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聖女様と教国

477:契約書の入手

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 ベッドで寝かされた状態のミーティアは今、ミアの専属薬師であるヤーナに看病されているが、意識はまだ戻っていない。

 ミーティアが何故ここにいるのかと言ったら、俺が連れてきたからだ。
 教皇は自分が預かると言っていたのだが、その言葉は信用なんてできなかった。奴は自身の策のためにミーティアを殺そうとしたのだから、もう一度殺しにかかるかもしれない。
 だから俺は、教皇もいろいろ大変だろうから彼女の面倒はこちらで見ると言い、それに加えて俺が治しはしたがそれが完璧かどうかわからないので最後まで面倒を見たいと言えば、教皇はそれ以上は何も言ってこなかった。

「や、死んで欲しいって訳じゃないんだけどね? あーちゃん、あの場で見過ごすと思ってたから助けたのがちょっと意外でね」

 ミアは、俺が一度彼女を見捨てようとしたのを気づいていたのか。
 俺は自嘲げにうっすらと笑うと、未だ眠ったままのミーティアへと視線を向けた。

「まあ、見捨てようと思ったさ」

 ミアが気付いていたように、俺は最初は彼女のことを見捨てようとしていた。だが……

 俺は目を閉じてあの時のことを──それほど時間が経っていないとはいえ、すでに終わった光景を思い出す。

「でも、助けを求めてたんだ。死にたくないって、助けてくれって手を伸ばしてたんだ。……そんなもの、見捨てられる訳がないだろ」

 あのまま見捨てることもできた。だが、そんなことをしてしまえば俺は自分を許せず、俺は今の俺でいられない気がしたんだ。

「……やっぱりあーちゃんは勇者だよ。君がいくら違うと言ったところで、君は『勇者』だ」

 俺の言葉に何かを感じたのか、ミアはそんなふうに言い、それを聴いた俺は目を開けてミアの顔を見るがその表情は優しげに笑っていた。

 だが、それは違う。俺は彼女が思っているような『勇者』なんかじゃない。

「いや、俺はただ、イリンに言われたからだ。かっこいい俺でいて欲しいって。環も言ってくれたんだ、俺はかっこいいって。……俺にはこの子を助けるための手段があった。それなのにあそこで助けないのはかっこ悪いから。だから……」
「違うよ。助けたいと想い、行動できることこそが素晴らしいことなんだ。それはいくら他人に言われたからとか関係ない。どれほど他人に言われようと、そう思って行動に移すことのできる人っていうのは、ごく少ない。助ける手段があったとしても、それを実行することの出来る者は本当に一握りの者だけだ」

 そう言ったミアの様子は、最初にあった時のようなお調子者のようでも、普段の怠け者のようでも、外に出た時の聖女のようでもなく、今まで見てきたどの姿とも違った。
 優しげで、輝いているように見えて、でもどこか儚げで……まるでミアの見た目をした別人がいるようにすら感じてしまうそんな彼女の姿は、聖女というよりも聖母や女神と言ったほうが合っていそうなほど美しかった。

「安堂彰人。あなたは誇ってもいいのです。あなたのやったことは、誰もができることではない。あなたは素晴らしい『勇者』ですよ」
「……何でこんな時に聖女らしいことを言うかなぁ」
「私は聖女ですから」

 ミアは最後に少しの茶目っ気を出しながらそう微笑んだ。

「そうだったな。……ありがとう」

 そんな俺の言葉に、ミアはただ静かに、それまでと変わらず優しげに笑っているだけだった。




「さて、じゃあ話を戻そっか」

 さっきまで見ていたものは幻想じゃないかと思うほどにハッキリと切り替えられていたミアの態度に、少しだけ混乱した者の、いつもの事かと思い直して話を続けるべく頭を切り替える。

 何かあったか、と食事会の光景を思い出していると、イリンが手を挙げて発言した。

「あの、教皇が王国の兵を拘束する前、参加者たちの様子を伺っているようでしたが、あれは何故でしょうか? 逐一特定の人物たちの反応を確認しながら話していたように思えましたが……」
「そうなの? 流石にそこまでは見てなかったわ」

 環はイリンの言葉に不思議そうにしているが、そう言えば確かに違和感を感じたんだったな。特定の人物たち稼働かまでは分からないが、確かに何か、誰かの様子を確認していたような気がする。

「んー? 多分あれじゃないかな。信者を警戒してたんだと思うよ?」

 警戒とはまたおかしな言葉だな。あそこにいた者達っていうのは、全員教皇の配下なんじゃないのか?

