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聖女様と教国

474:食事会での失敗

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 教皇からの招待状を受け取ってから一週間後。
 流石に今回はこの間の城でのパーティーのようにぬつか後などではなく十分な時間を与えられた。それでも一週間と言う期間は上流階級の者にとってはいきなりと言ってもいいらしいが。

 その一週間の間に、俺たちも色々用意をして対策をねっていた。
 主に動いたのはヤーナとイリンの毒対策係だが、俺も俺で収納スキルの新たな活用方法に挑戦して習得したりしていた。

 そして今日。件の食事会の日となり、俺たちはしっかりと正装して会場へとやって来ていた。
 まあ、俺たちと言ってもイリンはメイド服だし、ミアとメリルはもちろんのこと、俺と環もメリルの用意した教会の服なので、正装らしい正装なんてしていないが。

 だがそんなふうに考えていたのに、会場には意外とドレスなどで着飾った者たちがいた。教皇の招待する食事会ということだから、てっきり教会関係者だけかと思ってたんだけど……。
 ん? ……あれは前回ミアに声をかけてきて聖女派に移った貴族か? なんでそんなやつを……。

 考えられるとしたら、何か問題を起こしてミアに見切りをつけさせようとしている、もしくは、敵に回った貴族を見せしめとして何人か排除する、かな。そうすればミア側についても殺されるのだかr聖女側につくメリットは薄いと思わせることができる。

 どっちについても殺される可能性が出てくるなら、成功率が高い方につきたいと思うのが人だ。
 だから教皇派それを狙ってるのかもしれない。自分から離反した者を再び離反させることを。

 後は……ないとは思うけど、この場で諍いを終わらせようとしている、って可能性もあるか?
 その場合はミアを殺すしかないわけだが……今日は一層気をつけておこう。

 そんなことを考えていると、ミア、俺、環の三人は給仕の者に案内をされて上座へと座らされた。順番としては教皇とミアを横並びとし、その次に俺たちと、教皇の連れていたミアの代わりに聖女になるはずだった少女が対面に座らされた。

 名前も知らないその少女は聖女候補として選ばれただけあって、容姿は優れている。
 ミアと似たような青の混じった緑色の髪をし、髪色や髪型だけではなく背や体型なども似たようなものだ。あと胸が大きい。

 顔の作りはこの少女の方が鋭いというか、凛とした感じだが、それ以外はミアとそっくりだ。
 多分意図的に同じ様な容姿の子を用意したんだろうが、ミアがほんわかヒロイン系に対して、この子はちょっと挑戦的な目をしてる気がする。
 流石に全く同じ顔は用意できなかったみたいだ。

 とはいえ、仮に全く同じ容姿をしていたものを用意できたとしても、ミアの上っ面だけでほんわかしているがそれとは程遠い中身まで真似できるとは思わないけど。

「ようこそ、聖女様。こうして会うのは初めてですね」
「そうですね。ところで、お名前を伺っても? まだあなたの名前を聞いていないものでして」

 少女の言葉にミアは笑って返しているが、あれは「お前みたいな三下の名前なんて知らねえんだよ!」って言ってるようなもんだ。一応メリルから聞いてるから知ってるはずなんだけどな。

 それを理解しているのか、少女も目元をぴくりと動かして反応したが一瞬の間の後に笑顔を向けながら答えた。

「……失礼をいたしました。私はミーティアと申します」
「そうですか。ではこれからよろしくお願いしますね。ミーティア」

 元聖女候補であるミーティアは、ミアに呼び捨てで呼ばれた事が気に入らないのかまたもピクリと表情を動かしたが、それはさっきよりも分かりやすくなっていた。
 だがそれも一瞬のことで、ミーティアはすぐに元の笑顔へと戻した。

「皆様、この度はお忙しい中、私の招待に応じていただき嬉しく思います。先日城にて聖女様の帰還を祝う宴が開かれたばかりではありますが、教会としても祝福したく思い今回の宴を開かせていただきました。無事生還なされた聖女様にも、そしてご参加くださった皆様にも喜んでいただけるものを用意させていただきましたので、今宵はご存分にお楽しみください」

