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最終章

531:魔王の力

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 なんで魔王の言葉が止まったのかって言ったら、うん。まあ俺だ。言ってしまえばさっきと同じこと。
 ただし今度は炎じゃなくて後頭部に槍を放ったけど。

 魔王はそんな頭に刺さった槍をズボッとかヌチョッという音が混じったような嫌な音を立てながら引き抜くが……それで死なないのかよ。随分と化け物してんな。まあ、何千年と生きてる時点で今更だけど。

「……二度も邪魔をするなんて、行儀が悪いんじゃないかい? 勇者として、もう少し正々堂々と戦いなよ」
「他人の行儀を指摘する前に、まずは自分を見直してから言えよ。人の恋愛に無関係の奴が首を突っ込むのは行儀が悪いぞ。不幸自慢がしたいなら鏡に向かってやってろ、老害」

 そうだ。そもそもの話、裏切るとか裏切らないとか、そんなのは恋人同士、夫婦同士の話であって、他人が口を出すことではない。
 仮にお前が親友であって、俺たちのことをよく知っているとかだったら、口出ししても俺たちのことを考えてくれているんだななんて思えるけど、お前は友じゃない。
 そんな奴が何を言ったところで、心に響かない。

 というか、そんなキモい笑みを浮かべた野郎の言葉なんて誰が耳を傾けるかってんだよ。

「……いいよ、わかったよ。それじゃあ改めて名乗ろうか。僕は魔王。名前はないよ。ただの魔王だ。来なよ、勇者。君が勇者で僕が魔王である以上、結局は戦うことになったんだしさ」
「なら、覚悟しろ魔王。とでも言うべきか? いかにも王道なセリフだろ?」

 ついでに言うのならさっさと倒されろ。

 みんなのために俺は戦う!
 ……なんてことを言うつもりは毛頭ないけど、勇者が勝って魔王が負ける。そこまで含めて王道ってもんだろうが。

「王道は好きだけど、王道がひっくり返るのも好きなんだ。だから君は殺させてもらうよ」

 そう言った魔王の背後に収納の渦を展開し、魔王の後頭部目掛けて再び武具を射出する。
 ただし、今度は一本だけではなく何本もまとめてだったが。

「チッ……」
「さっきも後ろから来たけど、君はもう少し真っ当に戦った方がいいんじゃないかな? その方が勇者らしい」

 しかしこれは防がれる。同じては二度通用しないと思ったが、まさかノーアクションで武器が空中で止まるなんてことになるとは思わなかったよ。

「お返しだ。最初のも合わせて受け取ってよ」

 そして俺が射出したはずの武器たちは、ぴくりと動き出すと炎を纏って俺へと猛スピードで飛んできた。
 最初のって言うのはこのやりにまとわりついた炎か。だがこの程度なら問題ない。

 俺へと向かって飛んでくる武器を収納の渦で受け止め、それと同時に俺からも新たに武器を射出する。

 が、それも全ては受け止められて返される。

「撃ち合いかい? 自分で使ってるわけじゃない君には少し分が悪いと思うけど?」

 その通りだ。俺は一応魔術を放てるが、それは放てるだけで、収納から取り出しているだけなのだから自分で使っているわけじゃない。
 正確に狙おうとしたり必要な威力を調整したりなんてのはできない。

 しかもだ。このまま戦ってたところでいつかは俺の残弾がなくなる。そう易々となくなる程度の残りじゃないけど、無限というわけでもない。

 ……やっぱり、近づくしかないよな。

 このまま戦ったところでいずれは俺の負けだ。だから俺は覚悟を決めて魔王へと近づく。

 とはいえ、ただまっすぐと近づいていくわけじゃない。魔王へと走り出す前に魔王の前後左右と頭上からいくつもの魔術や武器を射出して目眩しにする。
 目眩しと言っても、常人であればたやすく死ぬような攻撃だ。これで死んでくれるのなら嬉しいが、そうたやすくはなかった。

「今度は剣か。なら……お望み通り相手をしてあげるよ」

 魔王の姿を隠す炎を突き破りながらも仕掛けた一撃は、だがそんな余裕の言葉をもって防がれた。

 だが、そんなのは想定内だ。

 防がれた剣を即座に収納し、また同じ剣を取り出すと今度は袈裟斬りに振り下ろす。
 それも防がれるが、なら防がれないくらいに続ければいい。こちらは剣を防がれようが弾かれようが隙は最小限に抑えられる。
 剣で切りつけ、槍で突き、斧で薙いで鉄の棍を叩きつける。

 そんな風に隙をなくして攻撃するごとに収納を使って武器を変えて戦っていると、それまで防いでいるだけだった魔王の防御を抜けて、その肩に剣が食い込んだ。

 が、なんだこの違和感は? 

