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偽装恋愛、解消します
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医務室には三十代後半ぐらいぐらいのイケメンの産業医が常駐しているという話は聞いていたけど、その通りだった。
ネームプレートには武島瑞希と名前が書かれていた。
武さんと呼ばれた医師は、少し癖のある黒髪を自然にサイドに流し、キリッとした眉に奥二重で垂れ気味の優しい目をしている。
その優しげな目が私を捉えた。
「君はどうしたんだ?」
「えっ、あの……」
どうしたと言われても、私は立花さんに連れられて来ただけで用事がある訳ではない。
答えに困っていたら、立花さんが代わりに口を開いた。
「ちょっと彼女と話があって」
「なるほどな。仕方ない、三十分だけ時間をやる。誰か体調不良者が来たら教えて」
「分かった。武さん、ありがとう」
「ここでいかがわしいことだけはするなよ」
「する訳ないだろ。それに、三十分じゃ足りないよ」
武島さんがニヤリと意地悪げな笑みを浮かべれば、立花さんもそれに応戦するように言う。
「そうか。じゃ、ごゆっくり」
武島さんはそう言って私の横を通り過ぎ、医務室を出ていった。
医務室の入り口に立ったまま動けずにいたら、立花さんが口を開いた。
「強引に連れてきてごめん。どうしても話がしたかったから」
「いえ」
首を左右に振った。
それより話というのは何だろうと緊張が走る。
偽装恋愛解消の話かもしれない。
私はずっとその事に怯えていた。
「土曜のことだけど、あのあと変なヤツに声をかけられたりしなかった?」
「はい」
「そっか。遅れなくて心配していたんだ。ちゃんと河野さんの口から聞けてよかった」
あの日の夜、立花さんから無事に帰れた?というメッセージが送られてきた。
私のことを心配してくれる気持ちが嬉しかった。
それと同時に"マキ"さんのことが気になって、そっけない返事をしてしまった。
立花さんからしたら、せっかく連絡したのに何だよと感じてしまうような文章だったと思う。
でも、あの時の私はそういうことも気付けないぐらい気持ちが不安定だった。
今もどういう態度を取っていいのか分からない。
出来ることなら、この場所から逃げ出したいぐらいだ。
「ところで、さっきから目が合わないのはどうして?」
立花さんがグッと距離を縮めてきた。
「そんなことはないと思いますけど」
「ホントに?」
視線をさ迷わせていた私の両頬に手を添え、しっかりと視線を合わせてきた。
真っ直ぐに見つめられ、心臓が張り裂けそうなぐらいバクバクと音を立てる。
「ほ、ホントですよ」
目を逸らしたいのに、それは許さないとばかりに顔を近づけてくる。
「ならいいけど。河野さんに避けられてるような気がしたから」
「……っ」
鋭い指摘に動揺して声が出なかった。
ネームプレートには武島瑞希と名前が書かれていた。
武さんと呼ばれた医師は、少し癖のある黒髪を自然にサイドに流し、キリッとした眉に奥二重で垂れ気味の優しい目をしている。
その優しげな目が私を捉えた。
「君はどうしたんだ?」
「えっ、あの……」
どうしたと言われても、私は立花さんに連れられて来ただけで用事がある訳ではない。
答えに困っていたら、立花さんが代わりに口を開いた。
「ちょっと彼女と話があって」
「なるほどな。仕方ない、三十分だけ時間をやる。誰か体調不良者が来たら教えて」
「分かった。武さん、ありがとう」
「ここでいかがわしいことだけはするなよ」
「する訳ないだろ。それに、三十分じゃ足りないよ」
武島さんがニヤリと意地悪げな笑みを浮かべれば、立花さんもそれに応戦するように言う。
「そうか。じゃ、ごゆっくり」
武島さんはそう言って私の横を通り過ぎ、医務室を出ていった。
医務室の入り口に立ったまま動けずにいたら、立花さんが口を開いた。
「強引に連れてきてごめん。どうしても話がしたかったから」
「いえ」
首を左右に振った。
それより話というのは何だろうと緊張が走る。
偽装恋愛解消の話かもしれない。
私はずっとその事に怯えていた。
「土曜のことだけど、あのあと変なヤツに声をかけられたりしなかった?」
「はい」
「そっか。遅れなくて心配していたんだ。ちゃんと河野さんの口から聞けてよかった」
あの日の夜、立花さんから無事に帰れた?というメッセージが送られてきた。
私のことを心配してくれる気持ちが嬉しかった。
それと同時に"マキ"さんのことが気になって、そっけない返事をしてしまった。
立花さんからしたら、せっかく連絡したのに何だよと感じてしまうような文章だったと思う。
でも、あの時の私はそういうことも気付けないぐらい気持ちが不安定だった。
今もどういう態度を取っていいのか分からない。
出来ることなら、この場所から逃げ出したいぐらいだ。
「ところで、さっきから目が合わないのはどうして?」
立花さんがグッと距離を縮めてきた。
「そんなことはないと思いますけど」
「ホントに?」
視線をさ迷わせていた私の両頬に手を添え、しっかりと視線を合わせてきた。
真っ直ぐに見つめられ、心臓が張り裂けそうなぐらいバクバクと音を立てる。
「ほ、ホントですよ」
目を逸らしたいのに、それは許さないとばかりに顔を近づけてくる。
「ならいいけど。河野さんに避けられてるような気がしたから」
「……っ」
鋭い指摘に動揺して声が出なかった。
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