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聖女様と教国

473:招待状再び

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「やー、見た? あの時のあいつらの表情! ざまあみろって感じだよね!」

 城でのパーティーの最中に教皇派の男から護衛の交代を賭けて試合をした後は、特に何かが起こることもなくパーティーは終わり、俺たちは大聖堂にあるミアの執務室へと戻って来た。
 そしてその日はそれで解散となり、翌日となった今日、いつものように執務室へと集まり昨日の反省会をしているのだ。

 ここが執務室だからミアも聖女様を演じることなく素の状態で執務机に着きながら楽しげにそう言ったが、その意見には俺も同意だ。
 俺は必要なかったんじゃないかと思うほど環が力を見せた後、ちょうど視界に教皇の姿があったので観察していたら、ミアが帰ってきた時に彼女を迎えたような笑顔ではなく、盛大に顰められていたのだ。

「まあ、ちょっとやりすぎ感はあるかもしれないけど」
「あなたがやれって言ったんじゃない。それに、威嚇目的だと判断したからあんなのを使ったのよ。間違ってはいなかったでしょ?」

 ミアの言葉に環は反論したが、ミアの言葉も分からなくもない。
 俺もまさか、環があれほど強い魔術を使うとは思ってもいなかった。

「まあね。でも、言っといてなんだけど……あそこまでの威力があるとは思わなかったんだよね。勇者は強いって聞いてたけど、ちょっと強すぎない?」
「色々な魔術具で強化してるもの。それに、努力したから。……まあ確かに周りの反応を見てたらちょっとやりすぎたかもとは思ったけど」
「や、でもそれだけであんなになるものかねぇ。私も一応特殊だけど、あんなのはできないよ」
「愛の力ね」
「愛ねぇ……」

 環の言葉に胡乱げなミアだが、それも仕方がないだろう。愛の力、なんて実際に言われても、胡散臭いと言うか、素直に信じられない。

 だが環は少しムッと拗ねた様子でミアを見ている。

「そうよ。何かあるかしら?」
「ううん。ないよ。ただ……お疲れ様」
「好きでやってきた事だもの。疲れなんてそんなの……」

 環はそう言って否定しているが、今のミアの言葉、最後のはお前に言ったんじゃなくて俺に言ったんだと思うぞ?
 だって、ミアのさっきの台詞は環ではなく、俺を見ながら同情するような視線で俺を見ていた。おそらく環のめんどくさ──違う。しつこさ……でもなく……純粋さに気がついているのだろう。
 そしてそんな環の対応をしなくてはならないことに対しての言葉だと思う。

 まあ俺も彼女にはいろいろと思うところはある時もあるけど、それでも好きで一緒にいるんだから大丈夫だ。なんの問題もない。

「ま、あれはあれで良かったのかもしれないけどね。あれを見て、こっちにつかないとヤバイと思ったんだと思うけど、何人もこっちについたからね」

 環が威嚇目的と言ったように、あれは教皇本人だけではなく、教皇側についていた他の貴族や司祭たちをこちらに引き摺り込むためのものだった。

 教会の方は流石に教皇の支配下だけあってあまり離反者は出なかったけど、貴族の方は結構効果があったようであの試合の後はミアへと近寄って来るものがそれなりにいた。それも土地を持っている者の割合が多く、教国のほとんどの領地が味方になったと言ってもいい。
 それに、内密にではあるが王子からも教皇の味方はしないと連絡があった。
 教皇の味方をしない、であって、聖女側に着く、と言うわけではないのだが、今はそれで十分だ。

 たった一日でよくぞここまで、と思うほどに状況が変わったが、ある意味では当然だ。
 何せ、ミアと敵対すれば環のあの魔術が自身の収めている領地に放たれることになるのだから。
 放った後では防ぐことができないし、放つのを止めることもできない。なら後は魔術を放たれないように味方になるしかないのだ。

 これが普通の国なら環だってそんな無茶はできないが、ここは教国。教会の権力の方が国王よりも強く、環はそんな教会のトップの付き人。もしかしたら、と考えてしまうのがこの国だ。

 それにこのまま聖女を追い落とせば、ミアは殺されることになるだろう。そうなれば最後の悪あがきとしてそれに協力した者に報復するかもしれない。

 環は脅しはしても実際にはやらないし、貴族たちだってやると思っている者は少ないだろう。だが、やられるかもしれないと思うだけで効果は十分だ。その可能性があるのなら、こちらにつかなくてはならない。
 もし貴族たちが聖女側について聖女が負けたとしても、何かしらの罰則があるだけだ。だが、教皇側について教皇が負けたら、領地ごと死ぬのだ。
 だったら多少の勝ち目は低くても生き残れる方の道を選ぶだろう。

