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15.ロクサーナ、パンを焼く
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「レンブラント様、またお招きいただきましてありがとうございます」
「うん、待ってたよ。君に会えるのを楽しみにしていたんだ」
ロクサーナです。
再びわたしはレンブラント様のお茶会に参加させていただいております。
すっかり餌づけ……もとい、わたしの料理に魅了されてしまったらしいレンブラント様は、何度もわたしをこうして招いてくださっています。
最近変わったことといえば、わたしの体形がお母様のメリハリのきいたそれに近くなったことでしょうか。
レンブラント様のお茶会に出すお菓子を試作してみたりして結構カロリーも取ってましたが、それに反してなんとも呆気なく痩せました。お母様もわたしの歳くらいで自然に痩せたそうなので、そういう体質だったのでしょう。
これでもうあの馬鹿王太子に豚などと言わせませんよ!
「今日はパン三種を持ってまいりました」
わたしがそう言いましたら、レンブラント様とエリック様がちょっと不思議そうな顔をされました。パンなら皇宮でも出ているけど? というような感じですが、これは皇宮の食事に出るようなパンと違いますよ。
持ってきたパンを侍女が並べ終えるのを待って、わたしは説明しました。
「この揚げてあるパンがカレーパンで、芥子の実がのっているのはあんぱんです。あとこれはクリームパンです」
日本のパン屋の定番であるパンを紹介すると、レンブラント様は得心がいったような顔つきになりました。
「へえ、パンの中に具が入っているのか。手軽に食べられていいね。……あ、エリックとマリアムも一緒に食べよう」
レンブラント様が振り返って二人に声をかけると、エリック様は恐縮するようなそぶりを見せました。
「……よろしいのですか?」
「いつもわたしの後に食べているじゃないか。今更だよ」
「まあ、そうだったのですか?」
わたしがそう言うと、エリック様はばつが悪そうな顔をしました。
実はわたしがレンブラント様のお茶会に参加するときは、エリック様や侍女たちに別にお菓子を用意して配るようにしていたので、まさかレンブラント様用のお菓子を食べているとは思わなかったのです。
「そうだったんだよ。人のことを食い意地が張っているみたいに言っていたのに、君から差し入れまでもらってたなんて、ひどいよねえ」
「殿下……」
エリック様が苦虫を噛みつぶしたような顔でレンブラント様を見やります。それに対してレンブラント様は、余裕綽々の態で笑いました。してやったりという感じでしょうか。
「ああ、やっぱりあんぱんには牛乳ですわよねえ。張りこみの定番です!」
空気を全く読まないマリアムは、そう言いながら自分で入れたホットミルクを飲み、あんぱんをむしゃむしゃと食べていました。彼女的にはパックの牛乳といきたいところなんでしょうが、あいにくこの場には温めた牛乳しかないですからね。
彼女の地位からしたら、とても他の侍女には見せられない姿ですが、今はマリアム以外の侍女は下がらせているので安心です。
「張りこみ? 姉上、そのように無造作にパンを囓るなど、淑女として恥ずかしいですよ」
「まあ、エリック。これはこういうものなのよ。ロクサーナ様、そうですわよね?」
「そうですね。一応ちぎって食べることもできますが」
わたしがそう言うと、エリック様はほら見ろというような顔で姉を見ました。けれど、マリアムはどこ吹く風です。
「あ、カレーパンは温かいうちに食べてくださいね。冷めても大丈夫ですけれど」
一番おいしい状態で食べていただきたいので、カレーパンだけは皇宮の厨房で温め直したんですよね。
すると、レンブラント様とエリック様はカレーパンを手に取りました。
「あ、これはスパイスは利いているけど、いつも出ているカレーと違って甘めの味付けだね。でもとてもおいしい」
「たいていのカレーパンは、こどもでも食べられるように甘めの味付けなんです。激辛も作れますけどね」
「いや、これはこれでとてもおいしいですよ。さくっと揚げられたパンによく合っていて、さすがロクサーナ様です」
レンブラント様とエリック様がカレーパンをぱくつきながら褒めてくださいます。うれしいです。
「揚げパンは中身がなくてもいけますよ。砂糖やきなこをまぶしたりしてもおいしいです」
