〈完結〉デイジー・ディズリーは信じてる。

ごろごろみかん。

文字の大きさ
6 / 7

ろく

しおりを挟む
敵の攻撃はどんどん酷く、苛烈なものになっていった。
奥の当主の私室に向かいながら、レイモンドはデイジーに事の経緯を説明した。

調査の結果、大規模な違法取引──武器の売買、密輸が行われていたこと。
だけど、決定的な証拠を抑えることは出来ず、全ての鍵を握っていると思われるジェスコ・ジェルソンの尋問を行う手筈だった。

しかし、どこからか情報が漏れていたのか、ジェスコは逃亡した。
レイモンドたちも彼の行方を追っていたが、ここにきて、彼は攻撃に転じてきた、というわけだ。

彼は、自暴自棄になっていた。
密輸にて手に入れた大型火器を手にし、自身を追い詰めることとなった人間を殺すことにしたのだ。
それには、第二王子の側近であり、摘発の一躍を買ったレイモンドも、含まれる。

「ジェスコ・ジェルソンがどう出るか分からなかったから、きみとも距離を置いた。僕にとって、致命的な弱点は、きみだ」

「どうして教えてくれなかったの」

知っていたら、ディズにもなにか出来たかもしれない。
遠くから轟音が聞こえる。
その度に、レイモンドは僅かに足を止める。
きっとまだ、迷っている。
本当にデイジーを道連れにしていいのか、と。

だから、デイジーは更に言うのだ。

「私、そんなにあなたに信頼されてなかった?」

「違う。巻き込み──いや、きみには、知らないでいて欲しかった」

「…………」

やはり、自分では力になれないからか、と落ち込みかけたところで、レイモンドが言う。

「きみは、そういう暴力とか、策略とは──遠いところに、居て欲しかったんだ。僕の、ただのわがままだ」

「──」

デイジーは息を飲んだ。
その時、階下から歓声のようなものが聞こえてきた。
思わず振り返るデイジーに、レイモンドが言う。

「急ごう。……邸に突入された」


ふたりは私室に入ると、レイモンドが扉に鍵をかけた。

「これで、少しは時間を稼げるだろう」

そう言って。
そして、彼は棚の引き出しから、なにか取り出した。
てっきり、武器の類いだろうとデイジーは思ったのだけど──彼が取り出したのは、小箱だった。
ベルベット生地に包まれた、デイジーの手のひらサイズの、小さな小箱。

「それ……」

「本当は、式の日に渡したかったんだ。……こんなことになってしまって、すまない。きみを、巻き込んだ」

「──」

デイジーは、言葉が出ない。
レイモンドが、箱を開ける。
中には、指輪が収められていた。
煌びやかなダイヤモンドが縦爪の指輪に嵌められている。

呆然とするデイジーの指を取り、レイモンドが指輪を填めた。

「……僕は、きみが一番大切だよ。僕の可愛いお姫様。きみだけは、巻き込まないと……そう、誓ったんだけどな」

「レイモンド、これ」

「ディズリー伯爵は、きっと僕を恨むね。きみを守るどころか、道ずれにする、不出来な男を」

「ねえ、これ。……私、あなたの」

あなたの、妻になることを許されるの?
あなたは、私でいいの?

そんな言葉を口にしようとして、言葉に詰まる。
結局、口にできたのは──愛の言葉だけ。
デイジーは、彼に抱きついて、涙を零した。

「私、今、すごく幸せなの。私ね、ずっとあなたが好きだったの。今も好き。初恋なの」

「……知ってる。でも、実際の僕はこんなに頼りなく、情けない男だ。きみなら、もっとふさわしい男が社交界に山ほどいるだろう。本当に、いいの?」

この期に及んで良いも悪いもないのだが、きっと今だからこそ、レイモンドも尋ねられたのだろう。それが分かっていたから、デイジーは何度も頷いた。

「私、あなたの妻になるわ。ここには神父様も、永遠を誓う女神像も、参列者も、婚姻誓約書だってないけど──でも、いいの。これだけで、いいの」

デイジーは、自身の指に嵌められた指輪に触れた。
涙を零しながら笑みを浮かべる彼女に、レイモンドが困ったように笑う。
そして、彼らはどちらともなく──口付けを交わした。
初めての、キスだった。

扉の向こうから、怒号が聞こえる。

もはや、失うだけのジェスコは、なりふり構っていられないだろう。
このまま待てば、城からの応援が到着すると思われるが……その時間は、ないようだった。
当主の私室に鍵が掛けられていることに気がついたのだろう。
怒声が向こうから聞こえ、続いて扉を壊さんと何かを叩きつける暴力的な音が響いた。

咄嗟に、デイジーの肩が跳ねる。
そんな彼女の背中を撫で、レイモンドが言った。

「デイジー、一緒に死のうか」

柔らかく、微笑んだ彼に、デイジーは目を見開く。
そして、彼女は思い知ったのだ。
自身の誤りを。

(私……本当は)

