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第二章
ワイン伯爵
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「そうしたら、急いだ方がいいですわね」
私が答えると、レスト様は店内をちらりと見てから私に言った。
「戻ろうか、リリア」
「はーー」
い、と続くはずだった言葉は、しかし、音にならなかった。隣にいるケイト様が、毅然とした態度でレスト様に言ったからだ。
「お待ちになって」
「なに?」
「私、あなたに話したいことがあるの。少しくらい時間を取ってくれても構わないでしょう?」
「早く出発した方がいい。大事な要件?」
「………ええ。そうですわね、一度くらいは話しておくべきかと思いますわ。それでいて、リリア様には聞かせない方が得策かと?」
どことなく勿体つけるような、妙な疎外感を感じさせるような声でケイト様が話す。もう慣れたが、やはりケイト様とは相容れないなと考えた。私は窓の外で未だにパイプタバコをくわえているセンメトリーを見てレスト様に言った。
「では、私はセンメトリー様と馬車に戻っています。レスト様、ケイト様、また後で」
「……うん。分かった。ケイト、場所を変えようか?」
私が言うと、レスト様も頷いて答える。
レスト様の言葉に、ケイト様は首を振った。
「いいえ?ここで構いませんわ。すぐ終わりますもの。天気も不安ですし?」
「それでは、失礼します」
私はレスト様とケイト様に挨拶をすると、その場を離れた。ふたりから離れて、少し息がしやすくなる。やはりあのふたりの空気感は悪い。レスト様はケイト様をどう思っているのだろう。少なくとも私が思うに、レスト様はケイト様を好ましくは思っていないようだ。
(婚約者だった時も、その婚約関係は破綻していたと言っていたわね………)
店を出る時、ふと気になって二人を振り返って見た。店内で話し合うふたりは真剣な顔をしていて、そこだけ雰囲気が変わって見える。
(あら……?)
その時、気がついた。ケイト様が手に持ったものを見せている。それは、先程の水晶玉のネックレスだ。そう言えば、彼女が持ったままだった。綺麗なデザインだったから、欲しいと思ったけれど。先にケイト様が手に取ってしまったから仕方ない。だけど、どうしてそれをレスト様に見せているのかしら。少し気になった。
(フィンハロンまであと五日。天気が崩れることも考えたら、七日は見た方がいい。うーん、それまでこの四人でいるのは、なかなかきつい気がするわ)
得にケイト様とアホシュア。
このふたりが問題だ。今からでも馬車を分けて貰えないだろうか?
店を出て、センメトリーと合流する。
センメトリーはふかしたパイプタバコを仕舞うと、深いため息をついた。
「いやー、なんと言いますか。あのお嬢様!そう、巻き毛のお嬢様ですよ。いやはや、困った困った。私のこと足としか思ってないんでしょうねぇ。話しかけても『お前ごときが私に話そうなどと思わないで!』と言われ、いやはや参った参った。五貴族とは皆さんああなんでしょうかねぇ。いや、以前お会いしたマダム・テラソーは風変わりではあったがまだ会話が……」
「ごめんなさい、待たせてしまったわね。雨も降ってきたし、先に馬車に戻りましょう」
センメトリーの話は異様に長い。ひとつのことに対して彼はいつくもの言葉や文章を用いるものだから、彼の話を聞いていたらあっという間にケイト様とレスト様が戻ってくるだろう。ワイン伯爵の名は伊達ではない。
私が手を差し出すと、センメトリーは少しキョトンとした様子で、やがて破顔した。彼のアイデンティティであるちょび髭をいじりながら言う。
「あっはっは!あなたは五貴族でも心優しいいいお嬢さんらしい。このセンメトリー、私でよろしければエスコートしますとも!ええ!五貴族の娘さんをエスコートできるとなんたる栄誉!なんてる名誉!これでワインを一種作れそうですなぁ!ハハハ!いや、冗談ですよ?」
「ふふ………」
