死んだ兄と子育て始めます!幽霊兄の子育て指南

ほりとくち

文字の大きさ
19 / 34

19 兄と義姉と俺の絶望

しおりを挟む
 あれから数日、兄はまだ姿を現さない。

 翌日は、どうせ逃げているだけだろうと気にならなかった。
 兄は都合が悪い話からは逃げまくるタイプだったから。
 その翌日も、さほど焦りはなかった。
 よほど触れられたくない話なのかと呆れただけだった。

 しかし1日、また1日と時間がたつにつれ、兄の姿が見えないことへの不安が大きくなってきた。
 もしかしたら、俺の知らぬ間に成仏したのかもしれない。
 もう二度と会えないのかもしれない。

 そう考えると、冷や汗が止まらなかった。


「おじさん、お腹痛いの?」


 秋良が心配そうに訊ねる。
 どうやら、不安が顔に出すぎていたらしい。

 俺は「なんでもない」と言いかけたが、少し迷いつつも「ちょっと心配なことがあるんだ」と返した。


「何が心配なの?」

「う~ん……それはちょっと説明が難しいんだけど……」

「お仕事のこと?」

「いや、仕事じゃなくて、大切なものを失くしたかもしれなくて」

「え、大変!僕もいっしょに探そうか?」

「大丈夫。でも、秋良に頼りたくなったら、助けてくれるか?」

「うん!もちろん!」


 にっこり笑う秋良に、少し心が軽くなった。
 兄が視えない秋良に、兄を探すことはできない。
 それに存在を確認できないのに、幽霊として兄がここにいると話したところで、秋良を傷つけるだけかもしれない。

 言えないことを無理に言う必要はない。
 でも、嘘でごまかさないことは、俺たちが信頼関係を築いていくうえで大切なことだ。

 俺はもう、秋良に本心を隠してほしくない。
 しかしそれを秋良にだけ求めるのは、俺の勝手だ。
 かっこ悪くても、俺も秋良に心の内を打ち明けようと決めた。







 兄が姿を消して、もう10日が過ぎた。

 時折兄の視線を感じるような気はするが、肝心の姿が見えないので、本当にまだこの家にいてくれているのか確証が持てない。
 俺は覚悟を決めて、秋良が保育園に行っているすきに、兄に話しかけてみることにした。


「兄ちゃん……いるんだよな?」


 返事はない。
 どっと汗が吹き出し、俺は拳を握りしめる。

 よく兄がへばりついている天井の隅。
 テレビ台の裏。
 ソファの下。
 押し入れの中。

 いたるところを探すが、やはり兄の姿はない。


「兄ちゃん、どこにいるんだよ……。義姉さんのこと、聞かれたくないなら聞かないからさ……黙っていなくなるのはやめてくれよ……」


 話していて、だんだん視界が滲んでくる。
 声もみっともなく震えているのがわかった。


「頼むよ……」


 涙がポトン、と一粒床に落ちた瞬間、見覚えのある足が目の前に現れた。
 慌てて顔を上げると、眉を下げて困ったような顔をしている兄がいた。


「……さっさと出てこいよ、ばか」

『……悪い』


 ばつが悪そうに謝る兄は『潮時だと思ったんだがな』と呟いた。


「潮時?」

『あの日さ、春馬と秋良が本音で話してるの見てさ、思ったんだ。俺がいなくても、2人で頑張って生きていってくれるって』

「なんだよそれ」

『んで、心残りもなくなったし、成仏できるかなって思ったけど、やっぱ無理でさ。とりあえず姿消して、あとはお若い2人に任そうとしてたんだけど……泣かれるとはなぁ』

「うるせえな、なんだよお若い2人って。お見合いかよ。……てか、勝手に成仏しようとすんなよ」

『ひどっ!普通は成仏してほしいもんだろ!』

「……黙って成仏したら、絶対許さない。俺が死んだら、あの世でぶん殴りに行くからな」


 はははっと兄が笑う。
 怖い怖い、とひとしきり騒いだあと、ふと真剣な顔をする。


『美冬のことはさ、黙っとこうと思ってたんだ。お前にも秋良にも視えてなかったし、美冬もまだショックが大きいみたいで、冷静に話ってわけにもいかなくて』

「……そうなのか。いつ戻ってきたんだ?」

『もう1ヶ月くらい前だな。本当は天国で穏やかに過ごしてもらいたいんだけど、俺が成仏の仕方わかんねえからなぁ。霊友にきいても、みんな知らないっていうし』

「れ、霊友……?」

『兄ちゃんのコミュ力なめんなよ!でもみんな、そんなん知ってたらとっくに成仏してるってさ。そりゃそうだよなあ』

「……ちなみに、近くにもいるのか……?」

『……春馬。世の中にはさ、知らない方が幸せなこともたくさんあるんだぞ』


 絶対身近にいるじゃねえか。
 一気に背筋が寒くなったが、まぁ兄の友だちなら危害を加えることはないだろう。
 ……多分。

 それよりも、問題は美冬義姉さんだ。


「……どうしよう……」

『ん?なにが?』

「俺、最近暑くて、仕事中は大体パンイチじゃん?」

『ああ』

「俺、義姉さんの前でパンイチでうろちょろしてたってこと……?」

『ま、まあ……知らなかったものは仕方ないさ』


 否定しろよ!
 せめて義姉は見ていないとか、そんなフォローを期待した俺がばかだった。

 うなだれる俺に、兄が『もっと他にないのかよ?』なんて言っているが、パンツ以上に恥ずかしいことなんてあるはずがない。
 ……いや!


「……風呂上り、全裸だったことあったわ。パンツの比じゃねえ……」


 穴があったら入りたい。
 いや、義姉の記憶から俺の痴態を消し去ってしまいたい。

 顔を両手で覆いながら、俺はただシクシクと泣いた。
 兄は気まずそうな顔をしながら『さっきよりめっちゃ泣くじゃん。……どんまい』としか言ってくれなかった。

 それはつまり、俺は義姉の前でも全裸を公開していたということに他ならなかった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

異世界ママ、今日も元気に無双中!

チャチャ
ファンタジー
> 地球で5人の子どもを育てていた明るく元気な主婦・春子。 ある日、建設現場の事故で命を落としたと思ったら――なんと剣と魔法の異世界に転生!? 目が覚めたら村の片隅、魔法も戦闘知識もゼロ……でも家事スキルは超一流! 「洗濯魔法? お掃除召喚? いえいえ、ただの生活の知恵です!」 おせっかい上等! お節介で世界を変える異世界ママ、今日も笑顔で大奮闘! 魔法も剣もぶっ飛ばせ♪ ほんわかテンポの“無双系ほんわかファンタジー”開幕!

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

処理中です...