「揚げコッペとかですね! あれ、おいしいですわよね!」
あんぱんを食べ終えて、今度はカレーパンに手を伸ばしたマリアムが嬉々として言いました。まあ、あれはたいていパン粉を付けませんけどね。
「そうですね。前世でもコッペパン流行ってましたね」
「そうです、そうです。おいしいのにお値段はリーズナブルで! あ、このカレーパンもおいしいです! さすがロクサーナ様!」
持ち上げても、パンしかあげられませんよ。
でも、前世日本人的には、この世界の食事は結構つらかったようですね。ここも探せばおいしいものはなくはないんですけれど。
……あ、マリアムですが、あれから彼女に確認しましたら、やはり元日本人でした。
前世ではバリバリのキャリアウーマンだったらしく、そのスキルは侍女として遺憾なく発揮されているようです。ただ、彼女はいわゆるメシマズだったらしく、前世の味を再現できずに口に合わない料理をそのまま食べるしかない自分が非常に歯痒かったそうです。……まあ、前世では無理に作らなくても、コンビニエンスストアとかデリバリーとかありましたしね。
「クリームパン、ですか。これはおいしいですね! ナッツやドライフルーツを混ぜ合わせたものなら作ったことはあるんですが、パンの中にカスタードという発想はなかったですねえ」
感心したようにエリック様が言いました。ナッツやドライフルーツの入ったパンもおいしいですよね。
……そういえば、クリームパンって日本人が作りだしたものらしいです。日本人が海外で出店したパン屋でも人気のパンらしいですね。
「今回はごくオーソドックスなものを作ってきたんです。リンゴ煮とカスタードも合いますよ」
「ああ、それもおいしそうですね!」
料理のできるエリック様が、その味を想像したのか、嬉々として言いました。たぶんリンゴ煮は作ったことがあるのでしょう。
「……なんか、二人とも仲良いねえ」
「え……、そうですか?」
なんとなく不機嫌そうなレンブラント様の声に引かれて、わたしは彼の顔を見ました。……ん? やはりレンブラント様、ご機嫌ななめですか? あんぱんを二口ほど食べたところで食が止まっています。
「あんぱん、お気に召しませんでしたか?」
あんこがだめな人は本当にだめですし、ここはクリームパンをお勧めしておきますか。
そう思っていると、レンブラント様が慌てたように首を横に振りました。
「いや、あんぱんはとてもおいしいよ。ブラックのコーヒーにもよく合う」
「……そうですか? それならいいのですが」
レンブラント様、無理してませんか? お口に合わないなら食べなくてもいいんですよ?
「もー、レンブラント様、ロクサーナ様はニブニブなんですから、はっきりおっしゃらないと伝わりませんよ!」
「……ニブニブ? レンブラント様、わたしなにか粗相でもしてしまいましたか?」
エヴァンジェリスタ家は成り立ちは古いとはいえ、帝国では新参者ですから、なるべく皆様の不興を買わないようにはしていたつもりですが、それでも我が家の存在をおもしろくないと思っている方もいますしね。
わたしが首をかしげて問いますと、レンブラント様が驚いたように目を見開きました。
「えっ! いや、そんなことないよ。君にはいつも感心させられているよ」
「そう、ですか?」
「そうですよ、殿下はいつもあなたを褒めてますよ」
すかさずエリック様からフォローが入ったので、少し安心しました。
エリック様は思ってもいないおべんちゃらを言う方ではないですしね。
「それならよかったです」
わたしがにっこりすると、マリアムが「ヘタレですねえ」と言って、黙り込んでしまったレンブラント様を肘で小突きました。
……知ってましたがこの姉弟、帝国の皇太子様に対して不遜……いえいえ、彼ととても仲がよろしくて微笑ましいことですね。
「うん、待ってたよ。君に会えるのを楽しみにしていたんだ」
ロクサーナです。
再びわたしはレンブラント様のお茶会に参加させていただいております。
すっかり餌づけ……もとい、わたしの料理に魅了されてしまったらしいレンブラント様は、何度もわたしをこうして招いてくださっています。
最近変わったことといえば、わたしの体形がお母様のメリハリのきいたそれに近くなったことでしょうか。
レンブラント様のお茶会に出すお菓子を試作してみたりして結構カロリーも取ってましたが、それに反してなんとも呆気なく痩せました。お母様もわたしの歳くらいで自然に痩せたそうなので、そういう体質だったのでしょう。
これでもうあの馬鹿王太子に豚などと言わせませんよ!
