
それはすぐに、緋の石へと変わった。
ルビー、ガーネット、インカローズ、レッドダイヤモンド──。血溜まりはあっという間に石の塊へと変わった。
体から零れた血液は床に流れる前に石に変わり、カン、と硬質な音がした。
「きみの死を無駄にはしないよ。ベリアの役に立ってくれ」
最後の言葉はそれだった。
その声を聞いた直後、刃が大きく閃いて──。
☆
ハッと目が覚めた。
気がつくと、私はベッドの上に寝ていた。
(あれは……夢?)
バッと飛び起きて、私は周囲を見渡した。カーテン越しに、窓の向こうが明るくなっているのが見える。どうやら、朝のようだ。
どくどくと心臓が痛いほど音を立てている。そっと胸に手を当てる。鼓動の音は大きい。
「──…………」
今のは、夢、だったのだろうか?
恐る恐る自分の頬に手を押し当て、そのまま額に触れる。彼に切られたのは、胸元だった。胸元──心臓の上を狙って切られたのだ。
胸元に手を置いて強く握りしめる。
(なんて……鮮明な夢、なの)
私は細く息を吐いた。
あまりにも現実味を帯びた夢だった。そっと胸から手を離し、私はゆっくりと部屋を見渡した。あれから、私はどうしたのだろう。
それに、どこまでが現実で、どこからが夢だったのかもわからない。
ウィリアム様と結婚して──彼を部屋で待っていた。彼と一緒にお酒を飲んだのは……あれは、夢?現実?
部屋を見渡した私は、やがて息を呑んだ。
室内の内装は、今朝私がいた伯爵家の自室とほとんど同じだった。
(……どういう、こと?)
結婚して、私は家を出た。
今後、私は王城で寝泊まりすることになっていたはず。それなのになぜ──私は、伯爵家の自室で寝ているのだろう?
呆然としていると、扉の向こうがにわかに騒がしくなった。壁にかけられた時計を見ると、起床時間を示している。
私は何が何だかわからないながらもそっと、ベッドから降りた。
靴を履いて、姿見の前に立つ。
鏡に映った自分の顔は、ひどく青ざめている。
「……わたし」
呆然と、呟いた。
その時だった。扉がノックされた。
ぱっとそちらを見ると、馴染みのある声が聞こえてくる。
「お嬢様、起きてらっしゃいます?カティアです」
私は、急いで扉を開けた。
その向こうで、メイド服に身を包んだ女性──幼少の頃から私の世話係をしているカティアが目を丸くしていた。
「お嬢様?」
「……カティア、今……いいえ。今日は何月何日?」
自分でも驚くほど低い声が出た。
私の言葉に、カティアはやや戸惑った様子を見せながらも、答えた。
「本日は八月三日ですが……」
…… 八月?
言われて、気がつく。
冬真っ只中のベリアはここしばらくずっと冷え込んで、寒さを感じていた。
それなの今は、寒さを感じないどころかすこし肌が汗ばんでいる。……まるで、冬ではないように。絶句する私に、カティアが困惑したように首を傾げた。
「……お嬢様?顔色が悪いようですが……どうかされましたか?」
「八……月?そんな……ほんとう、に?」
震える声で尋ねる私に、カティアがますます困った顔をした。
「……はい。お嬢様、本日はベルライン伯爵家主催のティーパーティーがありますが……どうされますか?お顔色が優れないようですが、体調がお悪いのでは?」
ベルライン伯爵家主催のティーパーティー。
覚えがある。確かそこで、ウィリアム様は私ではなく、キャサリン様をエスコートして参加されたはずだ。
キャサリン様のドレスは、クリーム色だった。……ウィリアム様の髪の色だ。
会場で会うと、彼は自身が贈ったドレスなのだと私に教えてくれた。
私は、表情をあまり顔に出さないようしているためか、ひとに威圧感を与えやすいらしい。顔を合わせたキャサリン様は私に怯えて泣いてしまい、会場の空気はさいあくなものになった──。
こんなにも鮮明に思い出せるのに、これは夢?それとも……現実?
一体、どれが真実でどれか幻なのかわからない。
動揺した私は、勢いよく自身の頬を打った。
ばちん!と鈍い音がする。
続いてぴりぴりとした痛みを感じて、私はこれが現実なのだと知った。
私の奇行を目の当たりにしたカティアが悲鳴をあげる。
「きゃあああ!お嬢様!?一体どうされたんですか!?」
「……カティア。……ねえ、今の私はどんな顔をしてる……?」
あれは、夢だったのだろうか。
あの半年間の記憶は、全て偽り?
夢だったと、一言で片付けるのは難しかった。
ふつう、目が覚めたら夢の記憶は薄れてしまうものだが、時間が経っても、細かいところまで思い出せるのだから。
今となっては思い出したくもない、ウィリアム様との結婚式の夜。
口にしたワインの味。
手に力が入らなくなり、感覚は消えた。
気がついたら私は天井を見上げていて──。
──私は、彼に殺されたのだ。
それに思い当たると、途端背中に冷たいものが走った。
カティアは、困惑した様子のまま、言葉を続けた。
「……悪魔でも見たかのような顔をしていらっしゃいます……」
衝撃、だった。
私を必要としていない。それはつまり。
私は──彼の婚約者である必要はなかった、ということ。私は、求められてなどいない。
それなら、私が彼の婚約者であり続けた、意味は?
