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聖女様と教国

476:どうも、勇者です。

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「ありえん! あれは確かに竜舌草の毒だった。無事なわけ……そうだ! 魔力だ! 魔力がなければ竜舌草の毒は効果を表さない! お前は魔力を全く持たないんだろ? そうだろ!? そうじゃないと──」

 医師の男が用意し、ミアが持っていたと見せた毒は本物だったのだろう。
 だがそんな毒を俺が飲み干したことが信じられないのか、医師の男は首を振り喚いているが、その言葉も途中で止まる。

「──これでどうだ?」

 俺は自身の中に有り余っている魔力を放出し、その場にいたものを威圧する。
 体外に出した魔力は普通ならすぐに空気に溶けて消えるものだが、あまりにも放出する量が多いと一時的に空気には溶けきらずにその場に残る。そしてそれは物理的な圧力となり息苦しさすら感じることとなる。
 ドラゴンなどの高位の者と対峙したときに感じる威圧感の正体もそれだ。自然と体外に出ている魔力が威圧感となってしまうのだ。

 つまり今の俺は、最低でもドラゴンと同程度の魔力があると証明した事になる。

「あ、ああ……。ありえん。ありえん……だってあれは……あれは、私が用意したんだぞ? それなのに……」

 物理的な圧力を感じるほどのそれをその身に受けた医師の男は、その場にへたり込み呆然と呟いているが、その言葉の中には男が竜舌草という毒を用意したことを白状するような言葉も含まれていた。

「毒の本来の所有者が自白したが、あんた達の予想とは違ってミアじゃなかったぞ? あんた達の話には不自然なところがたくさんあった。なのにその不自然さを無視して話を勧めたのはなぜだ? それはミアを犯人に仕立て上げて、邪魔者を排除しようとしているからじゃないのか? 例えば、そこで自分も殺されかけたと主張しながらも苦手なものだったために食べなかった教皇様とかな」
「……私を疑うか」
「ええ、自身の主人である聖女様を守るためならいくらでも疑いますよ。それに……」

教皇の食べていた料理を口に入れ、収納する。
実際には毒があったところで意味はないが、傍目には俺が毒があるかもしれない料理をすべて食べたとして映るだろう。

「ほら。これにも毒なんて入ってない。自身も狙われていた、なんていう言い訳は、もう意味をなさない」

正確には教皇は自分が狙われていたと言ったわけではないが、まあその辺はどうでもいいだろう。どうせ誰も気にしない。

「むしろ、犯人に仕立て上げられそうになったミアは本当に無関係で、そんな状況でも安全地帯にいた教皇様こそが疑われるべきではないですか?」
「貴様、不敬であるぞ!」

教皇の周りにいたもの達は俺の言葉に対して憤りを見せながら声を荒げた。
そして俺の言葉が途切れたからか教皇が一歩前に出て離し始めた。

「聖女の護衛となって調子に乗っているようだが、貴様など──」

 だが、俺は先ほどのように膨大な魔力を放出して無理やり教皇の言葉を遮り、その場に集まっているものたちへと語りかける。

「改めまして。今代の勇者であるアンドーと申します。此度は聖女様を助けるためにこの国へと参りました。以後お見知り置きを」

 俺はそれまでの乱暴な言葉を改めて、城にいた時に貴族連中を相手していたような丁寧な態度と言葉で挨拶をする。だってその方がなんか勇者っぽい気がするから。
 この場にいる偉い奴らだって、上から目線で言われるよりも、丁寧な態度で話された方が受け入れやすいだろうし、俺が勇者だと信じやすいだろう。……今更感がすごいするけど、その辺は気にしない。

「……勇者、だと?」
「ええ。一年と少し前に、王国で召喚された勇者の一人です。まあ、王国は勇者を悪用しようとしていたので、俺は魔王を討つという勇者としての目的を果たすためにあの国を離れましたが」

 ここぞとばかりに王国の評判を下げておこう。どうせここで勇者であるということを宣言したのなら、王国へと話が伝わるだろう。だろうというか、確実に伝わる。

 今の王国は方々に手を伸ばしているが、次はどこに対して何をするかわからない。だったらその狙いを俺に向ければ対策もできると、そう考えたのだ。
 イリンと環に相談せずに勝手な行動をしたのはちょっと心苦しいが、二人ならきっと狙われることになってもついて来てくれると信じている。

