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14.男爵令嬢は愚痴をならべる
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「あーあ、ようやく王太子妃になれると思ったのに、当てが外れたわ」
──ギルモア王国王城の王太子妃になる予定の令嬢に与えられた私室。
エカピット男爵家とは雲泥の差の装飾品に囲まれて、デシリーはぼやいた。
「フェルナンド様にドレスとかたくさん買ってもらってたから、まさか王家がこんなに貧乏なんて思わなかったわ。排除したはずのロクサーナの家がお金持ちだったなんて、そんな設定知らないわよ。こんなことなら、ロクサーナの弟でも落としておくんだったかしら」
デシリーはそう言うが、実際他の有力貴族の子息に粉をかけて唯一引っかかったのがフェルナンドだけであったのだ。
まともな人間なら、複数の高位貴族の男性に言いよっている下位貴族の令嬢など、相手にするわけもない。
「それにしても、親子の縁を切るってなによ! わたしは未来の王妃よ。感謝されこそすれ、こんな仕打ち受けるなんて許せないわ! 王家が持ち直したら、男爵家なんて取りつぶしてやるんだから!」
実家を取りつぶしなどしたら、どう見られるかなどとは考えつかないデシリーは、エカピット男爵家当主から届いた書状をびりびりに破きながら叫んだ。
「王太子妃の婚礼衣装が既製品とか、いい笑い者よ……。せめて国宝を身につけられたら格好がつくかと思ったら邪魔されるし……。なんで、こうなっちゃったの?」
ぶちぶちとこぼしながら、デシリーは髪の毛をかきむしった。
国王にフェルナンドの妃にすると宣言されたはずなのに、デシリーに対する待遇はすこぶる悪い。国王夫妻は汚物を見るような目で見てくるし、食事内容は男爵家にいた時のほうがよほどよかったと思う。
ステーキは既に牛肉からぱさぱさの鶏肉になり、スープは相変わらず味がしないが、最近さらに薄くなっているような気がする。サラダも出なくなって久しい。
せめて醤油と味噌だけでも男爵家から送ってもらうように要請してみたのだが、返ってきたのはデシリーに対する縁切り状だった。
「せめて王都で食事できればよかったんだけど、すぐ帰されちゃったし……」
フェルナンドにうまいものを食べさせてやると言われて、お忍び用の馬車で王都まで連れていってもらったが、食堂でまさかのお断りをされ、「また食い逃げされたらかなわないからな」とか「う○こたれ王太子がよく顔を出せたものだ」とか方々で嫌みを言われてさんざんな目にあったのだ。
フェルナンドは顔を真っ赤に染めて「無礼者!」と叫んでいたが、それに対して民衆は馬鹿にしたように囃したてた。
とても王太子に取る態度ではないのだが、付いていた近衛はそれを咎め立てるでもなく、「帰りましょう」と言ってくるのみだった。
「それにしても……う○こたれ王太子ってなに? 攻略対象者のフェルナンド様がまさかう○こなんて漏らすわけないし、なにかの間違いじゃない?」
なにかの間違いではなく、事実そうなのだが、この世界が乙女ゲームの世界であると信じ切っているデシリーは民衆のほうがおかしいと結論づける。
するとその時、居室のドアをノックする音が聞こえた。
「デシリー、晩餐の準備ができたそうだ。迎えにきた」
「あっ、はい!」
誰かと思ったら、当のフェルナンドだった。
まずいのが分かっているので、あまり気は乗らないが、王太子である彼がわざわざ迎えに来てくれるので行かないわけにもいかない。
──それに、次期国王様に深く愛されてるって思えるしね! いくらお金持ちでも、ロクサーナじゃこうはいかないわ!