「っと。……流石にやるね。でも、そっちばかりがスキルを使ってずるいよね」

 自分の肩に剣が食い込んでいるにもかかわらず、魔王はそれによってダメージを負った様子はなく楽し気に笑っている。

「だから、こっちも使わせてもらうよ」

 その瞬間スキルを使ったのだろう。魔王から感じる威圧感がバカみたいに膨れ上がった。

「『覚醒』。これが僕のスキルだ。自身の潜在能力を限界まで引き出す自己強化型のスキル。勇者っぽいだろ? ま、実際に体験してもらったほうが早いよね」

 そういうや否や、俺の体は吹き飛んだ。

「ごあっ!」

 魔王が消えただとか攻撃されただとかそんなことをを気にする段階ではない。気がついたら痛みとともに体が吹き飛んでいたのだ。
 突然の衝撃で吹き飛んだもののそこまで甚大な被害というわけでもなく痛みもない。
 だがあの威圧感から感じる力はどう考えても無傷で終わるようなものではない。おそらくは魔王が手を抜いていたのだろう。

 すぐに体勢を立て直して向かい合うが……まずいな。今ので手を抜いてたんだとすると、イリンよりも速い。今の状態でも目で追えてないってのに、これで本気でも出されたらどうしようもないぞ。

「これを元にして模倣した魔術は肉体を強化する『限界突破』と魔術を強化する『過剰供給』。君もどっちかは知ってるんじゃないかな?」

 限界突破の方は知らないが、過剰供給は知ってるな。
 そうか。魔術は元はスキルを参考にして作ったらしいが、あれはこいつのスキルを元にして作られた魔術だったってわけか。

「……知り合いが使ってるよ」
「おや、それはそれは。でも、これをそれと一緒だと考えないほうがいいよ。所詮は魔術はこのスキルの劣化版でしかないんだから」

 そう言うと魔王の姿が消える。

「だから、こんなふうに力の強化も」

 そして一瞬後には背後から声が聞こえ、とっさに振り返ろうとしてもその瞬間に蹴られたのか殴られたのかは知らないが、とにかくなんらかの衝撃を感じてまた吹き飛ばされた。

 だがしかし、また吹き飛ばされたと言っても、その衝撃は先ほどの比ではない。
 今度はしっかりと痛みがあり、声を出すことすらできないほどの衝撃だった。

「魔術の強化も」

 吹き飛ばされ、すぐには体勢を立て直すことができないでいた俺に、魔王は追撃の魔術を放ってきたが、それは環の使う炎よりも大きく、密度のあるものだった。

「全部思いのままだ」

 そんな魔術が魔王の言葉と共に俺に着弾し爆炎を撒き散らす。

「それがどうした。全然効いてないぞ」

 だが、そんな部屋全体を埋め尽くす程度では到底収まらないであろうそんな魔術も、魔術である以上は俺には意味がない。
 おそらくは自分の魔術を自慢したかったんだろうが、その隙に体勢を立て直すことができた。

「……吹き飛ばされたくせに、良く言うよ」

 体勢を立て直して剣を構えているが、正直それにどれほどの意味があるのかわからない。
 あれだけの速度で動かれると、俺程度では構えていたところで反応できないのだから、いっそのこと構えない方がいいんじゃないかとすら思える。

「研鑚にかけてきた時間が違うよ」

 そりゃあそうだろうな。
 俺はこっちの世界に来てから戦うってことをし始めたんだが、たかだか二年しかこっちの世界で生きていない。
 それに対して魔王は数千年。
 そんなの、武術の達人に向かって赤ん坊が枝を持って振り回しているのと変わらない。

 油断してれば傷つけることはできるだろうけど、本気で警戒されればそんなまぐれもなくなる。

 そんな絶望的と言ってもいいほどの差だ。

 だが、それでも俺は諦めるわけにはいかない。必ずこいつに勝たないといけないんだ。
 だって俺は二人と約束したんだから。

 だがそれでも俺の腕は俺の意思に反して徐々に下がっていく。

「一人でどうにかなるとでも思ったかい? 君は一人じゃ何にもできないよ」

 それでも頭だけはどうするべきか必死になって考えていると、魔王はニコニコと笑いながらも俺のことを見下すような声音で話しかけてくる。

「そして助けはこない。君の恋人達は下で遊んでるだろうからね」

 そうだ。だから俺は勝たなくちゃならないんだ。時間をかけている余裕なんて、ない。

「ああそうだ。ちょうどいいから、君の恋人達の様子でも見ようか」

 だが俺が収納の渦を体にまとわりつかせる形で展開しようとすると、魔王はそう言って二つの空間の歪みを生み出した。
 それは直径二メートルほどのもので、ここではないどこかを写すというファンタジーにはよくあるような術。

