〈完結〉デイジー・ディズリーは信じてる。

ごろごろみかん。

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なな

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ぱち、と目が覚めると、デイジーは十八歳を迎えてすぐの頃に、戻っていた。

(……!?)

バッと飛び起きたデイジーは、咄嗟に自分の体を確認した。
どこにも怪我をしていない、それどころか──

(ここは……ディズリーの邸宅?)

デイジーは、レイモンドと心中する半年前に戻っていた。



なぜか、過去に戻ったデイジーは、しかしすぐに決意した。
なぜ、過去に戻ったかはわからない。
もしかしたら、デイジーは壮大な夢を見ていたに過ぎないのかもしれない、とも。

しかし、その可能性は直ぐに打ち砕かれた。
なぜなら、見知ったことが起きるからだ。

春の嵐が訪れたのも、デイジーの記憶通りの日。
夜会で、ある夫人が貧血で倒れたのも、デイジーの記憶にある夜会でのことだった。
婚約発表の日程も、どこそこの家で子供が生まれただとか、そう言ったものまで全て記憶と一致している。

デイジーは、認めざるを得なかった。
あれは、実際に起きたことなのだ、と。

それを知ったデイジーは、すぐに行動に移した。

レイモンドは、確実な証拠・・・・・を抑えられず、尋問するしかなかった、と言った。
であれば、現場を直接押えてしまえばいい。

もう、彼女はあんな末路を辿ることだけは、絶対に嫌だった。

その日から、デイジーは変わった。
その美貌を、男をたぶらかすためだけに、使うことにしたのだ。

彼女は、ジェスコ・ジェルソンに接触するために、色っぽい女性を演じた。
思わせぶりに目配せをし、適宜スキンシップを計る。

そんなことをしていたものだから、当然デイジーの評判は地に落ちる。
レイモンドの弟のルイスや、父であるランドール伯爵、そしてデイジーの兄にも、その振る舞いは注意された。
それでも、デイジーはやめなかった。
彼女には、目的があったからだ。

結果、デイジーはジェスコとの接触に成功した。
彼は、美しいデイジーにすっかり気を許し、ペラペラと、自身の計画についても話してくれるようになった。
密輸した武器の隠し場所──以前、レイモンドが言っていた【つかみきれなかった証拠】とは、これのことだ。

デイジーは、情報を引き出すだけ引き出すと、それを第二王子へと持って行った。
第二王子グラパーは、最初、デイジーにかなり警戒していた様子だったが、その話をすると呆気にとられていた。

「……あなたは、なぜその話を私に?レイモンドは、私の側近だ。彼に話せば──」

それに、デイジーは首を横に振る。
どこで情報が漏れるか分からない。

ジェスコは、確実に、完全に、言い逃れのできない状況で拘束しなければならない男だ。
逃がしたら──以前と同じ道を辿ることになる。レイモンドを信頼していなかったわけではない。
だけど、デイジーは確実な方法を取りたかった。

「必ず、現行犯で取り押さえてください。あの男が、言い逃れができないように」

強く言うと、グラパーは僅かに目を見開き、それから眉を寄せた。

「……確認しよう」

恐らく、グラパーはデイジーの言葉を完全に信じたわけではない。
むしろ、罠の可能性があると考えたはずだ。
デイジーは、あの叩けば埃まみれになりそうな男、ジェスコと親しくしていたのだから。

だけどすぐ、彼は知ることになる。
デイジーの言葉は、真実だった、と。





新聞の一面に、ジェスコ・ジェルソンが拘束されたと書かれていた。

デイジーは、成功したのだ。
それを見た時、彼女の手は震えた。

もはや、デイジーの淑女としての名は地の底に落ちたが、それでも良い。

彼女は、自分の愛を守ったのだから。

(それでも……)

レイモンドの目が、どんどん冷たくなっていくことだけは辛かった。
最初レイモンドは、デイジーにジェスコや、その周りとの付き合いを考えるよう何度も言っていた。
だけどデイジーはそれに従わなかった。
結果、レイモンドとの距離は離れてしまったのだ。

以前、デイジーはレイモンドに愛されていないかもしれない、と不安に思っていた。
だけど、今だからこそわかる。
本当に気持ちがなければ、今のレイモンドのように──とても、冷たくなるものなのだから。

レイモンドの父は、前回同様に亡くなってしまった。
死因は、先天性の病が理由だったから、デイジーにはどうしようもなかったのだ。

レイモンドとは全く会話をしない日々が続く。
以前と違い、ジェスコの件が片付いたので、レイモンドには余裕があるはずだが──彼は、デイジーを避けているようだった。
どう扱っていいのか分からないのだろう。

今のデイジーは、男漁りが趣味の、どうしようもない女だ。

その日、デイジーはランドール伯爵家に呼び出された。
その日は、運命の日だった。
以前、デイジーとレイモンドが自死した日だ。
この日に、レイモンドに呼び出されたことにデイジーは緊張した。
嫌な予感が頭をかすめる。