 格上のくせに偉く丁寧な態度だなと思ったが、ここは一応教会で、あれは一応聖職者だ。対外的にはあからさまに偉ぶるのはできないのかもしれないな。

 そうして食事会は進んでいったのだが、特に何か起こるわけでもなくかなり進んでしまった。今回はコース料理となっているのだが、後はデザートと軽い歓談でおしまいだ。
 それも地球の知識があってれば、だけど、妙なところで被ってる文化が多いから、多分その辺も同じだろうと思う。

 だがそうなるとどこで仕掛けて来るのかになるが……このメインの肉料理にも毒はなかったしなぁ……。
 襲撃や仕掛けなんて来ないでほしいが、来るなら来るではっきりと襲ってきて欲しい。しっかりと返り討ちにするから。

「ときに聖女様。一つお尋ねしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」
「はい。私にお答えできるのならば」

 そんなことを考えながら食事をしていると、ミーティアの隣に座っていた祭服を着たものがミアへと話しかけてきた。

「では……聖女の儀式とは、どのように行うのでしょうか? お教え願えませんか?」
「申し訳ありませんが、それについてはお答えできかねます。聖女の引き継ぎは、聖女本人と、時期聖女の身の秘伝となっておりますので。……それに、あなたがそれを聞いたところでどうすると言うのです?」

 それはお前に教えるわけがないだろ、という嘲笑を交えた言葉だったが、ほぼ間違いなく教皇派であろう男は引くことなくゆるく首を横に振って話を続けた。

「今回は無事にお戻りになられましたが、毎回そう上手くいくとは限りません。もしもの場合に備えておくことは重要ではありませんか?」
「だとしても、あなたに教える必要があるとは思えません。聖女の儀式については、後ほど対策を考えておきます」
「そうですか。このようなことをお聞きして申し訳ありませんでした」
「いえ、皆様の心配もわかっているつもりです。私も今後はより一層気をつけることとしましょう」

 ミアがそう言ったことでその話は終わったように思われたのだが、今度はその男のさらに隣に座っていた男が話しかけてきた。

「では聖女様は、次の聖女について何かお考えはございますか?」
「次、ですか……」
「はい。先の話と関係しているのですが、聖女の引き継ぎは聖女様がその方法をわかるようにしてくださるとのおっしゃってくださいました。ですが、その相手について何もわかっていなければ我々はどうしていいのかわかりません。ですので……このような時に不謹慎ではありますが、もし聖女様がお亡くなりになられた後、その後の聖女をどうするのか、お考えを聞かせていただきたい。このようなことがあったからこそ、そのお考えをはっきりとさせるべきです」

 ……なんだ? 何か嫌な流れだな……。でもいったい、俺は何に対してそう感じているんだ?

 男の発言が始まってからやけに嫌な感じがし始めた。それがなんなのかわからないが、間違いなく何かある。単なる勘でしかないが、そう理解できた。
 これも教皇側の作戦のうちなのだろう……が、その何かがわからない事がもどかしく、俺は自分の心が焦れるのを理解していた。

「……今のところは私の次の方については考えておりません。私も前任者より引き継いだのは、前任者が四十を超えた頃です。私が考えるにはまだ早いでしょう」

 聖女派若いうちではないと務まらないという決まりはない。そりゃあそうだ。そんな決まりがあったら、神獣の力の継承なんてまともにできやしない。

 だがそれを知らないからか、聖女の予備について切り出した男はチラリと視線だけで周囲を確認し、男はうっすらと笑うと続きを話した。

 だがその視線で理解した。気づけば、食事会の会場で交わされていた会話が全て途絶え、今や話しているのはミアたちしかいないということに。
 そしてそれを確認した男が笑ったことを考えると、今回の目的はこの会話を参加者たちに聞かせることに意味があったんじゃないだろうかと思った。
 聞かせてなんになるんだとも思うが、おそらくは何かをした時の布石になっているのだろう。

