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聖女様と教国

466:聖女と教皇

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 大聖堂のある教国の首都にたどり着いた俺たちは、真っ先に敵の本拠地でありミアの家でもある大聖堂へと向かった。
 その際にミアのことを知っている市民から声をかけられたりしていたのだが、詳しくはまた後でと、あしらってなんとか大聖堂までたどり着いたのだが、何やら様子がおかしい。

「……人がいないわね」

 そう。人がいないのだ大聖堂というくらいだから人で溢れている、もしくは、そこまでいかなかったとしても礼拝に来た人がいると思っていたのだが、環が言ったように今は信徒すらもいない。
 正確には大聖堂前の門のところまでは人がいるのだが、門を越えるとパタリと人がいなくなるのだ。

「……やっぱりもう動いてたかぁ」
「どう言うことだ?」

 だがそんな異常とも言える光景も、ミアは予想していたようで少しばかり肩を落としながらため息を吐いている。

「あーちゃんたちも違和感を感じた通り、普段はこの時間なら一般の信者の人たちがそれなりにいるはずなんだよね。でも、いない。誰かが何かをした以外には、ないよね」
「人払いをしたってことか」
「そ。……そしてそれは、裏切り者がいるってことでもある」

 ミアは少し悲しげな声をしてボソリと呟いた。それは誰に聞かせるでもなく、ただ溢れた言葉だったのだろうが、すぐそばにいた俺には聞こえていた。

 ……裏切り者?

「それって──」
「これは聖女様! ご無事でしたか!」

 どう言うことだ。そう聞く前に俺の声は大聖堂の奥から響いた声によって遮られてしまった。

 その声の方を見ると、何人もの法衣をきた者を背後に率いている男がやってきた。
 歳の程は六十程度だろうか。その男は痩せているわけではないが太っているわけでもない中肉中背のあまり特徴がない格好をしている。

 だが、、であって全く特徴がないわけでもない。
 特徴と呼べるものは二つ。一つはその身に纏っている法衣だ。他の者に比べて布も何重にも重ねて作られており、幾つもの飾りも付けられている。

 そしてもう一つはその目だ。慌てて心配しているような表情の中に狡猾さを滲ませる鋭い目。
 その目に宿っていた鋭さはすでに消え去り、今ではただミアのことを心配しているようにしか見えないが、決してあれは見間違いなどではなかった。

「ムーアリオス教皇様。はい。なんとか、と言った感じですが」

 どうやらやって来た男は教皇で、ムーアリオスというのがあいつの名前のようだ。

 ミアは分かるか分からないか微妙なくらい微かに一瞬だけ俺に目配せをすると、スッと一歩前に出て教皇へと笑いかけた。

「このような格好で申し訳ありません。一刻も早く戻ってくるべきだと判断したので、法衣の調達よりも帰還を優先いたしました」
「そのようなこと……法衣など、もう一度作らせれば良いのです。そんなものよりも、あなたがご無事でよかった」
「そう言っていただけて安心いたしました。……それよりも、私は死んだことになっていたそうですが、なぜでしょう?」

 ミアがそう言った瞬間、それまで鳴りを潜めていた先程見せた教皇の鋭い目が再び姿を現した。
 そしてそれだけではなく、今度は教皇の背後について来た信徒たちまでもが威圧感を持ってミアを……俺たちを威嚇する。

 ……まさかとは思うが、ここでやり合うことになるのか?

 俺たちの背後……俺たちが入ってきたこの大聖堂の正面扉は開きっぱなしになっている。
 それはつまり外からも俺たちの様子が見えるってことだ。
 正面扉から門までは少し距離があるし声は聞こえないだろうが、門からここまでは遮るものがないからその姿は見えている。だから今はまだ聖女と教皇が話しているようにしか見えないだろう。
 だが、流石に戦闘が起これば民衆にも異常事態が分かる。

 だというにあいつらはここでミアを襲うつもりなのか? もし本当にそんなことをする……しても問題ないと考えているのなら、こちら側の状況はかなり悪いものだと言う事になる。何せ、問題を起こしてももみ消すことができる程度にはこの街を、この国の首都を手中に収めているということなのだから。

 ここにくるまでの街の様子を見た限りではそんな酷い状況ではないと思うが……一応戦闘準備はしておくか。

 しかし教皇は背後にいる信徒たちを軽く手で制し、ミアの行動に応えるかのように自身も一歩前に出た。

「それは、強力な魔物に襲われてしまい、兵たちもどうしようもなかったと聞いておりましたものでして。報告を受けた後、周辺を調べるために聖騎士隊を出しましたが発見すること叶わず、てっきり魔物に食べられてしまったものだと判断していたのです。ですが、どうやら生き延びておられたようで安心いたしました」
「そうですか。ですがおかしいですね。私は魔物になど襲われていませんよ?」

 ミアの問いに対して答えた教皇の答えを、ミアはスッパリと切り捨てる。
 そう答えたミアの様子にどことなく違和感を感じたが、今は俺が口を挟むべきではないと判断し見守ることにした。

