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イリンと神獣

375:神獣を討伐した後

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「イリンッ! それにアンドーとタマキ!」

 イリンを抱き抱えながら里に帰ってくると、その入り口ではウォードが待っていた。
 武装して待っている様子から察するに、もしもの場合は自身も神獣のところに行こうとしていたのだろう。だがそれでもすぐに来ないでここで待っていたのは、自分では力不足であることを感じていたからかもしれない。

「無事か!? イリンはどうしたんだ? 怪我はしていないみたいだが、神獣は? 悲鳴が聞こえたり炎が上がったりしてたが何があったんだ!?」

 炎は環の出した鬼だが、悲鳴は神獣のものだな。まあそうか。あれだけ大きな声を出してれば、ここまで聞こえてもおかしくないか。

 怪我をしていないと判断したのは俺たちの服には傷ができておらず、血もついていないからだろう。
 ここにくるまでの間、全身血塗れじゃまずいと判断し、俺は俺やイリンたちの体や服についた血を収納した。流石に自分以外の人が着ている服についた汚れを収納するのは、服がどう言う構造をしているのか、どこに汚れがあるのか分からなくて難しかったが……うん、頑張った。

「全部後で説明するが、一つ聞きたい」
「なんだ?」
「お前達は……里の奴らは誰も異常は出てないのか?」

 イリンはすぐに倒れたというのに、目の前にいるウォードはそんなことが起きた様子も、起きている様子も見せていない。神獣の死による影響は出ていないのだろうか?

「異常? なんともないが……いやまて。そういえば一瞬だけ違和感を感じたが、まさか……」

やっぱりこっちにも影響はあったのか。
だが一瞬の違和感だけで他には何もないのか? ならイリンが倒れたのはやっぱり神獣が死んだことの影響ではなかった?

……なんにしても、とりあえずは事情を話すのが先か。

「神獣は死んだ」
「ならイリンはそれの……!? イリンッ、なんともないのか!?」
「うん。ちょっと違和感はあるけど、苦しくはないよ」
「……そうか」

 イリンはそう言ったが、まだ本調子ではないのか、口調までは気が回っていないようだ。
 だがウォードはそのことに気がつかなかったようで、ホッと息を吐いた。

「色々とわからないことが多いが、今はとりあえず休ませたい」
「わかった」

 俺は部屋にイリンを連れていくと、今度こそ勝手に動かないように環に見張りを頼んでウォードと共に一階へと降りていき、何があったのかを話すとにした。

「それで、何があった」
「それは──」

 だが、いざ話そうとしたタイミングで玄関を扉が叩かれる。
 俺とウォードはお互いに顔を向け合うと、首を傾げながらもウォードは立ち上がり扉を開いた。
 ウォードが開いた扉の先にいたのは、ウォルフの妻の一人だった。

「お前か。どうした?」
「ウォルフが呼んでるわ。話を聞かせてもらえないかしら?」
「呼んでいる? あいつはもう起きたのか?」
「途中で少し起きたのよ。騒ぎがあるだろうけど、アンドー達が帰ってきたら起こしてくれって言ってまた寝ちゃったけど。今頃はもう起こされてるはずよ」
「そうか。ならそっちで話した方がいいか。アンドーはそれで構わないか?」
「ああ」

 どうせウォルフにも話をすることになるのだし、俺としてはここで話してからまた後で話すよりも、一度に話せたほうが手っ取り早くていい。

「そう。ならついてきて」

 俺の返事を聞いたウォルフの妻はくるりと身を翻してウォルフの家へと歩き出し、俺たちはその後を追って行った。




「よお。来たな」

 案内された先ではウォルフが妻たちに介護されていた。

 俺たちが部屋に入るとウォルフの妻達は俺とウォードに席を用意してくれたので、俺たちは勧められるがままに座った。

「お前達は外に出ろ」

 そして俺たちが座ったのを確認すると、ウォルフはそう言って妻を部屋から追い出そうとした。

「でも……」
「出ろ」

 渋る妻達に対して、乱暴に威圧的にそう告げるウォルフ。
 これ以上いても怒らせるだけだとでも判断したのか、部屋には俺とウォルフとウォードだけを残して出て行った。

「ウォルフ……」
「神獣を、殺したんだな?」
「……わかるのか?」
「はっ、おめえの顔をみりゃあ分かんに決まってんだろうが。それに、なんだか違和感があるからな……で、何があった?」

 俺は、イリンを眠らせ環と神獣の住処へと行ったところから話し出した。厳密に言えば環も置いて行こうとしたが、それは言う必要はないだろう。

 神獣と戦ったこと。
 追い詰めたところで置いてきたはずのイリンが現れ、結果として神獣が死んだこと。
 その後イリンの体調に異常があったこと。
 神獣から溢れた光がイリンに入り込んだこと。