 俺がそう思っていると、ミアはそんな声に出さなかった疑問を感じ取ったのか、肩を竦めて話し始めた。

「教皇の配下って言っても、全員が全員出世欲に取り憑かれてるってわけじゃないんだよ。中には本当に教会の教えを信じて行動してる『本物の信者』っていうのがいるんだ」
「ならなおの事教皇側にはつかないんじゃないか? あいつがまともに信仰心あって行動してるかなんて、見てればわかるもんだろ?」
「まあね。でも聖女なんて言っても、のほほんと視察や慰問に行ってちょっと仕事をする以外は他の修道女と同じように生活している小娘と、厳しい環境で成り上がってきた教皇。どちらが頼りになるかって言ったら……ま、教皇だよね」

 七光で役職をもらったロクに仕事をしない奴と、ちょっと過激だけどトップ争いをするところまで這い上がった叩き上げの奴。
 どっちを上司として仰ぐかを決めろと言われたら、考え方の違いはあったとしても俺も後者を選ぶだろうな。

「聖女の力は知ってるし聖女って役割は必要だけど、それは勇者とともに魔族と戦えば良いだけで政治的に役に立つかと言ったら、立たないと考えたんだろうなって思うよ。流石にみんながみんな聖女と勇者がいれば魔王に勝てるとは思わないし、人をまとめる者は必要だと考えたんじゃないかな?」

 そうだろうな。事実、過去の勇者たちは魔王なんてもんを弱らせたり封印したりはできてるみたいだけど倒せていないわけだし、そのためには人類が一丸となる必要がある。だが、そのまとめ役として指揮を取る者に聖女ではなく教皇を選んだというわけか。

「で、そんな人たちが自分から離反しないように言動に気をつけてたんだと思うよ? 聖女って『役職』の私はまあいいとしても、本物の勇者を粗雑に扱えば、流石に信者たちも教義から外れすぎて我慢できないだろうから」

 あの場で俺の手を振り払えばそれは勇者の手を払ったこととなり、それは勇者や聖女を崇めてみんなの幸せのために行動するということを方針としている教会の教義から外れることになる。
 そうなれば本物の信者は教皇から離れていってしまう、か。で、教皇はそれを嫌っていると。

 でもそのことはわりとすんなりと理解できる。
 そんな本物の信者たちがどこまで教皇派に食い込んでるかわからないが、あの場に参加するほどだから全体でそれなりの数がいるのだろう。
 もし半分近くが信者たちで埋まっていたら……いや、半分と言わずそのさらに半分である四分の一程度でもその信者たちがいたら、その者たちはそのままそっくり勇者と聖女側につき、敵対することになる。それはきついだろうな。

「まあだから、しばらくの間はこっちが多少強引に動いたとしても、教皇は何もできないよ。だからこの隙に、あーちゃんは教皇と王国の契約書か何かを探してもらえない?」
「必要か? 脅されてたって言ってたし、あってもあんまり意味がないような気もするんだが……」
「脅されたって言ったからこそ、だよ。脅されたはずなのに、対等な契約があったらどう思う? しかも、民のために~、なんて言ってたのにそこに自分たちの利益になって民の害になるようなことが書かれてたら、どう思う? それに、あったらあったで邪魔にはならないでしょ?」
「……一応聞くが、大したことが書かれてないかもしれないぞ?」
「うん。最初にも言ったけど、その場合はそれはそれで構わないんだ。あーちゃんがおっきな穴を開けてくれたし、このままいけばちょっと時間はかかるかもしれないけどやろうと思えば教皇を潰せるはず。もし書かれてなかったとしたら、あーちゃんたちには無茶をさせて無駄骨で悪いけどね」