(大丈夫、大丈夫よ……)

なぜなら、悪しきジェスコは独房の中。
その取り巻きも、デイジーの情報のおかげで全員捕まっている。
デイジーはとんでもなく恨まれていることだろう。
だけど、それは彼女にとってはどうでもいいことだった。

三日後は、デイジーとレイモンドの結婚式だ。

(……何を、言われるんだろう)

デイジーがランドール伯爵邸に到着すると、執事のジェイムズが彼女をサロンに通した。

すぐにレイモンドがやってきて、彼女にいった。 

「きみは、社交界で悪女と呼ばれているね」

「……!」

やはり、その話だった。
婚約を、解消したいというのだろうか。

直前ではあるけど、デイジーの責として解消することは不可能ではない。
何より、それを可能にするほどに、デイジーの評判は良くなかった。

しかし、彼女には時間がなかった。
タイムリミットは、半年。
その間に、彼女はジェスコと親しくなる必要があったのだ。

彼女の振る舞いは、とても淑女のそれではない。
デイジーのせいで、ランドール伯爵夫人は体調を崩し、療養のため辺境に向かってしまった。
良心の呵責が彼女を苛むが、彼女にはそれ以外手段がなかった。

ジェスコから情報を入手するには、デイジーの美貌を使うのがもっとも的確だったのだ。

「……デイジー、顔を上げて」

のろのろと、デイジーは顔を上げた。
ソファに座る彼女の前に、レイモンドが跪く。
そして、彼女の手を取った。

「ずっと不思議に思っていたんだ。なぜ、きみが突然変わってしまったのか、と。デイジー、きみはそんなひとじゃなかったでしょう」

「レイモンド……」

「グラパー殿下から、聞いたんだ。ジェスコを捕らえられたのは、きみのおかげだと」

「──」

「どうして、そんなに危ないことをしたの?」

レイモンドはゆっくり、彼女に尋ねた。
デイジーは目を見開き、それから視線を逸らした。
まさか、レイモンドが死ぬのを防ぎたかった……とは言えない。
過去の記憶を知らない彼からしたら、なんのことか分からないだろう。
だから、デイジーは当たり障りないことを口にする。

「怪しそうだと、思ったから…」

信ぴょう性に欠ける理由だが、レイモンドは彼女を問い詰めようとは思わなかったらしい。

彼はフロックコートの内側から、小箱を取り出した。
息を呑む。その、赤のベルベット生地に包まれた小箱は──彼女が前回、死ぬ前に目にしたものだったからだ。
彼は、パカ、と小箱を開けた。

「指、輪?」

デイジーがぽつり、言葉を零す。
レイモンドが苦笑した。

「本当は、これを渡す時に……きみの行いについて聞こうと思っていたんだ。僕自身、ずっと違和感を覚えていた。きみのその振る舞いに、はなにか理由があるんじゃないか、とね。悩んでいる僕を見かねて、殿下が僕に教えてくれたんだ」

『お前の婚約者は、勇敢だね』──と。
そこで、彼は初めてジェスコの拘束に至った理由を知った。

「殿下は、ジェスコの摘発に協力してくれたきみに、褒美を与えると仰せだ。きみの名誉を回復する意味合いもあるのだと思う」

「私は……」

「僕は、ずっときみを守りたいと……守るべき女の子だと思っていたのだけど」

そこで、レイモンドは言葉を切る。
そして、デイジーの返答を待つことなく、彼女の薬指に指輪を填めてしまった。
煌めきを帯びたダイヤモンドの石が、彼女の指を飾った。

「きみは、いつの間にかこんなに勇敢な女性になっていたんだね」

そっと、彼は彼女の額に口付けを贈った。

「だけど、次に危ないことをする時は……必ず相談して欲しい。もう、あんな思いはしたくない」

「あんな思い?」

「……きみを取られるかと思った」

レイモンドは、デイジーの手を取って彼女を立たせた。
その声は、とても冷たく感じた。
その言葉に一抹の嫉妬を感じとった彼女は、そんな場合では無いのに、思わず笑みを浮かべていた。

なぜなら──。

「私、レイモンドが好き。大好きよ」

「僕も、きみを愛してるよ。我ながら、困るくらいにはね」

やっと、想いを交わせたからだ。
以前のように、死を目前にした状態ではない。

明後日──デイジーは、この国の誰よりも幸せな、花嫁になる。

デイジー・ディズリーは信じてる。
婚約者の愛が自分にあることを。

彼女は知っている。
婚約者が、本当に自分のことを想ってくれていること。

これは愛に生きるデイジーが愛のために悪女になり、その愛を守ったお話。




-fin-
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感想 4

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みんなの感想(4件)

fumi
2025.09.13 fumi

※承認不要です※

第一話 「見の入らなかった」→「身の入らなかった」

※承認不要です※


楽しく読ませていただきました。

解除
964856
2025.05.22 964856

素敵なお話でした🌸🪅✨

解除
石里 唯
2025.04.01 石里 唯
ネタバレ含む
解除

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