「それではいけません。今回このようなことがあったのですから、民を安心させるためにも同年代のものから一人、予備として選んでおくべきではありませんか?」
「でしたらこの者はどうでしょう? 本来であれば聖女様がお戻りになられなかった際に聖女として任命する予定だった者です。容姿も、心も、身分も、全て揃っている彼女であれば、立派に聖女としての役目を果たすことができましょう」
「おお、それはいい! やはり身分というのは蔑ろにしてもいいものではありませんからな!」

 先ほど発言した男が続き、さらには同意するような小さな頷きが会場の中からヒソヒソと聞こえてきた。

 この国は大聖堂の方が貴族よりも、国王よりも権力が強いが、それでも貴族だって一般人なんかよりは権力があるし、プライドもある。
 そんな中で見下していた存在である孤児だったミアが、聖女となって自分たちの上にたった。そのことを面白く思わないものも多くいることだろう。

 故に向こうはそこを突いてきた。身分のない成女よりも、身分のあるものを選んで教会は貴族たちを尊重しますよ、とアピールしているわけだ。
 おそらく今回ここに集められた貴族は、そんなプライドの高いものたちなのだろう。

「……そうですね。では今度、状況が落ち着きましたら慰問先を見て回り考えるとしましょう」

 だがそれでもミアは教皇側が用意したミーティアという少女を聖女の予備として選ぶつもりはないらしく、男の言葉を遠回しに否定した。

「……この者はお気に召しませんでしたかな?」

 男は自分の意見が通らないからか口では不満気に言っているが、どうにも嫌な感じだ。普通、ここまでぼかして話してきた奴が、こうもはっきりと言うものか?

「そうは言いません。ですが、私は前任者よりそうして見出されましたので、まずはそのやり方を踏襲したいかと」
「ですが……」
「それに、隠れた才能を見つけることもできますし、そうすることで皆に可能性を与えることができます。それは民の励みとなることでしょう。……民のためとなる。皆様も、それは望むところでしょう?」

 教会は民の為にあり、貴族は民を守る為にいるという建前なのだから、誰もミアの言葉を否定できない。
 そのことに嫌な表情をするものはいても、真っ向から反論するものはおらず話はそこで途切れた。

「……そうですな。少々答えを焦りすぎたやもしれませぬ」
「ですがこれも民の不安を思ってのこと。お許しください」
「わかっております。今のことを悪いなどとは思っておりません。もし悪いと判断せざるを得ないものがいるとしたら、それはこのような騒ぎを起こし、聖女を襲撃した犯人だけです」

 そう言ってミアはチラリと視線だけで教皇を見たが、教皇派それに気付かず……いや、気づかないフリをしている。

「ああ、デザートが来ましたな。今日の食事会はこれで最後故、堅苦しい話は止めて楽しむとしよう」

 教皇が部屋の隅に視線を向けると、言ったとおり給仕がデザートを運んできた。
 そしてそれを上座から順番に食べていくのだが……

「ごふっ──」

 元聖女候補であるミーティアが運ばれてきたものを口にした瞬間、口から血を吐き出して倒れた。

「なっ、毒!?」
「まさかっ!?」
「早く医者を!」

その言葉ですぐそばに控えていたものが動き出してミーティアの様子を調べていくが、医者の男は首を振った。

「これは……不可能です」
「一体何が……あなたは教皇付きの医師ではないのですか?」

不可能だと断じた医者の言葉にミアが表情をしかめながら問いかける。

「はい。ですが、これは私でなくとも不可能なのです」
「ミーティアはどんな毒を飲まされた?」

ミアの言葉に首を振った医者に今度は教皇が問いかけた。

「竜舌草です。これは、体内に入れた者の魔力の流れを暴走させる毒。それ故に魔術薬の類は使うことができず、治癒系統の魔術も使えません。もし使えば、その効果すらも暴走させてしまい、よりひどいことになりますから」
「普通の薬はどうなんだ?」
「……普通のものでは効果が弱すぎるのです。多少はマシになるかもしれませんが、それは確実に死ぬ毒から百万人に一人は生き残る毒へと変わる程度。魔力が少ないものであれば何もせずとも生き残ることができますが、聖女として候補に挙がるほどの者となると……」