「……ですが報告では魔物に襲われた、と。ああそれよりも、事態の究明は急がなくてはなりませんがまずはお疲れでしょうし、聖女様はお休みください」
「ご心配ありがとうございます。確かに疲れはありますが、休憩はここにくる最中の馬車でとりました。今は事実を明らかにする方を優先したく思います。私たちはこの教会、ひいては民を導く存在です。その二人の認識が食い違っているようでは、民に無用な混乱と害をもたらすことになりますから」

 教皇はミアを部屋へと誘導してこの場を離れさせたいんだろうな。声は聞こえずとも、ここにいたら正面扉の外にいる民衆が邪魔で何もできないだろうし。
 だがミアはそんな教皇の狙いなど知ったことかとばかりに食い下がり、笑顔を浮かべながらも鋭い眼差しで話を続ける。

「それとも、ムーアリオス教皇様はこの場での事態の究明は何かご不都合でも?」
「そのようなことはありません。私とて今回の件には違和感を覚えていましたので」
「そうでしたか。でしたらちょうど良いかもしれませんね。私は慰問に向かう最中に人に襲われました。それも賊などではなく、本来であれば私を守るはずだった兵に。普段であれば聖騎士隊が護衛につくはずですが、あの時私につけられたのは私の専属護衛と、それから……あなたが王国より借り受けた兵だったはずですよね?」

 捲し立てるように話したミアは一旦そこで言葉を止めると、一度深呼吸をした。
 そして小さく、本当に微かに揺れる程度に頭を横に振ると、ミアは続きを話し始めた。

「そもそも、なぜ王国から兵を借りたのか、私はその点が今一つ納得できていないのです」
「それはこの国を守るためです。最近では魔王の活動が活発になったのか各地で魔族の出現報告があります。そんな中で聖騎士隊だけで対処できるかと言われると、明確に頷くことはできません。ですので、王国より兵を借り、聖騎士を各地に配置することで民の守りを確かなものにしようと考えたのです」
「ですがその結果、私は殺されかけました。守りを確かにするどころか、民の平穏を乱しているではありませんか」

 教皇の発言のすぐ後。一瞬たりとも間をおかずにミアははっきりとそう告げる。

「それに、兵を借りるにしても、なぜ王国を選んだのですか? 王国の政治が間違っているというつもりはありませんが、王国は亜人蔑視の強い国です。それに対してこの国はどのような種族であろうと受け入れている。言ってしまえば王国の方針に真っ向から対立していると言っても良い状態です。であれば、王国よりも連合国から兵を借りたほうが良かったのではありませんか?」

 正確に言えばこの国も亜人の別紙があるのだから真っ向から対立しているとは言えない。
 だが建前上は誰でも、どのような種族でも受け入れているのだから、この国が王国と対立しているという言葉に反論はできない。

「そうですね。私も確かにそう思いました。実際に初めは連合国の方へと打診したのです。ですが、あの国は金次第では貸してやろうとこちらの足元を見て巨額の金を要求してきたのです。ですから私は王国へと話を持っていったのです」

 教皇はそう言い訳をしたが、それだとおかしい。

 俺がこの国にくる際にいろいろなことを教えてくれたが、その中にはこの国から兵の借り受けの打診があったなんてマイアルは言っていなかった。

 マイアルだって国の政治を司る議会のうちの一人なんだから、国政に関することを所詮はよそ者でしかない俺に全部話すとは思わない。
 だが、これが本当なのであったら、内容的にこの国に来ようとしていた俺に話していただろうと思う。
 だというのに俺は何も聞いていない。

 と言うか、もしそんな話があったとしてもあの国なら巨額の金なんて取らずに、むしろ嬉々として安く兵を送り込むと思うぞ? 
 そうしてその送り込んだ兵と、兵と貸した恩を使って内側から支配する。それが商人たちのやり方だから。

「ですが──」

 ミアが何か言い募ろうとした瞬間、俺は教皇から魔力の流れを感じ取り、すぐさまミアを守るために動き出す。
 異常を感じ取ったのは俺だけではなくイリンもだったようでイリンも即座に動いたのだが、そうして発動した魔術の向けられた方向はミアではなく大聖堂の隅の方だった。

 なぜそんな方を、と思っていると、突如何かが割れる音が響き、それと同時に女性の悲鳴らしき声が聞こえた。

 教皇に注意を払いつつも急ぎそちらの方を向くと、そこには何処かへと繋がっている通路があり、その陰からは何人もの信徒が集まっていた。
 そしてそのすぐそばの足元には割れた陶器と中に入っていたであろう水と花ガ散らばっていた。
 どうやら今の音は花瓶が落ちたものと、それに驚いた声だったようだな。

 だがそれは事故ではないだろう。おそらくだが、さっきの教皇から感じた魔力はあの花瓶を落とすために使ったものだと思う。

「も、申し訳ありません!」

 しかし落ちた花瓶のすぐそばにいた修道女はそんな魔術を使われたとは思ってもいないようで、自分が落としてしまったのだと思い込み謝罪をした。

「ふぅ。聖女様。やはりここでは邪魔が入ってしまいます。事態の究明を求めるのであればこそ、しっかりと話のできるところで落ち着いてするべきでしょう」
「……そうですね。では私は部屋にて休ませていただきます」