 これで相手にも竜級の冒険者に匹敵する実力者がいれば話は変わるのだが、どうにもこの国には飛び抜けた実力者はいないらしい。

 それだけに今日の結果は順当と言える。まあ、ミアの頭の中ではこれほど早く状況が動くとは思っていなかったみたいだけど。

「でも変わらず暗殺はあると」
「まあ、あれだけの威力があるって言っても、それが室内で使えるかって言ったらね……」

 昨日あれだけの威力を見せたにもかかわらず、昨日の夜も暗殺者が来たらしい。
 ここ最近、と言うか初日以外来ていなかった暗殺者だが、昨日ので危機感を覚えたのかもしれない。

 だから環のそれが使われるような場面になる前に、早めに排除しておこうとでも思ったのだろう。
 無理だったみたいだが。

「また頼りにしてるよ。イーちゃん、たまちゃん」

 そう言って笑ったミアの表情は、どことなく昨日までのものよりも柔らかい笑顔だった。




 そして数日が経ち、いつものように執務室に集まっていた俺たちだが今日はいつもと少し違った。
 ミアが執務机に向かいながら作業をしているとドアが叩かれ、一通の手紙が届けられたのだ。

「また招待状?」
「しかも、今度は教皇からだね」

 環の問いかけに、ミアは手紙をひらひらと振りながら嫌そうな表情と声でそう言った。

「……出るのか?」
「もちろん。逃げるような真似をしたくないからね」
「だが、わざわざ誘ってくるってことは、何かあるぞ」
「だろうね。でも、逃げるわけにはいかないよ」

 ミアは覚悟を決めた瞳でそう言ったが、俺の顔を見ると一転して困ったような弱気な表情を見せた。

「……いいかな?」

 そしてミアはそんな表情のまま問いかけてきた。

「……ハァ。俺の雇い主はお前だから、護衛が文句を言ったところで意味なんてないだろ?」
「うん。ごめんね。ありがとう」

 本当は行きたくない。だって明らかに罠だってわかってるんだ。護衛としても、友人としても、そんな場所に進んで連れてきたいとは思わない。
 が、ミアの決意を曲げることはできないと言うことを、俺は知っている。だからこそ俺はミアが招待を受けることに同意し、それに同行することを決める。だってそれが、護衛としての俺の役割だから。

「でも食事会でやることって何? 毒、とか?」

 俺たちの話が纏まったのを見て、環がそんなふうに疑問を口にした。

「それもあると思うけど……それにしてはあからさますぎるっていうか……なーんか違和感があるんだよね」

 だがそんな考えをミアは否定する。
 それは根拠のない否定ではあったが、確かにこれで毒を盛るのであれば、あからさますぎるという意見は否定できない。

「一応護衛も一緒に、って書いてあるから私じゃなくてあーちゃんやたまちゃんを狙ってるのかもしれないから、気をつけて」

 護衛も一緒に、となると、狙いはミアの方じゃなくて環や俺の方か? イリンが入っていないのは、多分向こうがイリンはミアの護衛ではなく使用人として認識しているからだと思う。だからわざわざ狙う必要もないと判断したんだろう。

 でも俺たちに毒か……確か解毒用の魔術具持ってたよな?
 それから前にも一度考えたが、一度体内に入った毒を収納できるか確認しておくべきか? 
 魔術具で毒を防ぐことはできるのだが、それだって万能ではない。珍しいものになったり特殊だったり強力だったりすると効果が発揮できないことだってある。
 だが体内の毒の収納ができれば魔術具では防げない毒の無効化ができるようになる。今回毒を受けなかったとしてもいつか使う時がくるかもしれないから、覚えておいて損はないはずだ。

「ま、とりあえず毒対策はするけど、それ以外も警戒しておいてね」

 ミアがそう言うと、執務室のソファで一緒にお茶を飲んでいたヤーナがカップを置いて胸に手を当てながら答えた。

「では毒への対策は私にお任せを。全部に対応できるとは言いませんが、それでもいくつかは使ってきそうなものは心当たりがありますので薬の準備をしますわ」
「ん。じゃあお願いね」

 ヤーナは薬師だし、こう言う時のために呼んでおいたのだからこれ以上ないくらい適任だろう。

 そんなヤーナの言葉にミアが頷いたところで、イリンがヤーナへと話しかけた。

「私もよろしいでしょうか? 多少の心得はありますし、母からもらった本にも薬について書かれていますので」

 そういえばイリンも薬作りはできたんだよな。実際いろんな薬を持ってるし使ってる。

「そうなの? なら手伝ってもらおうかしら」
「はい。よろしくお願いします。ミアもよろしいですか?」
「よきにはからえ~」

 早速作業に移るのか、ヤーナはイリンを連れて部屋を出て行った。
 その時にイリンが思いの外に楽しげな様子だったのが気になったが、やる気なのはいいことだな、と気にしないことにした。この程度で気にしてたらイリンとは付き合っていけんのだよ。

「ところで最近調子はどお? だいぶ落ち着いてきたし、あーちゃんもここに慣れてきたでしょ? 護衛じゃない方の目的は果たせそう?」

 二人が部屋を出て行ってから少しして、ミアは相変わらず書類仕事をしていたのだが、疲れたからか手を上に伸ばして体をほぐしている。
 が、後ろで手を組んで伸ばしているせいで胸が強調されてしまっている。……大きい。