毎月規定量の宝石を生み出すのは苦痛を伴った。
それを耐えて、耐えて、それでも彼の婚約者で在ろうとした。
それが私の責務で、役目だと思っていたから。
だけど──それに、意味はなかったのだろうか。
呆然とする私の前で、刃が閃いた。
「最期くらい、泣けばいいのに。最期まで可愛げのない女だ」
血しぶきが舞う。
それはすぐに、緋の石へと変わった。
ルビー、ガーネット、インカローズ、レッドダイヤモンド──。血溜まりはあっという間に石の塊へと変わった。
体から零れた血液は床に流れる前に石に変わり、カン、と硬質な音がした。
「きみの死を無駄にはしないよ。ベリアの役に立ってくれ」
最後の言葉はそれだった。
その声を聞いた直後、刃が大きく閃いて──。
☆
ハッと目が覚めた。
気がつくと、私はベッドの上に寝ていた。
(あれは……夢?)
バッと飛び起きて、私は周囲を見渡した。カーテン越しに、窓の向こうが明るくなっているのが見える。どうやら、朝のようだ。
どくどくと心臓が痛いほど音を立てている。そっと胸に手を当てる。鼓動の音は大きい。
「──…………」
今のは、夢、だったのだろうか?
恐る恐る自分の頬に手を押し当て、そのまま額に触れる。彼に切られたのは、胸元だった。胸元──心臓の上を狙って切られたのだ。
胸元に手を置いて強く握りしめる。
(なんて……鮮明な夢、なの)
私は細く息を吐いた。
あまりにも現実味を帯びた夢だった。そっと胸から手を離し、私はゆっくりと部屋を見渡した。あれから、私はどうしたのだろう。
それに、どこまでが現実で、どこからが夢だったのかもわからない。
ウィリアム様と結婚して──彼を部屋で待っていた。彼と一緒にお酒を飲んだのは……あれは、夢?現実?
部屋を見渡した私は、やがて息を呑んだ。
室内の内装は、今朝私がいた伯爵家の自室とほとんど同じだった。
(……どういう、こと?)
結婚して、私は家を出た。
今後、私は王城で寝泊まりすることになっていたはず。それなのになぜ──私は、伯爵家の自室で寝ているのだろう?
呆然としていると、扉の向こうがにわかに騒がしくなった。壁にかけられた時計を見ると、起床時間を示している。
私は何が何だかわからないながらもそっと、ベッドから降りた。
靴を履いて、姿見の前に立つ。
鏡に映った自分の顔は、ひどく青ざめている。
「……わたし」
呆然と、呟いた。
その時だった。扉がノックされた。
ぱっとそちらを見ると、馴染みのある声が聞こえてくる。
「お嬢様、起きてらっしゃいます?カティアです」
私は、急いで扉を開けた。
その向こうで、メイド服に身を包んだ女性──幼少の頃から私の世話係をしているカティアが目を丸くしていた。
「お嬢様?」
「……カティア、今……いいえ。今日は何月何日?」
自分でも驚くほど低い声が出た。
私の言葉に、カティアはやや戸惑った様子を見せながらも、答えた。
「本日は八月三日ですが……」
…… 八月?
言われて、気がつく。
冬真っ只中のベリアはここしばらくずっと冷え込んで、寒さを感じていた。
それなの今は、寒さを感じないどころかすこし肌が汗ばんでいる。……まるで、冬ではないように。絶句する私に、カティアが困惑したように首を傾げた。
「……お嬢様?顔色が悪いようですが……どうかされましたか?」
「八……月?そんな……ほんとう、に?」
震える声で尋ねる私に、カティアがますます困った顔をした。
「……はい。お嬢様、本日はベルライン伯爵家主催のティーパーティーがありますが……どうされますか?お顔色が優れないようですが、体調がお悪いのでは?」
ベルライン伯爵家主催のティーパーティー。
覚えがある。確かそこで、ウィリアム様は私ではなく、キャサリン様をエスコートして参加されたはずだ。
キャサリン様のドレスは、クリーム色だった。……ウィリアム様の髪の色だ。
会場で会うと、彼は自身が贈ったドレスなのだと私に教えてくれた。
私は、表情をあまり顔に出さないようしているためか、ひとに威圧感を与えやすいらしい。顔を合わせたキャサリン様は私に怯えて泣いてしまい、会場の空気はさいあくなものになった──。
こんなにも鮮明に思い出せるのに、これは夢?それとも……現実?
一体、どれが真実でどれか幻なのかわからない。
動揺した私は、勢いよく自身の頬を打った。
ばちん!と鈍い音がする。
続いてぴりぴりとした痛みを感じて、私はこれが現実なのだと知った。
私の奇行を目の当たりにしたカティアが悲鳴をあげる。
「きゃあああ!お嬢様!?一体どうされたんですか!?」
「……カティア。……ねえ、今の私はどんな顔をしてる……?」
あれは、夢だったのだろうか。
あの半年間の記憶は、全て偽り?
夢だったと、一言で片付けるのは難しかった。
ふつう、目が覚めたら夢の記憶は薄れてしまうものだが、時間が経っても、細かいところまで思い出せるのだから。
今となっては思い出したくもない、ウィリアム様との結婚式の夜。
口にしたワインの味。
手に力が入らなくなり、感覚は消えた。
気がついたら私は天井を見上げていて──。
──私は、彼に殺されたのだ。
それに思い当たると、途端背中に冷たいものが走った。
カティアは、困惑した様子のまま、言葉を続けた。
「……悪魔でも見たかのような顔をしていらっしゃいます……」
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