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一章:さようなら、私の初恋
私は、宝石姫だから
しおりを挟む「……いただきます」
ほんとうは、酒など飲みたい気分ではなかったが彼の勧めだ。逆らうことも出来ず、私はグラスに手を伸ばした。ふわりと、豊かな葡萄の香りがする。こんな時でもな
ければ、美味しくいただけたことだろう。
私だって、気詰まりだ。
私を愛することなく、ほかの女性に想いを寄せるひとと夜を過ごすのだから。彼は嫌々、仕方なく私と夜を共にするのだ。
屈辱──よりも、ただただ、虚しくて、哀しい。
こんな夜に、何の意味があるのだろうか。結婚とは、ここまでこころを殺す必要があるのか。
何度も、何度も考えたこと。
だけど、仕方ないのだと、その度にその考えを打ち消した。
だって、私は──。
一口、二口、グラスに口をつけた。
さすがに、四百年もののワインは舌触りが格別だ。まろやかな味わいと、香り豊かな風味。こんな空気で飲むのが、惜しく感じるほどの高級品だった。
ウィリアム様は、つまらなそうに私を見ている。
「……味はどうだ?」
彼は、私に毒味をさせたかったのか。それに気がついてわずかに苦笑する。
嫌われたものだ。いつから、こんなに嫌われたのだろうか。分からない。
だけど気がついた時には、互いの溝はもう深く、修復等不可能だった。私は彼に答えた。
「とても美味しいです。陛下のご好意に──」
そこまで、言った時。
指先が震えて、手に力が入らなくなった。
「……!?」
驚きに息を呑むも、視界が回って何もかもが分からなくなる。かしゃん、と高い音が聞こえた。グラスを取り落としてしまったのだろう。そして、グラスがテーブルに当たったのだと思う。そんなことを考える余裕はあるのだな、と妙に冷静な頭で思った。
気がついたら、私はカーペットを背にしながら天井を見つめていた。全くといっていいほど、体に力が入らない。呆然とする私に、感心するような声が聞こえてきた。
「さすが、【悪魔憑きの魔女】が作っただけあるな。少し飲んだだけでこれか」
「こ……れ、は」
「まだ話せるか。まあいい。ルシア、僕はお前と結婚するつもりはない。だけど陛下は、この国は、お前との結婚を強制する」
カタ、と音がする。彼が席を立ったのだと知った。仰向けに転がる私の視界に、ウィリアム様が現れた。
その手に握っているものを見て、私はひゅ、と息を吸った。
──剣。
彼の手には、長剣が握られていた。私が飲んだ赤ワイン──いや、きっとグラスになにかが入れられていた。体は思うように動かないが、呼吸は正常にできることから──筋肉弛緩剤の類だろう。
彼が持つ長剣の刃が、シャンデリアの明かりを反射して、きらりと光る。逆光で、彼がどんな顔をしているのかは分からなかった。
「お前が宝石姫だから、僕はお前と婚約破棄することも、離縁することも出来ない」
──そう。
私は、【宝石姫】だ。
私の体液は宝石になる。この国、ベリアには二百年に一度、体液が宝石になる特殊体質な娘が生まれる。
宝石姫が生まれると、王家は必ずその娘を王太子の妃、あるいは王の妃に迎えていた。私も、その例に漏れることなく、生まれてすぐ、私が宝石姫だと知れると私はウィリアム様の婚約者に定められた。
そして──ベリアに生まれた宝石姫は、国のために貢献することが義務付けられているのだ。
私もまた、月に一度、王家に宝石を差し出してきた。量は決められていた。それを破ったことは、今までない。
私は、宝石姫だから。
だから、ウィリアム様と結婚し、妃にならなければならない。
だから、彼にほかに想う女性が出来ても、彼が私を愛していなくても。私は、王太子妃、ゆくやくは王妃にならなければならなかったのだ。
宝石姫は、王太子、あるいは王の妃にならなければならない。それが、ベリア国の決まりだから。
彼の手に握られた長剣が、閃いた。
頬に、冷たい感覚。
それは、慣れた感覚でもあった。
私は月に一度、王家に宝石を差し出すために、何度となく血を流してきた。私の血は、ルビーになるから。傷口は時間経過とともに消えてなくなるため、傷跡を気にすることなく、何度も、何度も、肌を傷つけた。
そうすることが、私の定めだと思ったから。私が、生まれてきた意味だと思ったから。
この国──ベリアに貢献するために。
そのために、私はいるのだとそう思った。
ぴたり、と刃先が私の頬に押し当てられる。ウィリアム様は、何も言わない私を見下ろし、笑った。
「こんな時でも、何も言わないのかお前は」
何を、言えばいいのだろう?