「今日はパン三種を持ってまいりました」
わたしがそう言いましたら、レンブラント様とエリック様がちょっと不思議そうな顔をされました。パンなら皇宮でも出ているけど? というような感じですが、これは皇宮の食事に出るようなパンと違いますよ。
持ってきたパンを侍女が並べ終えるのを待って、わたしは説明しました。
「この揚げてあるパンがカレーパンで、芥子の実がのっているのはあんぱんです。あとこれはクリームパンです」
日本のパン屋の定番であるパンを紹介すると、レンブラント様は得心がいったような顔つきになりました。
「へえ、パンの中に具が入っているのか。手軽に食べられていいね。……あ、エリックとマリアムも一緒に食べよう」
レンブラント様が振り返って二人に声をかけると、エリック様は恐縮するようなそぶりを見せました。
「……よろしいのですか?」
「いつもわたしの後に食べているじゃないか。今更だよ」
「まあ、そうだったのですか?」
わたしがそう言うと、エリック様はばつが悪そうな顔をしました。
実はわたしがレンブラント様のお茶会に参加するときは、エリック様や侍女たちに別にお菓子を用意して配るようにしていたので、まさかレンブラント様用のお菓子を食べているとは思わなかったのです。
「そうだったんだよ。人のことを食い意地が張っているみたいに言っていたのに、君から差し入れまでもらってたなんて、ひどいよねえ」
「殿下……」
エリック様が苦虫を噛みつぶしたような顔でレンブラント様を見やります。それに対してレンブラント様は、余裕綽々の態で笑いました。してやったりという感じでしょうか。
「ああ、やっぱりあんぱんには牛乳ですわよねえ。張りこみの定番です!」
空気を全く読まないマリアムは、そう言いながら自分で入れたホットミルクを飲み、あんぱんをむしゃむしゃと食べていました。彼女的にはパックの牛乳といきたいところなんでしょうが、あいにくこの場には温めた牛乳しかないですからね。
彼女の地位からしたら、とても他の侍女には見せられない姿ですが、今はマリアム以外の侍女は下がらせているので安心です。
「張りこみ? 姉上、そのように無造作にパンを囓るなど、淑女として恥ずかしいですよ」
「まあ、エリック。これはこういうものなのよ。ロクサーナ様、そうですわよね?」
「そうですね。一応ちぎって食べることもできますが」
わたしがそう言うと、エリック様はほら見ろというような顔で姉を見ました。けれど、マリアムはどこ吹く風です。
「あ、カレーパンは温かいうちに食べてくださいね。冷めても大丈夫ですけれど」
一番おいしい状態で食べていただきたいので、カレーパンだけは皇宮の厨房で温め直したんですよね。
すると、レンブラント様とエリック様はカレーパンを手に取りました。
「あ、これはスパイスは利いているけど、いつも出ているカレーと違って甘めの味付けだね。でもとてもおいしい」
「たいていのカレーパンは、こどもでも食べられるように甘めの味付けなんです。激辛も作れますけどね」
「いや、これはこれでとてもおいしいですよ。さくっと揚げられたパンによく合っていて、さすがロクサーナ様です」
レンブラント様とエリック様がカレーパンをぱくつきながら褒めてくださいます。うれしいです。
「揚げパンは中身がなくてもいけますよ。砂糖やきなこをまぶしたりしてもおいしいです」
「揚げコッペとかですね! あれ、おいしいですわよね!」
あんぱんを食べ終えて、今度はカレーパンに手を伸ばしたマリアムが嬉々として言いました。まあ、あれはたいていパン粉を付けませんけどね。
