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第二章
聖女の出現
しおりを挟む私とレスト様の婚約関係は酷く穏やかで、アホシュアとの婚約時代お世話になった胃薬や睡眠剤を頼らずに済むようになった。
何より、レスト様と会う前の日はいつも以上に楽しみで、ワクワクして逆に寝付けないこともあったけれど。だけどそれも含めて心躍るものだった。
聖歴3055年。宵の月、16日。
辺境の街で聖女が現れたと報告が入った。
五貴族は、王族や国を守るために存在するとされているが、実際のところは"聖女"を守るためにいる。聖女が現れたら王族が聖女を保護し、その聖女の守護にあたるのが五貴族だ。
聖女は女神アプロディーテーの血を引いているらしい。女神アプロディーテーは天候を操る力を持っていたと史実には記載がある。
天候を操る力を持つ聖女を守るのが、
【星】を司るリズラ家。
【空】を司るサンロー家。
【虹】を司るブラウニー家。
【雨】を司るスレラン家。
【太陽】を司るベロニー家、
だ。
貴族でありながら騎士のような義務を果たす。
それは女性も男性も変わらない。この力を持っているものは、全て聖女に捧げなければならないのだ。
聖女が現れたとなって、五貴族全員に召集がかかった。場は王宮だ。
***
水鏡の間、と呼ばれる特別仕様の部屋に案内されたと思えば、そこには既に見知った顔があった。
ブラウニー家のケイト様、サンロー家のアホシュア、お母様も後ろにいる。
スレラン家のレスト様。ベロニー家の代表は欠席のようだ。
「アミュスは変わらずか」
玉座近くの扉が重たそうな音を立てて開き、国王陛下が入室する。御歳五十七歳になる陛下は苦々しく言うと、そのまま玉座へと座った。
ベロニー家の、アミュス様の兄君にあたるブラットリー様が気品のある仕草で腰を折る。
「申し訳ございません、陛下。あれは極度の引きこもりでして」
「そんなもの、引きずり出せばいい」
「外に出ると死ぬと言って聞かず……。実際、外に連れ出したところ魔力が暴走したことがあります。あれの力は強く、力が暴走したとなれば周りに甚大な被害が出ると考えられますため、なかなか……」
アミュス様ーーいえ、アミュス様だけに留まらず、五貴族の中で代表に選ばれた私達は、兄弟や親類の中でも一番力が強い。
アミュス様の兄君、ブラットリー様は毛先に【太陽】の力を示す金色が薄く混ざっているが、全体的には橙色の髪をなさっている。他にも【太陽】を示す証は見られず、彼の力は弱いのだろう。
「ふんっ。五貴族の務めすら果たせないなんて、何のための五貴族なんだか!ベロニー家の格が知れるな!!」
そう言うのはアホシュアである。
どの口が……と思っていると、ケイト様が黄金で縁取られた華やかな扇をぱっと自分の口元にあてた。
「あら。野蛮で粗野で下品な下半身男よりよっぽどマシだと思うけれど?」
「まぁッ!!ケイトさん、それは誰のことを言っているの!?まさかうちの息子ではないわよね!!」
「だぁれもホシュアのことなんて言ってないわよ。聴覚が衰えてしまったのかしらぁ?ご婦人は大変ね。腰が曲がっていてよ?」
「まぁぁぁぁッッ!!なんてこと!!だから言ったのです、ホシュア!!こんな頭足らずの下品な女と婚約なんて許しませんって!今の聞きましたわよね!?歩く下半身はあなたでしょう!下品女が!」
「やん、怖ぁい。唾を巻き散らかさないでくださる?ホシュアも、黙ってないで婦人を何とかして下さらない?あなたのお母様でしょう?」
「え。あー………へへ。何だっけ?」
「ホシュア!!!」
お母様の劈くような悲鳴が水鏡の間に響く。もちろん、この場にはケイト様とアホシュア、お母様だけが集まっている訳では無い。五貴族の当主と、その家族、代表の一親等が集められているのだ。ケイト様とお母様の口汚い罵りあいに、当主はもちろん、その親族まで眉をしかめていた。
「おふたりとも。国王陛下の御前ですよ。ホシュアも黙ってないで止めることくらいはしろ。この場をなんと心得ている?」
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