 苦労してどこにあるかわからない教皇にとっての弱点を入手したとして、それが本当に弱点たり得るのかは今の時点ではまだわからない。

 とは言え、それは最初からわかっていたことだ。できれば弱点であって欲しいと思っているが、それが弱点たりえなくともなんとかなるようにミアは動いてきた。
 そして今はいろいろとぶっ壊したためにもっとやりやすくなっているらしい。

 だからまあ、そんなに気負う必要もないのだ。失敗だったらそれはそれで良しとすればいい。

「ま、しっかりと勤めは果たすさ」

 俺がそう言うと話はそこで終わり、反省会は終了となった。
 その後、ミアは文句を言いながらも書類仕事へと移り、残った俺たちはそれぞれ思い思いに過ごすこととなった。



「というわけで、取ってきたのがこれだ」
「え? ほんとに?」

 教皇との食事会を終えてから四日後。俺はミアから頼まれていた教皇と王国の契約書を回収してきていた。

「ほんとだ……すごいよ、あーちゃん!」

 持ってきた契約書をミアに渡すと、ミアは目を見開いて驚いた後、しばし茫然としてから大声を上げて喜んだ。
 その際に契約書の中身を読んだミアは飛び込むようにして抱きついてきて、その大きな胸が押し当てられたが、今まで感じたことのない感覚に驚きながらも反射的に喜んでしまった。

 抱きついたままキャーキャー、すごいすごいと叫んでいる前面のミアとは対照的に、背中からは刺すような視線が感じられた。

 これはまずいと判断してすぐさまミアを引き剥がし、俺はもはや定位置となった来客用のソファに座ってイリンにお茶を頼んだ。……出てきた茶はなんだかちょっとしょっぱかった気がするが、まあ気のせいだろう。イリンが砂糖と塩を間違えるなんてことをするとは思えないし。はは。

「……でもさ、どうやったの? 場所は把握できたのは前にも聴いたけど、多分防御用に隠蔽だとか結界の魔術具が用意されてたと思うんだけど……。それに場所ももうちょっと時間がかかるみたいなこと言ってなかったっけ?」
「あー、そうだな……うん。回収方法は話すよりも実際に見てもらったほうが早いだろうな」

 執務机の上に座りながらも、もう一度契約書の中身を読んでいるミア。
 彼女には俺の収納について話したことがあるが、実際に目で見て見ないとわかりづらいだろうと思い実演することにした。

「ここに一つの箱があります。この箱の中に……この紙を入れて──収納」

 そして俺はテーブルの上に小さめの箱を取り出すと、そう言って実演を進めていく。
 口調がおかしくなったのは、なんとなくマジシャンぽいなと思ってしまい、気分がそっちに寄ってしまったからだろう。
 後はまあ気を紛らわせるというか、色々と誤魔化すため?

「そしてもう一度箱を取り出すと……あら不思議。中身はどこへ消えたのでしょう?」
「え……もしかして、収納スキルの中?」

 今の流れを見ただけでミアは何が起こったのか理解できたようで、その言葉は疑問形ではあるもののほぼ確信している様子だった。

「正解。今みたいに箱にまとめて収納したとしても、箱だけ取り出したり、逆に中身だけ取り出したりすることができるんだ。だからいくら厳重に鍵をかけたとしても、意味はない」
「……わー、すごいなー。……すごい、反則技だぁ」

 棒読みで全く感情のこもっていない言葉。その目は胡乱げというか、呆れたようなものになっていた。
 一応拍手もしているが、パチパチというハッキリしたものではなく、ペシ、ペシと言うようなとても適当なものだ。

「でも役に立っただろ?」
「ま、ね。ちなみにこれのあった場所はどうやって調べたの? 時間がかかるはずだったんでしょ?」
「ああそれは簡単だ。教皇の部屋に招いてもらった」
「え!? 招いてっ!?」

 俺の答えがあまりにも予想外だったのか、ミアは目を丸くして驚いている。
 敵陣に単騎で突っ込むようなもんだし、当然か。

「俺、三日前に出かけただろ?」

実のところ、この数日の間に俺は教皇の部屋に行っていた。

「……そう言えば、何処かに行ってたね。その時に?」
「そう。勇者として聖女の話だけではなく教皇からも話を聴きたいって言ったら快く招いてくれたよ。まあ、周りに信者たちがいたから勇者の誘いを断れなかったと思うけど」

