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18 秋良の苦手なものと怖いもの
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この際だからと、ほかに気になっていることはないか秋良に訊ねてみた。
秋良は少し考えてから「あのね……」と語り始める。
「ごはんの野菜が多い」
「野菜?」
「僕、頑張って食べてたけど、本当は野菜きらい」
「そうだったのか」
「……とくになすび。食べたくないのに、おじさんがいっぱい出すからいやだ」
「ごめん。……おじさんは、なすび好きなんだ。今旬だし」
「旬?」
「おいしい季節ってことだよ。……でも、秋良が苦手なら、出す回数減らそうな」
最近、数日おきではあるが自炊にも挑戦していた。
普段弁当や総菜、冷食に頼り切りだからと張り切って野菜を取り入れていたのが、秋良を苦しめていたとは……。
いつも何も言わずに完食してくれていたから、まったく気づかなかったが、相当無理をしていたらしい。
眉間に寄ったしわが、どれだけ野菜が嫌いなのかを物語っている。
「あと……」
「あと?」
どうやら不満はまだまだあるらしい。
「もっとおでかけしたい」
「おでかけか。どういうところに行きたい?」
「ママとパパとは、いろんなところに行ったよ。プールとか、海とか」
「兄ちゃん、アウトドア派だったもんね。義姉さんも元気な人だったし」
「キャンプもしたよ。テントで寝たの」
「すごいな」
「うん、楽しかった!」
俺は兄と違い、インドアなタイプだから、あまり出かけるという発想がなかった。
公園にはたまに行くが、秋良にとっては物足りなかったのだろう。
「じゃあ、次の休みにどこか行こうか?」
「どこに?」
「う~ん……それはまた今度、いっしょに決めようか?どんなところがあるか、調べておくから」
「うん!」
秋良の笑顔が眩しい。
そうだ、秋良はこんな風に元気いっぱいに笑う子どもだった。
兄や義姉のように、明るく。
「それで、あとね」
「お、まだあるのか!?」
「……だめ?」
「だめじゃない!ちょっと驚いただけ。いくらでも聞くぞ」
秋良はほっとした顔をして、話を続ける。
少し恥ずかしそうにもじもじしているが、言いづらいことなのだろうか?
「あのね……」
「うん」
「もっとたくさん抱っこしてほしい」
「抱っこ?」
「うん、ママもパパも、もっとたくさんしてくれたよ。僕が大きくなったら、重くなって抱っこできなくなるから、今のうちにいっぱい抱っこしとくんだって言ってた」
「そうか……」
「あと、もっと褒めてほしいし、よしよししてほしい」
「よし、任せとけ!」
そういって、秋良の頭をワシワシ撫でた。
秋良はきゃーっと声をあげて喜んだ。
「あとね~」
「あと?」
秋良がぷくっと頬を膨らませる。
どうやらこれは怒っていることらしい。
「1人で寝るのはいや!お風呂も1人で入りたくない!」
「え、1人で大丈夫だって言ってなかったか?」
「だって、こわいもん」
「こわかったか~」
「おばけでてくるかもしれないもん。おばけって、足引っ張ってくるんだって。さっちゃんが言ってた」
「それはこわいなぁ。おじさんが守ってやらなきゃな」
「うん。あと、お風呂で目閉じるのもこわい。お風呂にもおばけでるって、さっちゃんが言ってた」
「さっちゃん、おばけに詳しいなぁ」
どんどん話が出てくる。
今まで遠慮して溜め込んでいた分を吐き出してくれたということは、少しは心を開いてくれたということなのだろう。
いや、今までは甘えることすらできない空気を俺が作っていたのかもしれない。
俺は多分どこかで、秋良を引き取って育てている自分が一番大変だと思っていた。
自分の不幸に浸って、秋良の苦労を理解しようとすらしていなかった。
「たくさん教えてくれてありがとうな」
「うん」
