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36.雪野智久の疑問

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「こんな所にいらっしゃったんですか。」

夜更けに庭で一人星空を見上げていたら、後ろから雪野さんに声を掛けられた。

「こんな時間に羽織も無く出ていたら、また体調を崩しますよ。」

「もう少ししたら戻ります。」

冷たい夜風が髪を揺らした。

「失礼します。」

雪野さんはジャケットを脱いで、私に羽織らせた。

「雪野さんが風邪を引きます。」

「俺は大丈夫です。鍛えていますから。」

雪野さんは私の隣に立った。

「ありがとうございます。」

「貴女をお守りするのが私の役目です。」

雪野さんは躊躇う様子を見せてから、口を開いた。

「水無瀬さんの為に会見に出て頂いてありがとうございます。」

雪野さんにお礼を言われるなんて、思っても見なかった。お辞儀に掛けた時間が、雪野さんの人柄と水無瀬さんへの想いを表していた。

「水無瀬さんは何をしたいんですか?」

「それは、俺の口からは言えません。」

「そうですか・・・それは、私が政府の言う事を聞いたら叶いますか?」

「・・・わかりません。ですが、前進はするかもしれません。」

「だったら私、頑張ります。」

「半日外に出ただけで二週間も寝込んだのに。」

「その内体も慣れます。」

「水無瀬さんにそこまでする義理は無いのに、何故ですか?」

「力になれるならなりたいと思ったからです。」

「利用されるとわかっているのに?そのせいで貴女は、言われなき批判や危険に晒されるというのに、それでもですか」

「それでもです。今私には誰かの役に立つことをするしか、アイデンティティを保つ方法も無いですしね。」

届く訳も無い星空に手を伸ばした。

「誰かの役に立ちたいからプログラマーになったんです。方法がプログラミングから行動に変わっただけですよ。」

「貴女には、過酷な人生が待っています。それなのに、わざわざ険しい道を選ぶんですか。」

「はい。」

「何も知らない他人の為にですか。」

「はい。でも、自分の為でもありますよ。喜んでくれたら嬉しいから。」

触れない月を指先で撫ぜた。

「雪野さんが警備の仕事をしているのは何故ですか?」

「雪野家の男は皆、警察官か警察に関係する仕事をしています。ですから警察官になりました。」

「何かなりたい職業はありましたか?」

「いいえ。この世界の日本では、家柄は強い意味を持っています。従うことが当然。それ以外の選択肢なんて初めからありません。」

「そうなんですか・・・」

「楓さん、私的な事をお聞きしますが・・・」

「はい。」

「ハッカーとして優秀だったにも関わらず、何故、待遇の悪い一般のIT企業にご就職されたんですか。」

雪野さんが私に関心を持ったのは初めてだった。

「私、起業したかったんです。だから、普通に働いて、修行しようと思ったんです。でも会社はブラックだし、起業を約束した仲間達も就職したら離れていってしまって、気付けばどうにもできない状態になってました。」

「起業、ですか。」

「はい。」

雪野さんが黙りこくったから目を向けたら、雪野さんは私を見詰めていた。

「ゆ、雪野さん?」

「・・・私的なことをお伺いして申し訳ありませんでした。」

「いえ・・・」

「冷えますから、そろそろ中に戻りましょう。また熱を出してしまいますよ。」

「わかりました。」

雪野さんはなんで私の話を聞いたんだろう。問い掛けたかったけど、私はなんとなく聞けなかった。
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