次期社長と訳アリ偽装恋愛

偽装恋愛、解消します

６

「その顔は図星だな」

そう言って立花さんは小さくため息をつき、言葉を続ける。

「避けられる理由が思い当たらない。何か河野さんを不快にさせるようなことをした？」

立花さんの不安げに揺れる瞳を見て、私はなんて失礼なことをしてるんだろうと改めて実感する。
自分勝手な感情で立花さんを振り回すようなことをしてしまい、申し訳なさでいっぱいだ。
もう正直に話すしかないと思った。

「立花さんは何もしていません。私の気持ちの問題で……。いつまでも立花さんに頼っていてはいけないって思ったんです」
「どういうこと？」
「立花さんは恋から遠ざかってた私に恋のリハビリをしようと提案してくれましたよね。最初は戸惑いながらも、その言葉に甘えてしまいました。私が病気になった時も看病してくれたり、男の人に絡まれている時には助けてくれました」

立花さんは真意を探るように真っ直ぐに私を見つめ、話を聞いている。

「でも、この関係は永遠じゃないですよね。今、立花さんには気になっている人がいるのなら、このままじゃいけないと思います」

キュッと唇を噛む。

「気になっている人がそばにいるのなら、私なんかに時間を割かない方がいいと思います。時間は無限ではありません。立花さんは素敵な人だから、きっとその恋は上手くいくと思います。少しの間でしたが、私は立花さんと偽装恋愛出来てよかったです」

泣きそうになるのを必死に堪え、笑顔を見せた。

これ以上、私の中で立花さんの存在が大きくなるのが怖い。
立花さんに直接、偽装恋愛を止めようと言われるより自分から切り出した方が傷が浅いと思う。
自分勝手だとは思ったけど、弱い自分にもう耐えきれなかった。

立花さんだって私を相手にするより直接、好きな人にアプローチした方が断然いいと思う。
私との無駄な時間を過ごすより、自分の為にそれは使うべきだ。

私は立花さんのお陰で恋愛に対して前向きに考えられるようになった。
そして、また人を好きになれた。
私の想いは届かないけど、立花さんの背中を押してあげられたらと思う。
それが私に出来る唯一のことだ。

「それ、本気で言ってる？」

立花さんが発した言葉は低く冷たい声色だった。
どうしてそんなに怖い顔をしているんだろう。
私が言ってることは間違いじゃないと思うんだけど。

「はい」
「俺は……」

そこまで言って立花さんは一度言葉をのみこんだ。

「俺のわがままに付き合わせてごめん。河野さんがそう言うなら従うよ……今はね」

最後の一言は声が小さすぎて聞き取れなかったけど、さすがに聞き返すことが出来なかった。
立花さんは腕時計に目をやる。

「あと、十分で昼休みが終わるから戻ろうか」

医務室を出るように促された。
これで立花さんと関わることがないんだなと思ったら胸が苦しくなった。
でも、この選択が立花さんにとっては正しいんだ。

「今までありがとうございました」

感謝の言葉を告げて頭を下げた後、ゆっくりと背を向けて歩き出した。


私の背中を見つめる立花さんの瞳に強い光が宿っていたことに気が付かないままーーー。