「そうですね。前世でもコッペパン流行ってましたね」
「そうです、そうです。おいしいのにお値段はリーズナブルで! あ、このカレーパンもおいしいです! さすがロクサーナ様!」
持ち上げても、パンしかあげられませんよ。
でも、前世日本人的には、この世界の食事は結構つらかったようですね。ここも探せばおいしいものはなくはないんですけれど。
……あ、マリアムですが、あれから彼女に確認しましたら、やはり元日本人でした。
前世ではバリバリのキャリアウーマンだったらしく、そのスキルは侍女として遺憾なく発揮されているようです。ただ、彼女はいわゆるメシマズだったらしく、前世の味を再現できずに口に合わない料理をそのまま食べるしかない自分が非常に歯痒かったそうです。……まあ、前世では無理に作らなくても、コンビニエンスストアとかデリバリーとかありましたしね。
「クリームパン、ですか。これはおいしいですね! ナッツやドライフルーツを混ぜ合わせたものなら作ったことはあるんですが、パンの中にカスタードという発想はなかったですねえ」
感心したようにエリック様が言いました。ナッツやドライフルーツの入ったパンもおいしいですよね。
……そういえば、クリームパンって日本人が作りだしたものらしいです。日本人が海外で出店したパン屋でも人気のパンらしいですね。
「今回はごくオーソドックスなものを作ってきたんです。リンゴ煮とカスタードも合いますよ」
「ああ、それもおいしそうですね!」
料理のできるエリック様が、その味を想像したのか、嬉々として言いました。たぶんリンゴ煮は作ったことがあるのでしょう。
「……なんか、二人とも仲良いねえ」
「え……、そうですか?」
なんとなく不機嫌そうなレンブラント様の声に引かれて、わたしは彼の顔を見ました。……ん? やはりレンブラント様、ご機嫌ななめですか? あんぱんを二口ほど食べたところで食が止まっています。
「あんぱん、お気に召しませんでしたか?」
あんこがだめな人は本当にだめですし、ここはクリームパンをお勧めしておきますか。
そう思っていると、レンブラント様が慌てたように首を横に振りました。
「いや、あんぱんはとてもおいしいよ。ブラックのコーヒーにもよく合う」
「……そうですか? それならいいのですが」
レンブラント様、無理してませんか? お口に合わないなら食べなくてもいいんですよ?
「もー、レンブラント様、ロクサーナ様はニブニブなんですから、はっきりおっしゃらないと伝わりませんよ!」
「……ニブニブ? レンブラント様、わたしなにか粗相でもしてしまいましたか?」
エヴァンジェリスタ家は成り立ちは古いとはいえ、帝国では新参者ですから、なるべく皆様の不興を買わないようにはしていたつもりですが、それでも我が家の存在をおもしろくないと思っている方もいますしね。
わたしが首をかしげて問いますと、レンブラント様が驚いたように目を見開きました。
「えっ! いや、そんなことないよ。君にはいつも感心させられているよ」
「そう、ですか?」
「そうですよ、殿下はいつもあなたを褒めてますよ」
すかさずエリック様からフォローが入ったので、少し安心しました。
エリック様は思ってもいないおべんちゃらを言う方ではないですしね。
「それならよかったです」
わたしがにっこりすると、マリアムが「ヘタレですねえ」と言って、黙り込んでしまったレンブラント様を肘で小突きました。
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