 それを見た環がじっと俺の方を見たが、俺はそれに気づかないフリをしている。というか気づかないフリをするしかない。
 そして環は俺から視線を外すと、自身の胸に視線を落として手を伸ばした。
 下を向いているせいでその表情は見えないが……俺は何も言うまい。

 そんな環に気づかないフリをして、俺はミアの質問に答える。

「時間をかければできないこともないが……なんかめんどくさい感じになってんだよなぁ、ここ」

 夜に一人でやると襲撃を受けた時に難があるので、みんなで執務室に集まってる時に探知を使ってこの大聖堂内を調べているが、いかんせん広い上に何か妨害されているような感じを受けるのだ。
 明確な意思を持っての迎撃ではないから気付かれているわけではないと思うが、神獣たちは気づけていたように、俺の探知にも気付けるものはいるのだから気をつけなければならない。

「そりゃそうでしょ。だって聖女もとい神獣の住処だよ? その力を使っていろいろ細工がしてあるからね」

 と思ったのだが、どうやら妨害のように感じたものは、この大聖堂に備わっている防衛機構的なものの一種のようだ。

「どうにかできないのか?」
「んー、あーちゃんが持ってる杖があればどうにかできるけど、やめたほうがいいかなぁ」
「理由は?」
「ここに施されてる機能ってみんな知ってるんだよね。まあみんなって言ってもある程度以上の階級の人だけだけど、それでも秘密ってわけじゃない。だから下手に解除して気づかれでもしたら、ちょーっと面倒なことになるかなって」

 本来は杖を持っていなければできない防衛機構の設定変更をできたとなれば、ミアが杖を持っていると言うのがバレてしまう。後で隠し球として使いたいと思っているミアとしては、それは望むところではないだろう。

「結局、地道に調べるしかないか」
「そうだね~」

 そうして話は終わり、ミアは再び作業に戻ったのだが、数秒もしないうちに顔を上げて再び問いかけてきた。

「ところで、今どの辺まで調査が終わってるの?」
「ん? ああっと……これくらいだな」

 俺はその問いに自分で作った地図を収納から取り出してミアへと見せる。
 無駄に広すぎてまだ半分すらも出来ていない状態だが、予想して板期限は二ヶ月後。実際はもう二ヶ月を切っているが、後一ヶ月もあれば終わるだろう。

「え……」

 だが、その地図を見た瞬間、ミアは目を丸くして絶句した。何かおかしなことがあっただろうか?

「俺、何かしたか?」
「え? あ、いや……何かしたかって言われると、してるね」

 ミアは眉を寄せ口元を歪めた難しい表情で地図を見てから俺を見て、また地図を見て、と言う行動を何度か繰り返すと、難しい表情のまま目を瞑って黙り込んでしまった。……本当に何があったんだ?

 そしてしばらくしてからミアは首を横に振ると、真剣な表情で俺を真正面から見据え、口を開いた。

「これ、ここにきてから書いたんだよね?」
「当然だろ? 今までこんなところに来たことないわけだし」

 ミアは何が言いたいんだ?

「まあ、だよね。……でも、ちょーっと正確すぎるかな~って思ったりするんだけど……ものの配置まで書いてあるし。……どうやったの?」

 疑うようなその表情を見て、その言葉を聞いて、俺は理解した。ああ、警戒されているな、と。

 だがまあ、それも当然か。ミアにしてみれば、俺は地図すら入手するのが困難なはずなのに建物の中の正確な物の配置まで把握しているのだ。
 そんなもの、普通なら今のここの主……教皇の伝がないと調べられるわけがない。ミアは俺が裏切った可能性を考えたのだろう。

 それに、もし俺が裏切ってなくてもそれはそれで問題だ。
 今回の件が終わりミアが教皇を下して大聖堂のトップに立ったとしても、教会内の情報がこんなに簡単に詳細に漏れているのであればそれはどうにかしなければならない。
 何をしようと、どんな対策を取ろうと、全て丸裸にされるなんてのは、為政者にとって脅威でしかないんだから。

「……俺は周辺のものの位置わかるんだよ。それをするには周囲への警戒が疎かになるし、使ってる最中と後はすごく意識が薄いって言うか、ふわふわした感じが続くからあまり人のいるところでは使わないけどな」
「そう……」
「お前の警戒もわかるよ。こんなことができるやつを警戒するのは当たり前だ」
「あ……ごめん」
「安心しろとは言わないさ。安心できるかどうかを判断するのはお前だからな」

 いくら俺が言ったところで、意味はない。結局、信じるかどうか、信じられるかどうかってのはその人次第だ。

「……でも、言ったろ? 俺はお前を裏切らないって。俺は、約束は守るよ」

 これだってそう言ったところで信じてもらえなければ意味はない。けど、俺はミアを信じてくれると信じてそう言った。

「うん。……これからもよろしくね、あーちゃん」
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