『……ちょっと心が折れそうね』

 遠距離との話をするために大掛かりな道具が必要なこの世界では使えれば便利そうなものだが、その先にイリンと環の二人が写っているとなると抱く感想は全くの別物になる。

「どうだい? ラスボス戦で置き去りにしてきた苦しんでる仲間の姿を見せられるなんて、演出としてはちょうどいいだろ?」
「イリン! 環!」

 楽しげに話している魔王の言葉を無視して二人の名を呼ぶが、二人は反応しない。

『……彰人!?』
『彰人様!?』

 もしかしてこっちからの声ば届いていないのかと思ったが、一瞬後には二人はびくりと体を震わせて周囲を確認し始めた。おそらくは突然声の聞こえた俺の姿でも探しているのだろう。

 だが、そんな二人は生きているがボロボロに傷つき、その前にはそれぞれの敵が迫っていた。

「待ってろ、すぐに……すぐに、こいつを倒してやる。そうすれば終わりだ。だから、もう少しだけ持ち堪えてくれ」

 咄嗟にそんなことを言ったが、魔王はそんなにすぐに倒せるような相手じゃないことは俺自身がよくわかっていた。
 だがそれでも、そう言わずにはいられなかった。

 だって、このままでは二人は……

『あ、あの……もしかして私たちの姿が見えているのでしょうか?』

 だがそんな最悪を考えていると、空間の歪みの先に見えるイリンが不安そうに周囲を確認しながら問い掛けてきた。

「……ああ。魔王がな。苦しんでる女の姿を見せてやるって。待ってろ、すぐに終わらせてやるから」
「すぐに? ふ~ん? そんなことが君にできるかな? そもそも、すぐにどころか、倒すことすらできるかどうか怪しいんじゃないの?

 うるさい。そんなことはわかっている。……わかってるんだよ、くそがっ……。

『『……いいわけ、ない』』

 唇を噛み締めて拳を握りながら魔王を睨んでいると、突然イリンと環。それぞれから同時に声が聞こえた。

『こちらはご心配なく。少々油断してお恥ずかしい姿を見せましたが、問題ありません」
『そうね。ええ、全くその通りよ。この程度、あなたに助けてもらうまでもなく自分でどうにかできるわ』

 そういうや否や膝をついていた二人は立ち上がるが、その足は震えていた。

『ですから、あなたは私たちのことなど気にせずに、どうかご自身の敵に注力を」
『こっちを心配したせいで、自分で魔王なんて名乗るような恥ずかしい奴に負ける、なんてことはやめて頂戴ね』

 二人は震える足で立ち上がり、しかしそれでもその瞳だけは燻ることのない輝きを放ち敵を見据えている。
 そして──

『ぶっ飛ばします!』
『ぶっ飛ばしてあげる!』

 二人は示し合わせたわけではないだろうに同時にそう宣言すると、敵へと向かって攻撃をし始めた。

 その戦いは一度でも攻撃をくらえばもうそれで終わってしまいそうなもの。だがそれでも二人はそんな危険など知ったことかとばかりに敵だけを見据えて戦っている。

「──はっ」

 ああそうだよ。何が心配だ。心配されるって言うんなら、むしろ今まで心配かけ続けてきた俺の方じゃないか。
 あの二人は大丈夫だって言ったんだ。
 イリンも環も、あの程度で諦めるような奴らじゃない。あの程度で負けるような女じゃない。

 二人は大丈夫だ。心配だ。心配だが、そう信じると決めたんだろ。だったら俺がここで諦めてどうする。立ち向かわないでどうする。二人は立ったぞ。なら、俺はこのままでいいのか?

「いいわけ、ないよなぁ……」

 そうだよな。こんな状況で助けるから、なんてかっこつけても意味ないよな。
 どうせかっこつけるんだったら、まずこいつを倒してからにしろって話だ。

「……つまらないなぁ。君も、君の恋人も。状況が悪いのは理解してるんだろ? それとも、信じる思いが強くしてくれる、って? もしそう思ってるなら馬鹿じゃないかな?」
「そんなのは、勝ってから言えよ」

 俺は完全に下されていた腕に力を込めてもう一度構えをとると、収納魔術を発動させて収納の渦を纏った。

「まだ、終わってねえぞ」
「……いいさ。どのみち、君じゃ僕には勝てないんだ。年季の差ってやつをわからせてやるよ」

 そうして俺と魔王はお互いに武器を構えて再び対峙する。

「いいねいいね。それでこそ勇者ってもんだよね?」

 が、そこに俺でも魔王でもない、第三者の声が響いた。
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