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第二章

奪われたもの

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「いらっしゃいませ」

女性の落ち着いた声が聞こえる。
こういった店に来るのは初めてだ。
私は曲がりなりにも五貴族だし、私が物心ついた時には既にケイト様は五貴族ーー貴族内でも非常に目立っていたので、余計私は大人しく過ごさなければならなかった。年頃の娘らしく外での遊びや、お忍びといったことに興味が無いわけではなかったけれど、そのような真似をした日には"流石、五貴族はやることが違いますわ"と嫌味を言われることだろう。
ケイト様ならきっと堂々と言い跳ね除けるのだろうけれど、私にそれは出来ない。あの精神の逞しさ………メンタルの強さを少しは見習いたいとは思うけど。
そんなことを考えながら、初めてのひとり入店を楽しんでいると、ふと、目に止まるものがあった。

(わぁ、綺麗………)

それは、水晶玉のようだった。
小さな、こぶりの水晶玉がネックレスチェーンにつけられているのだ。
近づいてみてみると、魔術が仕掛けられているのか、水晶玉の中はきらきらと水滴が跳ねたり浮かんだりしていた。それは幻想的な光景だった。まるで、雨下がりの日に雨粒がダンスを踊っているようだ。

「これ、綺麗………」

いくらかしら?
手に取ろうとしたところで、目の前で他の人の手がそれをかっさらった。

「!」

「ごきげんよう?リリア様。調子はどうかしら」

「ケイト様………」

その水晶玉を手に取ったのは、ケイト様だった。
たっぷりとした豊かな巻き毛が彼女の顎元で揺れている。豊満な体つきは、とてもではないが私では太刀打ちできないだろう。彼女とは3歳差とはいえ、ここまで発育の差が現れるかと少し落胆してしまう。自分の今後の成長に期待したいところだけど。どうだろうか。

「あら?あなたもこれを見ていたの?」

「えぇ………まぁ」

ケイト様がいたことに全く気が付かなかった。彼女の後をおったセンメトリーを探すと、店の外で彼女を待っているのが見えた。珍しくパイプタバコをくわえている。

「これ、とても綺麗ですわよね?まるで、レスト様の瞳みたい………」

「そうです、ね」

何が言いたいのかいまいち分からず戸惑う。とはいえ、見たかったものはケイト様の手の中だ。ジュエリーの置かれているスタンドを見ても、それはひとつしかないようだった。いや、例えふたつあろうと彼女とおそろいは遠慮したいけれど。

「ケイト様もこちらに来てらしたんですね」

「他に見るところがないのよ」

彼女の領地内だと言うのに、ふんっと馬鹿にしたように言う彼女は、手に持った水晶玉のネックレスを大切そうに見た。そして、ぎゅ、と強く握る。

「………?」

「許さないわよ、リリア・リズラ。私から………奪うなんて」

(いや、奪ったのはケイト様じゃない?私か持っていた訳では無いし、私のものでは無いから言うつもりもないけど)

水晶玉のネックレスを持っているのはケイト様だ。私じゃない。彼女の発言の意図が読めなくて黙ったままでいれば、馬鹿にしてると取ったのか、ケイト様が力強くこちらを睨んできた。七色の虹彩が私を見る。

「返してもらうわ」

「…………」

何を?
いけない。これはもしかして話が噛み合ってないのではないかしら。そう思ったあたりで、カランカラン、と鈴の音がした。入店を歓迎する鈴の音だ。私が振り返ると同時、レスト様が前髪を拭いながら店内を見ているのが目に入った。

「レスト様」

「ああ、リリア………と、きみもいたんだね」

「何か問題でもあって?」

ケイト様がすましたように言う。レスト様は変わらず表情をかえることなく、「いや」と答えた。妙や緊張感だ。アホシュアと話すのも気が疲れるが、このふたりのそばに居るのはそれ以上に苦しい。
なにか空気を変えられないかと考えた私は、ふとレスト様の前髪が濡れていることに気がついた。

「あら………?レスト様、髪が」

「ああ……うん。ごめん。やっぱり雨が降ってきてしまったみたいだ」

「レストさまの属性は【雨】ですもの。あなたがくるとわかってた以上、知っていたことだわ?ねぇ、リリア様?」

「え?えーと………まぁ、その通りですわね。それに先程もお伝えしたように、私は雨、嫌いじゃありません。でも、この雨ですし馬車の時間はずらした方がよろしいかしら?」

レスト様を伺うように見ると、彼は窓の外をちらりとみて答えた。

「どうだろう。俺がここにいると、余計雨足は酷くなる気がする。経験則に過ぎないが、出立は早めた方がいい」


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