 勇者と仲良くしているアピールをして離反者を防ぎたい教皇としては、俺の誘いを断るわけにはいかないだろうと思ってタイミングを見計らっていたのだが、思った通りにいってよかった。
 ちなみに、その際一緒にいた神官たちも一緒にどうかと誘ったら、みんな本当の意味で快く頷いてくれた。
 尚、誘ったのは俺だが、その部屋やお茶と菓子の提供者は教皇である。

「で、その時に教皇の私室の場所とかよくいく場所とか神官達からさりげなく聞き出して、その辺を重点的に調べたら、有った」

 調べるのに丸二日という時間はかかったが、それでも今まで通り調べているよりは余程早く終わった。
 そして調べ終わった次の日の夜中にイリンを連れて周囲を警戒しながら目的地へと行けば、後はサッと扉を収納して、怪しい仕掛けを収納して、隠し部屋の中にあった箱を収納して、中身を抜いた状態で箱を戻して、仕掛けや扉を戻しておしまいだ。
 仕掛けられていた魔術や魔術具を壊さないようにしながら収納していったので少し手間取ったが、それでも部屋に入ってから三分と経っていないで元どおりだ。
 朝にはイリンもミアの護衛に戻っていたし、ミアは何も気付いていなかっただろう。

「やっぱり呆れるしかないよね……でも、ま。これで後はこれを使う状況を整えればそれでおしまいかな」

 そう言って悪意の籠もっているような笑みを浮かべて笑っているミア。
 普段はそんな笑いを見せない彼女だが、友や仲間が殺されたと有ってはそんな顔をするのも無理はないだろう。
 だが俺はそれを止めるつもりはない。
 人を殺したことのある俺にそれを止める資格はないというのもあるが、復讐をすることで進めるようになるのであれば、それはミアにとって必要なことだから。

「なあ、ミア」

 だが、できることなら知り合いにそんな顔をしてくはない。だから俺は彼女へと呼びかけ話を逸らすことにした。

「ん? どうかした?」

 するとミアはすぐに嫌な笑みを消して俺の方へと向き直った。

「それ、ちょっといいか?」
「これ? ん、はい」

 俺がミアの持っている契約書を示しながら言うと、ミアは一瞬だけ体を固くして動きを止めてから俺へと契約書を差し出した。

 今の一瞬。ほんの一瞬ではあったが、確かに有ったミアの異変を見ていた俺は、だが何も言うことなく見なかったフリをする。
 そして受け取った契約書を広げて指を差した。

「えーっと……ああここ。ここにさ、お互いに裏切ってはいけない、って入ってるんだけど、あいつ思いっきり裏切ってなかったか?」
「ああそれね。まだ裏切ってないんじゃないかな?」
「どういうことだ?」
「あれは裏切った演技で、まだ私たちをどうにかしようとしているんだったら、その条件を破った事にはならないよ。もっとも、相手に裏切ったと判断されちゃえばそれまでだけど」
「……近いうちに行動を起こすと思うか?」
「多分ね。勇者が聖女の元に来た、何て話が国全体に広まったらどうしようもないからね。まだこの街だけで抑えられている今のうちに殺しに来ると思うよ?」

 俺の力も環の力も、ついでに言うならイリンの力も片鱗程度だが見せている。
 そんな俺たちを確実に殺しに来るとなったら、それ相応の戦力を用意しなければならないのだが、いまだに殺しに来ないと言うことは、その戦力が整っていないのだろう。

「ま、その前にこっちが動くけどね」

 ミアは自身の手の中にある契約書を振りながら、再び悪意を籠めて楽しげに笑った。

 だが、今度はすぐにその悪意の籠もった表情を消して真剣なものへと変えると、俺、イリン、環と順番に見回した。

「あーちゃん。今までありがとう。君のおかげでこんなにもスムーズにここまで来ることができたよ」
「それはここを奪い返してからにしろ。そうやって終わる前から終わった雰囲気出してると、ここぞというところで躓くぞ」
「……あはは、そうだね。なら、これ以上は本当に奪い返してからにしようか」
「そうしておけ」

 後はいよいよ教皇を追い落とすだけだ。
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