デシリーは、鼻高々になってドアを開けた。
「フェルナンド様、お迎えに来てくれて嬉しいです! ……えっ?」
その途端、デシリーの笑顔が凍り付いた。それを怪訝そうにフェルナンドが見てくる。
「デシリー? どうした」
フェルナンドの鼻の下に妙なものがあるのは気のせいだろうか。いや、きっと見間違いに違いない。
そう思いながら、デシリーはフェルナンドの顔を二度見した。
「えっ、えっ?」
それは、デシリーの気のせいなどではなく、間違いなくあった。
──貧乏だし、今となっては顔だけが救いなのに。なのに、なのに──
「──乙女ゲームの攻略対象者なのに、こんなのありえないぃーっ!!」
「デ、デシリー!?」
指差しながら急に叫びだしたデシリーにフェルナンドが戸惑っている。それを押しのけ、デシリーは部屋から飛び出した。
しばらくデシリーを探していて見つからなかったフェルナンドは、しかたなく晩餐室に向かうと、その場で眉をひそめた王妃に「身だしなみを整えなさい」と注意された。
フェルナンドは首をかしげつつも侍従長が持ってきた鏡をのぞくと、髪の毛よりも茶がかった金茶の太い毛が一本、鼻の穴から飛び出していた。
──ギルモア王国王城の王太子妃になる予定の令嬢に与えられた私室。
エカピット男爵家とは雲泥の差の装飾品に囲まれて、デシリーはぼやいた。
「フェルナンド様にドレスとかたくさん買ってもらってたから、まさか王家がこんなに貧乏なんて思わなかったわ。排除したはずのロクサーナの家がお金持ちだったなんて、そんな設定知らないわよ。こんなことなら、ロクサーナの弟でも落としておくんだったかしら」
デシリーはそう言うが、実際他の有力貴族の子息に粉をかけて唯一引っかかったのがフェルナンドだけであったのだ。
まともな人間なら、複数の高位貴族の男性に言いよっている下位貴族の令嬢など、相手にするわけもない。
「それにしても、親子の縁を切るってなによ! わたしは未来の王妃よ。感謝されこそすれ、こんな仕打ち受けるなんて許せないわ! 王家が持ち直したら、男爵家なんて取りつぶしてやるんだから!」
実家を取りつぶしなどしたら、どう見られるかなどとは考えつかないデシリーは、エカピット男爵家当主から届いた書状をびりびりに破きながら叫んだ。
「王太子妃の婚礼衣装が既製品とか、いい笑い者よ……。せめて国宝を身につけられたら格好がつくかと思ったら邪魔されるし……。なんで、こうなっちゃったの?」
ぶちぶちとこぼしながら、デシリーは髪の毛をかきむしった。
国王にフェルナンドの妃にすると宣言されたはずなのに、デシリーに対する待遇はすこぶる悪い。国王夫妻は汚物を見るような目で見てくるし、食事内容は男爵家にいた時のほうがよほどよかったと思う。
ステーキは既に牛肉からぱさぱさの鶏肉になり、スープは相変わらず味がしないが、最近さらに薄くなっているような気がする。サラダも出なくなって久しい。
せめて醤油と味噌だけでも男爵家から送ってもらうように要請してみたのだが、返ってきたのはデシリーに対する縁切り状だった。
「せめて王都で食事できればよかったんだけど、すぐ帰されちゃったし……」
フェルナンドにうまいものを食べさせてやると言われて、お忍び用の馬車で王都まで連れていってもらったが、食堂でまさかのお断りをされ、「また食い逃げされたらかなわないからな」とか「う○こたれ王太子がよく顔を出せたものだ」とか方々で嫌みを言われてさんざんな目にあったのだ。
フェルナンドは顔を真っ赤に染めて「無礼者!」と叫んでいたが、それに対して民衆は馬鹿にしたように囃したてた。
とても王太子に取る態度ではないのだが、付いていた近衛はそれを咎め立てるでもなく、「帰りましょう」と言ってくるのみだった。
「それにしても……う○こたれ王太子ってなに? 攻略対象者のフェルナンド様がまさかう○こなんて漏らすわけないし、なにかの間違いじゃない?」
なにかの間違いではなく、事実そうなのだが、この世界が乙女ゲームの世界であると信じ切っているデシリーは民衆のほうがおかしいと結論づける。
するとその時、居室のドアをノックする音が聞こえた。
「デシリー、晩餐の準備ができたそうだ。迎えにきた」
「あっ、はい!」
誰かと思ったら、当のフェルナンドだった。
まずいのが分かっているので、あまり気は乗らないが、王太子である彼がわざわざ迎えに来てくれるので行かないわけにもいかない。
──それに、次期国王様に深く愛されてるって思えるしね! いくらお金持ちでも、ロクサーナじゃこうはいかないわ!
デシリーは、鼻高々になってドアを開けた。
「フェルナンド様、お迎えに来てくれて嬉しいです! ……えっ?」
その途端、デシリーの笑顔が凍り付いた。それを怪訝そうにフェルナンドが見てくる。
「デシリー? どうした」
フェルナンドの鼻の下に妙なものがあるのは気のせいだろうか。いや、きっと見間違いに違いない。
そう思いながら、デシリーはフェルナンドの顔を二度見した。
「えっ、えっ?」
それは、デシリーの気のせいなどではなく、間違いなくあった。
──貧乏だし、今となっては顔だけが救いなのに。なのに、なのに──
「──乙女ゲームの攻略対象者なのに、こんなのありえないぃーっ!!」
「デ、デシリー!?」
指差しながら急に叫びだしたデシリーにフェルナンドが戸惑っている。それを押しのけ、デシリーは部屋から飛び出した。
しばらくデシリーを探していて見つからなかったフェルナンドは、しかたなく晩餐室に向かうと、その場で眉をひそめた王妃に「身だしなみを整えなさい」と注意された。
フェルナンドは首をかしげつつも侍従長が持ってきた鏡をのぞくと、髪の毛よりも茶がかった金茶の太い毛が一本、鼻の穴から飛び出していた。
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