本当は、愛されていた。

私のことなど愛していないと思った、この、冷たく見える婚約者に──。

その日、当主の私室から──二発の、銃声が聞こえた。
レイモンドが所持する拳銃ピストルで、彼らは心中したのだ。

そのことは、後世において、【ランドールの悲劇】として語り継がられることになる。

ジェスコが主導した大規模なクーデターは、数時間後には騎士軍に制圧されたが、死者はかなりの数が出た。
その中には、貴族も数名含まれていた。
王家は、大勢の犠牲者を出したことを嘆き、その死を悼むために、石碑を立てた。

以来、その日を迎えると、石碑には多くの白百合が捧げられるようになったのだ。


しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

身代わりーダイヤモンドのように

Rj
恋愛
恋人のライアンには想い人がいる。その想い人に似ているから私を恋人にした。身代わりは本物にはなれない。 恋人のミッシェルが身代わりではいられないと自分のもとを去っていった。彼女の心に好きという言葉がとどかない。 お互い好きあっていたが破れた恋の話。 一話完結でしたが二話を加え全三話になりました。(6/24変更)

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。 国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。 悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。

二度目の恋

豆狸
恋愛
私の子がいなくなって半年と少し。 王都へ行っていた夫が、久しぶりに伯爵領へと戻ってきました。 満面の笑みを浮かべた彼の後ろには、ヴィエイラ侯爵令息の未亡人が赤毛の子どもを抱いて立っています。彼女は、彼がずっと想ってきた女性です。 ※上記でわかる通り子どもに関するセンシティブな内容があります。

一番でなくとも

Rj
恋愛
婚約者が恋に落ちたのは親友だった。一番大切な存在になれない私。それでも私は幸せになる。 全九話。

公爵令嬢ルチアが幸せになる二つの方法

ごろごろみかん。
恋愛
公爵令嬢のルチアは、ある日知ってしまう。 婚約者のブライアンには、妻子がいた。彼は、ルチアの侍女に恋をしていたのだ。 ルチアは長年、婚約者に毒を飲ませられていた。近年の魔力低下は、そのせいだったのだ。 (私は、彼の幸せを邪魔する障害物に過ぎなかったのね) 魔力不足に陥った彼女の余命は、あと一年だという。 それを知った彼女は自身の幸せを探すことにした。

愛してしまって、ごめんなさい

oro
恋愛
「貴様とは白い結婚を貫く。必要が無い限り、私の前に姿を現すな。」 初夜に言われたその言葉を、私は忠実に守っていました。 けれど私は赦されない人間です。 最期に貴方の視界に写ってしまうなんて。 ※全9話。 毎朝7時に更新致します。

〈完結〉伯爵令嬢リンシアは勝手に幸せになることにした

ごろごろみかん。
恋愛
前世の記憶を取り戻した伯爵令嬢のリンシア。 自分の婚約者は、最近現れた聖女様につききっきりである。 そんなある日、彼女は見てしまう。 婚約者に詰め寄る聖女の姿を。 「いつになったら婚約破棄するの!?」 「もうすぐだよ。リンシアの有責で婚約は破棄される」 なんと、リンシアは聖女への嫌がらせ(やってない)で婚約破棄されるらしい。 それを目撃したリンシアは、決意する。 「婚約破棄される前に、こちらから破棄してしてさしあげるわ」 もう泣いていた過去の自分はいない。 前世の記憶を取り戻したリンシアは強い。吹っ切れた彼女は、魔法道具を作ったり、文官を目指したりと、勝手に幸せになることにした。 ☆ご心配なく、婚約者様。の修正版です。詳しくは近況ボードをご確認くださいm(_ _)m ☆10万文字前後完結予定です

結婚記念日をスルーされたので、離婚しても良いですか?

秋月一花
恋愛
 本日、結婚記念日を迎えた。三周年のお祝いに、料理長が腕を振るってくれた。私は夫であるマハロを待っていた。……いつまで経っても帰ってこない、彼を。  ……結婚記念日を過ぎてから帰って来た彼は、私との結婚記念日を覚えていないようだった。身体が弱いという幼馴染の見舞いに行って、そのまま食事をして戻って来たみたいだ。  彼と結婚してからずっとそう。私がデートをしてみたい、と言えば了承してくれるものの、当日幼馴染の女性が体調を崩して「後で埋め合わせするから」と彼女の元へ向かってしまう。埋め合わせなんて、この三年一度もされたことがありませんが?  もう我慢の限界というものです。 「離婚してください」 「一体何を言っているんだ、君は……そんなこと、出来るはずないだろう?」  白い結婚のため、可能ですよ? 知らないのですか?  あなたと離婚して、私は第二の人生を歩みます。 ※カクヨム様にも投稿しています。

処理中です...