「これから2人で暮らしていくんだからさ、お互い言いたいことは我慢せずに言い合うようにしよう」
「うん……あのね……」
「お、まだあるか?」
秋良が大きくあくびをする。
「もう眠い……」
時計を見ると、もうすぐ21時になろうかという時間だった。
今日は遊びにも出かけたし、そろそろ限界なのだろう。
「じゃあ、トイレ行って寝るか!……あ、トイレもいっしょに行くか?」
「……トイレは1人でいい」
「そっか、じゃあ、行ってこい」
トイレのドアが閉まる音を確認してから、兄に話しかける。
そばに立っていたはずの兄は、いつの間にか部屋の隅で座り込んでいた。
「秋良のこと、ちゃんと見えてなくてごめんな」
『……いや、春馬はよくやってくれてると思ってる。俺さ、秋良がいい子に頑張ってるのは、単にお前によく思われたいからだと思ってた。気を使ってるな、とは思ってたけど、あんなに溜め込んでるとは思わなかった』
兄はすっかりうなだれていた。
『正直さ、まだ小さいし、俺たちが死んだのもそんなに堪えてないんじゃないかって思ってた。そりゃ夜泣きはしてたけど、割とすぐ収まったし……。寂しい気持ちはあったけど、秋良が俺たちのせいで苦しむ姿は見たくなかったから、これでよかったとさえ思ってたんだ』
「兄ちゃん……」
『……俺たち、なんで死んじまったんだろうな……。ただ、いつも通り仕事に向かってただけだったのに』
「……」
『俺も美冬も、なんで秋良に見えないんだろうな……』
「……ん!?」
『あ、やべ』
「美冬義姉さん!?帰ってきてるのか?!」
『……この話は、またあとでな!ほら、秋良戻ってくるぞ!』
そういって、兄はふっと姿を消した。
こんな風に姿を消せることすら知らなかった。
水の流れる音がして、手を洗って戻ってきた秋良が訝しげに俺を見る。
「おじさん?誰と話してたの?」
俺は呆然と「仕事先の人と電話していただけだよ」とごまかした。
秋良は少し考えてから「あのね……」と語り始める。
「ごはんの野菜が多い」
「野菜?」
「僕、頑張って食べてたけど、本当は野菜きらい」
「そうだったのか」
「……とくになすび。食べたくないのに、おじさんがいっぱい出すからいやだ」
「ごめん。……おじさんは、なすび好きなんだ。今旬だし」
「旬?」
「おいしい季節ってことだよ。……でも、秋良が苦手なら、出す回数減らそうな」
最近、数日おきではあるが自炊にも挑戦していた。
普段弁当や総菜、冷食に頼り切りだからと張り切って野菜を取り入れていたのが、秋良を苦しめていたとは……。
いつも何も言わずに完食してくれていたから、まったく気づかなかったが、相当無理をしていたらしい。
眉間に寄ったしわが、どれだけ野菜が嫌いなのかを物語っている。
「あと……」
「あと?」
どうやら不満はまだまだあるらしい。
「もっとおでかけしたい」
「おでかけか。どういうところに行きたい?」
「ママとパパとは、いろんなところに行ったよ。プールとか、海とか」
「兄ちゃん、アウトドア派だったもんね。義姉さんも元気な人だったし」
「キャンプもしたよ。テントで寝たの」
「すごいな」
「うん、楽しかった!」
俺は兄と違い、インドアなタイプだから、あまり出かけるという発想がなかった。
公園にはたまに行くが、秋良にとっては物足りなかったのだろう。
「じゃあ、次の休みにどこか行こうか?」
「どこに?」
「う~ん……それはまた今度、いっしょに決めようか?どんなところがあるか、調べておくから」
「うん!」
秋良の笑顔が眩しい。
そうだ、秋良はこんな風に元気いっぱいに笑う子どもだった。
兄や義姉のように、明るく。
「それで、あとね」
「お、まだあるのか!?」
「……だめ?」
「だめじゃない!ちょっと驚いただけ。いくらでも聞くぞ」
秋良はほっとした顔をして、話を続ける。
少し恥ずかしそうにもじもじしているが、言いづらいことなのだろうか?