 そうこうしている間にもミーティアの体は、沸騰した粘度の高い水の表面のように膨らんでは萎むということが至る所で繰り返されている。

「即死はしません。ですが、半日と経たずに確実に死にます。治療法は体に入った毒を全て抜く事で治ると言われていますが、実際問題として、そのようなことができるわけがありません」
「だ、誰がそんな毒を!? 私たちまで狙われていたというのか!?」

名前もわからない貴族のうちの一人の言葉のせいで、その場にいたものたちは自分たちも死ぬ可能性があったのだと理解したのか、騒ぎ出した。

「皆さん、落ち着いてください!」

血溜まりに倒れるミーティアとそれを見ている教皇たち。そしてその周りで騒ぎ立てる食事会の参加者たち。
そんな混沌な場をどうにかするべくミアが騒いでいる貴族たちへと声をかけるが、ミアが声をかけた瞬間、視界のはしで教皇がうっすらと笑うのが見て取れた。

「聖女様? そうだ、聖女様! なぜあなたは無事なのですか!?」
「まさかあなたが毒を!?」

何かを企んでいるのか? そう思ったが、そのことについて詳しく考える前に状況が動いた。騒いでいた貴族のうちの数名がミアを疑い始めたのだ。

「……この異常事態ですので今の発言は聞かなかったことにします。毒はデザートに入れられていたと考えるべきですが、食べても無事だったのは私だけではなく教皇様も同じことです。私だけではなく、ミーティアが狙われたと見るべきではありませんか?」

まあ確かにミアは無事だが、教皇も無事なんだよな。なら、最初っからミーティアが狙われたと考えるのが正しい。

だが教皇はミアの言葉に首を振って答えた。

「私は飾りのクリーム部分しか食べていなかったのでな。そのおかげで助かったのであろう。おそらくだが、アイスのほうに毒が仕込まれていたのではないか?」
「なぜそのような食べ方を?」
「私は甘いものが苦手でな、失礼な話だが、飲み物を飲みながら味を誤魔化して食べようと思っていたのだ。その証拠として、私の者は他のものに比べて量が少なかろう? そうするようにと予め言ってあったのだよ」

そんなこの状況にピンポイントで狙いから外れることがあるか。
そう思ったのだが、絶対にないとも断言できない以上はなんとも言うことができない。
普通なら毒を盛る前にある程度は対象となる人物の好き嫌いなど食癖について調べた上で毒を盛ると思うのだが、犯人が知らなかっただけだといえばそれまでだ。

「教皇様はこう仰られましたが、聖女様。貴方はなぜご無事なのでしょう? 聖女様が怪我や毒に耐性をお持ちなのは理解しておりますが、なぜ全くお変わりないのでしょうか? 多少の影響はあるべきではありませんか?」

教皇がそれらしい言い訳をしたことで貴族たちの一部が騒ぎ出した。
……あいつ、さっきからずっとミアに攻撃的なことを言ってるな。他にも何人かが、いや、何人かが騒いでいる。

「やはり、聖女様が毒を!?」
「不用意なことを言うべきではない。……が、調べる必要がある。そうは思いませんか、聖女様?」

だが、そんな限られた奴らが騒いでいるうちに、部屋の中はまるでミアが犯人で確定したかの様な雰囲気に包まれていった。
だが、その流れはあまりにも不自然すぎる。おそらく……いや、確実に仕組まれていたのだ。
全員が全員教皇の手先ってわけじゃないだろうが、多分場の雰囲気と状況を見て聖女は不利だから教皇派に乗り換えようと考えたのだろう。率先して糾弾しないが、助けもしない。そんな風見鶏や蝙蝠の様な生き方をしているものたちだが、今この場においては助けを出してくれないと言うその一点においてとても厄介な奴らだ。
このまま誰もが助けてくれなければ、ミアが教皇を殺そうとしたのだと言うのが貴族間での『事実』となってしまうのだから。

「……ごめんあーちゃん。しくった」

 ミアはこちらに振り返ると、悔しげに小さくそう呟いた。
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