 ミアという王国に残っている勇者二人にかけられた洗脳解除方法もわかったことだし、時期としてはちょうどいいだろう。俺を狙って勇者を差し向けてくれるならもうけものだ。

「で、では、この国に来られた理由は……」

 それまで全く発言しないでいた神官の一人が戸惑い、吃りながらも問いかけてくる。

「当然、魔王との戦いのための戦力として、聖女に協力を仰ぎに来たのですよ。教国は遥か昔に魔王と戦った者の子孫が作ったとされている国ですから、快く協力してくれると思っていたのですが……まさか聖女を蹴落とそうとする愚か者がいるとは思いもしませんでした」

 そうは言ったが、俺は魔王なんかと戦う気はなかった。と言うか今もない。
 だがこう言っておけばこいつらは協力せざるを得ない筈だ。何せ、こいつらの教義には魔王討伐があるのだから。

 魔王に関しては……まあ適当に魔族を狩ったりしていればいいだろう。
 あとはそうだな……今は人類をまとめる方が先だから魔王討伐は世界情勢が落ち着いてからにする。とか言っておけば何とかなる……と思う。
 まあそれはその時になってから考えればいいだろう。

 だが俺はそう言いながら教皇だけではなく、その場にいた者たちを見回して落胆の息を吐き出す。

 すると、その場にいた者のうち何人かは歯がみしながら悔しげに顔をしかめているのが見えた。
 だがそれは俺の発言が気に入らないからではなく、どちらかと言うと自身への落胆や苛立ちのようなものに感じられるのだが……もしかして、彼らの中には教皇のように権力に取り憑かれたのではなく真剣に教義を信じている者もいるのだろうか?

「……過去、勇者は様々な種族と協力して魔王へと挑んできました。だと言うのに、現在のあなた方はそのことを忘れて亜人を差別するなどという愚行を犯しています。確かに人が集まる以上は対立することはあるでしょう。そのこと自体を否定はしません。ですが、魔王と魔族という脅威がある今、亜人の排斥を行うようなことはするべきではないと考えます」

 これが俺が勇者として名乗り出た理由の一つと言ってもいい。
 勇者として名乗り出ずとも、このままミアの協力をして教皇から実権を奪えればこの国では亜人差別はそのうちなくなるだろう。

 だがそれは『そのうち』だ。すぐにではない。

 しかし、ミアのように聖女という代々引き継がれる『役職』がいうのでは効果は薄くとも、俺のような『現役の』勇者が亜人差別について非難するのであればその効果は大きいはずだ。

 まあこれも、そううまくいくとは思っていないし、成功すればいいな、程度の気持ちだ。

 そんなうまく行くかわからない先のことよりも、今は目の前の教皇をどうにかしよう。

「あなた方は、人類が滅んでもいいと魔族に協力する裏切り者ですか?」
「そのようなことは……我々は常に人のことを考えて行動してきました」

 俺が勇者ということで、明らかに態度が変わった教皇。今までの偉そうな堂々とした態度から一転して、物腰柔らかで低姿勢に接してきた。
 格上には従順になるこの姿勢……なんか教皇まで上り詰めた男にしては三下の雰囲気が漂うなぁ。もっとこう、他人を蹴落とそう! ってギラギラした感じかと思ってたんだが……まあ状況に応じて態度を変えることができないと上にはいけないか。現にさっきまでは偉そうな感じだった訳だし。
 それに、ミア曰く教皇は若干小物みたいな性格をしているとも聞いていたから、こんなものなんだろう。

 まあそれはともかくとして、話を進めていこう。

「では、亜人の排斥に関する動きはどう説明をされるので?」
「……それに関してなのですが……実は、我々は王国に脅されていたのです」

一瞬言い淀んだがすぐに言い訳を言えるあたりはさすがだな。

「脅し、ですか……」
「はい。過去に我が教会の秘宝である聖女の杖が盗まれました。それの行く先を辿ると、王国へとたどり着いたのです。我々はその杖を返還要求を行いましたが、協力しなければ杖は……と脅されやむなく……」
「なっ!?」