 一旦話が切れたことで仕切り直すこととなり、ミアは教皇に軽く頭を下げると、その後は黙って進んでいった。
 俺たちもそんな彼女の後を追って歩き出す。

「聖女様。そちらの者らは……」

 が、そんな俺たちの姿を見咎めた教皇がミアへと問いかける。

「彼らは私をここまで護衛してくださった方々です。私は命からがら王国の兵から逃げ出したのですが、その先で賊に捕まってしまい船で運ばれて売られかけたました。その際に彼らが助けてくださったのです」

 ミアがあらかじめ準備していた嘘の設定を話すと、教皇はほんのわずかに忌々しげな表情を作った。
 どうやらよほどミアが助かったのが、そして俺たちがミアを助けたというのが気に入らないらしい。

「そうでしたか。では──」
「しばらくのうちは彼らに護衛を頼むつもりです。少なくとも、王国の兵が信用できると判断できるまでは。認めてくださいますよね?」

 教皇が何かを言い出す前にその言葉を遮ってミアが俺たちを護衛とすることを申し出る。
 このまま何も言われずにいたのだったらそのままなし崩し的に護衛をしてたのだが、聞かれたので応えるしかない。

「……ええ、もちろんです」

 そして教皇は一瞬間を開けてから俺たちのことを承諾した。まあ、その内心がどんなものかはわからないけど、教皇も流石に護衛をつけるなとも言えないか。
 だが尋ねてきたってことは、俺たちの……護衛の存在が気になるってことだよな。

「そう言うわけですので、護衛をお願いしますね」

 その言葉に俺たち三人は頷いき、再び歩き出したミアの後を追って進んでいった。

「こちらです」

 案内されたのは先ほど俺たちのいた場所からそれなりに距離の離れた部屋だった。

 その部屋はベッドなどはなく、壁際に備え付けられた書棚とその中に詰まった本。それから来客用のソファとテーブルなどなど。
 おおよそ私物と思えるようなものはなく、ここがミアの私室だとは思えない。おそらくは執務室だとかそう言う類の部屋だろうな。

 私室の方に行くと思ってたのになぜ、そう思ったが、その直後にミアから説明がなされた。

「ここが私の執務室になります。私室は男子禁制の修道院のほうにあるので、申し訳ありませんがそちらにはアンドー様を案内することはできません。ですが、それ以外ではよろしくお願いします」
「……わかりました。ところで、私たち以外にも護衛の方はいるのでしょうか?」

 俺はそう言いながら軽く部屋を見回してからちらりとイリンに顔を向けると、まだ勧められていないにもかかわらずそこにあったソファへと勝手に腰掛ける。

 その事にミアが不思議そうな顔をしているが、特に何を言うでもなく俺の対面に座って話を続ける。

「……いえ、現状ではおりません」
「では、襲撃者への対処は、どのようにすればよろしいでしょう? 殺してしまっても、構わないのですか?」
「できれば捕らえて欲しいところですが、構いません」
「そうですか。環……できるか?」

 俺は環の名を呼んだ後、少し無言になってから環へと問いかけた。
 そこに主語はなく、他人が聞いただけでは何を言っているのかわからないと思う。多分他の人からすれば、もし襲撃者が来たら対処することができるか? とでも聞いているように思えるだろう。

「ええ。任せてちょうだい」

 だが環は俺の言いたいことをしっかりと把握しており、力強く頷いた。
 そんな環に頷き返すと俺はミアへと視線を戻し、問いかける。

「では聖女様。最後に一つ確認を……この部屋を監視してる奴らは殺してしまってもよろしいですね?」

 俺がそう言った瞬間、天井から、壁から、床から、至るところから悲鳴と、何か大きなものがぶつかるような音が聞こえた。まるで何かが苦しんでのたうちまわっているような、そんな音が。

「何がっ……!」

 そんな音を聞いた瞬間、ミアはビクリと体を跳ねさせて素早く物陰に隠れると、周囲を警戒し始めた。

 だが俺たちは周囲から聞こえる音を聞いても、そんなミアの様子を見ても、狼狽えることなく話を進めていく。

「屋根と壁と床、全部の裏側に誰かが潜んでたわ。とりあえず手足だけを燃やしておいたから動けないはずよ」
「え?」
「イリン、これが地図だ。この周辺だけしか分かってないからあんまり入り込むなよ」
「え?」
「はい。では回収してまいりますね」
「ええっ!?」

 俺はたった今走り描いたばかりの地図をイリンへと渡し、それを受け取ったイリンは部屋の隅に行くとしゃがみ込み、床に手を当てるとその一部を剥がした。
 イリンが剥がした床の下には地下通路があったのだが、部屋の主であるミアでさえもその通路の存在を知らなかったようで、イリンの行動とその結果を見て叫んでいた。
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