泣いて、縋って、慈悲を乞えば、彼は考えを改めてくれるのだろうか。
私は、殺されるのだろうか。彼に、今から。
結婚式の夜──初夜に、私は夫となったばかりの彼に、殺される。
彼に嫌われていたのは知っていた。
知っていた──けれど、殺されるほどだとは、思っていなかった。甘かった、のだろうか。
驚きを通り越して呆然としたままの私を見ながら、彼は鼻で笑って言葉を続けた。
「お前が僕を支える?……僕には、お前が必要だって?笑わせるな。僕はお前なんか必要としていないし──そもそも誰も、お前なんか必要としていない。思い上がるな」
ほんとうは、酒など飲みたい気分ではなかったが彼の勧めだ。逆らうことも出来ず、私はグラスに手を伸ばした。ふわりと、豊かな葡萄の香りがする。こんな時でもな
ければ、美味しくいただけたことだろう。
私だって、気詰まりだ。
私を愛することなく、ほかの女性に想いを寄せるひとと夜を過ごすのだから。彼は嫌々、仕方なく私と夜を共にするのだ。
屈辱──よりも、ただただ、虚しくて、哀しい。
こんな夜に、何の意味があるのだろうか。結婚とは、ここまでこころを殺す必要があるのか。
何度も、何度も考えたこと。
だけど、仕方ないのだと、その度にその考えを打ち消した。
だって、私は──。
一口、二口、グラスに口をつけた。
さすがに、四百年もののワインは舌触りが格別だ。まろやかな味わいと、香り豊かな風味。こんな空気で飲むのが、惜しく感じるほどの高級品だった。
ウィリアム様は、つまらなそうに私を見ている。
「……味はどうだ?」
彼は、私に毒味をさせたかったのか。それに気がついてわずかに苦笑する。
嫌われたものだ。いつから、こんなに嫌われたのだろうか。分からない。
だけど気がついた時には、互いの溝はもう深く、修復等不可能だった。私は彼に答えた。
「とても美味しいです。陛下のご好意に──」
そこまで、言った時。
指先が震えて、手に力が入らなくなった。
「……!?」
驚きに息を呑むも、視界が回って何もかもが分からなくなる。かしゃん、と高い音が聞こえた。グラスを取り落としてしまったのだろう。そして、グラスがテーブルに当たったのだと思う。そんなことを考える余裕はあるのだな、と妙に冷静な頭で思った。
気がついたら、私はカーペットを背にしながら天井を見つめていた。全くといっていいほど、体に力が入らない。呆然とする私に、感心するような声が聞こえてきた。
「さすが、【悪魔憑きの魔女】が作っただけあるな。少し飲んだだけでこれか」
「こ……れ、は」
「まだ話せるか。まあいい。ルシア、僕はお前と結婚するつもりはない。だけど陛下は、この国は、お前との結婚を強制する」
カタ、と音がする。彼が席を立ったのだと知った。仰向けに転がる私の視界に、ウィリアム様が現れた。
その手に握っているものを見て、私はひゅ、と息を吸った。
──剣。
彼の手には、長剣が握られていた。私が飲んだ赤ワイン──いや、きっとグラスになにかが入れられていた。体は思うように動かないが、呼吸は正常にできることから──筋肉弛緩剤の類だろう。
彼が持つ長剣の刃が、シャンデリアの明かりを反射して、きらりと光る。逆光で、彼がどんな顔をしているのかは分からなかった。
「お前が宝石姫だから、僕はお前と婚約破棄することも、離縁することも出来ない」
──そう。
私は、【宝石姫】だ。
私の体液は宝石になる。この国、ベリアには二百年に一度、体液が宝石になる特殊体質な娘が生まれる。
宝石姫が生まれると、王家は必ずその娘を王太子の妃、あるいは王の妃に迎えていた。私も、その例に漏れることなく、生まれてすぐ、私が宝石姫だと知れると私はウィリアム様の婚約者に定められた。
そして──ベリアに生まれた宝石姫は、国のために貢献することが義務付けられているのだ。
私もまた、月に一度、王家に宝石を差し出してきた。量は決められていた。それを破ったことは、今までない。
私は、宝石姫だから。
だから、ウィリアム様と結婚し、妃にならなければならない。
だから、彼にほかに想う女性が出来ても、彼が私を愛していなくても。私は、王太子妃、ゆくやくは王妃にならなければならなかったのだ。
宝石姫は、王太子、あるいは王の妃にならなければならない。それが、ベリア国の決まりだから。
彼の手に握られた長剣が、閃いた。
頬に、冷たい感覚。
それは、慣れた感覚でもあった。
私は月に一度、王家に宝石を差し出すために、何度となく血を流してきた。私の血は、ルビーになるから。傷口は時間経過とともに消えてなくなるため、傷跡を気にすることなく、何度も、何度も、肌を傷つけた。
そうすることが、私の定めだと思ったから。私が、生まれてきた意味だと思ったから。
この国──ベリアに貢献するために。
そのために、私はいるのだとそう思った。
ぴたり、と刃先が私の頬に押し当てられる。ウィリアム様は、何も言わない私を見下ろし、笑った。
「こんな時でも、何も言わないのかお前は」
何を、言えばいいのだろう?
泣いて、縋って、慈悲を乞えば、彼は考えを改めてくれるのだろうか。
私は、殺されるのだろうか。彼に、今から。
結婚式の夜──初夜に、私は夫となったばかりの彼に、殺される。
彼に嫌われていたのは知っていた。
知っていた──けれど、殺されるほどだとは、思っていなかった。甘かった、のだろうか。
驚きを通り越して呆然としたままの私を見ながら、彼は鼻で笑って言葉を続けた。
「お前が僕を支える?……僕には、お前が必要だって?笑わせるな。僕はお前なんか必要としていないし──そもそも誰も、お前なんか必要としていない。思い上がるな」
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