 俺が話し終えると、黙って聞いていた二人は唸り声を上げて考え込んでいた。

「結局、心配してた神獣の死の影響は今のところは大して出てないが、光がイリンに、か……」
「アンドー。おめえの考えはどうなんだ? 何かねえか?」
「一応、予想はあるが、割と突拍子もないはないだぞ?」

 神獣を倒してからこの里に戻ってくるまで、俺はイリンに何があったのかを考えていた。
 その結果一つの可能性を思いついたが、それは理解してもらえるか微妙なものだった。

「いいから話せ。可能性であったとしても、何もないよりはマシだ」

 だがウォードは首を振って先を促す。

「なら言うが……イリンは神獣の力を受け継いだんじゃないか?」
「……受け継いだだと?」

 力の継承。それは物語でよくある現象だ。
 それは力あるものが死ぬことでその力がそばに居たものや、自身が認めたものへと移ると言うもの。
 あの光景を後から思い出すと、いかにもそれっぽい感じがした。実際イリンには害はなく、供給された魔力が多すぎて酔っているだけのようだし。

 それはある意味で、イリンが次の神獣になったとも言えるんじゃないだろうか?

 もしその考えが正しいのなら、ウォルフ達が感じた違和感というのは神獣が切り替わったことで起こったのではないだろうか?

「──なら、イリンが次の神獣となったから俺たちには神獣の死の影響が出ないで済んだってことか?」
「そこまではわからない。元々、神獣が死ぬことで影響があるかどうかさえわかっていなかったんだ。最初からなんの影響も出なかったのかもしれない」
「……今のところは様子を見るしかない、か」

 結局のところはそこに落ち着く。どうなるかなんてわからないのだから、注意深く様子を見ているしかないのだ。
 ここに同じ神獣であり、治癒を得意とするスーラが、もしくは無駄に頭が良くていろんなことを知っているケイノアがいれば別だったけど、今はとにかく様子を見るしかない。

「にしても、イリンが神獣か……。そのことについてはどうする? 里の者達に何も言わないわけにはいかんだろう?」

 あれだけの激しい戦闘をして神獣が死んだのだ。今後も色々と不都合が出てくるだろうし、里の者に言わないなんてことはできない。

「そうだな……神獣は元々死にかけてたってのはどうだ?」

 俺は思いついた作り話を二人に話す。

「自分の死期を悟ったあいつは自身の力を託せるやつを探していて、それにイリンが当てはまった。今日の件はその力試しをして、力を譲渡した。そし奴は死んだ。──細かいところはそっちで詰めてもらうとして、大筋はそれでいけないか?」

 それならあの戦闘も、ウォルフが怪我をしていることも誤魔化せると思う。

 とっさに思いついたにしてはいい案だと思ったのだが、ウォルフから制止の声がかかった。

「待て。もうあの野郎はいねえんだ。だったら俺が全部話すべきだろ。神獣が死んだこともイリンがその力を受け継いだことも、今まであったことも。全部話して、イリンを次の長にすりゃあいい」
「却下だ」

 ウォルフが言ったその言葉を、考えるまでも無く即答する。

「まず第一に、俺たちはここに留まり続けるつもりはない」

 俺たちは数日後に誓いの儀式──結婚式をしたら、そのあとはこの里を出ていく。流石に儀式の次の日とはいかないが、それでも一ヶ月もしないうちに出ていくだろう。出て行くと言っても一生帰ってこないわけではないが、それでも長になってしまえばイリンはこの里から出ることができなくなってしまう。

「第二に、神獣の力を受け継いだってのは状況から考えた俺の考えだ。間違っているかもしれない」

 イリンの身に起こったことは、あくまでも俺の想像だ。もしかしたら全然関係ないかもしれない。それなのにイリンが神獣の力を受け継いだから長にするなんて言えば、神獣関連でなんかあった時にイリンが責められる。
 ただでさえ状況がよくわかっていないのに、受けることなんてできやしない。

「それと最後に……」

 俺は椅子から立ち上がって、ウォルフに背を向けて部屋の出口へと歩き出す。

「お前、イリンに押し付けて逃げようとするんじゃねえよ」

 こいつはイリンに長という役割を押し付けることで、自分の罪悪感から目を逸らし、逃げようとしている。
 俺だって今までいろんなことから逃げてきたから他人に言える立場じゃないが、それでも言わせてもらう。

「……ああそうだな。わりぃ」
「今は寝かせてるから明日になるが、イリンを連れてくる。イリンを長にしたいんだったらその時に本人に言え」

その結果、イリンが長になってここに残るというのなら、その時は、俺はどうしようか……

そう考えながらも俺はそれ以上何もいうことなく部屋の外へと出て行った。
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