 ミアから聞いていたあの杖の件をここで出してきたか。まあ教会の秘宝なんだから脅されてたと言う言い訳として持ち出すには十分か。

 だがそれに納得できない者もいる。王国の兵士たちだ。
 今回の食事会では、王国の兵士たちを纏める立場のものも参加していたし、何なら壁際で立っている警護役の何人かは王国の兵士だ。

 そんな中で王国に脅されていたのだ、などと彼らを裏切るような発言をすれば、当然ながら反感を買うに決まっている。

「教皇様! あなたはご自身が何を言っているのか理解されているのですか!?」

 だからそうなるのも当然と言うべきか、ミーティアが倒れた時に教皇のそばでニヤニヤと笑っていた男の一人が、声を張り上げながら教皇へと乱暴な歩みで近寄り手を伸ばす。

 だが教皇はその手を振り払い、先程の俺への態度とは違って偉そうなもの……よく言うのなら威厳のあるものへと変わった。

 大まかな教皇の考えに予想はついたものの、そんな突然ともいえる変化に俺は戸惑ってしまう。

「黙れ! 今まで協力してきたのも、全ては演技だ。いずれは、と機を窺っていたが、勇者様が我が国に来られた今がその時よ! 今まで唯々諾々と言いなりになってきたが、これからはそううまく行くと思うでない!」

 よく観察していると、教皇は身振りを交えた動きで誤魔化してはいるが、その視線は俺たちだけではなく会場全体に向かっている。……何だ。何を見ている?

「ふざけ──」
「その者ら王国の兵を捕らえよ!」

 教皇は王国兵以外で自身の手駒である兵士へと命令をし、捕らえさせる。
 会場の護衛には何人かの王国兵が混じったとはいえ、それでもまだ大聖堂の戦力の方が大きい。何人か暴れて抵抗したものの、人数差は如何ともし難いようで次第に王国兵は捕えられていった。

 そしてそんな彼らの様子を見ながら俺は、教皇へと話しかける。

「……では、あなたは仕方なく、言いなりになってきたと? 自分の益のためではなく、この国を思って、民のために?」
「そのとおりです。ですが、勇者様と聖女が揃った今、これで我々も真の意味で民のために動くことができます」

 俺の言葉に怯むことなく、純粋な目をして自身の潔白を示す教皇だが、俺はミアが大聖堂に帰ってきた時にミアを見ていた瞳を忘れない。あれは演技でできるものなんかじゃなかった。

 だが、これ以上ここで突いてもろくなことにはならない。
 こいつと仲良く手を取り合わなきゃいけないと言うのは嘘であっても業腹だが、今は仕方がない。ミーティアの治療もしっかりとしたところでしないといけないし、王国の兵含め、教皇派に亀裂を入れられただけでもよしとしておかなくちゃな。

「そうですか。疑って申し訳ありません。ですが、これからは共に魔族を、ひいては魔王を倒すために頑張りましょう」
「そうですな。演技とはいえ数々の無礼をしてしまった私を許していただいたのです。その恩に報いるために、粉骨砕身で挑ませていただきます」