「あのね……」
「うん」
「もっとたくさん抱っこしてほしい」
「抱っこ?」
「うん、ママもパパも、もっとたくさんしてくれたよ。僕が大きくなったら、重くなって抱っこできなくなるから、今のうちにいっぱい抱っこしとくんだって言ってた」
「そうか……」
「あと、もっと褒めてほしいし、よしよししてほしい」
「よし、任せとけ!」
そういって、秋良の頭をワシワシ撫でた。
秋良はきゃーっと声をあげて喜んだ。
「あとね~」
「あと?」
秋良がぷくっと頬を膨らませる。
どうやらこれは怒っていることらしい。
「1人で寝るのはいや!お風呂も1人で入りたくない!」
「え、1人で大丈夫だって言ってなかったか?」
「だって、こわいもん」
「こわかったか~」
「おばけでてくるかもしれないもん。おばけって、足引っ張ってくるんだって。さっちゃんが言ってた」
「それはこわいなぁ。おじさんが守ってやらなきゃな」
「うん。あと、お風呂で目閉じるのもこわい。お風呂にもおばけでるって、さっちゃんが言ってた」
「さっちゃん、おばけに詳しいなぁ」
どんどん話が出てくる。
今まで遠慮して溜め込んでいた分を吐き出してくれたということは、少しは心を開いてくれたということなのだろう。
いや、今までは甘えることすらできない空気を俺が作っていたのかもしれない。
俺は多分どこかで、秋良を引き取って育てている自分が一番大変だと思っていた。
自分の不幸に浸って、秋良の苦労を理解しようとすらしていなかった。
「たくさん教えてくれてありがとうな」
「うん」
「これから2人で暮らしていくんだからさ、お互い言いたいことは我慢せずに言い合うようにしよう」
「うん……あのね……」
「お、まだあるか?」
秋良が大きくあくびをする。
「もう眠い……」
時計を見ると、もうすぐ21時になろうかという時間だった。
今日は遊びにも出かけたし、そろそろ限界なのだろう。
「じゃあ、トイレ行って寝るか!……あ、トイレもいっしょに行くか?」
「……トイレは1人でいい」
「そっか、じゃあ、行ってこい」
トイレのドアが閉まる音を確認してから、兄に話しかける。
そばに立っていたはずの兄は、いつの間にか部屋の隅で座り込んでいた。
「秋良のこと、ちゃんと見えてなくてごめんな」
『……いや、春馬はよくやってくれてると思ってる。俺さ、秋良がいい子に頑張ってるのは、単にお前によく思われたいからだと思ってた。気を使ってるな、とは思ってたけど、あんなに溜め込んでるとは思わなかった』
兄はすっかりうなだれていた。
『正直さ、まだ小さいし、俺たちが死んだのもそんなに堪えてないんじゃないかって思ってた。そりゃ夜泣きはしてたけど、割とすぐ収まったし……。寂しい気持ちはあったけど、秋良が俺たちのせいで苦しむ姿は見たくなかったから、これでよかったとさえ思ってたんだ』
「兄ちゃん……」
『……俺たち、なんで死んじまったんだろうな……。ただ、いつも通り仕事に向かってただけだったのに』
「……」
『俺も美冬も、なんで秋良に見えないんだろうな……』
「……ん!?」
『あ、やべ』
「美冬義姉さん!?帰ってきてるのか?!」
『……この話は、またあとでな!ほら、秋良戻ってくるぞ!』
そういって、兄はふっと姿を消した。
こんな風に姿を消せることすら知らなかった。
水の流れる音がして、手を洗って戻ってきた秋良が訝しげに俺を見る。
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