銃弾のように話すセンメトリーに愛想笑いを返し、ふと私は先程思ったことをセンメトリーに尋ねることにした。周りを伺いながら声を潜めて尋ねる。
私が答えると、レスト様は店内をちらりと見てから私に言った。
「戻ろうか、リリア」
「はーー」
い、と続くはずだった言葉は、しかし、音にならなかった。隣にいるケイト様が、毅然とした態度でレスト様に言ったからだ。
「お待ちになって」
「なに?」
「私、あなたに話したいことがあるの。少しくらい時間を取ってくれても構わないでしょう?」
「早く出発した方がいい。大事な要件?」
「………ええ。そうですわね、一度くらいは話しておくべきかと思いますわ。それでいて、リリア様には聞かせない方が得策かと?」
どことなく勿体つけるような、妙な疎外感を感じさせるような声でケイト様が話す。もう慣れたが、やはりケイト様とは相容れないなと考えた。私は窓の外で未だにパイプタバコをくわえているセンメトリーを見てレスト様に言った。
「では、私はセンメトリー様と馬車に戻っています。レスト様、ケイト様、また後で」
「……うん。分かった。ケイト、場所を変えようか?」
私が言うと、レスト様も頷いて答える。
レスト様の言葉に、ケイト様は首を振った。
「いいえ?ここで構いませんわ。すぐ終わりますもの。天気も不安ですし?」
「それでは、失礼します」
私はレスト様とケイト様に挨拶をすると、その場を離れた。ふたりから離れて、少し息がしやすくなる。やはりあのふたりの空気感は悪い。レスト様はケイト様をどう思っているのだろう。少なくとも私が思うに、レスト様はケイト様を好ましくは思っていないようだ。
(婚約者だった時も、その婚約関係は破綻していたと言っていたわね………)
店を出る時、ふと気になって二人を振り返って見た。店内で話し合うふたりは真剣な顔をしていて、そこだけ雰囲気が変わって見える。
(あら……?)
その時、気がついた。ケイト様が手に持ったものを見せている。それは、先程の水晶玉のネックレスだ。そう言えば、彼女が持ったままだった。綺麗なデザインだったから、欲しいと思ったけれど。先にケイト様が手に取ってしまったから仕方ない。だけど、どうしてそれをレスト様に見せているのかしら。少し気になった。
(フィンハロンまであと五日。天気が崩れることも考えたら、七日は見た方がいい。うーん、それまでこの四人でいるのは、なかなかきつい気がするわ)
得にケイト様とアホシュア。
このふたりが問題だ。今からでも馬車を分けて貰えないだろうか?
店を出て、センメトリーと合流する。
センメトリーはふかしたパイプタバコを仕舞うと、深いため息をついた。
「いやー、なんと言いますか。あのお嬢様!そう、巻き毛のお嬢様ですよ。いやはや、困った困った。私のこと足としか思ってないんでしょうねぇ。話しかけても『お前ごときが私に話そうなどと思わないで!』と言われ、いやはや参った参った。五貴族とは皆さんああなんでしょうかねぇ。いや、以前お会いしたマダム・テラソーは風変わりではあったがまだ会話が……」
「ごめんなさい、待たせてしまったわね。雨も降ってきたし、先に馬車に戻りましょう」
センメトリーの話は異様に長い。ひとつのことに対して彼はいつくもの言葉や文章を用いるものだから、彼の話を聞いていたらあっという間にケイト様とレスト様が戻ってくるだろう。ワイン伯爵の名は伊達ではない。
私が手を差し出すと、センメトリーは少しキョトンとした様子で、やがて破顔した。彼のアイデンティティであるちょび髭をいじりながら言う。
「あっはっは!あなたは五貴族でも心優しいいいお嬢さんらしい。このセンメトリー、私でよろしければエスコートしますとも!ええ!五貴族の娘さんをエスコートできるとなんたる栄誉!なんてる名誉!これでワインを一種作れそうですなぁ!ハハハ!いや、冗談ですよ?」
「ふふ………」
銃弾のように話すセンメトリーに愛想笑いを返し、ふと私は先程思ったことをセンメトリーに尋ねることにした。周りを伺いながら声を潜めて尋ねる。
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