 さりげなく自分は許されたと宣伝しやがったが、これ以上騒いで引っ掻き回すことはできないので、俺はそれに笑って応えながら握手をし、その場は解散となった。




「さて、それじゃあ──」

 食事会の会場を離れて俺たちはミアの執務室に戻ってきたのだが、ミアと環は一度ミアの私室に戻って着替え、今は再び執務室へとやって来ていた。

 そしてソファに四人で向かい合って座っていると、聖女様モードで神妙な顔をしたミアが口を開き、そう切り出した。そして……

「第一回! 教皇との食事の反省会~! ちなみに第二回はありません! 何故ならもう食事会なんてモノは開かれないだろうし、開かれる前に終わりにするから!」

 一瞬で聖女様から素の状態へと切り替えてそんな風に大声で宣言した。
 いくらこの部屋は防音が効いているとは言え、もうちょっと発言の内容を考えろと言ってやりたい。

「やー、みんなお疲れ様でした~! ……いやまじでお疲れ様」

 最初はお気楽そうに俺たちを労ったミアだが、一転して笑顔から神妙そうな顔へと変わってもう一度俺たちへ労いの言葉をかけた。

「特にあーちゃん。私としては助かったけど、良かったの? 勇者だなんてバラしちゃって」

 俺へと向けられたそのミアの表情は心配そうな、不安そうなものが顕になっており、自分のミスのせいで俺が害を被ったとでも考えていることがすぐに分かった。

 だから俺はそんなミアの不安を解消するべく首を横にふった。

「まあそろそろ隠してても意味はないだろうなって思ってたんだよ。……何でか偉い人ばかりに面識ができちゃったし、敵にも王国の関係者がいっぱいいるしで隠しても意味ないっていうか、隠しきれなそうなんだよ。……当初の予定ではもっとひっそり暮らすはずだったんだけどなぁ」

 最初は王国を抜け出したら獣人国かギルド連合か、もしくはそれ以外のどこかか……ともかくどこでもいいからひっそりと暮らそうと思っていた。だというのに、今はひっそりとは程遠い状態だ。
 獣人国の王様とは友人となり、ギルド連合の首都を救った英雄として評議会のまとめ役とも言える存在と知り合いになり、今はこうして教国で国王よりも戦力を持っている大聖堂のトップ争いに関わっている。
 ひっそりとは程遠い。正に、どうしてこうなった、という気分だ。

「いやいや、あーちゃんのことだし、ひっそりなんて無理だったと思うよ? 力を持つ者っていうのは、この世界じゃ貴重っていうか大事だからね。どこに行ってもいつかは表に引っ張り出されてたんじゃないかな?」

 魔族や魔物の脅威があるこの世界では、ミアの言うとおり力を持つものはいつかは表に出ることになったのだろう。俺の場合はそれが早すぎると思うが。

「まあそれはいいとして……どうだ? いろいろぶち壊した感じはするが、大丈夫そうか?」

 とは言え、それらは全て終わったことだ。今は食事会での出来事を話し合うとしよう。

「うん。そこはバッチリ! というか予想以上に壊れすぎてどこから手をつけようって悩みが出てるくらいだね。それもこれも勇者様のおかげだね」
「ならよかった。名乗り出た甲斐があるってもんだ」

 正直に言うと、俺が勇者と名乗り出ることでいろいろと状況は変わるかもとは思ったが、それ以上は考えていなかった。どうなるかなんて考えてなかったし、考えても意味はなかったと思う。だって考えたところで政治に詳しくない俺に先なんて読めないし。

「と言っても、俺はこれ以上手出しできそうにないぞ? 政治的なゴタゴタには詳しくないし、下手に関わるとお前の策まで壊すことになりそうだからな。俺にできるのは力押しだけだ」

 元々は中小企業で冴えないサラリーマンやってた俺に、政治の中枢でいろいろな人物たちの動きを考えて行動しろと言うのが無理な話だ。
 だから投げっぱなしのまま押し付けるようで多少心苦しくはあるが、後はミアに任せることになる。

「ああ、だいじょうぶだいじょうぶ。あーちゃんにその辺をどうにかしてもらおうとは考えてないから」
「……それはそれでむかつくな」

 頼られたところでどうにもできないのはあってるけど……それでもなあ?

「あはは。違うって。そういう意味じゃなくて、これは私の仕事だからね。元から穴を穿ってもらうつもりはあったけど、その穴を押し広げて壊して、作り直すのは私の仕事だと思ってたから。まあ、あーちゃんには穴を穿つどころか壊すまでやってもらっちゃたけど」
「なら後は任せるとするか」
「うん。任せてよ。私はこれでもやればできるんだから」
「……それはできない奴に言う言葉じゃないか?」

 俺たちはそんなふうに冗談を交えて笑いながら話を進めていった。

 そして、一区切りつくと、ミアはその視線を部屋の隅へと向けた。

「それよりも、その子はどうするの? というか何で助けたの?」

 そこには食事会の場から連れてこられベッドに寝かされたミーティアがいた。
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